クラス転移で神様に?

空見 大

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青年期:法国

婚約

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 法国での一連の問題が無事に収束してから既に一週間。
 エルピスは法国の神によって癒され、無事に起き上がったアウローラとの二人きりの時間を楽しんでいた。

「こうして会話するのが随分と久々のように感じるわね」

 紅茶を口に含みながらそう口にしたアウローラは、いつもと変わらない可愛い笑みを浮かべながらエルピスにそう語りかける。
 実際のところ経過した時間で言えば二週間程度ではあったが、この二週間はエルピスからしてみれば激動の二週間だったといってもいいだろう。
 やったことといえば四大国の一つである法国の上層部を総とっかえしたわけで、邪竜を倒した次の事がそれだと考えるとなんだか余裕も感じられるような気はするが邪竜と違って面倒なのは倒し終わった後の対応である。
 アウローラが起きてきたのは三日前の事、神は三日ほどで回復するだろうと言っていたが思っていたより傷が深かったのか時間がかかってしまったようだ。
 そのアウローラが起きるまでの四日間でもまず法国から連れ出した住人たちへの説明から始まり――ちなみにこれは法国の神がわざわざその姿を大衆の前に出して説明してくれたので想定よりはスムーズに終わった――居住区の建物をある程度もとに戻したり街中で暴れた時の記録の改ざんやゲリシン派の人間を管理下に置いたりハイトが連れてきた者達とすり替えたり。
 魔物と違ってそこに営みがある以上は、倒してハイこれで終わりとはいかないのが本当の本当に面倒なことである。

「ごめんね、本当ならもっと早く時間を作りたかったんだけど」
「仕方がないわよ。私があの時避けれていればよかったんだし……それに生きれてるだけありがたいわよ。傷跡はちょっと残っちゃったけどね」

 エルピスの言葉に対して気にしないでと口にしながらアウローラは自分の手を傷跡の上に重ねる。
 神の力で持っても破壊神の権能を完全に無効化することは難しかったようで、その体にはいま痛々しい傷跡が残ってしまっている。
 これから継続的に治療していけば5年もすれば治るだろうとのことだが、傷跡を始めてみた時のアウローラの表情をエルピスはおそらく忘れることはできないだろう。
 自分の体を覆っていた布を取って傷跡を見た瞬間に大きく見開かれた目には絶望が、そして反射的にだろう。
 そのまま目線をエルピスの方へと持って行ったアウローラの目に込められていたのは恐怖と期待、捨てられるのではないかと思い込んでしまった事によって作られた恐怖と、それでも愛してくれるのではないかという期待が込められたその目を前にしてエルピスはただ抱きしめて彼女の気持ちが落ち着くのを待つことしかできなかった。
 それでアウローラの気持ちがどうなったのかエルピスでは分からないが、ある程度踏ん切りがついてくれたのであればよいのだが……。

「盗神の権能を使えば隠すこともできるけど……」
「権能の使用には負担がかかるんでしょう? これから戦争が苛烈になるのに私の傷の為に負担を負わせられないわよ。それに傷のついた私は愛せない?」

 傷を撫でながら微笑を浮かべてそんなことを口にするアウローラを前にして、エルピスは必死になって首を振る。
 そんなエルピスを見て少し嬉しそうにしながら、アウローラは言葉を続けた。

「ならいいわよ、それにずっとこれが残るわけでもないんだから」

 正直、アウローラとしては傷が残ることをあまり気にしてはいない。
 旅に出る以上傷を負う事もあると分かっていたし、死ぬ可能性だってもちろん考慮に入れていた。
 いままでこの旅を無事に生きてこれたのは単に運が良かったのとエルピスやセラ、他のみんなが頑張ってくれていたおかげだと知っている。
 エルピスが傷を見て嫌がらないのであればアウローラにとってその他の事はどうでも良かった。

「改めてだけど私を助けるために随分と無茶をしてくれたこと、ありがとう」
「どういたしまして。やりすぎた感は正直あるけどね」
「確かにそれはそうかも。麗しの都って言われた聖都が瓦礫の山よ?」
「直すのには苦労したよほんと」

