239 / 278
青年期:法国
動き出す物語
しおりを挟む
「──というわけっすね」
満足そうな鼻を鳴らして自分の知る情報を曝け出したハイトだったが、必要な情報であったとはいえ長々と話を聞いていたエルピス達には疲労の色が見える。
気がつけば辺りは既に真っ暗闇、街道上でなければいつ魔物に襲われるやも分からない状況だ。
とはいえ時間を消費して得られた情報は多い。
法国内部の階級から今回の件に関わっていそうな人物達、最も価値の高い情報は神の外見だろう。
齢は大体14程度、黒い瞳と白の刺し色が入った髪が特徴的で獣人のような耳が生えていることが特徴らしく法国では珍しいので見ればすぐにわかるとのことだ。
「随分と時間がかかったな、もう夜だぞ」
「なっ!? もうそんな時間っすか! 早いっすね」
レネスに言われて首を振り、周囲を確認したハイトはその眼を丸くさせる。
随分と話に熱中していたようだが、まさか時間の感覚までわからなくなるほどとはその集中力には驚きを隠せない。
「正確な情報を得れたのは大きい収穫だったが、時間は食ってしまったな。ひとまず今日はここで寝泊まりして明日の早朝に聖都に向かうか」
「そうしたいっす、エルピスさん以外の御三方とも喋ってみたいっす」
「私達とですか?」
先程まではハイトが一方的に話していたので、会話らしい会話というものはなかった。
自分達に何の興味があるのか。
最近慣れてきたとはいえ法国の第一皇女に興味を持たれるということが、エラにとっては不思議なことだった。
そんなエラに対して身を乗り出しながらハイトは熱弁する。
「そうっす! エルピスさんの話は一応聞いてたっすけど御三方の情報はあんまりないんで拾っておきたいっす!」
純粋な好奇心からくるものであればそれを否定する理由もなく、エラは目をキラキラとさせるハイトに対して自己紹介をする。
「私は混霊種のエラと申します。以後お見知り置きを」
「混霊種って実在したんっすね!! 初めて見たっす! よろしくお願いするっす」
法国はその性質上仕方のないことではあるが人類至上主義者が多く、亜人を下に見ている人間も数多くいる。
だがハイトは亜人の中でも特に珍しい混霊種のエラを前にして嫌悪感を出すことは微塵もなく、むしろ生きている間に会えるかどうかと言ったほどの珍しさである混霊種に会えたことに喜んでいるように見えた。
「熾天使のセラよ、よろしく」
「熾天使ってマジもんの熾天使っすか?」
「ええ、貴方達にどのように伝わっているのかは知らないけれど」
次にハイトの興味が向かったのは出会った時から何か不思議な気配を感じていたセラだ。
その口から放たれた熾天使であるという事実は、それが本当であるとするのならば法国にとっては大事件である。
熾天使とは神の使い、それもこの世界の神ではなくこの世界を作り出した神からの使いである。
何故このような場所に熾天使がいるのかという疑問も湧くが、ハイトの目には確実に目の前の人物が熾天使であるという事を認識していた。
疑いの目を向けられて冷たい視線を返すセラに対し、ハイトは先程までのおちゃらけた雰囲気を改める。
「──失礼したっす、確かにそのようっす。先程の非礼な態度をお詫びするっす」
「別に構わないわ」
態度を改めたハイトに対してセラはいつも通りに言葉を返すが、その表情がほんの少しだけ嬉しそうなのを他の三人は気がついていた。
元はと言えばセラは信仰対象であり人々の羨望の対象でもあったのだから、久々に信仰の対象として扱われて嬉しいのだろう。
「それで最後にそちらの方は?」
「えーっと、あー、その、秘密だ」
ハイトの言葉に対してレネスはあたふたとした態度で返す。
明らかに怪しい、だが知られて不味いのはなにもレネスだけでなく微妙な空気が流れるが、ハイトはそんな空気に負けてはくれなかった。
「なんでっすか! 気になるじゃないっすか!」
「まぁまぁ、彼女の身分はこちらで保証するので」
たまらずエルピスが間に入ると、ハイトは渋々と言った顔で仕方がないかと引き下がる。
「そういう事ならまぁ…いいっすけど」
