クラス転移で神様に?

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青年期:魔界編

競争

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「痛ッ! なんか踏んだぞいま」

 無限に続くと思えるほどに果てし無く広い荒野にて、夜の闇に紛れながら逃げるようにして歩く面々の姿がそこにはあった。
 事実彼等はとある人物から逃げているのだが、それを知るのは逃げている面々だけである。
 先頭を歩いていたアーテが痛みに立ち止まると、少し後ろにいたエルピスが回復魔法をかけてその傷を癒す。

「気をつけてよアーテ。病気や怪我は治せるけど痛いよ」

「私も回復魔法は得意って分けじゃないし、怪我はしないに越した事ないわね」

 回復魔法はこの世界において他の魔法とは別に、医学的要素が必要な魔法である。
 その理由は人体に直接作用する上で副作用が発現する唯一の魔法だからであり、取扱方法を間違えれば毒にもなるこの魔法は取得難易度の高いものになっている。
 魔神であるエルピスにしてみれば関係のない話なのだが、やはり無条件での回復が行えるほどにはこの世界も甘くできていないのだ。
 怪我の心配をしているアウローラ達とは違い、もう少し別の事で心配していたのは少し後ろを歩くエラ。

「本当にニルを置いてきてよかったのかしら……」

「私達はどうでもいいかも知れないけれどエルピスが居たら不味かったのよ、仕方ないわ」

「いつも面倒事ばかりあちらこちらから引っ張ってきてすいません」

 基本的に問題ごとを持ち込んでくるのはいつだってエルピスだ。
 これで幸福な人生を確約されているというのだから笑いもの、結局のところ昔からある特性は変えられそうにもない。

「まぁでもニルなら大丈夫でしょ」

「私もそう思うけれど仙桜種の底力は侮れないわよ?」

「そうなの? 私戦ってるところ見た事ないからなぁ」

 仙桜種の限界点があそこであったとして、エルピスと戦った時のものがレネスの限界点であったとして、だとすればニルが負ける要素などあるはずもない。
 だがあれ以上があったとすれば、ニルが無事かどうかは正直どうか分からないのが本音だ。
 戦いにおいて存在する不確定要素の多くは、エルピスからしてみればもはや確定した事情であるが、神の力はいつだって完全な不確定要素である。

「とりあえずいまはニルを信じるとして、ひとまず俺達が向かうべきなのは──」

「街でしょうね。資源も無限というわけではありませんし、補給や情報収集もかねて街には寄っておきたいです」

 いまの面子の中で食事を必要とするのはアーテとアウローラのみ、ともすれば事前に用意しておいた食料で解決できそうなものだ。
 だが食料問題は解決できるとして消耗品の類は必要になってくるし、それでなくとも情報収集の為には人が集まっている場所にいくしかない。
 だが目の前に広がっている広大な荒野にはどこにも街など見つけることもできず、アーテがそれに対して困惑した表情を浮かべる。

「そうは言ってもエルピス様よォ、こんなただッぴれェ場所からどうやッて街を探すんだ?」

「そりゃもう神様パワーで探すんだよ。ちょっと離れててね」

 広大な土地の探索を行うのであれば、上から広範囲を眺めるかもしくは魔力探知を行うのが一般的である。
 龍神の翼はこの世界に存在するだけで龍種に近い存在であればあるほどに気がつく、あれを出すのは出来れば戦闘中だけに留めておきたいものだ。
 そういった思惑からエルピスは魔法による探知を選び、大地に手を当てながら目を閉じて集中する。
 大地から魔力を吸い取る事が可能な魔神の権能を上手く扱えば、逆にその魔力を自分のものであるように扱うことも難しいことではない。
 技能である〈魔力探知〉を応用しての探知で周辺地域の環境を把握しながら、エルピスは街がある場所までひたすら索敵の範囲を広げていく。

「セラ、あれって魔法探知よね?」

「そうよ。〈神域〉での探知は位置がバレるけれど、これならどこから探知を始めたか神でも分からないはずよ」

「なんだか難しい事してますよねー」

 疑問を投げかけたアウローラに対して答えるセラ、場の空気に適応しようととりあえず頭を縦に振っているのはリリィだ。
 もしかすれば森の中であればリリィもどうにかできるのかもしれない。
 だが魔界の大地で無作為に探知するのがどれくらい難しいかは流石に理解できる。
 一瞬軽く頭を振るうと頭痛を抑えるようにして頭に手を当てたエルピスは、大地から手を離して立ち上がった。

「おっけー、大体の場所は分かったからもういけるよ。夜だけどこれくらいの距離ならまだ師匠が追いかけてくる可能性もあるし、ちょっと早足で行こうか」

 説明をするために地面に地図を書きながら、エルピスは走り始めるために準備運動を行う。
 その地図を見てみれば街までの距離はあまりにも遠い。
 人類生存圏内では考えられないほどの距離の開き、人の世界の狭さを嫌でも理解できる程のものだ。

