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幼少期:冒険者組合編
悪者探し
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森妖種の国はかなり広い。
亜人の中で、という条件の中ではあるものの四大国と比肩しても引けを取らない森妖種の国の大きさにはエルピスも驚きに値する。
そんな森妖種の国を隅から隅まで調べるというのは大変な作業であることは口にせずともわかるもので、そんな中でアールヴが取った手法はというと森妖種の国全土に及ぶ神樹の根を使って無理やり魔法探知の能力を使用して敵の足取りを調べていたのだ。
アールヴがが先日病室にたどり着いたころにはすでに森妖種の国から脱出した時の足取りをつかんでおり、そのあとをつけさせている間の時間を潰すためだけにこうしてエルピスと面会する時間を設けていたのである。
エルピスの正体を知れなくても今回の責任をとるためにエラの情報を開示する気で吐いたものの、エルピスの正体を知れた上にこうしておかしな形ではあるが恩も売れるというのはアールヴとしてみれば願ってもいないような状況であった。
結局のところ事が起きてから対処していたというのにこれほど良い結果になったというのは、単にアールヴの運がいいだけなのかもはやそういう天の元に生まれたのかどちらだろう。
アールヴ達が病院を後にして入れ違いに病室へと入ってきたアウローラは自分がいない間にあったことの顛末を聞いていた。
「それで私が居ない間に話はどこまで進んだの?」
「なんかアウローラ……怒ってる?」
「べっつに怒ってないわよ、私がアルへオ家の執事たち相手にしてた時にそんな簡単に解決されたから自尊心が傷ついただけよ」
「ごめんって、本当に助かってるよ。みんなのおかげで話がスムーズに進んだしね」
頬をふっくらと膨らませながら不機嫌さをアピールするアウローラに対して、エルピスは微笑みを浮かべながらまぁまぁと宥めに入る。
これも生きているからこそ出来ることで、二人の間に流れる空気はいつものそれとは少し違うものの安心感が感じられた。
エルピスの言葉通りアルヘオ家の者達がいろいろと行動を起こしたおかげですんなりとエルピスの無罪は証明され、そのうえ女王であるアールヴからも圧力がかかったのでいまのエルピスは昨日の今日で晴れて自由の身である。
相手に対してやろうとしたことをやり返された結果死んでしまった共和国の王を憐れむほどには余裕もないが、金に目が眩み手を出そうとした森妖種くらいならば助けてもいいのではないかという気になりアルヘオ家の管理で数年扱うこととなった。
騎士と呼ばれる彼等はどうやらそれなりの実力者であるらしく、その団長と戦ったエルピスとしてみればある程度の実力の担保は見せつけられていると言ってもいい。
「まぁでも…良かったわ。あんたが無事で」
「自分の力で暴走して死んだらあんまり笑えないよね、アウローラが助けてくれたって聞いたけど本当?」
「残念だけど顔引っ叩いただけよ? 壊れた機械は叩いて直すに限るしね」
「だとしても凄いよ、僕と姉さん二人係でもどうにもならなかったんだから」
「エラとニル二人係でも!? 凄いじゃんアウローラ」
「へへっ、そうでもないけどね?」
喜ぶアウローラの後ろで作戦成功とばかりに微笑むニルとエルピスだが、そんな横で名前を呼ばれたばかりのセラが一歩前へと出る。
「状況は笑っていられるほど簡単な物ではないのよ? 正直言えばエラよりもエルピスの方がよっぽど危ないわ。少なくとも半年以上の間権能の使用禁止に加えて毎日二時間以上のメンテナンス、生きていることの方が奇跡だと言っても過言ではないわ」
自分の体のことは自分が一番分かっているなどとは、さすがにセラを前にしてエルピスも口にすることはできない。
