クラス転移で神様に?

空見 大

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青年期

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 王都から少し離れた商業都市ルンタ、そこはエルピスが各国への遠征前に立ち寄っていた都市であり、王国の商業の大部分を担っている重要都市の一つである。
 そんな重要都市の郊外にある森林地帯で身を隠すようにして林の中へ馬を入れていたのは、この国の軍部を事実上掌握しているアルキゴスその人だった。

「それでアルさん、ほんとにいるんですか? 亜人の軍勢とやらは」
「それを調べるのが俺達の仕事だ。繰り返すようで悪いがこれは王命、気を抜くことは許されないぞ」

 黒髪に黒の鎧を見に纏った近衛兵の一人であるルードスが、本当にそんな軍勢がいるのかとアルキゴスに対して疑問を投げかける。
 それに対して答えたアルキゴスに追随するようにして近衛兵の最年長、オペラシオンが言葉を続けた。

「選ばれたのがこの面子だ、いないと思う方が無理がある」
「まあそれはそう……なんですが」

 オペラシオンに声をかけられて改めてルードスが集まったメンバーの顔触れを見てみれば、都市程度であれば簡単に攻略できるだけの人員がそろっている。
 近衛兵が二人、宮廷魔術師が九人、師団長クラスの実力者が騎士団から十人、それにアルキゴスまで揃っているとなればその敵は確かに居るのだろう。
 近衛兵は基本的には王族の側に居ることが多い。それが近衛の役割であり仕事である。
 そんな中でオペラシオンとルードスが選ばれたのは、単純に手が空いているからだろう。
 二人が守護を担当していたペディ、ミリィの両名は現在王国を離れて学園で勉学に励んでいるため暇と言ってしまえば確かにそうである。

「それで捜索の方法は? 闇雲に探してたんじゃいつまで経っても終わらないぞ」
「ある程度目安は付けてある。とりあえず地図を見てくれ」

 疑問を投げかけたオペラシオンに対してそう言ったアルキゴスの地図には、いくつかの印が刻まれている。
 覗き込むようにして周りのメンバーもそれを見てみれば、書かれている場所はこの辺りの森や林、川の付近や山岳地帯などだ。
 国境になっている山岳地帯の山々が最も怪しいところではあるが、それ以上にその前に広がっている大森林は人も亜人も隠すには十分な場所である。
 見てみればいくつか村も点々としており、もしこの話が本当であったのならば犠牲者が出ていてもおかしくはない。

「赤印がとりあえずの目標地点だ、この地点に班を4つに分けて向かう。班訳は四人部隊が三つと九人部隊が一つだ。四人部隊の方には近衛兵か俺が一人づつ、こことこことここから展開していく。
 残りは集まって周辺の村へ警告をしに行ってくれ」
「「了解」」

 可及的速やかに行動を開始しなければいけないのは全員の共通認識であり、アルキゴスの話を聞いてから即座に班訳を開始して移動していく。
 アルキゴスの班には宮廷魔術師が一人、騎士団から二人であり、他の近衛兵の班も同じようなものである。
 宮廷魔術師は王国全土から選りすぐられた魔法使い達の中でもほんのひと握りが入れる役職であり、その魔力量も魔法技術も一般の兵士とは比較対象にすらならないほどだ。
 そんな彼等は個人戦闘ではなく集団での戦闘に長けており、兵士のサポートや情報伝達がその主な役目である。

「とりあえず俺達はここから山を目指すか。気配感知系の技能は敵にバレる可能性があるから切っておくように」
「了解」

 索敵に使用するには便利なことこの上ない気配察知だが、こと少数人数での哨戒任務となってくれば発見される危険性の方が圧倒的に高い。
 気配察知の技能で探知されたことを感じ取るには敵が人間相手であれば相応の技能と実力が必要だが、亜人種はその特有な危機察知能力によって実力がない個体でもそういった力を持つものが少なくないのである。
 高度な訓練を受けて数多の戦場を経験して来たアルキゴスだが、一番キツイのは決まってこういった索敵任務だ。
 どこから敵が出てくるか分からない以上は、常に辺りを警戒しながら歩く必要がある。
 時間が長引けば長引くほどに徐々に精神は摩耗していき、疲労感は溜まっていく。
 索敵を初めて早いことで一時間、慎重に足を進めているからか当初の予定より少しだけ移動距離は短いがそれも許容の範囲内に収まっている。

「アルキゴス様、この先も安全そうです」
「そうなってくると俺達の担当で残ってるのは山か、後はオペラシオンの方が若干臭いが……」
「ーーアルキゴス様、オペラシオン様から伝言です。繋ぎましょうか?」
「頼む」

 噂をすればなんとやら、宮廷魔導士から声をかけられたアルキゴスはすぐに頭を縦にふる。
 戦闘音が聞こえないのでおそらくは緊急事態ではないだろう、だとすればおそらくはこちらと同じ様な状況のはずだ。

