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青年期:クラスメイト編
演説
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――そんなことがあったことなどつゆ知らず、アウローラは数年ぶりに王城に用意された自らの部屋でゆったりと紅茶を飲みながら、マギアとの会話を楽しんでいた。
「少し見ない間に随分と大きくなったのうアウローラ」
「たった半年くらいよ? そんなに変わったことあるように見える? お爺ちゃん」
「変わっておるともさ、本人が自覚しているよりも大きくの」
マギアの言っている変化というのは、もちろん外見的な面ではない。
アウローラももう少しで20になる年齢だ、人であるアウローラの肉体的な成長はほとんど終わっているといっていいので、アウローラもそれはわかっている。
アウローラ本人として一番最初に心当たりとして出てきたのは、エルピスとの関係だ。
王国を出た時のような、なあなあで終わる雰囲気とは違い今はしっかりとした恋愛関係に代わっている。
マギアが最もアウローラの変化に挙げる部分としてはそこだろう。
「そんなものなのかしらね。それでお爺ちゃん、私に用事って何なの?」
アウローラ自身もそれについては同意なので相槌だけを入れマギアとの会話に一区切りを入れると、アウローラは質問を投げかける。
実はいま喋ったような当たり障りのない内容をマギアはこの部屋に入ってきてから無駄に長々と喋っており、それにこらえきれなくなったアウローラが質問をした形である。
長話が消して嫌いなわけではないが、アウローラが知っているマギアは少なくとも無駄な話を好むような人間ではない。
そんなマギアが話すのを躊躇っている以上は、何か非常に話しづらい内容なのは容易に想像できるものの、それに対しての恐怖よりもアウローラとしては早く教えてほしい気持ちが勝っている。
アウローラのそんな姿を見て腹を決めたのか、マギアはゆっくりと口を開く。
「アウローラや、ヴァスィリオの名を継いではくれんか」
「私がヴァスィリオを継ぐ!? え、なんでお父さんだってまだまだ現役なのに」
ヴァスィリオの名を継ぐということは、つまりアウローラが当主になるということである。
ヴァスィリオ家は王国内において軍事で非常に強力な力を持つ家であり、その当主は代々軍略に秀でたものが務める決まりになっている。
実力で言うのならば当主になれる器であるアルキゴスではなく、生身の実略ならば嫁にすら負けるビルムが当主であるのはそういった理由からだ。
騎士、兵士、街兵、魔術師など緊急時には王族を除けば全ての軍事的役職に指示を出せる唯一の役職でもある。
「この提案は儂とビルム両方からの物じゃ。今の王国は人員が圧倒的に不足している、このままではいつかどこかにほころびが出来てしまうじゃろう。じゃからそれまでに優秀な者たちを育てておく必要があるのじゃよ」
今の王国は農業、魔法産業の両面でいまだかつてない程の大規模な改革が行われている。
それは王国の今後をめぐる大切なものであり、国の命運すらかかるこの事業には現在王国があてられるマンパワーのほとんどすべてを割いていた。
それはエルピスが王国に来た頃には書類仕事をしていなかったマギアが、時間を削られながら書類に追われていることからも王国の余裕のなさが理解できるだろう。
そんな中今回新たに世界規模の戦争の予兆ができたことで王国の人員は圧倒的に不足することになった。
アウローラだけでなく王国の貴族たちは権利や資産などは自分たちの管轄下ではあるが、子供たちに家を譲ることで当主でしか行えない仕事などを任せている。
「そっか。そういうことならわかった、やりたいこともあったしね」
「悪いのうアウローラ」
「謝らないでよおじいちゃん、今日からは私に協力してもらわないといけないしね。とりあえずグロリアスのところに行きましょう。昨日言ってたものの準備が多分そろそろ終わるはずだから」
王国内程度の距離であればなんとかアウローラでも通話を繋げることは可能なので、昨日の間にアウローラからグロリアスにメッセージの魔法を使いやりたいことに関しての説明などはある程度は終えているので、そろそろ準備も終わっているころだろう。
飲み終えた紅茶を机に置き席を立とうとするアウローラにふとマギアから呼びかけがかかる。
「--そういえば言い忘れておったのじゃが」
!
