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青年期:クラスメイト編
久しぶりの王国
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鼻腔をくすぐる匂いの元を辿るようにして、エルピスは目を開けずに手探りだけでその匂いの元を探る。
少しすればその匂いの元がどうやら左手に抱きついている事を寝ぼけた脳が認識し、昨日の夜のことを思い出しながらゆっくりと上体を起こす。
髪に触れてみればいつぞや触った時のようにさらさらとしており、少しはだけた服からは白い肌が見え隠れしている。
自分の現在位置を〈神域〉を使って確認してみれば、どうやら王国まであと数時間程度でつきそうな距離までついていたらしい。
昨日の夜からの記憶がほとんどなく、いくつかの情報を使用して頭の中の記憶を保管しながらとりあえずはと行動を開始する。
「アウローラ、起きなよ」
何故彼女がここで寝ているのか、というよりなぜ自分がこちらで寝ているのかがエルピスにとっては疑問だった。
記憶がないといったが正確には昨日カレーを食べたあたりまでは覚えている。
だがその後について何も覚えておらず、おそらくは龍種の冬眠が原因なのだろうということはなんとなく分かっているが、こうやって隣に寝ている理由は判断不可能だったからだ。
おそるおそるといった風にエルピスが自らの衣服を観察してみればいつもより心なしかズボンが下がっており、その事実を認識した瞬間に目に見えて分かるほど動揺する。
そのエルピスの動揺を感じ取ってか、アウローラがゆっくりとエルピスの腕を掴んだまま起き上がる。
「おはよエルピス、昨日は凄かったね」
頬を赤らめ照れながらアウローラがそう言うと、エルピスは無言で壁に頭を打ちつけ始める。
エルピスの頭部が余りにも硬すぎるため打ち付けるたびに壁が凹んでいくが、気に留めるどころかその動きはさらに加速していくばかりだ。
突然のエルピスの奇行に驚いて目を丸くしていたアウローラは、とりあえずエルピスの奇行を止めるべく服に手をかけその行動を静止しようとする。
「何やってるのよエルピス! 怪我するわよ!?」
「ごめん何も覚えてないんだ、こんな馬鹿野郎はいっぺん痛い目にあったほうがいい! ……セラ辺りに頼んだらやってくれないかな」
「多分消し済みじゃ済まないわよ!?」
アウローラはエルピスとセラの関係をふんわりとしか把握していない。
何故ならそれはエルピスが秘密を話さないからであり、あれだけ聞きたがっていたアウローラやエラが口出ししなかったのはエルピスが話したそうにしていなかったからである。
誰でも秘密はあるものだ、アウローラが予想している範囲では元は天使だったとか、実は性別が女だったとかそういった類のものだが、それが事実だったとしてアウローラにエルピスを見捨てるつもりは一切ない。
というよりもアウローラからしてみれば、他の女が居ても側において欲しいと思っている自分の恋心を理解しろと言いたいのだが、誘った夜に爆睡されてしまうとそれも無理そうな気がする。
「エルピス、アウローラ朝からうるさーー」
そんな中突然やってきたのは隣の部屋で眠っていたであろうエラだ。
髪はほんの少し寝癖がつき、服装は昨日のうちに着替えたのか王国でアウローラが見てきたものによく似ている。
まず最初にエラの目に映ったのはエルピスのズボンを脱がそうとするアウローラの姿、そして次にエラの目に映ったのはそんなアウローラの行為を壁に手をついて受け入れているように見えるエルピスだ。
どうなるかなど考えずともわかる、いまからエルピスとアウローラが行為に及ぶと思われたのだろう。
それもかなりマニアックなタイプの。
「ーーちょっと待て! 絶対にいまエラは勘違いをしようとしている!! 絶対にだから扉を閉めようとするな!」
「そうよ何もしてないから! 本当だから!」
「ーーいえ良いんです。せっかく譲ったのに朝っぱらから盛るなんてふざけるななんて、思ってもいませんから」
エルピスとアウローラが予想していた通り、というより予想するまでもなくエラは怒りの感情をあらわにしていた。
それはもう怒髪天をつく勢いである。
彼女が口に出した通り耐え難い思いをなんとか耐えて、自分も会えなくなるのにと二人っきりの時間を渡したというのに、こんなに見せつけられては堪ったものではない。
「朝から忙しいねぇ、早く行かないと人の国は混むんじゃないかい?」
「ーー確かに! 急ぐよエラ!」