「とりあえず今後の目標はゲリシンさんを法皇の座から引き摺り下ろす事、その代わり我々に法国の案内をお願いします。構いませんね?」
「それで取引成立っす、ちょっとそっちが不利過ぎな気もするっすけど」
ハイトが気にしているのは労力に対しての対価の少なさである。
利害関係で作られた関係というのは利害が一致している間は強力なものだが、そもそも前提条件である利害の価値が一致していなければいつその関係が崩れるか判ったものではない。
法国の案内など最悪の場合出自の確かな者を雇っても金貨数枚が関の山、それに対してゲリシンを法皇の座から引き摺り下ろす作業は金では解決できないほどの難問である。
側から見ていれば明らかに価値の釣り合っていない作戦だが、エルピスはそんなハイトの疑問に対して呆気カランとして自分の考えを述べた。
「力技でなんとかなる事ならこれといった問題もなく解決できると思うので」
簡単な話としてエルピスの力を持って行動すれば法皇の討伐程度ならば容易なことなのだ。
生捕だからこそ慎重になる必要があるが、これが殺せばいいだけなのであればいますぐにでも行えるだろう。
それほどの力を持つものなのかと驚きの目で見つめるハイトだったが、噂が全て本当であればその実力も確かに裏打ちは簡単だ。
「セラとエラはここでキャンプの用意をしておいて。俺は師匠とちょっと外に出てくるから」
「分かったわ。一時間ぐらいしたら帰ってこれる?」
「それくらいには帰ってこれるかな。ハイトさんもここで待っててください」
「どこいくっすか?」
「ちょっと聖都の偵察に」
必要な道具を出してキャンプの設置を頼んだエルピスは、レネスをつれるとそのまま聖都の方へ向かって駆け出していく。
一瞬先行するのではと不安そうな表情を浮かべたハイトに対し、先走るような事はしないと念押ししておくべきだっただろうかなどと考えながらエルピスは隣を走るレネスに聞いておくべきことを聞き出す。
「それで師匠、さっきの人について何か知ってることがあったら教えてもらってもいいですか?」
エルピスがセラやエラではなくレネスを選んだ訳は単純に法国について最も詳しそうなのがレネスだったからである。
レネスはかつてこの国の神と戦ったことがあると言っていた。
戦闘狂に近い性質を持っているとはいえ、なにもレネスは必要もなく他人に戦闘を仕掛けるような人物ではない。
「何かと思えばそういうことか。名前はそのままヴァイスハイト、口にしていた事で嘘は一つもなかったよ。
父親は法皇ユダ・ケファ・アリランド、年齢は三百歳以上であり法国の最高位冒険者でもある彼女はれっきとした聖人。
昼間の傀儡による攻撃は彼女の血統能力によるものだ。黒髪の方の能力──先祖返りの力は別にある」
一般人ではないだろうと考えてはいたが、それでも聖人であった事はエルピスの耳には驚きの事実である。
法国の統治者であり法皇と呼ばれる王に連なる一族達は基本的に人の寿命を大きく超えた命を持つと聞くが、聖人であるハイトの寿命は後どれだけ続くのだろうか。
血統能力と先祖返りの力を持つ稀有な存在であるハイトに対して興味を抱くと同時に、エルピスはそんなハイトに対して好感を覚えていた。
血統能力は基本的に術者の性格の反対の能力になる。
アウローラであれば他者を傷つけることに特化した能力、エルピスは会ったことがないが魔法を使えなくなるという血統能力すらあるらしい。
他者を傀儡にすることができるハイトの能力は、ハイト自身が他者に対して自由に生きていて欲しいという意識の表れであると言ってもいいだろう。
こちらに関してはエルピスに実害が出るような雰囲気もなく、であるとすればそちらの方は放置してもいいのだが、問題は先祖返りの能力のほうだ。
「法皇の家系の先祖返りってことはもしかして?」
「権能とまではいかないだろうがな。それにどんな能力なのかもいまいちはっきりとはしていない、なにせ使っているところを見たことがないからな」
法皇の家系は元を辿ると神の血筋に辿り着くというのは有名な話である。
そんな血筋の人物が先祖返りしてまで手に入れる力、それを考えると神の力をその身に宿していると考えるのが妥当だろう。