だが実際問題両手両足をふらふらと動かしてみればどうか、確かに平常時のそれとは全く違う感覚ではあるが特にこれといって深刻な問題があるようには思えない。
瀕死の重傷を負うことが少なかったエルピスではあるが、そんなエルピスでも一応こういった瀕死の状況になったことは一度や二度ではない。
瀕死の重傷を負ったことがない人間はその状況に直面した時に対処を誤り死ぬ可能性がある、そんな父の考えからエルピスは瀕死の状態でイロアスと戦うことも少なくはなかった。
その時と対して変わらないいまの状況だというのにセラの口から出た条件はまるでエルピスの命の火が消えかかっているようである。
「絶対安静は僕からもだね。今回の事件解決でも権能は絶対使っちゃダメだよ」
視線を移してみればニルからもそんなことを口にされる。
よほどの重体なのだろう、そんな時ふとエルピスの頭の中では癌で死んでいったお婆ちゃんのことが思い浮かんだ。
かなりの危篤状態にあり長い癌治療によって全身を絶え間ない苦痛に侵され起き上がることも難しかったお婆ちゃんは、だが死ぬ前日にはまるで身体の異常は無いとばかりに普通に立ち上がりご飯まで作っていた。
人の身体は歩いても余裕がある時は危険であると判断し体を休ませようとするが、限界を超え死が確定すると普段と同じようなことをしようとするのだ。
不思議な物だがそれを目の当たりしているエルピスとしては、自分もそれと同じ状況になっているのだろうと考えるのは自然なことだろう。
「本当は救出を私達に任せてもいいくらいなのだけれど、それは流石に嫌でしょう?」
「さすがにそれはね。本気で俺だって怒ってるんだ、置いてけぼりにされたらどこで暴れるか分かんないよ」
「──それは対処しないとね。エルピス、アヴァリさんから座標は聞いてきたよ、いつでも行ける」
がらりと音を立てながら部屋へと入ってきた灰猫がそう口にすると、部屋の中の空気は先程までと全く別のものになる。
よく見てみればその灰猫の後ろに二人の森妖種が立っていた。
アヴァリとアールヴではない、エルピスが最も信頼を置く二人の森妖種だ。
「お久しぶりですエルピス様。お身体は大丈夫ですか?」
入ってきたのはヘリアとリリィ。
別口でエラを探していた彼女達は一足先にエラの元へと向かっている。
「俺の事は大丈夫。それで敵は何処にいる?」
「敵は連合国の城壁都市で一旦腰を下ろしています。共和国にそのまま持ち帰ってはバレるので隠れているのでしょうね、私達もすっかりと騙されてしまいました」
屈辱である。
そう物語るヘリアの目線を受けながらも、エルピスは冷静に事に当たるように指示を出す。
「落ち着いて行動してね、敵が何をするかわからないから。とりあえず現場にはいま何人いるの?」
「現場には戦闘経験豊富な者が二十人ほど。時間をかければもう少し集まるでしょうがバレないようにするならこれくらいが限界でしょう」
「それくらいの距離ならすぐだし別にいいかな。そのまま見張るように言っておいて」
距離にすれば二週間かけてきた共和国から森霊種の国への道のりよりも、ここから連合王国へと向かう道のりの方が倍ほどはある。
だがそれは馬を使って移動した場合の話だ、権能を使うことができないのは億劫ではあるものの翼を広げればそれほど遠い距離ではない。
「了解しました、エラを頼みます。可愛い妹分なので」
「もちろん任せてよ、絶対に取り返してくるからさ」
エルピスの両手を取って願うように口にしたリリィに対して、エルピスは絶対に失敗しないという決意を込めながら言葉を返す。
龍の宝物に手を出した人物がどうなってきたかは、この世界の歴史書や空想の書物にだってどれも同じように書かれている。
結果は逃れることのできない死だけだ。