「納得してませんからね私! 後で詳しく教えてくださいよ」
「エラちゃんが敬語に戻っちゃって私悲しいわ」
今朝はポンチョ風のファッションに身を包むレネスが、部屋の中でドタバタとしているエルピス達に声をかけると丁度良いとその提案に乗っかってエルピス達は外に飛び出す。
アウローラにしか理解できていない状況なので、エルピスも説明を求めている状況だったが、それよりも逃げたほうが良さそうだと判断しての行動だ。
実際のところはエルピスが今乗っている馬車にはアルヘオ家の家紋があるし、それでなくとも王都では知らない人間を探したほうが早いエルピスが門を潜る際に待たされることはそうない。
現にそれから数時間後、時刻にして11時ほどだろうか。
エルピス達が王都の城壁に近付くと、遠くから家紋を見つけたらしき兵士達が慌てふためく姿が目に止まった。
列に並ぶ商人達も自分が顔を覚えてもらおうと、いままさに王都に入る寸前であった商人までもが踵を返しエルピス達の馬車へと走り寄ってくる。
「アルヘオ様、王都にお帰りになったのですね!」
「我が商品を是非見ていってくだされ! 気にいるものが必ずあると思います」
「私を雇ってみませんか!? 武術には自信があります!」
「うちの商品を見て行きませんか? エルピス様には特別な商品もお見せいたしますよ」
最も早くエルピスの元へたどり着いたのは王国内でそれなりに幅を効かせている大商人、ついでいくつかの有名な商人が訪れ後ろの方で乗り遅れた商人達がガックリと肩を落とすのが見えた。
〈鑑定〉を使い調べてみれば王国在住の商人が多く、昨日の事もあって王族が死んだり貴族が死んだ土地の商人が新たな居住地を求めて大量に王国にやってきているのかと思っていたエルピスは少し拍子抜けする。
人類史においても稀に見るほどの大事件なので。世間に知れ渡っていればもう少しはアクションがあるはずだ。
だというのに大した動きが見られないのは、ただ単純に情報が流れてきていないからだろう。
過去にも何度かこうしてエルピスに商品の購入や雇用についての相談を持ちかけてきた商人はいるので、それらに対してエルピスは焦らずいつも通りの対応で対処する。
「分かりました。物品販売の方はーーヘリア」
「ーーはい、居ますよ」
「彼女に任せます。雇用志望の方はフィトゥスが担当します」
「お任せを。条件はどうなさいますか?」
「フィトゥスに任せるよ、死なない程度に揉んであげて」
エルピスが軽く手を叩けば、見知った人物が二人エルピスの隣に現れる。
いつもと同じように黒い服に身を包むフィトゥスと、最近王国の流行の服を着る事が多いのか、カジュアルな服装に身を包むヘリアだ。
昔からこういった事に関してはエルピスは全てこの二人に任せており、エルピスが口に出した通り物品販売はヘリアが、フィトゥスが雇用志望の方を担当しておりエルピスが関わることは殆どない。
フィトゥスの方は基本的にフィトゥスに勝つ事が雇用条件なのだが、昔ならばまだしも邪神の権能を行使できる今のフィトゥスに勝つ事は不可能である。
ヘリアの方はまだ希望があると思えるが、値切りに値切られ定価よりも圧倒的に下の価格で販売する事になるので毎度涙目で帰っていく商人達が多い。
二人に商人などを任せたエルピスはそのまま城壁の方へと向かっていくと、見知った顔の人物が一人立っていた。
「よう、久しぶり……ってほどでも無いか。よく来たなエルピス」
「久しぶりですよアルさん」
エルピス達の事を待っていたのはアルキゴスだ。
初めてエルピスと会った時には王国騎士団の団長という役職を背負っていたが、今はその座を退き剣術指導役兼魔物排除役として力を入れている。
アルキゴスとエルピスが最後に出会ったのは土精霊の国に向かう前なので、半年ほどは前だろうか。
人の感覚で久しぶりと言おうとして、半人半龍であるエルピスに遠慮し言い直そうとするも、エルピスはアルキゴスの言葉を肯定し笑みを浮かべる。
「そうか。グロリアスが例の件で呼んでいる、ここは人が多いからな、詳しい話は城についてからにしよう」
「そうですね。アウローラは付いてきて、エラはレネスに王国を案内してあげてほしいけど大丈夫?」
「大丈夫よ。エラも大丈夫よね?」
「ええ。私も問題はないわ、よろしくねレネス」
「ああよろしくねエラ」
街中で話すにしては少々重たい話を抱えながら、エルピス達は足早に王城へと向かって進んで行く。
エルピスがエラにレネスを街へ案内させたのは、単純に二人の中を取りまとめるのも理由としてあるが、一番の理由はレネスに人とはなんなのか知ってもらうためだ。