『こちらは敵影なし、そっちはどうだ?』
『こっちにもいる気配はないな。ただ野生生物の移動がやけに活発になっている。足跡が多すぎて種別までは判断できないが山から逃げて来ているようだ』
『そうなってくるとハズレくじを引いたのはどうやらルードスのところらしいいな』

 目を凝らしてみてみれば、アルキゴスの眼前にもルードスの担当する方向の山から逃げてくる動物類の足跡が確認できる。
 動物のものだけではない、魔物の様な足跡もいくつか確認できるのでよほど暴れ回っているのだろう。
 これだけの量の動物が逃げるとなれば性濁豚だけではなさそうだ。

『とりあえずこのまま俺達は当初の予定通りに行動する。なにかあったら報告して来てくれ』
『ああ。それとF式を持って来ているらしいが使う予定はあるのか?』
『このままだと大丈夫だと思うが……どうだろうな。あれの使用はできるだけ避けたいんだがな、なにぶん疲れる』
『もし使うならその時は是非呼んでくれ、初代王が残した秘宝。剣士として気になるところだ』

 初代王、ヘンデリス・ヴァン・デスタルト・ヴァスィリオが残した七つの秘宝のうちの一つ、アルキゴスが使用を許されているそれは使用者の体力をかなり消耗する。
 扱うのに相当な技術力が必要なことと、それに加えて装備品を奪われてしまうと大問題に発展することもF式装備の着用が認められにくいことの要因ではあるが、一番の問題は使用者の体力を大幅に食らうことであるといってもいい。
 体力を消費するというのは字で書けばそれほど脅威ではないが、もし一般人がF式を使えばその場で気絶、悪ければ永眠すらあり得る。
 そんなことを考えるとやはり強者の為にカスタマイズされた装備品は一筋縄ではいかず、だからこそオペラシオンも珍しいもの見たさでこんな事を口にしたのだろう。

『それじゃあな』

 それだけ告げるとアルキゴスは魔法による通信を遮断する。
 長距離間の通信魔法は近衛兵という補助があったとしてもアルキゴスにとっては厳しいものがある。
 魔力消費自体はそれほど辛くはないのだが、何よりも辛いのは魔法を使用することで普段使わない脳の領域を酷使することだ。

「それにしても難しいもんだ、俺も魔法が使えるようになったら情報交換ももっと円滑に進むんだが」
「アルキゴス様、さすがにそれは難しいでしょう。会話をするだけの魔法だとはいえ、盗聴の危険や長距離間の魔法通信ともなれば超級レベルの魔法操作技術と魔力が必要になります。
 アルキゴス様であれば魔力は十分足りるでしょうが、操作技術を手に入れるには専念しても二十年はかかるでしょうね」

 超級魔法を使えれば宮廷魔術師としての最低ラインに立てる。
 そのラインが天才と凡人を分ける境であり、その境を越えられないものはこの世界にも大量に存在している。
 宮廷魔術師が憶測で言っただけのことではあるが、もし本当に二十年で超級にも届く魔法技術を持つことが出来のであればそれは天才と言っても良い。
 剣士と魔法使いの両立というのはそれだけ難しい話であり、アルキゴスは改めてそれを最も容易く行なっていた自らの弟子のイレギュラー具合に驚いてしまう。
 自分も剣術に関しては神に愛されていると言っても良いほどの才を貰ったつもりでいたが、どうやら上には上がいくらでもいるらしい。

「そういえばルードスは魔法操作技術にも長けてたな、今度教えてもらーー」
「敵襲! 敵襲!!」
「隊長被弾! 固めるぞ!!」

 突如死角から飛来した大量の火炎弾が、アルキゴスの身体を包み込みながら爆音を鳴らして大きな火柱を作り上げる。
 魔法によるものではなくこの世界にある固有の火薬に似た物質による爆破、魔法的防御では回避不可能なその攻撃を見て周りにいた兵士達は顔を青くする。
 物理攻撃は人間にとって最も危険な攻撃方法だ、魔法的な攻撃であれば対魔法障壁などで防ぐ事は可能であるが、物理的攻撃ともなれば人にできる事は精々が鎧や盾でその身を守ることくらいのものだ。

「アルキゴス様大丈夫ですか!?」
「問題ない! 敵の数は?」

 だがそれでも殺しきれないからこそ、アルキゴスは己の愛刀だけで戦場を駆け回ることが可能なのだ。
 完全に不意をつかれた一撃であろうともまるで何事もなかったかの様に煙を払って現れると、アルキゴス達を襲った性濁豚達の中にほんの少しの戸惑いが生じる。
 おそらくは最初の段階で指揮官を落とし、混乱した部隊をそのままの流れに任せて潰すつもりであったのだろう。
 作戦としてはもちろん正解なのだが、そんな小癪な手を性濁豚が使うこととそれに自分が引っかかってしまったことがアルキゴスの尺に触った。
 腰から引き抜かれる彼の持つ武器はかつてエルピスに貰った物ではなく、かつてエルピスに向けた赤みを帯びた刀である。
 アルキゴスのF式装備の最も優れた点は攻撃性能、防御力を二の次にして作られたその装備は装備者に圧倒的な力を分け与えてくれる。