「そういえばさエル、向こうは今どんな感じなの?」
場所は再び変わり、ゆったりと街中を歩いていると不意にエルピスが腕に抱きつくニルに向かってそんなことを口にする。
死体の処理や魔素の除去などはエルピスが行なったが、血飛沫や瓦礫、死肉の匂いや消えた重要書類など復旧にかかる時間は相当あるはずだ。
まだ敵が現れる危険性と食糧や居住場所の確保の関係上、一部の力があり学園への帰還を望んだ生徒以外は王国にいるので、向こうの人員としてはそれほど多くない筈である。
セラを残しているので戦闘系に関しては問題ないだろうが、清掃活動や建築活動に関していえばセラの力は未知数だ、エルピスが把握できている分にはそれほど建築に精通しているというイメージはないが、天使であるセラならそれくらいできそうというイメージもある。
「向こうは姉さんが頑張って土木関係終わらせてたから外見上は殆ど元に戻ってるよ」
「あの量をもう終わらせたの!? 内装だけでも結構あったと思うんだけど」
多少できるくらいならばまだしも、一日二日であれを終わらせるので有れば相当である。
エルピスも一応は森霊種のみが使用できる木魔法を使用することができるので建築は可能だが、それでもあれほどの建築を行うなら鍛治神の力を使わなければ無理だろう。
それを自力で行ってしまうのだからセラは底が知れない。
「姉さん昔から結構建築得意だったからね。神って基本自分の担当以外は苦手なはずなんだけど、あの人は基本何でもできるから」
「ーー興味深いですね。神にも得手不得手があるとは、初めて聞きました」
「神の中でも全知全能は二柱だけだよ。破壊神と創生神だけがすべてに勝ることができるんだ、まあ負けてあっけなく死ぬことももちろんあるけどね」
ひょっこりと顔を出しながらニルに問いかけたのは、少し後ろを歩いていたイリアである。
彼女からしてみれば、神に関係する話は興味をそそるには十分な話題なのだろう。
ニルの認識で言うところの神は一神教というよりは多神教のほうが近い。
もちろんニルたちの間でもそれなりには強さに差があるが、人間目線で見ればどう考えても返せない差であったとしても神から見てみれば何とかなることの方が多い。
その点破壊神と創生神はこの二柱にしかない独自の性質を持っているので、神からしてみればそちらの方がよほど覆しづらい差であるといえる。
「そうですか……神が死ぬとどうなるんですかね、再び神に戻るのでしょうか」
「神にもよるかな。エルピスなんかは特例だよ、創生神の器をそのまま人にした形だからさ」
「--え!? 創生神ですか!」
「ちょ、なにその話俺聞いたこと無いんだけど!?」
〔--王国国営放送です〕
エルピスも聞いたことのない情報に驚きニルに疑問を投げかけようとしたその瞬間、王都に張り巡らされた魔道具からきれいな女性の声が聞こえてくる。
どこかで聞いたことのある声にエルピスの疑問も一瞬掻き消えると、周りの家から国民がひょっこりと顔を出しその内容に耳を傾けていた。
近くの掲示板を見てみれば緊急の放送を行う旨が書かれており、発案者の欄にはグロリアスだけではなくアウローラの名前まで刻まれている。
今日の昼マギアにアウローラが呼ばれていた理由なのかはわからないが、無関係ということはさすがにないだろう。
〔まず現国王グロリアス・ヴァンデルグ様からの挨拶です〕
〔--皆様いつもご苦労様です、今日は皆様の時間を頂きありがとうございます。さて早速ですが今回は魔法学園シュエンヴィルから帰ってきたヴァスィリオ家当主アウローラ・ヴァスィリオからの発表がありますので最後までご清聴していただきますようお願いします〕
「グロリアス腰低くないか……? 大丈夫なのあれ国王的に」
「兄さんは昔からあんな感じですよ。ただ国民からはそんな姿がかわいらしいと好評です、結果を残していますから文句もつけられませんしね」
アウローラが当主になっていたという事実よりも先に、グロリアスの今の発表が大丈夫なのかという疑問点のほうがエルピスからしてみれば大きい。