「果てしなく遠いですね、全力で三時間くらいですか」

「私大丈夫かしら、最近走ってなかったから」

「魔力を足に向ければ大丈夫でしょ。なんなら俺がおぶって行けるし」

「恥ずかしいからパスよ」

 アウローラをエルピスがおぶって走るのがおそらく移動速度としては最も早いのだが、本人に断られては仕方がない。
 音を置き去りにしてしまうのではないかという速度で走り出した一行は、ひたすら前へと向かって地面を跳ねるように飛んでいく。
 身体が持たないほどの圧倒的な速度、それを持ち前の身体能力と魔法による強化で無理やり解決しながら走っていると、ふと並走している種族がいる事に気がつく。

「エルピス様、左からなにやら気配が」

「本当だ、見たことない種族だな。どこの誰だろ?」

「あの特徴は……半馬人《サテュロス》かな? 敵意はなさそうですけど」

 隣を走る彼等の表情は清々しいところもある、人間の下半身のままそれを馬にしたような見た目の生物にエルピスは訝しげな目を向ける。

「めちゃくちゃ並走してきてるけど」

 隣を見てみればニヒルな笑みを浮かべて爆走している半馬人サテュロスは、エルピス達と遜色ないほどの速度を誇っている。

「興味からか縄張りに入られて警戒しているか。どちらなのかしら」

「確かあいつらって速さ勝負を挑むんじャなかッたかァ?」

 魔界において最速とも名高い彼等だが、その速度は物理限界に最も逼迫している種族だと言っても過言ではない。
 速さ勝負のために進化をした結果であるのならば確かに理想的な進化の形なのだろうが、わざわざと少し先を走っては変顔を見せてくるあたり性格は良い方向に進化しなかったようだ。

「なら喧嘩を売られてるってわけか。よし、ちょっとペース上げるよ」

「承知しました」

 売られた喧嘩は買うのがアルヘオ家の家訓、さらに速度を早めたエルピス達は林の中に突入しながらも更に早くなっていく。
 そんなエルピス達にさすがの半馬人サテュロス達も苦い顔だ。
 一番後ろを走るのは万が一の事を考えて後ろにいるエルピス、そして一番前を走るのは意外な事にリリィである。

「フィトゥス! 遅いんじゃない!?」

「さすが森霊種なだけあってリリィサン森の中だと脚はえェ!」

 森霊種は森の中にいるだけでその身体能力を著しく強化する事ができる。
 精霊との親和性が高いリリィであればそれは尚更顕著であり、まるで木々の間をすり抜けるようにして走るリリィと比べてしまえば、他の面子はやはりどこかよちよちとしたものだった。
 後ろから何か問題が発生しないかと眺めていたエルピスだったが、ふと木をすり抜けて滑るように走るセラの姿を見つける。

「セラそれどうやってるの?」

「身体の魔素化を上手く使うのよ。物体をすり抜けるくらいならわけないわ」

「エルピスは出来ないの?」

「魔神でも出来ない事はあるんだよ、いやまぁ出来るけど途中で気が抜けて木と合体するのが怖い」

 身体の魔素化を行なったとして、それで木の間をすり抜けている最中にいきなり魔素化が解けてしまった場合、身体がそれと融合する可能性がある。
 脳以外の主要な部位であれば正直無くなっても問題ないが、脳と木が一体化して抜けられなくなったら笑うことすらできない。

「法国の実験でそんなのあッたなァ。転移魔法の発表会で建物に腕を持ッてかれてた奴が居たぜ」

「そんなつまらないことで腕無くしてたらやってられませんね」

 魔素化を用いたすり抜けを研究していたのは意外だが、その技術を人類が正式に使用可能になるのはまだまだ先のことだろう。
 要求される魔法技術に人間の技術力が追いつくか、新たな魔法形態を製造して通過できるようになるか。
 魔神であるエルピスが知り得る最効率の方法が使われるようになるのは、早くても数千年はさきであろう。

「どうやら半馬人も諦めたみたいね」

 エラのそんな言葉に辺りを少し探ってみれば、確かに|半
 馬人《サテュロス》達はかなり前に諦めていたようである。
 ようやく諦めてくれたかと少し速度を遅らせたエルピスだったが、そんなエルピスの前で騒いでいるのは滝のように汗をかいているアウローラだ。

「そりゃあこんな速度で走ってたら諦めるでしょ! 何キロ出てるのよ!!」

「アウローラ息上がってるよー」

「かなり速度も落としたし、いまは200~400キロくらいじゃないかしら」

「人の出せる限界超えてんのよ!」

 出て来ている汗の量が尋常ではないのは、この速度を人が無理やり出した弊害でしかない。
 回復魔法と冷却魔法、さらに身体強化魔法の同時使用によってのみ繰り出されるこの速度はひとえに魔法技術の賜物である。
 回復魔法を使わずに身体強化と冷却のみを使用して走る方法と、回復魔法と身体強化を用いて肉体を溶かしながらそれを治して走る方法もあるのだがそれはあまり推奨されるものではない。

「アウローラだけだからねぇ人。えらいならお姫様抱っこしてあげよっか──ぐふっ!?」

 冗談二割本気八割で提案したエルピスに対して、アウローラは見事な飛び蹴りをかます。
 綺麗にエルピスの腹を蹴破ったその蹴りの威力を受けて、エルピスははるか後方へと吹き飛ばされていった。

「アウローラこの速度で飛び蹴りは不味いよ!?」

「馬鹿にしたバツよ!」

「もう姿見えなくなりましたね」

「生きてますかエルピス様ー!」

 遥か後方へと転がっていったエルピスの姿を見て、女性陣は微笑みを男性陣は苦笑いを浮かべる。
 あれで怪我をするほど弱くはない、それを知っているから本当に心配しているものはいないが。

「死にかけたけど生きてるよ!」

「女性に無駄な口出しはしないが吉ですね~」

「本当だよ」

 照れ隠しに膝蹴りを喰らってはどうしようも無い。
 女難の中ではアルへオ家の中でもエルピスに近いくらいの存在であるフィトゥスからの言葉であれば、エルピスも全面的に降伏するしかない。
 それから十数分後、ゆっくりと足が遅くなっていったアウローラはついにはその足を完全に止めてしまう。
 意思の力で無理やり動かしていたらしい体は既に動くことをやめてしまったようで、両膝に手をつきながらぜえぜえと息を吐き出すのはそれだけ限界であるという証だろう。

「──はぁっ、はぁっ、ごめんエルピスおぶって」

「お疲れ様。まぁ任せなよ」

 走り切ったアウローラをいたわりながら、エルピスはその体を軽々と持ち上げると背中におぶる。
 それから収納庫ストレージに入れておいた鉱石を使用して作られた紐を取り出すと、赤子をおぶるときのようにしてアウローラの体を縛り付けた。

「えっと……何この紐」

「お姫様抱っこしながら運べたら良かったんだけどね、早く走るとアウローラ飛んでっちゃうから」

 エルピスは他人を背中に乗せるのに必要な技能を有していないので、移動時の風圧から何からすべてアウローラに直接降りかかる。
 温度や風くらいならば何とでもできるものだが、それら以外の被害については何とかならないのが現状だ。
 耐えきれる限界点で走るつもりだが、少しでも負担を減らすためにこれくらいの事はしておいた方がいいだろうという判断である。

「飛んでくってそんなギャグ漫画みたいな」

「冗談抜きで飛ぶわよアウローラ、舌を噛まないように口を閉じていた方がいいわ」

「よしっ、じゃあ行きますか」

 先程までの速度が歩いているのと同じくらいだとすれば、今の速度はそれこそ戦闘機にでも乗っているほどの差がある。
 アウローラの知覚速度ではどう頑張っても認識できない速度、アウローラ以外の面々がその速度に何とか食らいついていけているのはひとえに神の称号を開放したエルピスが近くにいることによって発生する身体能力強化がゆえだ。

「────」

「ごめんアウローラ! 喋るならもうちょっとおっきい声で!」

「速すぎんのよ!!」

 口を開けばもはや何か口の中で爆発したのではと思えるほどに大量の空気が入り込み、呼吸をするどころか肺を安全に保つこと自体が困難であると思えるほどの状況で喋れるのだからアウローラも対外に人をやめている。

「この速度でも喋れるの凄いですね」

「さすがにエルピス様について来ただけの事はあるなァアウローラ様」

「個人的にはアーテがまだまだ余裕そうな方が驚きだよ」

 神の称号は神と共にいる期間が長ければ長い程に強くなることがわかっている、だとするとこの中で一番後から入ってきたアーテは強化もまだまだ上昇の余地があることだろう。
 よく考えてみれば身体能力の基礎値自体は森霊種や悪魔と比べても半人半龍であるアーテが最も高い、この速度についてこれているのもその基礎値あっての物であろう。
 数分ほど走ってみればどうやらもう慣れてきたようで、ただ走っていることに飽きてきたエルピスは背中の上であちらこちらを眺めているアウローラに話しかけてみる。

「もう慣れて来た?」

「喋れるくらいにはね。急カーブとかされなければ問題ないわ」

 そういわれるとしてみたくもなるが、この速度でそれをしてしまうと内臓が大変なことになってしまうのでさすがにはばかられる。

「このペースだとあと十分くらいで着くかしら?」

「フィトゥス、貴方ペースが落ちて来たんじゃない?」

「言ってろ俺の方が早いからな!」

「二人ともあんまり早く行くと怪我するよー!」

 更に早く前へ前へと走っていく二人の背中を見ながらも、エルピス達も一定の速さでそのあとを追いかけていく。
 予定よりもはるかに速い移動ではあったが早いに越したこともないだろう。
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