「小隊規模です。こちらは負傷者なし、問題なく返せます」
「それは結構。五匹くらい残せば十分だろう、殲滅するぞ」

 爆発物の次にやってくるのはこちらの命を刈り取りに来る歩兵達。
 突撃してくる性濁豚の群れに対して冷静に状況を判断すると、アルキゴスは何の躊躇いもなしに真っ正面から十数匹と同時に斬り合う。
 点でしかない人間が面で敵を抑えられるのは単に装備と実力に圧倒的に差があるからだ。
 その膂力でいままで人間を轢き殺してきたであろう性濁豚達が止められたことに目を白黒させれば、その時にはもう死体が一つ二つと出来上がっていく。
 一度味方が殺されたことに恐怖を感じてしまえば人数有利などあってない様な物で、中心から瓦解していった性濁豚達は逃げられないからとその場に残るものと何としてでも逃げようとするものに二極化される。
 逃げる様な者の処理は簡単だ、追いかけて背中を指すだけの作業は単調で簡単にこなすことができる。
 だが自らの命を脅かされ逃げることを諦めたものは、生き残るために何であろうとも行ってくるので油断する事はできない。

「ーーちっ、強いなっ。一般兵よりも少し強いくらいか」
「我々だから問題ないですがこれはまずいですね。大体規模でこんな戦力があるなら早急に対処しないと」

 場の空気に任せてではなく実力で押しつぶす様にして止まっていた者達を斬り伏せたアルキゴスは、訓練された性濁豚がいかに面倒であるかを理解し始めていた。
 亜人種は基本的に武器を持たないが、一度武器を握れば当たり前であるが同じ身体能力の人間に勝ち目などあるはずがない。
 末端でこれだけの動きができるのであれば、隊長クラスや団長クラスになってくれば一般兵であれば相手にすらならない可能性もある。
 最後の一人をアルキゴスが斬り伏せると、ようやく一旦の落ち着きが出来上がった。

「アルキゴス様。制圧完了しました」
「他の班に状況伝達、他班の状況も同時に確認しろ」
「了解!」

 おそらくあれほど統率の取れた動きであれば他の班にも攻撃がされていると思った方が自然だ。
 もし苦戦していそうならば合流を、そうでなくとも無事かどうかの確認はしておきたいところだ。

「オペラシオン様から伝達! 小隊規模の混合亜人部隊と交戦、無事撃破とのこと。続いてルードス様からも同じような報告が!」
「とりあえずは合流した方が良さそうだな。合流地点を山の麓の村に指定、全隊集合命令だ」
「それがアルキゴス様、先に村に向かった兵士達から伝令が……」
「なんだって?」
「既に村は壊滅。状況は悲惨そのものであると。どうやらタイミング的に向こうが村の惨状を見つけたのと同時に襲いかかって来たようです」

 隠蔽工作の為に攻撃を仕掛けてきたのだとすれば、この地にアルキゴス達が来た時から既に居ることがバレていたことになる。
 作戦自体はそれほど隠していないものだから漏れ出た可能性も考えられる、まだ王国の上層部に敵が混じっているかの心配をする必要はないだろうが、この分だとそれもあと少しの間のことだろう。本格的に犠牲者が出てしまったのであればこれ以上索敵任務は必要ない。
 撃退及び可能であれば敵勢力の殲滅、それがアルキゴスのするべき行いだ。

「分かった。お前達は俺を抜いて三人で全速力で街に向かって緊急事態を宣言、俺の名前の元に都市防衛用の分隊に即時臨戦態勢を取るように指示をしてこい」
「了解!」

 走り去っていく兵士達の背中を見送りながら、アルキゴスは合流地点へと走って向かいながら頭を悩ませる。
 あれだけ統制の取れた動きをしてくる亜人の小隊が居たのだ、グロリアスの言っていた師団規模の敵がいるというのも嘘ではないだろう。
 数万単位の亜人種、それも戦闘を行う為に鍛えられた亜人だ。
 王国が一体どれくらいの被害に遭うのか、それを考えるだけで頭が痛くなる。

「ーーまずい事になってきたな」

 ぽつりとこぼした弱音はアルキゴスにしては珍しく本心からこぼれ落ちたものだ。
 事前情報のおかげでなんとか王国は詰みの状態から回避することができている、だが未だに王に手はかけられたまま。
 これからの動き全てがこの王国の命運を左右することだろう。
 そう痛感したアルキゴスは更に足を早めるのだった。
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