どのような能力を持っているのかは分からない、そう口にしたレネスが顔を顰めるほどには危険を含んでいるのが先祖返りの力である。
「なるほど……ちなみに法皇を見たことは?」
「あるがかなり前のことだ、それこそ子供の頃だったから今見ても同じ人物だと判断できるか怪しいな」
法皇が子供の頃ともなるとかなり昔のことだろう。
時間の間隔が人とかけ離れているため仕方がないが、正確な情報は知っておきたかったところである。
「そうなってくると後は今回の事件を作り出した人を見つけたいですが心当たりは?」
「さすがにそこまでは分からん。それをいまから調べにいくのだろう?」
「師匠が法国の障壁に弾かれないかの確認でもありますけどね。それじゃあ行きましょうか」
さらに速度を早めたエルピス達はそれから程なくして聖都へと辿り着く。
誰にも気が付かれることなく、誰にも悟られることなく、二つの影は聖都を駆け回るのだった。
/
地下深くの檻の中。
人の気配が感じられないような廃墟の奥に二つの人影があった。
一つは聖衣に身を包んだ30代ほどの男、不潔感はなくこのような場所にいる事自体が異質に感じられる。
もう一人は両の手を鎖に繋がれた幼女であり、その身体は汚れてはいるものの何故かそんな姿でありながら神聖さも感じられた。
口を開いたのは男の方、幼女に対して目線を落としながら優しげな口調で語りかける。
「私だってこんな事したくはない。分かりますね?」
その声はまるで仏のような優しさを抱いており、暴力というものからは遥か遠い場所にいるようにも思える。
そんな男の言葉に対して幼女はニヤリと笑みを浮かべた。
「……くそくらえじゃ」
「──ッ!」
それは明らかに不慣れなものが振るう暴力であった。
怒りに任せたそれは体重も乗り切っておらず戦闘を生業にしてきたもの達からすればお遊びのような一撃、だが弱りきった幼女の腹を蹴り飛ばしたその行為にはどれだけ弱々しくとも殺意に近い意志が込められている。
外見上の負傷はなさそうだがそんな一撃をくらい、幼女の顔はほんの少し苦痛に歪む。
「おぉ、良い躊躇いの無さじゃな、力が弱いのは残念じゃが」
「身動きひとつも取れない状態でありながらその強気、さすがは神ということですか」
神と呼ばれた幼女はそんな男の言葉に対してニッコリと笑みを見せる。
その笑みはどのような気持ちが篭っているのか他者が押しはかる事はできないが、男はそんな神の姿を見ても何も口にする事はない。
むしろそんな神の姿を見て面白そうな表情を見せる。
目の前の神の力は既に奪い取った後であり、そんな神が虚勢を張って神としての威厳を保とうとする姿がどうにも哀れに見えて仕方がないのであった。
「しかし残念ながら貴方の力は既に殆どが私の手中にあります。
そんな貴方が何をしようとしたところで無駄、この場所も誰にも明かしていません。
さっさと全てを委ねて楽になればよろしいのに」
「残念じゃが人にやるような力など、どこにも在らんよ。
それに神にとって大切なのは権能じゃ、それ以外は別に無くなったところで問題はない」
「……その痩せ我慢がどこまで持つか、楽しみなところですね」
神にとって最も大切な能力が権能であることは疑う余地もなく、面白くないと鼻を鳴らしながらもそれほど遠くない未来に陥落するだろうという確信が男にはあった。
だからこそ笑みを崩さないままに男は部屋を後にする。
後に残ったのは汚い部屋の中に一人残されてしまった神だけ。
人に見下され到底自分には似合わないと思えるような牢屋の中にあって、だが神の余裕というのは少したりとも揺らぐ事はなかった。
圧倒的な自負と自尊心、そして己が神であると自覚しながら生きてきた長い年月よって、この程度の危機では怯えない精神を手に入れていた。
(実際拘束される分にはまだ問題はないのじゃが……戦争が始まってしまう前にイロアスのところの小僧と連絡くらいは取りたいものじゃが)
神にとって最も優先的なのは頼まれていたことをこなす事。
現状からなんとか脱出して約束をこなす算段を立てながら、神はうんうんと頭を悩ませるのだった。