離れていく二人の背中を眺めながらエルピスが歩いていくと、数十分して王城と貴族街を隔てる城壁が目に入り衣装に身を包む二人の王子の姿が見えた。
一人の人物に対して王族が二人も出迎えに出るなど異例どころの騒ぎでなく、周辺にいた兵士達がドギマギするのがエルピス達のところからも見て取れたが、相手がエルピスである事を知ると兵士達は納得したような表情で業務に戻っていく。
「お帰りなさいエルピスさん、お待ちしていました。兄さんが待っていますのでどうぞ中へ」
「わざわざありがとうございますアデルさん。それとルークもありがとう」
「師匠でもあり弟の恩人でもありますからね、これくらいやって当然のことですよ」
学生として行動していたアデルとは違い、ルークは既にこの王国にて兵士達を纏めあげる役職についている。
アルキゴスが先代である騎士団長の座は、剣術においては比類ないと言われたほどのアルキゴスの次代として相当なプレッシャーがあったはずだが、ルークの表情は晴々としておりどうやらプレッシャーは自分で解決したようだ。
着用している服はいつも着ていた動きやすいシャツとズボンだが、胸には王国の紋章が入った勲章が取り付けられているなが見えた。
アルキゴスはそれほど付けていることは無かったが、本来団長は全員つけるべきもので、歴代の団長の想いが込められたその勲章にはエルピスの目には特別な効果も見受けられる。
ルークにとっては近衛兵になる為の踏み台の一歩に過ぎないが、アデルにとっては目指す高みでもありそんな二人がセットになっているのを見ると元教師役としてエルピスも感慨深い。
二人の王子に先導されるまま廊下を歩いていると、ふとかなりの人数が密集している雰囲気を感じ取りエルピスが疑問を口にした。
「大量に送った生徒達をどうしてるのかと思ったんだけど、全員王城で匿ってるのか。なんかグロリアスに申し訳ないな」
「敵がまた来ないとも限りませんし、こう言ってはなんですが恩も売れますからね。グロリアス兄さんは喜んでましたよ?」
「イリア姉様はぶつくさ文句言ってましたけどね、食事やらなにやら用意するのが大変だってぼやいてましたよ?」
「まぁそりゃそうだよねぇ……後で内の子達何人か補助で回すようにするよ」
グロリアスはとことんエルピスに甘い。
それは父から対等に扱われ、自らよりも年下でありながらこの世界における最高峰の実力者であるエルピスに対しての尊敬からだが、国王がその為に正常な判断ができないのは問題だ。
グロリアスの言い分ももちろん正しいのだが、エルピスからしてみればイリアの対応こそ普通である。
ヘリアとフィトゥスを商人達の対処に置いてきてしまったのが悔やまれるが、後でリリィに頼めば問題ないだろう。
「ーーすいませんアウローラ様、到着して間も無くお疲れだとは思いますが、マギア様がお呼びでございます」
「お爺ちゃんが? そう……エルピス、ちょっと席外すわね」
「分かった。俺も後でそっち行くけど、マギアさんによろしく言っておいて」
「ええ分かってるわ」
急にやってきたメイドの一人に連れられていくアウローラの背中を見ながら、なんだかタイミングが良すぎる気がするなぁとエルピスはいつもながらに勘ぐりを始める。
普通に考えるのであればマギアが今からグロリアスと会うのに際して気を遣ってくれたといった所だろうが、エルピスからしてみれば今から自身が口にしようとしていることも相まって少しだけ肌寒さすら感じられた。
老人の経験則と知恵からなら予測は、時として未来予知にも近いものがあるらしい。
「さて到着と、なんだかこうしてここに来るの久々ですねムスクロルさん以来かな?」
「あの時とは大分状況も違うがな、服装は大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。前回よりいくらかマシです」
「そりゃ結構だ」
前回は用意されて着ていたものだが、エルピスがいま着用しているのは王国で一番高い店で一番高い服をさらにアレンジして貰ったものだ。
正直な話そこらで売っているものとのデザイン的な違いはそれほど分からないが、分かる人には分かる品だとエルピスは言われているので前回よりはいくらかマシであるはず。
緊張をほぐすために大きく深呼吸したエルピスはそうして扉の前に立つのだった。
少しすればその匂いの元がどうやら左手に抱きついている事を寝ぼけた脳が認識し、昨日の夜のことを思い出しながらゆっくりと上体を起こす。
髪に触れてみればいつぞや触った時のようにさらさらとしており、少しはだけた服からは白い肌が見え隠れしている。
自分の現在位置を〈神域〉を使って確認してみれば、どうやら王国まであと数時間程度でつきそうな距離までついていたらしい。
昨日の夜からの記憶がほとんどなく、いくつかの情報を使用して頭の中の記憶を保管しながらとりあえずはと行動を開始する。
「アウローラ、起きなよ」
何故彼女がここで寝ているのか、というよりなぜ自分がこちらで寝ているのかがエルピスにとっては疑問だった。
記憶がないといったが正確には昨日カレーを食べたあたりまでは覚えている。
だがその後について何も覚えておらず、おそらくは龍種の冬眠が原因なのだろうということはなんとなく分かっているが、こうやって隣に寝ている理由は判断不可能だったからだ。
おそるおそるといった風にエルピスが自らの衣服を観察してみればいつもより心なしかズボンが下がっており、その事実を認識した瞬間に目に見えて分かるほど動揺する。
そのエルピスの動揺を感じ取ってか、アウローラがゆっくりとエルピスの腕を掴んだまま起き上がる。
「おはよエルピス、昨日は凄かったね」
頬を赤らめ照れながらアウローラがそう言うと、エルピスは無言で壁に頭を打ちつけ始める。
エルピスの頭部が余りにも硬すぎるため打ち付けるたびに壁が凹んでいくが、気に留めるどころかその動きはさらに加速していくばかりだ。
突然のエルピスの奇行に驚いて目を丸くしていたアウローラは、とりあえずエルピスの奇行を止めるべく服に手をかけその行動を静止しようとする。
「何やってるのよエルピス! 怪我するわよ!?」
「ごめん何も覚えてないんだ、こんな馬鹿野郎はいっぺん痛い目にあったほうがいい! ……セラ辺りに頼んだらやってくれないかな」
「多分消し済みじゃ済まないわよ!?」
アウローラはエルピスとセラの関係をふんわりとしか把握していない。
何故ならそれはエルピスが秘密を話さないからであり、あれだけ聞きたがっていたアウローラやエラが口出ししなかったのはエルピスが話したそうにしていなかったからである。
誰でも秘密はあるものだ、アウローラが予想している範囲では元は天使だったとか、実は性別が女だったとかそういった類のものだが、それが事実だったとしてアウローラにエルピスを見捨てるつもりは一切ない。
というよりもアウローラからしてみれば、他の女が居ても側において欲しいと思っている自分の恋心を理解しろと言いたいのだが、誘った夜に爆睡されてしまうとそれも無理そうな気がする。
「エルピス、アウローラ朝からうるさーー」
そんな中突然やってきたのは隣の部屋で眠っていたであろうエラだ。
髪はほんの少し寝癖がつき、服装は昨日のうちに着替えたのか王国でアウローラが見てきたものによく似ている。
まず最初にエラの目に映ったのはエルピスのズボンを脱がそうとするアウローラの姿、そして次にエラの目に映ったのはそんなアウローラの行為を壁に手をついて受け入れているように見えるエルピスだ。
どうなるかなど考えずともわかる、いまからエルピスとアウローラが行為に及ぶと思われたのだろう。
それもかなりマニアックなタイプの。
「ーーちょっと待て! 絶対にいまエラは勘違いをしようとしている!! 絶対にだから扉を閉めようとするな!」
「そうよ何もしてないから! 本当だから!」
「ーーいえ良いんです。せっかく譲ったのに朝っぱらから盛るなんてふざけるななんて、思ってもいませんから」
エルピスとアウローラが予想していた通り、というより予想するまでもなくエラは怒りの感情をあらわにしていた。
それはもう怒髪天をつく勢いである。
彼女が口に出した通り耐え難い思いをなんとか耐えて、自分も会えなくなるのにと二人っきりの時間を渡したというのに、こんなに見せつけられては堪ったものではない。
「朝から忙しいねぇ、早く行かないと人の国は混むんじゃないかい?」
「ーー確かに! 急ぐよエラ!」
「納得してませんからね私! 後で詳しく教えてくださいよ」
「エラちゃんが敬語に戻っちゃって私悲しいわ」
今朝はポンチョ風のファッションに身を包むレネスが、部屋の中でドタバタとしているエルピス達に声をかけると丁度良いとその提案に乗っかってエルピス達は外に飛び出す。
アウローラにしか理解できていない状況なので、エルピスも説明を求めている状況だったが、それよりも逃げたほうが良さそうだと判断しての行動だ。
実際のところはエルピスが今乗っている馬車にはアルヘオ家の家紋があるし、それでなくとも王都では知らない人間を探したほうが早いエルピスが門を潜る際に待たされることはそうない。
現にそれから数時間後、時刻にして11時ほどだろうか。
エルピス達が王都の城壁に近付くと、遠くから家紋を見つけたらしき兵士達が慌てふためく姿が目に止まった。
列に並ぶ商人達も自分が顔を覚えてもらおうと、いままさに王都に入る寸前であった商人までもが踵を返しエルピス達の馬車へと走り寄ってくる。
「アルヘオ様、王都にお帰りになったのですね!」
「我が商品を是非見ていってくだされ! 気にいるものが必ずあると思います」
「私を雇ってみませんか!? 武術には自信があります!」
「うちの商品を見て行きませんか? エルピス様には特別な商品もお見せいたしますよ」
最も早くエルピスの元へたどり着いたのは王国内でそれなりに幅を効かせている大商人、ついでいくつかの有名な商人が訪れ後ろの方で乗り遅れた商人達がガックリと肩を落とすのが見えた。
〈鑑定〉を使い調べてみれば王国在住の商人が多く、昨日の事もあって王族が死んだり貴族が死んだ土地の商人が新たな居住地を求めて大量に王国にやってきているのかと思っていたエルピスは少し拍子抜けする。
人類史においても稀に見るほどの大事件なので。世間に知れ渡っていればもう少しはアクションがあるはずだ。
だというのに大した動きが見られないのは、ただ単純に情報が流れてきていないからだろう。
過去にも何度かこうしてエルピスに商品の購入や雇用についての相談を持ちかけてきた商人はいるので、それらに対してエルピスは焦らずいつも通りの対応で対処する。
「分かりました。物品販売の方はーーヘリア」
「ーーはい、居ますよ」
「彼女に任せます。雇用志望の方はフィトゥスが担当します」
「お任せを。条件はどうなさいますか?」
「フィトゥスに任せるよ、死なない程度に揉んであげて」
エルピスが軽く手を叩けば、見知った人物が二人エルピスの隣に現れる。
いつもと同じように黒い服に身を包むフィトゥスと、最近王国の流行の服を着る事が多いのか、カジュアルな服装に身を包むヘリアだ。
昔からこういった事に関してはエルピスは全てこの二人に任せており、エルピスが口に出した通り物品販売はヘリアが、フィトゥスが雇用志望の方を担当しておりエルピスが関わることは殆どない。
フィトゥスの方は基本的にフィトゥスに勝つ事が雇用条件なのだが、昔ならばまだしも邪神の権能を行使できる今のフィトゥスに勝つ事は不可能である。
ヘリアの方はまだ希望があると思えるが、値切りに値切られ定価よりも圧倒的に下の価格で販売する事になるので毎度涙目で帰っていく商人達が多い。
二人に商人などを任せたエルピスはそのまま城壁の方へと向かっていくと、見知った顔の人物が一人立っていた。
「よう、久しぶり……ってほどでも無いか。よく来たなエルピス」
「久しぶりですよアルさん」
エルピス達の事を待っていたのはアルキゴスだ。
初めてエルピスと会った時には王国騎士団の団長という役職を背負っていたが、今はその座を退き剣術指導役兼魔物排除役として力を入れている。
アルキゴスとエルピスが最後に出会ったのは土精霊の国に向かう前なので、半年ほどは前だろうか。
人の感覚で久しぶりと言おうとして、半人半龍であるエルピスに遠慮し言い直そうとするも、エルピスはアルキゴスの言葉を肯定し笑みを浮かべる。
「そうか。グロリアスが例の件で呼んでいる、ここは人が多いからな、詳しい話は城についてからにしよう」
「そうですね。アウローラは付いてきて、エラはレネスに王国を案内してあげてほしいけど大丈夫?」
「大丈夫よ。エラも大丈夫よね?」
「ええ。私も問題はないわ、よろしくねレネス」
「ああよろしくねエラ」
街中で話すにしては少々重たい話を抱えながら、エルピス達は足早に王城へと向かって進んで行く。
エルピスがエラにレネスを街へ案内させたのは、単純に二人の中を取りまとめるのも理由としてあるが、一番の理由はレネスに人とはなんなのか知ってもらうためだ。
離れていく二人の背中を眺めながらエルピスが歩いていくと、数十分して王城と貴族街を隔てる城壁が目に入り衣装に身を包む二人の王子の姿が見えた。
一人の人物に対して王族が二人も出迎えに出るなど異例どころの騒ぎでなく、周辺にいた兵士達がドギマギするのがエルピス達のところからも見て取れたが、相手がエルピスである事を知ると兵士達は納得したような表情で業務に戻っていく。
「お帰りなさいエルピスさん、お待ちしていました。兄さんが待っていますのでどうぞ中へ」
「わざわざありがとうございますアデルさん。それとルークもありがとう」
「師匠でもあり弟の恩人でもありますからね、これくらいやって当然のことですよ」
