クラス転移で神様に?

空見 大

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青年期:法国

動き出す物語

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「──というわけっすね」

 満足そうな鼻を鳴らして自分の知る情報を曝け出したハイトだったが、必要な情報であったとはいえ長々と話を聞いていたエルピス達には疲労の色が見える。
 気がつけば辺りは既に真っ暗闇、街道上でなければいつ魔物に襲われるやも分からない状況だ。
 とはいえ時間を消費して得られた情報は多い。
 法国内部の階級から今回の件に関わっていそうな人物達、最も価値の高い情報は神の外見だろう。
 齢は大体14程度、黒い瞳と白の刺し色が入った髪が特徴的で獣人のような耳が生えていることが特徴らしく法国では珍しいので見ればすぐにわかるとのことだ。

「随分と時間がかかったな、もう夜だぞ」
「なっ!? もうそんな時間っすか! 早いっすね」

 レネスに言われて首を振り、周囲を確認したハイトはその眼を丸くさせる。
 随分と話に熱中していたようだが、まさか時間の感覚までわからなくなるほどとはその集中力には驚きを隠せない。

「正確な情報を得れたのは大きい収穫だったが、時間は食ってしまったな。ひとまず今日はここで寝泊まりして明日の早朝に聖都に向かうか」
「そうしたいっす、エルピスさん以外の御三方とも喋ってみたいっす」
「私達とですか?」

 先程まではハイトが一方的に話していたので、会話らしい会話というものはなかった。
 自分達に何の興味があるのか。
 最近慣れてきたとはいえ法国の第一皇女に興味を持たれるということが、エラにとっては不思議なことだった。
 そんなエラに対して身を乗り出しながらハイトは熱弁する。

「そうっす! エルピスさんの話は一応聞いてたっすけど御三方の情報はあんまりないんで拾っておきたいっす!」

 純粋な好奇心からくるものであればそれを否定する理由もなく、エラは目をキラキラとさせるハイトに対して自己紹介をする。

「私は混霊種のエラと申します。以後お見知り置きを」
「混霊種って実在したんっすね!! 初めて見たっす! よろしくお願いするっす」

 法国はその性質上仕方のないことではあるが人類至上主義者が多く、亜人を下に見ている人間も数多くいる。
 だがハイトは亜人の中でも特に珍しい混霊種のエラを前にして嫌悪感を出すことは微塵もなく、むしろ生きている間に会えるかどうかと言ったほどの珍しさである混霊種に会えたことに喜んでいるように見えた。

「熾天使のセラよ、よろしく」
「熾天使ってマジもんの熾天使っすか?」
「ええ、貴方達にどのように伝わっているのかは知らないけれど」

 次にハイトの興味が向かったのは出会った時から何か不思議な気配を感じていたセラだ。
 その口から放たれた熾天使であるという事実は、それが本当であるとするのならば法国にとっては大事件である。
 熾天使とは神の使い、それもこの世界の神ではなくこの世界を作り出した神からの使いである。
 何故このような場所に熾天使がいるのかという疑問も湧くが、ハイトの目には確実に目の前の人物が熾天使であるという事を認識していた。
 疑いの目を向けられて冷たい視線を返すセラに対し、ハイトは先程までのおちゃらけた雰囲気を改める。

「──失礼したっす、確かにそのようっす。先程の非礼な態度をお詫びするっす」
「別に構わないわ」

 態度を改めたハイトに対してセラはいつも通りに言葉を返すが、その表情がほんの少しだけ嬉しそうなのを他の三人は気がついていた。
 元はと言えばセラは信仰対象であり人々の羨望の対象でもあったのだから、久々に信仰の対象として扱われて嬉しいのだろう。

「それで最後にそちらの方は?」
「えーっと、あー、その、秘密だ」

 ハイトの言葉に対してレネスはあたふたとした態度で返す。
 明らかに怪しい、だが知られて不味いのはなにもレネスだけでなく微妙な空気が流れるが、ハイトはそんな空気に負けてはくれなかった。

「なんでっすか! 気になるじゃないっすか!」
「まぁまぁ、彼女の身分はこちらで保証するので」

 たまらずエルピスが間に入ると、ハイトは渋々と言った顔で仕方がないかと引き下がる。

「そういう事ならまぁ…いいっすけど」
「とりあえず今後の目標はゲリシンさんを法皇の座から引き摺り下ろす事、その代わり我々に法国の案内をお願いします。構いませんね?」
「それで取引成立っす、ちょっとそっちが不利過ぎな気もするっすけど」

 ハイトが気にしているのは労力に対しての対価の少なさである。
 利害関係で作られた関係というのは利害が一致している間は強力なものだが、そもそも前提条件である利害の価値が一致していなければいつその関係が崩れるか判ったものではない。
 法国の案内など最悪の場合出自の確かな者を雇っても金貨数枚が関の山、それに対してゲリシンを法皇の座から引き摺り下ろす作業は金では解決できないほどの難問である。
 側から見ていれば明らかに価値の釣り合っていない作戦だが、エルピスはそんなハイトの疑問に対して呆気カランとして自分の考えを述べた。

「力技でなんとかなる事ならこれといった問題もなく解決できると思うので」

 簡単な話としてエルピスの力を持って行動すれば法皇の討伐程度ならば容易なことなのだ。
 生捕だからこそ慎重になる必要があるが、これが殺せばいいだけなのであればいますぐにでも行えるだろう。
 それほどの力を持つものなのかと驚きの目で見つめるハイトだったが、噂が全て本当であればその実力も確かに裏打ちは簡単だ。

「セラとエラはここでキャンプの用意をしておいて。俺は師匠とちょっと外に出てくるから」
「分かったわ。一時間ぐらいしたら帰ってこれる?」
「それくらいには帰ってこれるかな。ハイトさんもここで待っててください」
「どこいくっすか?」
「ちょっと聖都の偵察に」

 必要な道具を出してキャンプの設置を頼んだエルピスは、レネスをつれるとそのまま聖都の方へ向かって駆け出していく。
 一瞬先行するのではと不安そうな表情を浮かべたハイトに対し、先走るような事はしないと念押ししておくべきだっただろうかなどと考えながらエルピスは隣を走るレネスに聞いておくべきことを聞き出す。

「それで師匠、さっきの人について何か知ってることがあったら教えてもらってもいいですか?」

 エルピスがセラやエラではなくレネスを選んだ訳は単純に法国について最も詳しそうなのがレネスだったからである。
 レネスはかつてこの国の神と戦ったことがあると言っていた。
 戦闘狂に近い性質を持っているとはいえ、なにもレネスは必要もなく他人に戦闘を仕掛けるような人物ではない。

「何かと思えばそういうことか。名前はそのままヴァイスハイト、口にしていた事で嘘は一つもなかったよ。
 父親は法皇ユダ・ケファ・アリランド、年齢は三百歳以上であり法国の最高位冒険者でもある彼女はれっきとした聖人。
 昼間の傀儡による攻撃は彼女の血統能力によるものだ。黒髪の方の能力──先祖返りの力は別にある」

 一般人ではないだろうと考えてはいたが、それでも聖人であった事はエルピスの耳には驚きの事実である。
 法国の統治者であり法皇と呼ばれる王に連なる一族達は基本的に人の寿命を大きく超えた命を持つと聞くが、聖人であるハイトの寿命は後どれだけ続くのだろうか。
 血統能力と先祖返りの力を持つ稀有な存在であるハイトに対して興味を抱くと同時に、エルピスはそんなハイトに対して好感を覚えていた。
 血統能力は基本的に術者の性格の反対の能力になる。
 アウローラであれば他者を傷つけることに特化した能力、エルピスは会ったことがないが魔法を使えなくなるという血統能力すらあるらしい。
 他者を傀儡にすることができるハイトの能力は、ハイト自身が他者に対して自由に生きていて欲しいという意識の表れであると言ってもいいだろう。
 こちらに関してはエルピスに実害が出るような雰囲気もなく、であるとすればそちらの方は放置してもいいのだが、問題は先祖返りの能力のほうだ。

「法皇の家系の先祖返りってことはもしかして?」
「権能とまではいかないだろうがな。それにどんな能力なのかもいまいちはっきりとはしていない、なにせ使っているところを見たことがないからな」

 法皇の家系は元を辿ると神の血筋に辿り着くというのは有名な話である。
 そんな血筋の人物が先祖返りしてまで手に入れる力、それを考えると神の力をその身に宿していると考えるのが妥当だろう。
 どのような能力を持っているのかは分からない、そう口にしたレネスが顔を顰めるほどには危険を含んでいるのが先祖返りの力である。

「なるほど……ちなみに法皇を見たことは?」
「あるがかなり前のことだ、それこそ子供の頃だったから今見ても同じ人物だと判断できるか怪しいな」

 法皇が子供の頃ともなるとかなり昔のことだろう。
 時間の間隔が人とかけ離れているため仕方がないが、正確な情報は知っておきたかったところである。

「そうなってくると後は今回の事件を作り出した人を見つけたいですが心当たりは?」
「さすがにそこまでは分からん。それをいまから調べにいくのだろう?」
「師匠が法国の障壁に弾かれないかの確認でもありますけどね。それじゃあ行きましょうか」

 さらに速度を早めたエルピス達はそれから程なくして聖都へと辿り着く。
 誰にも気が付かれることなく、誰にも悟られることなく、二つの影は聖都を駆け回るのだった。

 /

 地下深くの檻の中。
 人の気配が感じられないような廃墟の奥に二つの人影があった。
 一つは聖衣に身を包んだ30代ほどの男、不潔感はなくこのような場所にいる事自体が異質に感じられる。
 もう一人は両の手を鎖に繋がれた幼女であり、その身体は汚れてはいるものの何故かそんな姿でありながら神聖さも感じられた。
 口を開いたのは男の方、幼女に対して目線を落としながら優しげな口調で語りかける。

「私だってこんな事したくはない。分かりますね?」

 その声はまるで仏のような優しさを抱いており、暴力というものからは遥か遠い場所にいるようにも思える。
 そんな男の言葉に対して幼女はニヤリと笑みを浮かべた。

「……くそくらえじゃ」
「──ッ!」

 それは明らかに不慣れなものが振るう暴力であった。
 怒りに任せたそれは体重も乗り切っておらず戦闘を生業にしてきたもの達からすればお遊びのような一撃、だが弱りきった幼女の腹を蹴り飛ばしたその行為にはどれだけ弱々しくとも殺意に近い意志が込められている。
 外見上の負傷はなさそうだがそんな一撃をくらい、幼女の顔はほんの少し苦痛に歪む。

「おぉ、良い躊躇いの無さじゃな、力が弱いのは残念じゃが」
「身動きひとつも取れない状態でありながらその強気、さすがはということですか」

 神と呼ばれた幼女はそんな男の言葉に対してニッコリと笑みを見せる。
 その笑みはどのような気持ちが篭っているのか他者が押しはかる事はできないが、男はそんな神の姿を見ても何も口にする事はない。
 むしろそんな神の姿を見て面白そうな表情を見せる。
 目の前の神の力は既に奪い取った後であり、そんな神が虚勢を張って神としての威厳を保とうとする姿がどうにも哀れに見えて仕方がないのであった。

「しかし残念ながら貴方の力は既に殆どが私の手中にあります。
 そんな貴方が何をしようとしたところで無駄、この場所も誰にも明かしていません。
 さっさと全てを委ねて楽になればよろしいのに」
「残念じゃが人にやるような力など、どこにも在らんよ。
 それに神にとって大切なのは権能じゃ、それ以外は別に無くなったところで問題はない」
「……その痩せ我慢がどこまで持つか、楽しみなところですね」

 神にとって最も大切な能力が権能であることは疑う余地もなく、面白くないと鼻を鳴らしながらもそれほど遠くない未来に陥落するだろうという確信が男にはあった。
 だからこそ笑みを崩さないままに男は部屋を後にする。
 後に残ったのは汚い部屋の中に一人残されてしまった神だけ。
 人に見下され到底自分には似合わないと思えるような牢屋の中にあって、だが神の余裕というのは少したりとも揺らぐ事はなかった。
 圧倒的な自負と自尊心、そして己が神であると自覚しながら生きてきた長い年月よって、この程度の危機では怯えない精神を手に入れていた。

(実際拘束される分にはまだ問題はないのじゃが……戦争が始まってしまう前にイロアスのところの小僧と連絡くらいは取りたいものじゃが)

 神にとって最も優先的なのは頼まれていたことをこなす事。
 現状からなんとか脱出して約束をこなす算段を立てながら、神はうんうんと頭を悩ませるのだった。
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