 エルピスが直接戦闘をしたわけではないが、エルピスの指示の元聖都を攻撃していいという大義名分を与えフェルが大暴れした結果だ。
 直接手を下していないとは言え我関せずとはさすがにいかず、エルピスは結婚式までになんとか夜通し作業をして聖都を再建したのだった。
 聖都で結婚式をする以上心残りは残さないようにしておきたいというエルピスの考えはおかしなものではないだろう。
 そうしてしばらくの間エルピスとアウローラは言葉を交わす。
 それほど期間は開いていなかったはずだが何とも楽しい時間を過ごしていると、ふとパーナが扉を開けて部屋の中へと入って来る。

「――失礼するぞ。エルピス、前話したことなんじゃがいまよいか?」

 チラリとパーナの視線が向かった先はアウローラの方。
 その動作で彼女が何のために来たのかを察したエルピスは椅子から立ち上がる。

「ああその件ですか。少々お待ちください、ごめんアウローラちょっと席外すね」
「ええ。行ってらっしゃい」

 送りだしてくれるアウローラの視線には不安というものは感じられない。
 どうやら自分の心に折り合いを付けられているらしいという事を知れたのは行幸か。
 廊下を少し歩いていきアウローラがいる部屋から少しの距離を取るとパーナが口を開いた。

「すまんの嫁と喋っていた時に」
「まだですよ。そういえばさっきは言わないでいてくれてありがとうございます」
「人間の世界で長い事暮らしていたのじゃ、さすがにそれくらいの事は分かる」
「エルピスさんも罪な人っすねぇ」
「――ハイトさん、一週間ぶりですね」

 柱の影からひっそりと現れたハイトの姿は法国の人間としてしっかりとした正装である。
 法衣に身をまとった彼女は着慣れていないのか少しだけ動きづらそうしながら、人懐っこいにしゃっとした笑みを浮かべてエルピス達の方へと近寄ってくる。
 ここ最近忙しかったのか顔からは疲れが感じられるが、それよりもいまの自分の状況に満足がいっているのか晴れやかな顔をしていた。

「さん呼びはやめて欲しいっす。自分の上司になるわけっすから」
「たしかにそれもそうですね。じゃあ俺もハイトって呼ぶのでエルピスって呼んでください」
「そういわれたら断れないっすね。それでエルピス、今回の結婚式なんっすけど自分に神父を任せてもらってもいいっすか? 法皇の座は妹に譲ったっすけど、せめてもの自分からのお礼っす」

 法皇としてどころか法国の王族としての活動はもはやハイトには認められていない。
 今回の一件を起こすにあたり多数の犠牲者を出している上に、同じ法皇の一族を殺したハイトを法皇にするのは不可能だ。
 公文書には既にハイトは消息不明という扱いになっており、エルピスの傘下に入る準備は着々と行われているといってもいい。

「それはありがとうございます。妹さんはいまどうですか?」
「昨日は一人で街中を歩いて居たっす。会話もしっかりできてるし大丈夫っす、問題は……」
「後遺症じゃな。まさかあのような後遺症が残るとは思っておらんだが」
「後遺症ですか?」
「聖人としての膂力がそのまま残ってしまったのじゃ。生まれつきの聖人と比べれば廉価版ではあるがの」

 聖人としての膂力は常人のそれとは格別の差がある。
 使い慣れるまでは箸すらまともに持てないだろうが、これから戦争が起きるだろうこの世界において力はあるに越したことはない。
 メリットとデメリットを見比べてみても聖人に成れたことはエルピスからしてみれば特に問題はないように思える。
 だが聖人として活動し、その辛さやこの世界で聖人として生きていくことの大変さを知っているハイトの表情は明るくはない。
 それでも妹が意識すらなく生きているかも分からないような状況よりはまだマシかと、乾いた笑みをハイトは浮かべていた。

「まあ今のご時世であれば力くらいは持っていた方がいいっす。聖人として活動は絶対にさせないっすけどね」

 力強いその言葉は家族をこの世界で何よりも大事にする彼女らしい言葉だ。
 ――そういえば自分に子どもが生まれたらどうなるのだろうか。
 そんな思考がふとエルピスの頭の中をよぎる。

「俺の子供もできたら聖人になるんですかね」
「聖人よりは先に神が生まれるじゃろ。お主確か生産職の神を持っておったはずじゃし」
「鍛冶神の事ですか。確かにあれは受け継ぐ子供が生まれそうですね、魔神とかはどうなるんでしょうか」
「その他の称号は本人に才能があるかどうかじゃろ。問題は神同士の子供がどうなるか、じゃがの」

 神同士の子供というのはこの世界には居ない。
 規律によって縛られているものではないので特に問題はないのだが、神同士はお互いのテリトリーを犯すことがないのでそもそもである機会がないのだ。
 エルピスとセラやニルとの間に生まれる子供がいったいどんな才能を持って生まれるのか。
 自分が両親にしてもらったように何が悪で何が正義かを判断できる力を持たせるような教育をしなければ世界の脅威にすらなりかねないだろう。

「自分の子供にはできれば楽しく生きてほしいですね、いちいち小さなことに巻き込まれずに」
「親ならば誰しも自分の子供の幸福を願うものじゃからの。まあ残念ながら巻き込まれないというお主の願いは正直かなわんと思うが」
「それそうですね。そういえばいま何時ですか?」
「そろそろ法国なら夕暮れっす。まだ鐘は鳴ってないっすけど」

 魔界にいるので正確な時刻を知る方法がなく困っていたエルピスだったが、ハイトがなにやら時計の様な物を取り出すと時刻を教えてくれた。

「そうですか。少々行くところがありますのでお先に失礼します、結婚式の日取りなんですけど決まったらまた連絡しますね」
「分かったっす!」

 元気に返事をしてくれたハイト達に後々の事を少し伝え、エルピスは転移魔法を起動させる。
 向かう先はヴァスィリオ家、王国に本拠を構えるアウローラの実家にたどり着いたエルピスは正装に着替えてヴァスィリオ家本邸。
 王都の一等地に建てられ常にその門を固く閉ざしている王国最強の武家集団の家を前にしてエルピスは緊張から嫌な汗が出てくるのを感じる。

「さてと、緊張するな」
「お前でも緊張するんだな」

 扉の前で二の足を踏んでいるエルピスに対して後ろから声をかけてきたのはアルキゴスだ。
 どうやら先ほどまで外に行っていたらしくいくつかの紙袋を手に持ちながら彼は何やら笑みを浮かべながらエルピスの方を見ていた。
 邪竜を倒してもいまだ変わらぬ弟子を見て懐かしさを感じたのか、子供らしい姿がなんだかおもしろく見えたのか。
 何にせよ知っている人を見ると落ち着くのが人のサガであり、エルピスは少しふくれっ面をしながらアルキゴスに言葉を返す。

「緊張しますよ俺だって。お疲れ様ですアルさん」
「本当に疲れたよ、邪竜を倒したその足で法国に殴り込みに行ったときは正気か疑ったがな」
「俺だって出来ればゆっくりしたかったんですけどアウローラが危なかったので。ビルムさんは屋敷の中に?」
「師匠までいるぜ。それ以外にも他国に出てたヴァスィリオ家の人間がお前見たさに集まってる」

 言われて家の中に意識を集中させてみれば、いまかいまかと入って来るのを待っているだろう気配がいくつも感じられる。
 エルピスが気配を感じ取れるように相手だってもちろんエルピスの気配を感じ取れる。
 臨戦態勢に入っていないので圧はないにしろ神としてこの場に立っているエルピスの気配は意識していなくてもそれなりの武人であればどこにいるのかを察するのはそう難しいことではなかった。
 アルキゴスが口にする通りまさに楽しみに待っているのだろう。

「勘弁してくださいよ。父さんと母さんはこっちに来ました?」
「挨拶には来たが、直ぐに去っていったよ。あの二人はいまお前がやったことの後始末中だ。随分と派手にやったらしいな、聖都が更地になったって聞いたぞ」
「誇張表現だって言えたらよかったんですけど正門前は殆ど更地でしたよ。もう直しましたけどね」
「それはすごいな。まあなんにせよ無事に解決してよかった、お前なら今からの事もなんとかなるさ」

 背中をバンバンと叩かれてそういわれれば弟子としてエルピスも期待に答えないわけにはいかない。
 頬を一度叩き気合を入れなおしたエルピスは、心なしか重たい玄関を開けてアルキゴスに案内されるまま気配のする方へと歩いていく。

「ビルムさん、連れてきましたよ」
「通してくれ」

 思い出すのは王国に初めて来たときの事。
 国王の元に案内されるときもこんな感じだったなとふと思い出す。
 豪華な装飾に広い室内、そしてその中にいる複数の人。
 最初に目に入ったのはアウローラの両親であるビルムとネロン、二人ともどこか表情が硬く今のエルピスと同じように緊張しているのだろうという事が見て取れる。
 次にエルピスの視線を止めさせたのはマギア。
 エルピスの魔法の師匠であり剣士が有利だった王国の歴史を一人で変えた偉人、こちらは年の功もあってか落ち着いている。
 その他五名ほど何らかの武術の達人らしい人物が座っており、おそらくはアウローラの親戚なのだろう。
 そこに混じってムスクロルとその嫁であるニンスも座っており、ヴァスィリオ家でないものがいることに驚いて一瞬エルピスの目は点になる。
 だがこれから報告をしに来た手前失礼な態度を取るわけにもいかず、背筋を伸ばしてエルピスは礼儀を示す。

「お久しぶりです」
「久しぶりだなエルピス君。まあ座りなよ」
「では失礼させていただきます」

 思い出すのは高校に入る前の面接だ。
 随分と前の時の事だがこの緊張感はそれにひどく酷似している。
 常に相手に見定められていると思いながら、自分の一挙手一投足に注意を払わなければいけない。
 一応文面で既にどういった理由でここに来るかは伝えてあるので、相手の返答は既に固まっているだろう。
 そう考えるエルピスの前でビルムは無表情を貫き通していた。

「さてエルピス君、今日の要件は何かね?」
「ここに来させていただいた理由はただ一つ。お父さん、娘さんを僕に下さい!!」

 アウローラへのプロポーズは既に済ませてある。
 指輪などは渡していないし正式なプロポーズは後になると先に伝えただけだが、婚姻を申し込まれたことはアウローラも認識しているだろう。
 親族への挨拶をエルピスがしに来たのは日本人としてけじめをつけるためでもあった。
 いつかは人生でいう事になるだろうと思って居た言葉をいまこの場で言えることはありがたいことだが、同時に背筋が冷たくなるようなそんな緊張感もあった。
 ビルムの表情は常に変わらず一定であり、エルピスにはその心の底を読み取ることはできない。
 時間にすればそれほど立っていないのだろうが、少しの沈黙がいまのエルピスにとっては随分と長く感じられた。
 エルピスの視線が注がれるのはビルムの口元、彼の言葉を漏らさないようにとエルピスの神経はいままでにない程敏感になっている。

「……確かにエルピス君、君に娘を任せたのは私だ。ヴァスィリオ家の現当主であるアウローラの婚姻は私の一存でどうにかなるようなものではない。その上でだ」

 王国の法令上、貴族はその一族の党首の権限によって婚姻を認められる。
 ヴァスィリオ家党首であるアウローラはつまり自分の鶴の一声でいつでも結婚することができる状況にあった。
 ビルムの言葉は貴族としてなんらおかしなものではない。
 ふと、ビルムの目元から一筋の涙が垂れていく。
 それはここまで育ててきた子供が巣立っていくという悲しさと、それを任せるにたる人物を見つけられたことによる嬉しさだろう。
 気が付けばビルムは頭を下げ、自分の涙を隠すこともなくエルピスに言葉を返していた。

「どうか私からも頼む。娘を幸せにしてやってくれ、この世界でいちばん幸せに」

 親の求める所は結局子供の幸せである。
 かつて破龍と呼ばれたクリムに逆らってまでアウローラの家庭教師にエルピスを付けたように、彼は子供の為であればどのような労力も恐怖もいとわなかった。
 アウローラが倒れたという知らせを聞いて焦る妻に対して、毎晩大丈夫だ、エルピス君を信じなさいと言い続けた彼は目の前の少年が自分の娘のためにどれだけの犠牲を払ってくれたかを知っている。
 この世で最も恐れられている龍を倒し、あまつさえ一つの国さえ敵に回し、いくつもの神からの支援を受けて何とか娘を助けてくれたのだ。
 自分だって彼と同じ力があればそうしただろう。
 だが自分にはその力がなく、その力を持つ彼は自分と同じくらいアウローラの事を大切にしてくれている。
 その事実がビルムにとっては何よりもうれしかった。

「あ、頭を上げてください!」

 了承してもら得たという安堵を手に入れると同時に、頭を下げられているという事実を認識したエルピスは椅子からとび上がるように立ち上がった。

「ありがとう。そもそも私は君が命を賭けてアウローラを助けに行ってくれたあの日からアウローラをなんとしても任せる気ではいたんだ」
「この人ったらあの後すぐにイロアスさんのところに行って貴方をくれって引かなかったんだから」

 ビルムもネロンも涙を浮かべて言葉を続ける。
 思えば確かにあの時からビルム達に何かとアウローラと二人っきりになるように工作されていたような気はする。
 だがそれでもまさかここまで信頼されていたとは、エルピスとしては信じられない事実だった。
 驚きのあまり腰が抜けるように再び椅子に座り、エルピスは呆然としている。

「てっきりお茶でもかけられるのかと……マギアさんはなぜここに?」
「わしがここに来たのは弟子の正念場を見てやろうと思ったからじゃよ、他の奴らはお主と後で戦いたいから来ただけじゃ」
「なんですかそれ。あと危ないからみなさんやめておいた方がいいと思いますよ」

 達人と呼ばれるまでに技術を極めた人物達を前にして随分と上からの物言いではあるが、文句を言わせないだけの実力がエルピスにはある。
 もはやただの人では相手にもならず、戦闘をすることはとてもではないが難しいだろう。

「さすがに勝てるとは思っていないさ。ただ俺達は完全な武家、戦いでしか物事を測れない奴が多いだけだ」
「いいですよ、分かりました。アウローラとの結婚が成立したらみなさん親戚ですからね、多少のわがままは聞きますよ」

 言うが早いが椅子から立ち上がりはやく外に行こうとせかし始めてくる。
 体育会系のノリではあるが、近衛兵達と同じように扱う事ができる分エルピスからしてみればそちらの方が分かりやすい。
 中庭に出るために廊下をぞろぞろと歩いていると、ふとこちらを見詰める小さな子供の姿が目に入る。
 遠慮がちにこちらを見てくる彼は先ほどまでの話をどうやら聞いていたらしい。

「エルピスさん! 僕にも指導つけてください!」
「いいよーってもしかしてシグル君? おっきくなったね」
「覚えていてくださったんですか!!」

 見た目からして6から8歳くらいだろうか。
 子供というのは何とも成長が早いものだ。
 師匠の子供に自分が何かを教えるというのはなんだか不思議なことだが、エルピスとしては嬉しい。
 妹も既に生まれているはずだが血なまぐさいのは嫌いなのか、近寄ってくる気配はなかった。

「二代にわたって邪竜殺しの英雄だ。せいぜい教えてもらえ」
「はい!」
「そういえばエルピス君、話では結婚式を挙げるとのことだったが日程は今週末で本当に良かったのか?」
「大丈夫です。グロリアスに無理言って開けてもらってますから」
「うちの息子が迷惑をかけてないか?」
「大丈夫ですよムスクロルさん、挨拶が遅れてすいません。むしろこっちが迷惑をかけてますよ」

 国王としてこの国を背負って立っているグロリアスには、こんかい随分と無茶をしてもらった。
 一国の王を急遽呼び立てた上に囮として使うなど普通に考えれば正気の沙汰ではない。
 一旦腰を落ち着ける機械があったらどこかでお礼をするべきだろう。

「あいつにはいろいろと無茶をさせてやってくれ。息抜きも時には必要だからな」
「そういう事でしたら任せてください。世界で一番娯楽に精通している自信がありますから」

 そう長い日数を外に引き出すことはできないだろうが、楽しく過ごせるようにしてあげることくらいはできるだろう。
 自分がするべきことを頭の中に入れ、エルピスは新しくできた家族たちと戦うために中庭に向かうのだった。
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