学生として行動していたアデルとは違い、ルークは既にこの王国にて兵士達を纏めあげる役職についている。
アルキゴスが先代である騎士団長の座は、剣術においては比類ないと言われたほどのアルキゴスの次代として相当なプレッシャーがあったはずだが、ルークの表情は晴々としておりどうやらプレッシャーは自分で解決したようだ。
着用している服はいつも着ていた動きやすいシャツとズボンだが、胸には王国の紋章が入った勲章が取り付けられているなが見えた。
アルキゴスはそれほど付けていることは無かったが、本来団長は全員つけるべきもので、歴代の団長の想いが込められたその勲章にはエルピスの目には特別な効果も見受けられる。
ルークにとっては近衛兵になる為の踏み台の一歩に過ぎないが、アデルにとっては目指す高みでもありそんな二人がセットになっているのを見ると元教師役としてエルピスも感慨深い。
二人の王子に先導されるまま廊下を歩いていると、ふとかなりの人数が密集している雰囲気を感じ取りエルピスが疑問を口にした。
「大量に送った生徒達をどうしてるのかと思ったんだけど、全員王城で匿ってるのか。なんかグロリアスに申し訳ないな」
「敵がまた来ないとも限りませんし、こう言ってはなんですが恩も売れますからね。グロリアス兄さんは喜んでましたよ?」
「イリア姉様はぶつくさ文句言ってましたけどね、食事やらなにやら用意するのが大変だってぼやいてましたよ?」
「まぁそりゃそうだよねぇ……後で内の子達何人か補助で回すようにするよ」
グロリアスはとことんエルピスに甘い。
それは父から対等に扱われ、自らよりも年下でありながらこの世界における最高峰の実力者であるエルピスに対しての尊敬からだが、国王がその為に正常な判断ができないのは問題だ。
グロリアスの言い分ももちろん正しいのだが、エルピスからしてみればイリアの対応こそ普通である。
ヘリアとフィトゥスを商人達の対処に置いてきてしまったのが悔やまれるが、後でリリィに頼めば問題ないだろう。
「ーーすいませんアウローラ様、到着して間も無くお疲れだとは思いますが、マギア様がお呼びでございます」
「お爺ちゃんが? そう……エルピス、ちょっと席外すわね」
「分かった。俺も後でそっち行くけど、マギアさんによろしく言っておいて」
「ええ分かってるわ」
急にやってきたメイドの一人に連れられていくアウローラの背中を見ながら、なんだかタイミングが良すぎる気がするなぁとエルピスはいつもながらに勘ぐりを始める。
普通に考えるのであればマギアが今からグロリアスと会うのに際して気を遣ってくれたといった所だろうが、エルピスからしてみれば今から自身が口にしようとしていることも相まって少しだけ肌寒さすら感じられた。
老人の経験則と知恵からなら予測は、時として未来予知にも近いものがあるらしい。
「さて到着と、なんだかこうしてここに来るの久々ですねムスクロルさん以来かな?」
「あの時とは大分状況も違うがな、服装は大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。前回よりいくらかマシです」
「そりゃ結構だ」
前回は用意されて着ていたものだが、エルピスがいま着用しているのは王国で一番高い店で一番高い服をさらにアレンジして貰ったものだ。
正直な話そこらで売っているものとのデザイン的な違いはそれほど分からないが、分かる人には分かる品だとエルピスは言われているので前回よりはいくらかマシであるはず。
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他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
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五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
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もはや文字ですら無かった
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本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。
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