満足そうな鼻を鳴らして自分の知る情報を曝け出したハイトだったが、必要な情報であったとはいえ長々と話を聞いていたエルピス達には疲労の色が見える。
気がつけば辺りは既に真っ暗闇、街道上でなければいつ魔物に襲われるやも分からない状況だ。
とはいえ時間を消費して得られた情報は多い。
法国内部の階級から今回の件に関わっていそうな人物達、最も価値の高い情報は神の外見だろう。
齢は大体14程度、黒い瞳と白の刺し色が入った髪が特徴的で獣人のような耳が生えていることが特徴らしく法国では珍しいので見ればすぐにわかるとのことだ。
「随分と時間がかかったな、もう夜だぞ」
「なっ!? もうそんな時間っすか! 早いっすね」
レネスに言われて首を振り、周囲を確認したハイトはその眼を丸くさせる。
随分と話に熱中していたようだが、まさか時間の感覚までわからなくなるほどとはその集中力には驚きを隠せない。
「正確な情報を得れたのは大きい収穫だったが、時間は食ってしまったな。ひとまず今日はここで寝泊まりして明日の早朝に聖都に向かうか」
「そうしたいっす、エルピスさん以外の御三方とも喋ってみたいっす」
「私達とですか?」
先程まではハイトが一方的に話していたので、会話らしい会話というものはなかった。
自分達に何の興味があるのか。
最近慣れてきたとはいえ法国の第一皇女に興味を持たれるということが、エラにとっては不思議なことだった。
そんなエラに対して身を乗り出しながらハイトは熱弁する。
「そうっす! エルピスさんの話は一応聞いてたっすけど御三方の情報はあんまりないんで拾っておきたいっす!」
純粋な好奇心からくるものであればそれを否定する理由もなく、エラは目をキラキラとさせるハイトに対して自己紹介をする。
「私は混霊種のエラと申します。以後お見知り置きを」
「混霊種って実在したんっすね!! 初めて見たっす! よろしくお願いするっす」
法国はその性質上仕方のないことではあるが人類至上主義者が多く、亜人を下に見ている人間も数多くいる。
だがハイトは亜人の中でも特に珍しい混霊種のエラを前にして嫌悪感を出すことは微塵もなく、むしろ生きている間に会えるかどうかと言ったほどの珍しさである混霊種に会えたことに喜んでいるように見えた。
「熾天使のセラよ、よろしく」
「熾天使ってマジもんの熾天使っすか?」
「ええ、貴方達にどのように伝わっているのかは知らないけれど」
次にハイトの興味が向かったのは出会った時から何か不思議な気配を感じていたセラだ。
その口から放たれた熾天使であるという事実は、それが本当であるとするのならば法国にとっては大事件である。
熾天使とは神の使い、それもこの世界の神ではなくこの世界を作り出した神からの使いである。
何故このような場所に熾天使がいるのかという疑問も湧くが、ハイトの目には確実に目の前の人物が熾天使であるという事を認識していた。
疑いの目を向けられて冷たい視線を返すセラに対し、ハイトは先程までのおちゃらけた雰囲気を改める。
「──失礼したっす、確かにそのようっす。先程の非礼な態度をお詫びするっす」
「別に構わないわ」
態度を改めたハイトに対してセラはいつも通りに言葉を返すが、その表情がほんの少しだけ嬉しそうなのを他の三人は気がついていた。
元はと言えばセラは信仰対象であり人々の羨望の対象でもあったのだから、久々に信仰の対象として扱われて嬉しいのだろう。
「それで最後にそちらの方は?」
「えーっと、あー、その、秘密だ」
ハイトの言葉に対してレネスはあたふたとした態度で返す。
明らかに怪しい、だが知られて不味いのはなにもレネスだけでなく微妙な空気が流れるが、ハイトはそんな空気に負けてはくれなかった。
「なんでっすか! 気になるじゃないっすか!」
「まぁまぁ、彼女の身分はこちらで保証するので」
たまらずエルピスが間に入ると、ハイトは渋々と言った顔で仕方がないかと引き下がる。
「そういう事ならまぁ…いいっすけど」
「とりあえず今後の目標はゲリシンさんを法皇の座から引き摺り下ろす事、その代わり我々に法国の案内をお願いします。構いませんね?」