ただイリアから帰ってきた返答はその想定を覆すもので、実際見てみれば窓から顔を出している国民はグロリアスの言葉に足して真剣ながらもほっこりとした顔をしている。
グロリアスが今日までどうやってこの国で政治を行ってきたかがはっきりとわかる程に、明るい国民の顔を見ながら、エルピスは続いて聞こえてくるアウローラの言葉に耳を傾ける。
〔ご紹介に預かりましたアウローラ・ヴァスィリオです。国王グロリアス・ヴァンデルグ様に代わりお話をさせていただきます。まず先に今から話す内容は非常に衝撃的な内容です、もしかすれば絶望に心を埋め尽くされ膝を折ってしまいたくなるかもしれません。ですが最後まで聞いてください、必ずその絶望は晴れると約束します〕
実にアウローラらしい始まりだ。
楽観的に見えるアウローラだが、その実彼女はエルピスが行動を共にする人物の中で最も悲観的な人物であるともいえる。
最悪を想定し、常に他者の気持ちを考えて生きているアウローラは他人の絶望を希望に変える力があるのだ。
〔まず先日人類種の叡智の象徴であった学園は、人間と亜人の連合軍によって二千人を超える犠牲を出し壊滅しました。これはいまだにどこの国においても発表されていない事実であり、またその連合軍を率いた男が人類に対して宣戦布告を行い5,6年後には人類種に対して攻撃を仕掛けてきます。これは逃れようのない事実であり、いずれ来る、確実な人類の存続をかけた戦いを王国は前にしています〕
曇る国民よりも、内に秘めた思いを胸に押し込む国民のほうが王国全体を見れば圧倒的に多い。
それはアウローラの持つ〈女帝〉の力と、何よりもかつて王国祭において闘技場でその雄姿を見せたアウローラの言葉があってこそだろう。
〔私たち貴族が皆様の盾となり、王族の方々は皆様の剣となります。下を向く必要はありません、貴方たちは誇り高き人です。その誇りを胸に抱いて恐れることなく日々を過ごしてください。私たちがあなた方に臨むのは何よりもの幸福です、人として気高く生きてください〕
現状において王国は軍事力をこれ以上は必要としていない。
国対国の戦争で有れば国力の全てを投げ打ってでも戦力の増強を最優先するべきだろうが、今回それを行うのは最前線になる国だけである。
ならばこそ王国が最も怯えるべきなのは疲弊による国の滅亡ではなく、不安から来る破滅を避ける事だ。
だからこそアウローラは彼等を奮い立たせるような言葉を選ばす、だが彼等にどこよりも早く事実を打ち明けることによってその信頼を勝ち取った。
それは何にも変え難い最高の成果だと言える。
必要なのは熱に狂った力尽きるまで走る狂戦士ではなく、物事を考え導き立ち上がる市民達なのだから。
〔あなた方の安全はヴァスィリオ家が保証いたします。ご清聴ありがとうございました〕
〔ーー以上で放送を終了いたします、皆さま通常の業務へお戻りください〕
ふと市民の顔を見てみればその顔に悲壮感はない。
いつもと同じ日常が訪れるとは彼等も思っていない筈だ、これから五年までの準備期間の間に彼等にもそれなりの負担がかかる筈である。
だがアウローラの演説がその負担を抱えてもいいと思わせた、エルピスには決してできない、それは彼女にしかできない動きだ。
「なんか今日はやけにいろいろと起きたような気がするよ。とりあえず王城に帰ろっか」
「そうだねエルピス。僕お腹空いてきちゃった」
「呑気ですね重たい話の後なのに。私もご同行させてもらいますからね」
「引っ張るなよニル! ちょ、おい力強い!」
ニルに服の袖を引っ張られながらエルピスは街の中を歩いていく。
これから人類は大きな変革が行われるだろう、それに自分がどうか変わってくるのか、小さ来る息を吐き出しながらエルピスは静かに頭を動かしていくのだった。
「少し見ない間に随分と大きくなったのうアウローラ」
「たった半年くらいよ? そんなに変わったことあるように見える? お爺ちゃん」
