クラス転移で神様に?

空見 大

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青年期:帝国編

幕間新たな可能性

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「ニル、私は君が憎い。どうしても憎いんだ」

 もはや原型もとどめていないほどに荒れ果てた桜仙種の村の中で、己の激情を何とか止めようとしながらも怨嗟の言葉を吐き出すレネスの姿がそこにはあった。
 地形が変化していないのは一重に他の桜仙種達がその場所を結界で覆っているからであり、山脈が崩壊せずにこの場所に残っているのは奇跡といってもいい。

 口は心と最も親密につながっている機関であり、だとするならば彼女の口から漏れ出ている言葉はそのすべてが当たり前ではあるが本心なのである。
 愛という不条理でありながらも時には己を生かそうとするより強い感情におぼれて苦悩する生命体、それこそニルが愛すべき生命体であり可愛らしい信徒でもあった。
 そんな愚かでかわいいレネスに対してニルは冷たい言葉を放つ。

「奇遇だね、僕も君を心の底から嫌悪している。だけど感情を持たない君に比べればまだかわいげがあるかな」

 ニルが手にしているのはエルピスからかつてプレゼントされた武器ではなく、ニルがこの世界にやってくるときに隠し持っておいた武器である。
 それは形状のない武器であった、神の武器であった。
 桜仙種の目をもってしても見ることはかなわず、だが確かにその手に握られていると確信できるのは頭の中を憎しみが占領していたレネスが、その感情をすべて放り投げて戦闘に意識を向けざる負えないほどの威圧感をニルが身にまとったことがその証明である。

 踏み込めば死ぬだろう、背を見せれば意識を刈られるだろう。
 だがそんなことで止められる程度の感情ならば、レネスの精神はここまで蝕まれることなどありえない。
 死ぬとわかっていながらも、レネスは自分の歩みを止めようとするニルを排除するために渾身の力で地面を踏みしめた。

「──ああああ!!!」

 金属音が辺りに響き渡り、周りにいる桜仙種達にもニルの間合いがどれほどなのかようやく目に見えた。
 それはあまりにも遠い。
 実に4m、それがニルの正確な間合いだ。
 桜仙種の身体能力を持ってすれば千年引きこもっていたとしても瞬きの間に詰められる程度の距離、間違ってもその距離を詰められることができないなどあろうはずがない。
 しかもあの場で戦っているのは桜仙種が最高の知識を与え、最高の肉体に鍛え上げ、最高の技を身につけさせ、最高の装備でその身を包む桜仙種の宝である。

 そんな彼女がこの程度の距離に足を止められたという事は、それだけニルの持つ武器が脅威であるという事の証明に他ならない。
 神代に創生神と殺し合いをしていた彼女の実力は、エルピスが想定しているよりもはるかに上である。

「何故邪魔をする!? 私の激情は貴方も理解しているはずだ、何故それなのに邪魔をする!!」

「何故? それは聞かなければわからない事なのかい?」

 抜けないと判断したレネスは、次は言葉による懐柔を試みる。
 そしてそれは決して意味のないことであったと、レネスは無理やりニルに理解させられた。
 この激情をニルは知っているのではない、常にこの激情を味わいながら過ごしているのだ。

 エルピスの事を考えると知らない感情で心が満たされる、ニルたちと共にいる所を思い出せばここ数日で味わったあの地獄よりもさらに辛い怒りと憎しみが心の中を埋め尽くす。
 これが常になどど、それが本当であれば感情を失っているのはニルの方なのではないのか。

「心で人は強くならないが、心を持てば人は強くなる。いまのエルピスが君の激情を受け止めきれると僕は思っていないし、もしエルピスに危害が及べば僕も姉さんも君を殺さなければいけなくなる。だから邪魔をしているんだよ」

「私を殺せると? 仙桜種の最高傑作、新たなる仙桜種である私を?」

「ははっ、殺せないとでも思っていたのかい?」

 それは事実上の殺害可能宣言であり、レネスのプライドを激しく傷つけたその一言に再び激しい戦闘がはじまった。
 戦闘は七日に渡って続けられた。
 それはレネスの潜在性の証明であり、そして大人に近づいたニルの強さの証明でもある。

 膝を泥で汚しながら苦悶の表情をその顔に浮かべるのは、ズタボロになってしまったレネスである。
 人生で二度目の敗北をきっしたレネスの内心はズタボロであった、負けることが許されない仙桜種の最高峰が二度もの敗北を受けたのだ、生きていることすら恥ずかしいとも思えた。

 どれだけ頑張っても、どれだけ手を伸ばそうとしても勝つことができない。
 心を手にしただけで強くなれるなんてきっと嘘だ、そう言い聞かせるしかやるせない思いは払拭出来なかった。

「──理解したかい? 己の役目を。気がついたかい? 己の感情に」

 だがそんな恥ずべき敗北だとしてもレネスにはこれ以上ない程の大切なものが胸の中にあった。
 それはエルピスとニルに負けた後の胸の中にある感情の差異である。
 例えばこれでエルピスと戦った時と同じだけの感情がニル相手に浮かんだのであるならば、きっと自分はエルピスとニルを同じようにしてみているのだろう。

 だが実際問題結果は明白で、レネスの感じている感情は悔しさや自責の感情だけである。
 ならばあの時それらの感情に紛れて自分の中に生まれていた感情が何なのか、数多の知識を身に着けているからこそ、それが何なのであるかくらいはさすがに想像もつく。

「憧れ──いや、恋なのか。私も俗っぽくなったものだな」

「創生神なんて俗っぽさの塊だよ? それから生まれたのならそれくらい当り前だよ」

「そうか……ははっ、恋とはなんとも辛いものだな」

 数多の年月の中で一度も味わったことのない感情、ようやくその感情を味わいさらなる蜜を手に入れようと思い至ろうとも、もはやあまりにも遅い。
 手に入れるべき椅子は既にそのすべてが占領されている、叶うはずのない恋というものはなかなかどうして辛いものだ。
 恋が始まると同時に恋が終わるなどそう珍しい話でもない、だが珍しい話でなくとも個人に与えられる衝撃というものはなかなか重たいものである。

「──それだけれど、エルピスの隣をあと一つくらいなら僕的には開けて上げてもいいと思っている。……信じられなさそうな顔だね」

 当たり前だ、正気を失うような激情の中で他人にその座を譲り渡すなど、正気の沙汰ではない。

「当然だ。あの激情の中で他人にその場所を譲るなど私には無理だ」

「それはほら、余裕だよ。心の余裕、それを持てばいいだけさ。──さて、そんな貴重な場所を分け与えるにあたって君にしてもらわなければいけないことがある」

 報酬に対しての条件付け、それは報酬が莫大な物であればあるほど対価として差し出される条件は厳しいものになるはずだ。
 神を一人殺すくらいの覚悟を胸に秘めたまま、レネスはニルに対して問いかける。

「私がしなければならない事?」

「そうだ。なに、簡単なことだ。僕の力をもって君たち桜仙種の実力を引き出す、レネスの中にある力もね」

「私の中にある力……これ以上の力が……私に」

 正直頭打ちだと思っていた。
 数千年は変わらない実力、もはや限界点に達している武具の数々に手に入れた特殊技能の数々。
 これ以上はない、もはや神の域すら超えた生物であると。
 自惚れてしまっていた、だが限界はまだあるのだ。

「この村を見回って見つけたものが正しければ、おそらく君達はまだ完成していない。年月さえあれば自力で解決もしそうだけれど、僕が君達を完成まで無理やり押し上げるよ」

 狂愛の神はにやりと笑う。
 新たな駒を手に入れた事による歓喜の笑みか、はたまた別の笑みか。
 それを知るのはまたまやニルのみである。
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