「それで取引成立っす、ちょっとそっちが不利過ぎな気もするっすけど」
ハイトが気にしているのは労力に対しての対価の少なさである。
利害関係で作られた関係というのは利害が一致している間は強力なものだが、そもそも前提条件である利害の価値が一致していなければいつその関係が崩れるか判ったものではない。
法国の案内など最悪の場合出自の確かな者を雇っても金貨数枚が関の山、それに対してゲリシンを法皇の座から引き摺り下ろす作業は金では解決できないほどの難問である。
側から見ていれば明らかに価値の釣り合っていない作戦だが、エルピスはそんなハイトの疑問に対して呆気カランとして自分の考えを述べた。
「力技でなんとかなる事ならこれといった問題もなく解決できると思うので」
簡単な話としてエルピスの力を持って行動すれば法皇の討伐程度ならば容易なことなのだ。
生捕だからこそ慎重になる必要があるが、これが殺せばいいだけなのであればいますぐにでも行えるだろう。
それほどの力を持つものなのかと驚きの目で見つめるハイトだったが、噂が全て本当であればその実力も確かに裏打ちは簡単だ。
「セラとエラはここでキャンプの用意をしておいて。俺は師匠とちょっと外に出てくるから」
「分かったわ。一時間ぐらいしたら帰ってこれる?」
「それくらいには帰ってこれるかな。ハイトさんもここで待っててください」
「どこいくっすか?」
「ちょっと聖都の偵察に」
必要な道具を出してキャンプの設置を頼んだエルピスは、レネスをつれるとそのまま聖都の方へ向かって駆け出していく。
一瞬先行するのではと不安そうな表情を浮かべたハイトに対し、先走るような事はしないと念押ししておくべきだっただろうかなどと考えながらエルピスは隣を走るレネスに聞いておくべきことを聞き出す。
「それで師匠、さっきの人について何か知ってることがあったら教えてもらってもいいですか?」
エルピスがセラやエラではなくレネスを選んだ訳は単純に法国について最も詳しそうなのがレネスだったからである。
レネスはかつてこの国の神と戦ったことがあると言っていた。
戦闘狂に近い性質を持っているとはいえ、なにもレネスは必要もなく他人に戦闘を仕掛けるような人物ではない。
「何かと思えばそういうことか。名前はそのままヴァイスハイト、口にしていた事で嘘は一つもなかったよ。
父親は法皇ユダ・ケファ・アリランド、年齢は三百歳以上であり法国の最高位冒険者でもある彼女はれっきとした聖人。
昼間の傀儡による攻撃は彼女の血統能力によるものだ。黒髪の方の能力──先祖返りの力は別にある」
一般人ではないだろうと考えてはいたが、それでも聖人であった事はエルピスの耳には驚きの事実である。
法国の統治者であり法皇と呼ばれる王に連なる一族達は基本的に人の寿命を大きく超えた命を持つと聞くが、聖人であるハイトの寿命は後どれだけ続くのだろうか。
血統能力と先祖返りの力を持つ稀有な存在であるハイトに対して興味を抱くと同時に、エルピスはそんなハイトに対して好感を覚えていた。
血統能力は基本的に術者の性格の反対の能力になる。
アウローラであれば他者を傷つけることに特化した能力、エルピスは会ったことがないが魔法を使えなくなるという血統能力すらあるらしい。
他者を傀儡にすることができるハイトの能力は、ハイト自身が他者に対して自由に生きていて欲しいという意識の表れであると言ってもいいだろう。
こちらに関してはエルピスに実害が出るような雰囲気もなく、であるとすればそちらの方は放置してもいいのだが、問題は先祖返りの能力のほうだ。
「法皇の家系の先祖返りってことはもしかして?」
「権能とまではいかないだろうがな。それにどんな能力なのかもいまいちはっきりとはしていない、なにせ使っているところを見たことがないからな」
法皇の家系は元を辿ると神の血筋に辿り着くというのは有名な話である。
そんな血筋の人物が先祖返りしてまで手に入れる力、それを考えると神の力をその身に宿していると考えるのが妥当だろう。
どのような能力を持っているのかは分からない、そう口にしたレネスが顔を顰めるほどには危険を含んでいるのが先祖返りの力である。