「変わっておるともさ、本人が自覚しているよりも大きくの」
マギアの言っている変化というのは、もちろん外見的な面ではない。
アウローラももう少しで20になる年齢だ、人であるアウローラの肉体的な成長はほとんど終わっているといっていいので、アウローラもそれはわかっている。
アウローラ本人として一番最初に心当たりとして出てきたのは、エルピスとの関係だ。
王国を出た時のような、なあなあで終わる雰囲気とは違い今はしっかりとした恋愛関係に代わっている。
マギアが最もアウローラの変化に挙げる部分としてはそこだろう。
「そんなものなのかしらね。それでお爺ちゃん、私に用事って何なの?」
アウローラ自身もそれについては同意なので相槌だけを入れマギアとの会話に一区切りを入れると、アウローラは質問を投げかける。
実はいま喋ったような当たり障りのない内容をマギアはこの部屋に入ってきてから無駄に長々と喋っており、それにこらえきれなくなったアウローラが質問をした形である。
長話が消して嫌いなわけではないが、アウローラが知っているマギアは少なくとも無駄な話を好むような人間ではない。
そんなマギアが話すのを躊躇っている以上は、何か非常に話しづらい内容なのは容易に想像できるものの、それに対しての恐怖よりもアウローラとしては早く教えてほしい気持ちが勝っている。
アウローラのそんな姿を見て腹を決めたのか、マギアはゆっくりと口を開く。
「アウローラや、ヴァスィリオの名を継いではくれんか」
「私がヴァスィリオを継ぐ!? え、なんでお父さんだってまだまだ現役なのに」
ヴァスィリオの名を継ぐということは、つまりアウローラが当主になるということである。
ヴァスィリオ家は王国内において軍事で非常に強力な力を持つ家であり、その当主は代々軍略に秀でたものが務める決まりになっている。
実力で言うのならば当主になれる器であるアルキゴスではなく、生身の実略ならば嫁にすら負けるビルムが当主であるのはそういった理由からだ。
騎士、兵士、街兵、魔術師など緊急時には王族を除けば全ての軍事的役職に指示を出せる唯一の役職でもある。
「この提案は儂とビルム両方からの物じゃ。今の王国は人員が圧倒的に不足している、このままではいつかどこかにほころびが出来てしまうじゃろう。じゃからそれまでに優秀な者たちを育てておく必要があるのじゃよ」
今の王国は農業、魔法産業の両面でいまだかつてない程の大規模な改革が行われている。
それは王国の今後をめぐる大切なものであり、国の命運すらかかるこの事業には現在王国があてられるマンパワーのほとんどすべてを割いていた。
それはエルピスが王国に来た頃には書類仕事をしていなかったマギアが、時間を削られながら書類に追われていることからも王国の余裕のなさが理解できるだろう。
そんな中今回新たに世界規模の戦争の予兆ができたことで王国の人員は圧倒的に不足することになった。
アウローラだけでなく王国の貴族たちは権利や資産などは自分たちの管轄下ではあるが、子供たちに家を譲ることで当主でしか行えない仕事などを任せている。
「そっか。そういうことならわかった、やりたいこともあったしね」
「悪いのうアウローラ」
「謝らないでよおじいちゃん、今日からは私に協力してもらわないといけないしね。とりあえずグロリアスのところに行きましょう。昨日言ってたものの準備が多分そろそろ終わるはずだから」
王国内程度の距離であればなんとかアウローラでも通話を繋げることは可能なので、昨日の間にアウローラからグロリアスにメッセージの魔法を使いやりたいことに関しての説明などはある程度は終えているので、そろそろ準備も終わっているころだろう。
飲み終えた紅茶を机に置き席を立とうとするアウローラにふとマギアから呼びかけがかかる。
「--そういえば言い忘れておったのじゃが」
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場所は再び変わり、ゆったりと街中を歩いていると不意にエルピスが腕に抱きつくニルに向かってそんなことを口にする。
死体の処理や魔素の除去などはエルピスが行なったが、血飛沫や瓦礫、死肉の匂いや消えた重要書類など復旧にかかる時間は相当あるはずだ。
まだ敵が現れる危険性と食糧や居住場所の確保の関係上、一部の力があり学園への帰還を望んだ生徒以外は王国にいるので、向こうの人員としてはそれほど多くない筈である。
セラを残しているので戦闘系に関しては問題ないだろうが、清掃活動や建築活動に関していえばセラの力は未知数だ、エルピスが把握できている分にはそれほど建築に精通しているというイメージはないが、天使であるセラならそれくらいできそうというイメージもある。
「向こうは姉さんが頑張って土木関係終わらせてたから外見上は殆ど元に戻ってるよ」
「あの量をもう終わらせたの!? 内装だけでも結構あったと思うんだけど」
多少できるくらいならばまだしも、一日二日であれを終わらせるので有れば相当である。
エルピスも一応は森霊種のみが使用できる木魔法を使用することができるので建築は可能だが、それでもあれほどの建築を行うなら鍛治神の力を使わなければ無理だろう。
それを自力で行ってしまうのだからセラは底が知れない。
「姉さん昔から結構建築得意だったからね。神って基本自分の担当以外は苦手なはずなんだけど、あの人は基本何でもできるから」
「ーー興味深いですね。神にも得手不得手があるとは、初めて聞きました」
「神の中でも全知全能は二柱だけだよ。破壊神と創生神だけがすべてに勝ることができるんだ、まあ負けてあっけなく死ぬことももちろんあるけどね」
ひょっこりと顔を出しながらニルに問いかけたのは、少し後ろを歩いていたイリアである。
彼女からしてみれば、神に関係する話は興味をそそるには十分な話題なのだろう。
ニルの認識で言うところの神は一神教というよりは多神教のほうが近い。
もちろんニルたちの間でもそれなりには強さに差があるが、人間目線で見ればどう考えても返せない差であったとしても神から見てみれば何とかなることの方が多い。
その点破壊神と創生神はこの二柱にしかない独自の性質を持っているので、神からしてみればそちらの方がよほど覆しづらい差であるといえる。
「そうですか……神が死ぬとどうなるんですかね、再び神に戻るのでしょうか」
「神にもよるかな。エルピスなんかは特例だよ、創生神の器をそのまま人にした形だからさ」
「--え!? 創生神ですか!」
「ちょ、なにその話俺聞いたこと無いんだけど!?」
〔--王国国営放送です〕
エルピスも聞いたことのない情報に驚きニルに疑問を投げかけようとしたその瞬間、王都に張り巡らされた魔道具からきれいな女性の声が聞こえてくる。
どこかで聞いたことのある声にエルピスの疑問も一瞬掻き消えると、周りの家から国民がひょっこりと顔を出しその内容に耳を傾けていた。
近くの掲示板を見てみれば緊急の放送を行う旨が書かれており、発案者の欄にはグロリアスだけではなくアウローラの名前まで刻まれている。
今日の昼マギアにアウローラが呼ばれていた理由なのかはわからないが、無関係ということはさすがにないだろう。
〔まず現国王グロリアス・ヴァンデルグ様からの挨拶です〕
〔--皆様いつもご苦労様です、今日は皆様の時間を頂きありがとうございます。さて早速ですが今回は魔法学園シュエンヴィルから帰ってきたヴァスィリオ家当主アウローラ・ヴァスィリオからの発表がありますので最後までご清聴していただきますようお願いします〕
「グロリアス腰低くないか……? 大丈夫なのあれ国王的に」
「兄さんは昔からあんな感じですよ。ただ国民からはそんな姿がかわいらしいと好評です、結果を残していますから文句もつけられませんしね」
アウローラが当主になっていたという事実よりも先に、グロリアスの今の発表が大丈夫なのかという疑問点のほうがエルピスからしてみれば大きい。
