クラス転移で神様に?

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青年期:魔界編

神に作られた者達

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「それでもう行く?」

 食事を取り終えて一息ついたエルピスは、大きな窓から陽が沈んでいくのを眺めてそんなことを口にする。
 夜に外に出るのはあまり好きではないのだが、魔物達が本格的に活動し始めるのは夜であり会議ももちろん夜に始まるのだ。
 日が沈むという事はこれからは彼らの時間が始まるということでもあり、だからこそエルピスはフェルに対してそろそろなのではないかと質問を投げかける。

「迎えが来るのはまだもう少し後です。ニルさんとセラさんの出席は認められないので、それ以外のメンバーをお供に連れてきてください」
「なんで僕達出席できないの?」
「魔力が駄目なんですよ、肌ピリピリするんですもん。それにいまから行く場所では始祖こそ最上であるみたいな考えのやつばっかりですよ? 間違いなくキレますって」
「魔力はどうにでもなるけどキレる方は無理だねぇ…」

 魔物は生物的な特徴として付近から魔素を取り込み、それを己の力へと変えることに長けている。
 だがニルやセラといったような位の高い女神が近くにいると、そうやって魔素を取り込めば取り込むほどに体調の悪化を招くのだ。
 始祖クラスならばまだ不快感だけでも済むが、これが低級のものであれば近寄られただけで身体をろくに動かすことすらできなくなるだろう。
 とはいっても自分ではそれをどうにもできないセラとは違って、ニルの場合はそれらの量を調整可能なのだが、残念ながら感情の制御の方が出来ないので致し方がない。
 二人は置いていくしかないだろうというのがフェルの見解だ。

「ならそのままエラとアーテと師匠かな。フェルはどうする?」
「僕はマルフェンだけですね、人数多いと邪魔ですし」
「そっか、他の始祖達はどれくらい引き連れてきていると思う?」
「基本的には3~5ですがたまに100匹くらい連れてくる馬鹿もいますね、今回もおそらくそんなのがいるかと」
「多いな」
「実力を見せつけ言うことを聞かせようという腹ですよ」

 数が多ければ強く見えるかどうかと聞かれればそんな事はないのだが、強面の魔物を数揃えれば威圧感くらいは出るものなのだろう。
 聞けば始祖の強さとは率いる種の強さであるという事なのだから、率いている種が多いという事でも強さは伝えられる。

「ああ、そうです伝え忘れていましたがエルピスさん。貴方には今日神として振る舞ってもらいます、絶対者としての立ち振る舞いをお忘れなく」

 それならばこちらも知り合いを呼んで様々な種族で構成するべきなのだろうか、そんな事を考えていたエルピスに対してふと声がかかる。
 フェルの考えは頭を少し働かせてみれば当然のことで、普段の態度のエルピスをみてそれが上位の種族であると判断するのは非常に難しいところがある。
 だが頭ではその必要性を理解していようとも簡単には出来ないのが人間の難しいところだ。

「うへぇ、一番苦手なんだけど」
「エルピス様どッちかッていうとそういうのは向いてないよな」
「エルはいつだって庶民的だからね」
「まぁ頑張ってくださいよ」
「こんなんだったらアウローラにそっち系の書類も作ってもらったらよかった」
「私は無理よ神の真似なんて、そもそも私無神論者よ?」

 叱咤激励をされても残念ながら、上の立場に立ったことの無い人物ができる凄そうな人のモノマネなど結局は高が知れている。
 笑われることを覚悟してしばらくの間神としての立ち振る舞いを練習していたエルピスだったが、数十分ほどして日が完全に沈むと同時に部屋の中に二人の悪魔が現れた。
 少し前にエルピス達を襲った悪魔とはまた更に別の種族、かなりの強さを秘めるその二人はエルピスではなくフェルに対して跪く。

「フェル様、お迎えにあがりました」
「ご苦労。今日はこちらの方々も含めてだ」
「了解いたしました。それではこちらへ」
「そうだ。悪いけどもしよかったらどっちか、グロリアスにこれからの事説明しておいてくれない?」
「それは僕が行ってくるよ。エルピスも気をつけて」

 思い出したようにしてそう口にしたエルピスの言葉にニルが反応すると、エルピスは任せたと一言添えると悪魔達と共にどこかへと転移していく。
 転移先は足首がぎりぎり隠れるかどうかといった程度の草原であり、雑多に置かれた椅子には数匹の魔物が既に腰をかけていた。
 その後ろでは見てみれば確かに魔物達が群れとなって屯しており、数こそフェルが予想していたほど多くはないが確かに強い魔物達が集結している。
 始祖種と呼ばれる者達はその中でも一目を引くだけの実力を有しており、椅子に座っていない者も居たが目で見るまでもなく始祖がどれかは判別がつく。
 そんな始祖達の中でエルピス達と向かい合う位置にある椅子に腰をかけていた一匹の魔物がエルピス達に対して──正確にはフェルに声をかける。

「よくぞ来た、そう言っておこう原初の悪魔よ」

 フェルに声をかけた魔物はそう言いながら、腐り落ちた腕を膝の上に乗せて残った腕で頬杖をつく。
 エルピスの知っているものにそれを当て嵌めるのであればその見た目はゾンビだろうか、腐敗が進んだ体はもはや元がなんであったのかすら把握不可能であり、知性のない魔物と比べても違和感のあるその見た目はもはや異形である。

「種族で呼ぶな気色が悪い。エルピスさん、どうぞこの椅子へ。僕は座らなくて良いので」
「まて悪魔よ、その席は我らが原初こそ座ることを許された席である。名も知れぬ半人半龍ごときにその席を譲るとは血迷ったか」
「血迷っているのは貴方方です。この椅子は私のもの、この席に誰を座らせるか貴方方がそれを決める権利はない。
 それに驕るのは良いことですが目まで腐らせては意味がありませんよ。数名気付いてはいるようですが」

 椅子をエルピスの方に持ってきて座るように促すフェルの目には座れという命令すら感じられ、おそらくそれが支配者らしい動きなのだろうと感じ取ったエルピスは黙ってその椅子に腰をかける。
 始祖種しか座ることを許されていなかった席、魔物達が喉から手が出るほどに欲しがった席をなんとなくで腰掛けた初めの人物となったわけだがエルピスがそれを知るはずもない。
 呼び止められた事を無視するような形で勧めたフェルもフェルだが、それに何も口にする事なくそれが当然であるかのようにして椅子に腰をかけたエルピスの態度は始祖達からしてみれば面白くないものだ。
 自らがこの世界において頂点であるという自負のある彼らからしてみればエルピスの行為は事実上の宣戦布告、場が張り詰めていくのを感じながらエルピスはそっと口を開く。

「私の名前はエルピス・アルヘオ。龍人の母と英雄の父の間に産まれた神だ、自己紹介はそれだけでいいかな?」

 ボロを出さないようになるべく口数は少なく、それでいて必要な情報は伝わるようにして最低限だけを口にする。
 始祖達が座る椅子を左から順に右へと視線をずらしながら文句がないかと確認していると、最後の最後におそらくはスライムだろう魔物の手が上がりエルピスは嫌そうな顔をしながらその質問に対して答える準備をする。

「失礼ですが何を司る神なのでしょうか」
「龍神、魔神、邪神、妖精神、鍛治神、盗神の六つ。それ以外にも称号はあるが神の称号はそれだけだ」
「六つの神の称号? おおほらふきもいいところだな。そのような数の神の称号を常世の存在が受けきれるはずもない」
「そう言われても俺は事実を述べたまでだ。それを嘘と思うかどうかはそちらの勝手だ、好きにしてくれ」

 なるべく口調を強くしながら短い言葉で喋るというのがエルピスの事前に考えてきた強そうな人の喋り方であり、それを精一杯に実践しているエルピスはゾンビの言葉に対してそう言い捨てる。
 魔力や気配を使用しての威圧も当然出来るのだが、会議に参加する手前相手を威圧するのもどうかというのがエルピスの考えだ。
 質問の答えに対して何か納得することがあったのか、一瞬考えた様子を見せたもののゾンビは何事もなかったかのように話を進め始める。

「それでは本題に入ろう。諸君らも知っての事と思うが、これより魔界にかの災厄である邪龍が再臨する。
 それに先立って破壊神の信徒を名乗るものから協力要請が出ている、それを可決するか否決するか。この場で話し合って決めたいと考えている」

 ゾンビの口から出た破壊神の信徒という言葉に対して一瞬ぴくりと反応したエルピスだったが、どうやら他の始祖達も破壊神という名前に何か思うところがあるらしい。
 先程よりもさらに肌が焼けるような緊張感が場に張り詰め出した中で、だがいつだって空気の読めない悪魔は手をフラフラと上げながらおそらくは既に決まっているだろう意見に対して真っ向から敵対する。

「先に言っておきましょう。我ら悪魔は全員が破壊神の敵になることを決めました、これは種としての総意。たとえ会議の結果がどうなろうともその判断が変わることはございません」

 会議の結果は魔界としてどう行動するかというものであり、個人の行動程度ならば縛ることができるだろうが種としての行動を縛ることができるかと言われると怪しいところである。
 ましてや契約以外を全て自分の都合の良いように解釈する癖のある悪魔のことだ、もし始祖であるフェルが一言でも守らなくていいと口にすれば途端に議会の決まり事などないも同然になるだろう。

「ならば反対が一票という事でいいのだろうな、手短に終わらせよう。賛成の者は挙手を」

 だがそれに動じず議会の進行を進めたゾンビが賛成者の挙手を募ると、始祖達は示し合わせたようにして手を挙げる。
 二人ほど実際の体を持たないため手を挙げるという表現がおかしいものも居たりはしたが、それらはそばに仕えていた魔物達に代理として手を挙げさせていた。

「賛成票八票、賛成多数につきこの議題は承認されたものとして見てよいな」
「なるほど根回しですか、人のようなことをしますね。我ら悪魔は構いませんよ全面戦争でもしましょうか」
「忌々しい悪魔風情と縁を切れて清々する思いだよ、この日をどれだけ待ちわびていたことか」

 椅子から腰を上げて臨戦体制に突入しようというゾンビと、エルピスの側で立っていたフェルでは臨戦体制に入るまでの時間に圧倒的なまでの差があった。
 エルピスが止めるべきか考える程度の余裕があるほどには椅子から立ち上がろうとするゾンビは余りにも隙だらけであり、フェルも立ち上がった瞬間に留めをさしてやると言わんばかりにゆっくりと隠しながら魔力を消費している気配が感じられた。
 そのために自分を座らせたのだろうかとエルピスが一瞬考えたりもしていると、ふとそんな戦闘が起こる直前の空気の中で一人の始祖が口を開く。

「──待ってくれ、賛成か反対かで言えば現状俺ら吸血種ヴァンパイアは賛成だ。破壊神と敵対するのは避けたいしこの世界が混沌に陥れば食料の確保もまあできないわけじゃない。だがフェルの主、あんたが来たことで話が変わった。
 あんたの力量次第ではそっちについてもいい、そもそもこいつらのやり方は気に食わんし、なんでも聞けばあんた亜人の国を作りたがっているそうじゃないか」

 思わぬ形で自分のところに話が飛び込んできたことに面を食らったエルピスは、前に出ようとしていたフェルを手で押さえながらなるべくフレンドリーにして声をかけてきた亜人に対して接する。
 エルピスに対して答えをかけてきたのは吸血種の始祖である血祖種トゥルーヴァンパイア
 装飾の多い衣服に身を包みながら貴族のような風貌をしている彼の主食は人間や亜人の血であり、世界が混沌とすれば彼等の食糧は減る一方なのでエルピス達の側につく可能性が最も高い始祖であるとも言える。
 フェルだけが味方でももちろん問題がないと言えるだけの戦力差があるのだが、少しでも戦力があるには越したことがないとエルピスは人生で初めての引き抜き作戦の決行を決めた。

「耳がいいですね。そうです、亜人の居場所を提供するのが我らアルへオ家の役目。魔族でももちろん国民として迎え入れる予定ですよ」
「我ら粘液種スライムもそういう事でしたら反対意見を挙げましょう。混沌とした世界よりは安寧の世界を求めます」
「日和ったか若造どもが!!」

 次々と反対意見を挙げる始祖に向かって対面に座るゾンビが若造と吠えたのには意味がある。
 粘液種スライム吸血種ヴァンパイアの二種の亜人は千年周期程度で代替わりする性質を持ち、その時に最強である魔物が代を変わる事を許されているのだが二匹の始祖もまた最近変わったばかりの新顔なのだ。
 周辺の草木を枯らすほどの圧力を周囲にばら撒きながら威圧するゾンビに対して、吸血種はドスの効いた声で臆さずに言葉を返す。

「勘違いすんなよおっさん。俺ら吸血種は元から人類種や亜人の殲滅を望んじゃ居ない、俺らの主食を考えれば簡単な事だろう」

 悪魔が種族的に今回の事案に対して拒絶することを決められていたように、吸血種も人間を敵に回すというのはあまり面白くない話だ。
 彼らの主食は人間やそれに近い亜人種の血液であり、それらを確保できなければ彼ら吸血種は繁殖も本来の実力を出すこともままならない。
 吸血種は数こそそれほど多くはないがそれでも種族全体を賄おうとすればそれこそ年間に途轍もない程の血液を必要とするし、それらを確保するために様々な国と関わり合いを持っている吸血種にしてみれば、今回の話は他種族の殲滅というお題目の元に動くのでなくともそもそもいつか裏切る必要のあったものでもある。
 それがほんの少しだけ早くなったという事に過ぎない。
 睨みを利かせるのは始祖だけではなくそばに使えるもの達も威圧感を発する中で、更にもう一種の始祖が反対票を爆発寸前のこの場へと投じる。

「私もだな、あとから裏切るつもりだったが今でもいいだろう。これで4対5、数は不利だが質で言えば有利か」

 見た目だけで言えば人のようにしか見えないその人物はどこか文化を感じさせる模様のついた大きな衣をその身に宿しており、英雄と呼ばれる者達に引けを取らない威圧感を感じさせる。
 予想よりも多くの始祖が味方に付いたことに安堵しながらも、エルピスはしっかりと敵の動向を伺いながら吸血鬼に対して言葉を投げかける。

「今日あったばかりで失礼ですが、始祖同士ってあんがい信頼ないですね」
「まだ俺らもあんたの事を信用したわけじゃないぜ? 実力のほどは全くわかってないからな、こいつらくらいは簡単に倒せないと全面的な協力は難しいぜ?」
「分かってますよ、師匠は手を出さないでくださいね。ここは俺の見せ場なので」
「私も戦いたかったのだがダメか?」
「だめですよ、師匠が出ていくと出番がなくなるじゃないですか。俺の実力を見せつけないといけないので」
「おいおい、仙桜種が戦闘に参加はずるいだろ」

 刀は折ってしまったので手元にはないものの、素振りのようにして鞘を振り回すレネスの姿にエルピスは苦笑いを浮かべる。
 桜仙種は気を付けて気配を探らなければ一般人のそれと同じような気配にしか感じられないので数匹の魔物は何を言っているのかと大笑いを口にするが、レネスの正体を知っている始祖種にしてみればレネスの提案は驚愕に値する。
 魔界に隣接する山脈に住んでいるだけあって魔界に古くから住む者達は桜仙種の事をその目でみたことのあるものも少なくないが、彼らの知っている桜仙種は自ら大して攻撃を仕掛けてくるもの以外とは戦闘しないというルールがあるというのが魔界に居る全ての生物の共通認識である。
 そんな桜仙種が積極的に戦闘に参加しようとしているのは始祖たちにしてみれば想定外の事であり、上位種である始祖ですら相手取ることを躊躇うほどの力を持つ仙桜種の参戦を前にゾンビは自らの強さを誇示するためにその異能を解放させる。

「舐めるなよ半人半龍ドラゴニュート風情がァ!!」

 ゾンビの体から漏れ出したドス黒い液体が意思を持つようにしてエルピスに襲いかかるが、それらはエルピスの身体に当たる前に全てそのまま地面へと溶け込んでいってしまう。
 ゾンビの体から放たれたそれはこの世の全ての存在を溶かしてしまうほどの毒であり、それで死なずとも傷が癒えない呪いを同時に付与する物であったが邪神を前にしてはその攻撃はどちらの効果も意味を持たない。

「師匠に攻撃しなかったのは正しい判断だけど、俺もそれは効かないよ」
「クソが! 許せん、許さんぞ貴様ら! 我らが魔界を辱めんとする痴れ者どもが!!」
「残念だけどさ、魔物の攻撃はほとんど防げるんだよね」

 ゾンビの攻撃が防がれたのを見て状況フリだと判断したのか残りの始祖達が各々動き始めるが、邪神の権能だけを用いたとしても全て防ぎ切ることが出来るほどにエルピスと始祖達は相性が悪い。
 そもそも魔法による攻撃は始祖の中でも吸血首と悪魔だけのもの、他の始祖達は基本的に物理的な攻撃を主としている。
 その上で攻撃に対して様々な付与効果を与えることで戦闘を優位に進めるのが始祖達の戦い方だが、呪いや毒も効かず状態異常を完全に無効化することのできるエルピスは天敵と言ってもいい。
 魔法による拘束を試してみるものの、かなりの強さで抵抗された為四方を邪神の障壁によって取り囲み身動きを取れなくしたエルピスは、改めて椅子に座り直り身動きの取れなくなった始祖達との会話を進めようとする。
 実力を見せるのが今回のエルピスの仕事であるならば、これで十二分に役目は果たすことができただろう。
 問題はこれから、この始祖達の口から破壊神についての情報を詳しく手に入れるところである。

「別に殺す気もないしそんなに暴れないでよ、他の人達は傍観しているみたいだしさ」
「これで我々を捉えたつもりか? こんな障壁ッ!!」
「破れないよ。最近になって知ったけど敵対者の悪性が強いほどこの障壁は強度を増すんだ、世界を滅ぼそうとしてる君達じゃ割れないと思うよ?」
「何を戯言を!」

 障壁を打ち破ろうとして己の異能に傷つけられ、慌てて能力を解除する始祖の姿を見ながらエルピスは少しだけ頭を働かせる。
 あまりにも簡単に捕縛できてしまったことに違和感を感じたエルピスだが、考えてみれば彼らよりも強い生物というのがそもそも魔界に存在しない。
 その上で彼らの能力というのは生まれつきのものであり、鍛錬によって得たものではないので日々の訓練などはもちろん行っていないだろう。
 異能を防がれることなどないだろうし、さらにいえば自らが捉えられた時のことなど考えたこともないはずである。
 そうすると目の前で何をすれば良いか分からずにあたふたしている姿も存外当然の結果のように見えてくるのだから、普段の訓練というのはやはり大切なものだ。

「とりあえず破壊神の今後の予定について聞いておこうかな。誰でも良いよ、教えてくれた人から解放してあげる」
「我らの誇りを甘くみるなよ雑種が。純潔の始祖の誇りをッ!」
「エルピス様ッ! 」

 辺り一体を飲み込むほどの閃光が草原を駆け抜けると同時に、何かを引き裂いたような嫌な音が耳の中に残る。
 緊急事態に応じて早くなっていく認知速度によってそれが無理やり障壁が破られた音であることを認識すると同時に、隣から聞き慣れた声がきこえてくる。

「エルピス、逃げるぞ?」

 それは敵が逃げることを予測したレネスによるものであった。
 てっきり攻撃してくるものだとばかり思い込み迎撃の用意をしていたエルピスだっだが、言われてみれば確かにこちらに向かってくるような気配もない。
 殺すことは簡単だ、全員を殺すのはエルピス一人では無理だが隣にいるレネスと共になら間違いなく全滅させることができる。
 だがそうなれば情報はもちろん手に入らないし、死体から情報が手に入ったとしてもその先がない。
 エルピス達にとっていま一番良いのは敵が破壊神の動向をこちらに報告してくれること、だがそんな便利な権能は持ち合わせていないので、それならば仕方がないと取り出した刀で数回目の前の空間を切りつける。
 空間を切り裂く刃によって作られた真空の衝撃波は飛び去ろうとする魔物達に重傷を負わせるが、それでも転移を妨害することはできずに空高く始祖達はどこかへと消えていった。
 残された魔物達は形成不利と判断したのか即座に走り出していき、現場には四種の始祖のみが残ることになる。

「誰か一人くらいは残っていくかと思いましたが、逃げられたものは仕方がありませんね。対策は後々考えるとしましょう」
「わざと逃しただろう? 転移ならば魔神の権能で防げたはずだ」
「転移中に神の気配がしたので多分防がれたと思いますよ。それに彼等の位置は把握できるので問題ありません」

 どのような方法で、とまでは説明しなくても良かったようで、それならばと吸血鬼は逃したことに対して追求をやめる。

「さて、改めてよろしくお願いします。実力はさっきので分かっていただけましたか?」
「ああ、俺らは別にいいぜ。おっさんは?」
「おっさん呼びするな、私は力を借りている者達を裏切るようなことはできないと思っただけさ」

 力を借りているもの達と言う言葉が気にかかり一瞬そちらに気を向けるエルピスだったが、話はそんなことよりももっと重大な方へと進んでいく。

「でも面倒ですね、あれは支配領域だけは無駄に大きいですから、敵に回すとなると相当数の魔物が敵になるでしょうね」

 始祖を敵に回すという事はその種族を敵に回す事である。
 それは既に説明のあった事柄ではあるが、もろちろんそれは敵の場合であっても効果を発揮するのだ。
 あの感じであればそれほど多くの魔物が忠誠を誓っているという事はないだろう、もしかすればコチラ側に寝返るような事もないとは言い切れない。
 だが始祖というのは彼等魔物からしてみれば祖父のようなもの、始祖から他の魔物が全て生まれたわけではないらしいが、多くの魔物は紫蘇から生まれたという事である。
 つまりはフェルも魔物を産み出して──そこまで考えてなんだか嫌な空気を感じてエルピスは意識を戻す。

「敵の数は問題じゃない、全滅させれば住むだけの話」

 過激な言葉を放つのはスライム。
 いつのまにか幼女の様な見た目をしているが、単に椅子に座るときに粘性の液体の状態だと不便だからだろう。
 半透明な水色の姿が人の形をしていると違和感を感じる。

「戦争か? 私の出番だな」
「師匠の出番は邪龍が復活してからですよ」
「復活したら戦ってもいいのか!?」
「復活したらですけどね。それまでは師匠は手加減を覚えてきてくださいよ、さっきあの人殺そうとしたでしょ」
「敵だからな、敵は生かしておくともう一度やってくるとどめを刺しておくべきだ」
「発想が物騒なんですよ。できる事ならこの魔界の地も平穏なままとどめておきたいんですから」

 魔界だってこの世界の一部であり、荒れれば破壊神復活の要因になる。
 手加減できないレネスの性分はおそらく過去に何かがあったのだろうが、それを知らないエルピスからしてみれば柔軟な対応を求めてしまうのはしたかのない事だろう。
 だがそれに対して異論を唱えたのは吸血種である。

「無理だな、吸血鬼として口を開くがこうなれば戦争は必然だ」
「戦争は必然って、どれだけ戦いたいんですか」

 少しムッとした声でエルピスがそう返したのは命を軽く見ている様に思えたからだ。
 大量に人を殺してきたエルピスが口にできることではないのだが、それでも戦争ともなればさらに犠牲者が増えるのは間違いない。

「我々にとって戦争というのは生きていくこととそう変わらない、それに我ら始祖は不滅。
 戦争に明け暮れる日々の中にこそ、我らは安寧を感じるというのも間違ってはいないはず」
「まあ俺だって殺しにかかってくるのが相手だったら戦いするけど、魔族の考え方にはいまだに慣れないよ」
「少ししたら慣れますよ」

 不安を口にするエルピスに対してフェルは気楽な答えを返すが、それに慣れてしまえばそれこそエルピスは人の世界で生きていくのが難しくなるだろう。

「対抗策はまあ個人でどうとでもできるでしょう、我々に協力してくれるのなら私もあなた方を支援します。戦端が開かれたらぜひ読んでいただければ」
「戦闘狂のお前ら悪魔なら別に呼ばなくてもくるだろ」
「まあそれはそうですね。邪龍復活の際は我々が戦うので手出しはご無用です」
「分かったよ、とりあえずそのように。今日はこれくらいでいいかな?」
「そうですね。無事に終わったようですし、今日はこの辺で解散しましょうか」
「ではまた、どこかで」

 戦闘を行なった後だというのにそれが当然のようにどこかへと消えていく始祖達は、やはり戦いが日々の中に溶け込んでしまっているのだろう。
 いつかはじぶんもそうなるのだろうか、そう思うと背筋が冷たくなる様な感覚に襲われながらエルピスもその場を後にするのだった。
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