「なるほど……ちなみに法皇を見たことは?」
「あるがかなり前のことだ、それこそ子供の頃だったから今見ても同じ人物だと判断できるか怪しいな」
法皇が子供の頃ともなるとかなり昔のことだろう。
時間の間隔が人とかけ離れているため仕方がないが、正確な情報は知っておきたかったところである。
「そうなってくると後は今回の事件を作り出した人を見つけたいですが心当たりは?」
「さすがにそこまでは分からん。それをいまから調べにいくのだろう?」
「師匠が法国の障壁に弾かれないかの確認でもありますけどね。それじゃあ行きましょうか」
さらに速度を早めたエルピス達はそれから程なくして聖都へと辿り着く。
誰にも気が付かれることなく、誰にも悟られることなく、二つの影は聖都を駆け回るのだった。
/
地下深くの檻の中。
人の気配が感じられないような廃墟の奥に二つの人影があった。
一つは聖衣に身を包んだ30代ほどの男、不潔感はなくこのような場所にいる事自体が異質に感じられる。
もう一人は両の手を鎖に繋がれた幼女であり、その身体は汚れてはいるものの何故かそんな姿でありながら神聖さも感じられた。
口を開いたのは男の方、幼女に対して目線を落としながら優しげな口調で語りかける。
「私だってこんな事したくはない。分かりますね?」
その声はまるで仏のような優しさを抱いており、暴力というものからは遥か遠い場所にいるようにも思える。
そんな男の言葉に対して幼女はニヤリと笑みを浮かべた。
「……くそくらえじゃ」
「──ッ!」
それは明らかに不慣れなものが振るう暴力であった。
怒りに任せたそれは体重も乗り切っておらず戦闘を生業にしてきたもの達からすればお遊びのような一撃、だが弱りきった幼女の腹を蹴り飛ばしたその行為にはどれだけ弱々しくとも殺意に近い意志が込められている。
外見上の負傷はなさそうだがそんな一撃をくらい、幼女の顔はほんの少し苦痛に歪む。
「おぉ、良い躊躇いの無さじゃな、力が弱いのは残念じゃが」
「身動きひとつも取れない状態でありながらその強気、さすがは神ということですか」
神と呼ばれた幼女はそんな男の言葉に対してニッコリと笑みを見せる。
その笑みはどのような気持ちが篭っているのか他者が押しはかる事はできないが、男はそんな神の姿を見ても何も口にする事はない。
むしろそんな神の姿を見て面白そうな表情を見せる。
目の前の神の力は既に奪い取った後であり、そんな神が虚勢を張って神としての威厳を保とうとする姿がどうにも哀れに見えて仕方がないのであった。
「しかし残念ながら貴方の力は既に殆どが私の手中にあります。
そんな貴方が何をしようとしたところで無駄、この場所も誰にも明かしていません。
さっさと全てを委ねて楽になればよろしいのに」
「残念じゃが人にやるような力など、どこにも在らんよ。
それに神にとって大切なのは権能じゃ、それ以外は別に無くなったところで問題はない」
「……その痩せ我慢がどこまで持つか、楽しみなところですね」
神にとって最も大切な能力が権能であることは疑う余地もなく、面白くないと鼻を鳴らしながらもそれほど遠くない未来に陥落するだろうという確信が男にはあった。
だからこそ笑みを崩さないままに男は部屋を後にする。
後に残ったのは汚い部屋の中に一人残されてしまった神だけ。
人に見下され到底自分には似合わないと思えるような牢屋の中にあって、だが神の余裕というのは少したりとも揺らぐ事はなかった。
圧倒的な自負と自尊心、そして己が神であると自覚しながら生きてきた長い年月よって、この程度の危機では怯えない精神を手に入れていた。
(実際拘束される分にはまだ問題はないのじゃが……戦争が始まってしまう前にイロアスのところの小僧と連絡くらいは取りたいものじゃが)
神にとって最も優先的なのは頼まれていたことをこなす事。
現状からなんとか脱出して約束をこなす算段を立てながら、神はうんうんと頭を悩ませるのだった。
0
お気に入りに追加
2,535
あなたにおすすめの小説
神の手違い転生。悪と理不尽と運命を無双します!