リリィ達に見送られながら病院の屋上へとやってきたエルピス達は、それぞれ武器を腰にくくりつけいつでも戦闘のできる体制を整える。
「それじゃあ行くよ。しっかり捕まってて」
「翼は出しても大丈夫なの?」
「大丈夫ではないけれど…まぁ移動中は私とニルが回復魔法をかけ続けるからなんとかなるでしょう」
「それじゃあ行くよ!」
一抹の不安を残しながらも背中から翼を生やしたエルピスは、アウローラと灰猫を片手ずつで抱えセラニルフェルには世界を編んで作った鎖を手渡すと、そのままその場で全力でジャンプした。
目にも止まらぬ速さで空へと飛び立った一歩目のその力で浮き上がる身体をそのままに、エルピスは更に龍神の翼を大きく広げる。
サイズは自由に調整可能なのでやろうと思えば100メートルを越す翼すら実現可能なのだが、龍神としての性能を最大限に発揮したいのであれば片翼辺り3メートルそれを4組もあれば十分だ。
計八枚にもわたる翼はこの世界で最高の空を飛ぶための道具であり、そして敵を打ち倒すための力でもある。
まるでいつもこの翼を使用して移動しているのではないかと思えるほどに体に馴染むその翼の威力を確認するため、エルピスは半分ほどの力を込めて前へと進む。
「──うっわはやぃぃぃいいいぃ!!」
一瞬で過ぎ去っていく視界の中でそんなことを口にしたのはアウローラではなく灰猫の方である。
加速時に出る衝撃波は魔法によって調整可能なので周辺に被害が出ないようにし、一瞬でマイナスまで下がるはずの温度もセラとニルが対処してくれているおかげで特に問題はない。
大空を音速以上の速度で跳びながら、エルピスは魔剣と聖剣に手を触れもう少し装備を増強しておくべきだったと後悔する。
ありえない事ではあるがもし実力が拮抗してしまった場合、最も勝敗を分ける要素になるのは武器の性能差であるとエルピスは考えている。
いまさらどうにかなるようなものではないのだが、普段からしておけば良かったと思っていた事を面倒だと後回しにしたツケがやってきたということだ。
「ちょ!これはやすぎじゃないぃぃ!!?」
「まだまだこんなもんじゃないぞ! 本気で行くから舌噛むなよ!?」
「わくわくするね!」
「これ以上はむっ──」
手の中で叫ぶアウローラに遠慮せず、エルピスは全力で羽ばたいて更にその速度を高める。
この日森霊種の国と連合国の国境付近に住む者達は昼間に黒い流星を見るのだが、その正体がエルピスであったことを知るものは一人もいない。
「速過ぎてわからないけどいまってどこらへん!?」
「共和国の国境は超えたからそろそろ連合国ッ! あと数分もしないで着くよ!!」
「いやあんた早すぎじゃない!?」
飛び始めて十分と少しと言った所だろうか。
徒歩ならば三ヶ月はかかるであろう道のり、だが今のエルピスにしてみれば大した距離ではない。
もう既にはるか後方に行ってしまった国境のことを考えながら、エルピスは再び気を締め直す。
ふとその瞬間に、エルピスの身体をセラが逆方向に引っ張って止める。
城塞都市の情報はエルピスの頭の中には入っていないので、おおよその位置を頼りにして後はセラやニルの探知能力を頼りにしていたのだが、思っていたよりも強引なやり方で止められた事にエルピスは目を丸くする。
見てみればどうやってか空中に足を止めたセラは前に進もうとするエルピスを鎖を使って無理やり止めており、あまりの力技に抱えられていたアウローラや灰猫も驚くしかない。
「エルピスさっきのところよ!」
「──ッさっきの城塞都市がそうか! おんなじ様なのばっかだから見分けつかないんだけど!!」
「二つ前のところよ、10秒くらいで着くはず」
「分かった」
感覚を研ぎ澄ましてようやくエラの気配を感じ取ったエルピスは、先程の城塞都市まで誰にも気が付かれない様に超高高度を最高速で飛ぶ。
1秒また1秒と時間が経過していくごとに骨が軋むほどの怒りをどうにかして抑え込みながら、エルピスは城塞都市へと降り立つのだった。
亜人の中で、という条件の中ではあるものの四大国と比肩しても引けを取らない森妖種の国の大きさにはエルピスも驚きに値する。
そんな森妖種の国を隅から隅まで調べるというのは大変な作業であることは口にせずともわかるもので、そんな中でアールヴが取った手法はというと森妖種の国全土に及ぶ神樹の根を使って無理やり魔法探知の能力を使用して敵の足取りを調べていたのだ。
アールヴがが先日病室にたどり着いたころにはすでに森妖種の国から脱出した時の足取りをつかんでおり、そのあとをつけさせている間の時間を潰すためだけにこうしてエルピスと面会する時間を設けていたのである。
エルピスの正体を知れなくても今回の責任をとるためにエラの情報を開示する気で吐いたものの、エルピスの正体を知れた上にこうしておかしな形ではあるが恩も売れるというのはアールヴとしてみれば願ってもいないような状況であった。
結局のところ事が起きてから対処していたというのにこれほど良い結果になったというのは、単にアールヴの運がいいだけなのかもはやそういう天の元に生まれたのかどちらだろう。
アールヴ達が病院を後にして入れ違いに病室へと入ってきたアウローラは自分がいない間にあったことの顛末を聞いていた。
「それで私が居ない間に話はどこまで進んだの?」
「なんかアウローラ……怒ってる?」
「べっつに怒ってないわよ、私がアルへオ家の執事たち相手にしてた時にそんな簡単に解決されたから自尊心が傷ついただけよ」
「ごめんって、本当に助かってるよ。みんなのおかげで話がスムーズに進んだしね」
頬をふっくらと膨らませながら不機嫌さをアピールするアウローラに対して、エルピスは微笑みを浮かべながらまぁまぁと宥めに入る。
これも生きているからこそ出来ることで、二人の間に流れる空気はいつものそれとは少し違うものの安心感が感じられた。
エルピスの言葉通りアルヘオ家の者達がいろいろと行動を起こしたおかげですんなりとエルピスの無罪は証明され、そのうえ女王であるアールヴからも圧力がかかったのでいまのエルピスは昨日の今日で晴れて自由の身である。
相手に対してやろうとしたことをやり返された結果死んでしまった共和国の王を憐れむほどには余裕もないが、金に目が眩み手を出そうとした森妖種くらいならば助けてもいいのではないかという気になりアルヘオ家の管理で数年扱うこととなった。
騎士と呼ばれる彼等はどうやらそれなりの実力者であるらしく、その団長と戦ったエルピスとしてみればある程度の実力の担保は見せつけられていると言ってもいい。
「まぁでも…良かったわ。あんたが無事で」
「自分の力で暴走して死んだらあんまり笑えないよね、アウローラが助けてくれたって聞いたけど本当?」
「残念だけど顔引っ叩いただけよ? 壊れた機械は叩いて直すに限るしね」
「だとしても凄いよ、僕と姉さん二人係でもどうにもならなかったんだから」
「エラとニル二人係でも!? 凄いじゃんアウローラ」
「へへっ、そうでもないけどね?」
喜ぶアウローラの後ろで作戦成功とばかりに微笑むニルとエルピスだが、そんな横で名前を呼ばれたばかりのセラが一歩前へと出る。
「状況は笑っていられるほど簡単な物ではないのよ? 正直言えばエラよりもエルピスの方がよっぽど危ないわ。少なくとも半年以上の間権能の使用禁止に加えて毎日二時間以上のメンテナンス、生きていることの方が奇跡だと言っても過言ではないわ」
自分の体のことは自分が一番分かっているなどとは、さすがにセラを前にしてエルピスも口にすることはできない。
だが実際問題両手両足をふらふらと動かしてみればどうか、確かに平常時のそれとは全く違う感覚ではあるが特にこれといって深刻な問題があるようには思えない。
瀕死の重傷を負うことが少なかったエルピスではあるが、そんなエルピスでも一応こういった瀕死の状況になったことは一度や二度ではない。
瀕死の重傷を負ったことがない人間はその状況に直面した時に対処を誤り死ぬ可能性がある、そんな父の考えからエルピスは瀕死の状態でイロアスと戦うことも少なくはなかった。
その時と対して変わらないいまの状況だというのにセラの口から出た条件はまるでエルピスの命の火が消えかかっているようである。
「絶対安静は僕からもだね。今回の事件解決でも権能は絶対使っちゃダメだよ」
視線を移してみればニルからもそんなことを口にされる。
よほどの重体なのだろう、そんな時ふとエルピスの頭の中では癌で死んでいったお婆ちゃんのことが思い浮かんだ。
かなりの危篤状態にあり長い癌治療によって全身を絶え間ない苦痛に侵され起き上がることも難しかったお婆ちゃんは、だが死ぬ前日にはまるで身体の異常は無いとばかりに普通に立ち上がりご飯まで作っていた。
人の身体は歩いても余裕がある時は危険であると判断し体を休ませようとするが、限界を超え死が確定すると普段と同じようなことをしようとするのだ。
不思議な物だがそれを目の当たりしているエルピスとしては、自分もそれと同じ状況になっているのだろうと考えるのは自然なことだろう。
「本当は救出を私達に任せてもいいくらいなのだけれど、それは流石に嫌でしょう?」
「さすがにそれはね。本気で俺だって怒ってるんだ、置いてけぼりにされたらどこで暴れるか分かんないよ」
「──それは対処しないとね。エルピス、アヴァリさんから座標は聞いてきたよ、いつでも行ける」
がらりと音を立てながら部屋へと入ってきた灰猫がそう口にすると、部屋の中の空気は先程までと全く別のものになる。
よく見てみればその灰猫の後ろに二人の森妖種が立っていた。
アヴァリとアールヴではない、エルピスが最も信頼を置く二人の森妖種だ。
「お久しぶりですエルピス様。お身体は大丈夫ですか?」
入ってきたのはヘリアとリリィ。
別口でエラを探していた彼女達は一足先にエラの元へと向かっている。
「俺の事は大丈夫。それで敵は何処にいる?」
「敵は連合国の城壁都市で一旦腰を下ろしています。共和国にそのまま持ち帰ってはバレるので隠れているのでしょうね、私達もすっかりと騙されてしまいました」
屈辱である。
そう物語るヘリアの目線を受けながらも、エルピスは冷静に事に当たるように指示を出す。
「落ち着いて行動してね、敵が何をするかわからないから。とりあえず現場にはいま何人いるの?」
「現場には戦闘経験豊富な者が二十人ほど。時間をかければもう少し集まるでしょうがバレないようにするならこれくらいが限界でしょう」
「それくらいの距離ならすぐだし別にいいかな。そのまま見張るように言っておいて」
距離にすれば二週間かけてきた共和国から森霊種の国への道のりよりも、ここから連合王国へと向かう道のりの方が倍ほどはある。
だがそれは馬を使って移動した場合の話だ、権能を使うことができないのは億劫ではあるものの翼を広げればそれほど遠い距離ではない。
「了解しました、エラを頼みます。可愛い妹分なので」
「もちろん任せてよ、絶対に取り返してくるからさ」
エルピスの両手を取って願うように口にしたリリィに対して、エルピスは絶対に失敗しないという決意を込めながら言葉を返す。
龍の宝物に手を出した人物がどうなってきたかは、この世界の歴史書や空想の書物にだってどれも同じように書かれている。
結果は逃れることのできない死だけだ。
リリィ達に見送られながら病院の屋上へとやってきたエルピス達は、それぞれ武器を腰にくくりつけいつでも戦闘のできる体制を整える。
「それじゃあ行くよ。しっかり捕まってて」
「翼は出しても大丈夫なの?」
「大丈夫ではないけれど…まぁ移動中は私とニルが回復魔法をかけ続けるからなんとかなるでしょう」
「それじゃあ行くよ!」
一抹の不安を残しながらも背中から翼を生やしたエルピスは、アウローラと灰猫を片手ずつで抱えセラニルフェルには世界を編んで作った鎖を手渡すと、そのままその場で全力でジャンプした。
目にも止まらぬ速さで空へと飛び立った一歩目のその力で浮き上がる身体をそのままに、エルピスは更に龍神の翼を大きく広げる。
サイズは自由に調整可能なのでやろうと思えば100メートルを越す翼すら実現可能なのだが、龍神としての性能を最大限に発揮したいのであれば片翼辺り3メートルそれを4組もあれば十分だ。
計八枚にもわたる翼はこの世界で最高の空を飛ぶための道具であり、そして敵を打ち倒すための力でもある。
まるでいつもこの翼を使用して移動しているのではないかと思えるほどに体に馴染むその翼の威力を確認するため、エルピスは半分ほどの力を込めて前へと進む。
「──うっわはやぃぃぃいいいぃ!!」
一瞬で過ぎ去っていく視界の中でそんなことを口にしたのはアウローラではなく灰猫の方である。
加速時に出る衝撃波は魔法によって調整可能なので周辺に被害が出ないようにし、一瞬でマイナスまで下がるはずの温度もセラとニルが対処してくれているおかげで特に問題はない。
大空を音速以上の速度で跳びながら、エルピスは魔剣と聖剣に手を触れもう少し装備を増強しておくべきだったと後悔する。
ありえない事ではあるがもし実力が拮抗してしまった場合、最も勝敗を分ける要素になるのは武器の性能差であるとエルピスは考えている。
いまさらどうにかなるようなものではないのだが、普段からしておけば良かったと思っていた事を面倒だと後回しにしたツケがやってきたということだ。
「ちょ!これはやすぎじゃないぃぃ!!?」
「まだまだこんなもんじゃないぞ! 本気で行くから舌噛むなよ!?」
「わくわくするね!」
「これ以上はむっ──」
手の中で叫ぶアウローラに遠慮せず、エルピスは全力で羽ばたいて更にその速度を高める。
この日森霊種の国と連合国の国境付近に住む者達は昼間に黒い流星を見るのだが、その正体がエルピスであったことを知るものは一人もいない。
「速過ぎてわからないけどいまってどこらへん!?」
「共和国の国境は超えたからそろそろ連合国ッ! あと数分もしないで着くよ!!」
「いやあんた早すぎじゃない!?」
飛び始めて十分と少しと言った所だろうか。
徒歩ならば三ヶ月はかかるであろう道のり、だが今のエルピスにしてみれば大した距離ではない。
もう既にはるか後方に行ってしまった国境のことを考えながら、エルピスは再び気を締め直す。
ふとその瞬間に、エルピスの身体をセラが逆方向に引っ張って止める。
城塞都市の情報はエルピスの頭の中には入っていないので、おおよその位置を頼りにして後はセラやニルの探知能力を頼りにしていたのだが、思っていたよりも強引なやり方で止められた事にエルピスは目を丸くする。
見てみればどうやってか空中に足を止めたセラは前に進もうとするエルピスを鎖を使って無理やり止めており、あまりの力技に抱えられていたアウローラや灰猫も驚くしかない。
「エルピスさっきのところよ!」
「──ッさっきの城塞都市がそうか! おんなじ様なのばっかだから見分けつかないんだけど!!」
「二つ前のところよ、10秒くらいで着くはず」
「分かった」
感覚を研ぎ澄ましてようやくエラの気配を感じ取ったエルピスは、先程の城塞都市まで誰にも気が付かれない様に超高高度を最高速で飛ぶ。
1秒また1秒と時間が経過していくごとに骨が軋むほどの怒りをどうにかして抑え込みながら、エルピスは城塞都市へと降り立つのだった。
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