ただイリアから帰ってきた返答はその想定を覆すもので、実際見てみれば窓から顔を出している国民はグロリアスの言葉に足して真剣ながらもほっこりとした顔をしている。
グロリアスが今日までどうやってこの国で政治を行ってきたかがはっきりとわかる程に、明るい国民の顔を見ながら、エルピスは続いて聞こえてくるアウローラの言葉に耳を傾ける。
〔ご紹介に預かりましたアウローラ・ヴァスィリオです。国王グロリアス・ヴァンデルグ様に代わりお話をさせていただきます。まず先に今から話す内容は非常に衝撃的な内容です、もしかすれば絶望に心を埋め尽くされ膝を折ってしまいたくなるかもしれません。ですが最後まで聞いてください、必ずその絶望は晴れると約束します〕
実にアウローラらしい始まりだ。
楽観的に見えるアウローラだが、その実彼女はエルピスが行動を共にする人物の中で最も悲観的な人物であるともいえる。
最悪を想定し、常に他者の気持ちを考えて生きているアウローラは他人の絶望を希望に変える力があるのだ。
〔まず先日人類種の叡智の象徴であった学園は、人間と亜人の連合軍によって二千人を超える犠牲を出し壊滅しました。これはいまだにどこの国においても発表されていない事実であり、またその連合軍を率いた男が人類に対して宣戦布告を行い5,6年後には人類種に対して攻撃を仕掛けてきます。これは逃れようのない事実であり、いずれ来る、確実な人類の存続をかけた戦いを王国は前にしています〕
曇る国民よりも、内に秘めた思いを胸に押し込む国民のほうが王国全体を見れば圧倒的に多い。
それはアウローラの持つ〈女帝〉の力と、何よりもかつて王国祭において闘技場でその雄姿を見せたアウローラの言葉があってこそだろう。
〔私たち貴族が皆様の盾となり、王族の方々は皆様の剣となります。下を向く必要はありません、貴方たちは誇り高き人です。その誇りを胸に抱いて恐れることなく日々を過ごしてください。私たちがあなた方に臨むのは何よりもの幸福です、人として気高く生きてください〕
現状において王国は軍事力をこれ以上は必要としていない。
国対国の戦争で有れば国力の全てを投げ打ってでも戦力の増強を最優先するべきだろうが、今回それを行うのは最前線になる国だけである。
ならばこそ王国が最も怯えるべきなのは疲弊による国の滅亡ではなく、不安から来る破滅を避ける事だ。
だからこそアウローラは彼等を奮い立たせるような言葉を選ばす、だが彼等にどこよりも早く事実を打ち明けることによってその信頼を勝ち取った。
それは何にも変え難い最高の成果だと言える。
必要なのは熱に狂った力尽きるまで走る狂戦士ではなく、物事を考え導き立ち上がる市民達なのだから。
〔あなた方の安全はヴァスィリオ家が保証いたします。ご清聴ありがとうございました〕
〔ーー以上で放送を終了いたします、皆さま通常の業務へお戻りください〕
ふと市民の顔を見てみればその顔に悲壮感はない。
いつもと同じ日常が訪れるとは彼等も思っていない筈だ、これから五年までの準備期間の間に彼等にもそれなりの負担がかかる筈である。
だがアウローラの演説がその負担を抱えてもいいと思わせた、エルピスには決してできない、それは彼女にしかできない動きだ。
「なんか今日はやけにいろいろと起きたような気がするよ。とりあえず王城に帰ろっか」
「そうだねエルピス。僕お腹空いてきちゃった」
「呑気ですね重たい話の後なのに。私もご同行させてもらいますからね」
「引っ張るなよニル! ちょ、おい力強い!」
ニルに服の袖を引っ張られながらエルピスは街の中を歩いていく。
これから人類は大きな変革が行われるだろう、それに自分がどうか変わってくるのか、小さ来る息を吐き出しながらエルピスは静かに頭を動かしていくのだった。
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