yoshikazu
ファンタジー
橘 涼太。高校1年生。突然の交通事故で命を落としてしまう。
しかしそれは神のミスによるものだった。
神は橘 涼太の魂を神界に呼び謝罪する。その時、神は橘 涼太を気に入ってしまう。
そして橘 涼太に提案をする。
『魔法と剣の世界に転生してみないか?』と。
橘 涼太は快く承諾して記憶を消されて転生先へと旅立ちミハエルとなる。
しかし神は転生先のステータスの平均設定を勘違いして気付いた時には100倍の設定になっていた。
さらにミハエルは〈光の加護〉を受けておりステータスが合わせて1000倍になりスキルも数と質がパワーアップしていたのだ。
これは神の手違いでミハエルがとてつもないステータスとスキルを提げて世の中の悪と理不尽と運命に立ち向かう物語である。
前世は最強の宝の持ち腐れ!?二度目の人生は創造神が書き換えた神級スキルで気ままに冒険者します!!
yoshikazu
ファンタジー
主人公クレイは幼い頃に両親を盗賊に殺され物心付いた時には孤児院にいた。このライリー孤児院は子供達に客の依頼仕事をさせ手間賃を稼ぐ商売を生業にしていた。しかしクレイは仕事も遅く何をやっても上手く出来なかった。そしてある日の夜、無実の罪で雪が積もる極寒の夜へと放り出されてしまう。そしてクレイは極寒の中一人寂しく路地裏で生涯を閉じた。
だがクレイの中には創造神アルフェリアが創造した神の称号とスキルが眠っていた。しかし創造神アルフェリアの手違いで神のスキルが使いたくても使えなかったのだ。
創造神アルフェリアはクレイの魂を呼び寄せお詫びに神の称号とスキルを書き換える。それは経験したスキルを自分のものに出来るものであった。
そしてクレイは元居た世界に転生しゼノアとして二度目の人生を始める。ここから前世での惨めな人生を振り払うように神級スキルを引っ提げて冒険者として突き進む少年ゼノアの物語が始まる。
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました
ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが……
なろう、カクヨムでも投稿しています。
迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~
飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。
彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。
独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。
この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。
※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。
異世界転生!俺はここで生きていく
おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。
同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。
今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。
だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。
意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった!
魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。
俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。
それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ!
小説家になろうでも投稿しています。
メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。
宜しくお願いします。
1枚の金貨から変わる俺の異世界生活。26個の神の奇跡は俺をチート野郎にしてくれるはず‼
ベルピー
ファンタジー
この世界は5歳で全ての住民が神より神の祝福を得られる。そんな中、カインが授かった祝福は『アルファベット』という見た事も聞いた事もない祝福だった。
祝福を授かった時に現れる光は前代未聞の虹色⁉周りから多いに期待されるが、期待とは裏腹に、どんな祝福かもわからないまま、5年間を何事もなく過ごした。
10歳で冒険者になった時には、『無能の祝福』と呼ばれるようになった。
『無能の祝福』、『最低な能力値』、『最低な成長率』・・・
そんな中、カインは腐る事なく日々冒険者としてできる事を毎日こなしていた。
『おつかいクエスト』、『街の清掃』、『薬草採取』、『荷物持ち』、カインのできる内容は日銭を稼ぐだけで精一杯だったが、そんな時に1枚の金貨を手に入れたカインはそこから人生が変わった。
教会で1枚の金貨を寄付した事が始まりだった。前世の記憶を取り戻したカインは、神の奇跡を手に入れる為にお金を稼ぐ。お金を稼ぐ。お金を稼ぐ。
『戦闘民族君』、『未来の猫ロボット君』、『美少女戦士君』、『天空の城ラ君』、『風の谷君』などなど、様々な神の奇跡を手に入れる為、カインの冒険が始まった。
生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】
雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。
そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!
気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?
するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。
だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──
でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる