クラス転移で神様に?

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青年期:帝国編

貴族のしがらみ

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 蕩けきった微睡の中に身体を浸していたエルピスは、ふと自らの意思でその極楽から抜け出し辺りを見回す。
 日頃どれだけ起こそうとしてもテコでも起きない彼が不意に自らの意思で目覚めたのは、具体性には欠けるが強烈な何かが起きると言う確信めいたものがあったからだ。

 帝国領アルヘオ家別邸、もはや見慣れ始めてきた自らの部屋には何の変化もなく、周りの気配を探ってみるも何か変わったことは無い。
 違和感を拭えないまま服を着替えたエルピスは、身嗜みを軽く整えて自らの部屋を出た。

「おはようございますエルピス様」

「おはようフィトゥス。誰かさっき部屋に入ってきた?」

「いえ誰も。何か問題でも起きましたか?」

「なんか違和感感じたから起きたんだけど、何もないんだよね。もしかしたら今日何か悪いことでもあるのかも」

 部屋から出てきたエルピスを待っていたのは、執事姿に身を包んだフィトゥスだ。
 違和感を感じて起きた時は、大体ろくなことが待っていないと相場が決まっている。

 提出期限が当日の提出物をやっていなかったり、その日だけやけに怪我をしたりと迷信に近いものではあるが、あまり気分は乗り気になってくれない。

「それは大変ですね。貴族相手の舌戦に疲れたのかもしれません」

「ないとは言えないな、毎日毎日無駄なことばっかり言ってくるし、フィトゥスが愚痴聞いてくれなかったらやってられないよ」

「それくらいならばいくらでも。朝食の用意も出来ています」

「ありがと」

 ここ数日、議会からの呼び出しはない。
 最高位冒険者の呼び出しにまだ時間がかかるとは言われていたが、それにしたって随分と長い時間が経過したように感じられた。
 日数にしてみればおよそ二ヶ月ほどの事なのだが、エルピスにとってはなれない頭のみを使った日々は思ったよりも体力を削ってきている。

 フィトゥスに導かれるままに食堂に向かってみれば、既に椅子に腰をかけ足をふらふらとさせるニルの姿が見える。
 可愛らしい寝巻きに身を包み、にへらと笑うニルの対面にエルピスは腰をかけた。

「おはようニル」

「おはようエルピス。今朝は調子悪いみたいだね」

「ちょっとね、ご飯食べたら多分すぐ治るよ」

 軽くニルと会話を交わしながら運ばれてくる料理を食べていると、ふとエルピスの視線はゆっくり左に流れていく。
 部屋の隅、ちょうど影になる場所に刀を持って黙って立っているのはレネスだ。

 若干ながら殺気だっており、その理由は間違いなくエルピスがここ最近の特訓を全てサボっているからだろう。
 もちろんエルピスにとっても戦闘訓練は大事な事なのだが、この時期にエルピスに万が一の事があればアルヘオ家事態が揺らぎかねない。
 故にアルヘオ家としてはエルピスに怪我をさせることなど万に一つも出来ないわけで、レネスはそれを頭で理解していながらも溜まっていく鬱憤の発散場所を見つけられないでいた。

「エルピスも気にやっぱ気になる……?」

「そりゃ気になるでしょあんな所で剣構えて待ってたら。あの人間違いなく俺と戦いたいだけじゃん」

「そうなんだろうけど、まぁ気持ちは分からなくもないよ。構ってもらえないのは可哀想だし。それに仙桜種は感情を消したわけじゃーー」

 ひそひそ声で喋っていたニルがそこまで言うと、バタンと大きな音を立てて小柄な男が入ってくる。
 身長は160センチ程、髪色は金色で目の色は青くこの世界の一般的な人間者の特徴が見受けられる風貌のその男は、エルピスがこの屋敷で一度たりとも見たことのない男だ。

 後ろを見てみれば殺意満々のリリィとアーテの顔が見受けられ、エルピスは目の前の人物が何なのかを何となく察する。
 それと同時に朝に感じた違和感の正体は、きっとこれなのだろうと確信もした。

「ーー食事中に失礼する。龍の子よ、我はミクロシア・センテリア帝国第三統治地域管轄エランデリック・フローデン・テイレン殿の代理人ジャナン・コレという」

「えっと……何のようですか。見ての通りご飯食べてるんですけど」

「テイレン殿が貴殿を晩餐会に招待するとの事だ。その通知を今回は行いにきた」

 こんな朝っぱらから来られても……そう思う気持ちもあるが、見てみれば多少息も上がっているし必死に払ってきたのだろうが服に土埃も付いている。
 相当無茶を言われたのだろうなと思えば食事中にやってきたことも多少は許せる。
 後ろで殺さんばかりの目で見ている二人を落ち着かせて、エルピスは自身の予定帳を開いた。

「晩餐会ですか、それは大変素晴らしいですね。日程の程は?」

「その……申し訳ないのだが今日というわけにはいかんだろうか。無礼を承知で頼む」

「今日ですか。それはまた早急な」

 なるほど焦るのも無理はない。
 普通ならば晩餐会など最低でも一週間前に聞くべきことで、しかも冒険者でありいま帝国内を歩き回っているこちらの予定を抑えたいのであれば二週間以上前から言ってもらわないと困る。
 だというのに目の前の彼に言伝を頼んだ相手はあろうことか今日、エルピスを晩餐会に招きたいと言い始めたのだ。

 聞かされたエルピスですら無謀だと思うことを、ここまで馬を飛ばしてやってきたであろう彼が思っていないはずもなく、その顔は悲壮感に飲み込まれ今にも泣き出しそうなほどである。
 だが偶然、運がいいと言うべきなのだろう。
 本日の夜はピンポイントで予定が空いていた。開けられていたとでも言うべきなのだろうか。
 なんであれ実際に現地に行ってさえすれば相手の狙いは分かるというもの。

「今日の夜なら良いですよ、丁度暇だったので」

「暇だったのなら私と剣の訓練をーー」

「ーーレネスさン。エルピス様の邪魔をしちゃあいけねェ」

「みんな私の言うことを聞いてくれませんね、困りましたよ全く……」

「困ってるのはこっちですよ師匠。とりあえずご飯食べてってください、フィトゥス彼の分の用意もーー」

 人の時間に隙間ができたからといって戦闘できるわけではないのだが、レネスにそれを納得してもらうのは無理であることをエルピスはもう知っている。
 食事を勧められ最初はどうしようかと迷っていた彼だが、エルピスが念押しして進めると流石に断っては失礼だと判断したのか渋々頷いて食事を始めた。

 フィトゥスの料理を食べていけば次第に表情も柔らかくなり、正確な開催予定時刻や来るメンバーなどの話を聞きながらエルピス達も朝食を終えるとそのまま庭にある馬小屋へと向かって歩いていく。

「ーー先程はご馳走様でした。それでもうこれから向かうのでしょうか?」

「そうなりますね。私もまだ行ったことのない土地ですし、出来たら何か買って帰れればお土産にでもなるかと」

「それならおすすめが幾つかあるので、向こうに着いたら説明させていただきます」

 地方によって特産品が多くあるのが帝国の特徴だが、これから向かう先には一体何があるのだろうか。
 フィトゥスから出来たら帝国領の食べ物を多く持ってきてほしいと言われているので、何か食べ物の特産品があると嬉しいのだが……。
 そこまで考えながらエルピスは期待した様な目でこちらを見つめる執事やメイドの目線に気がつく。
 貴族として外に出る以上、エルピス単身で赴くわけにはいかず召使いは絶対に必要だ。
 誰がその役割を任されるのか、気になって仕方ないのだろう。

「今日ついてくるメンバーは……そうだな。アーテとトコヤミ、あとリリィにしよっか。呼んできて」

「了解しました」

 エルピスがそう言うと近くに控えていた人物達がアーテ達を呼び出しに行き、その背中を見ながらエルピスも馬の用意を始める。
 すると近くにいたニルがエルピスの服の裾を引っ張り、疑問を口にした。

「エルピス、僕はどうする?」

「来て欲しいんだけど、ニル宛に招待状が届いてるんだよねぇ。

 皇帝から任せたと言われた手前、いろいろと彼女についてエルピスなりに調べてみてわかったことが一つ。
 理知的な彼女がわざわざエルピスを頼ってまでどうにか矯正したいと思うほどに、彼女は危ない人物であった。
やれ国の為と言って貴族を理由なく解体しただの、やれ皇帝直属の騎士団を自分のわがままであっちこっちに行かせてるだの噂は様々だ。

 物理的な力こそないらしいが内政や交渉などといった、人間相手に使用する能力に秀でていると聞いている。
 エルピスではなくニルを呼び出したことに違和感を感じるが、招待を理由もなく断れないのでニルは置いていくしかない。

「なるほど…? 何で僕なんだろ」

「分かんないけど皇帝からも頼まれてるし、悪いけど頼むよ。ただちょっときな臭いから師匠も連れてってもし危なくなったら呼んで。すぐに行くから」

「分かった、ならそうするよ」

 不安要素はあるがレネスが居るのならばエルピスに不安はない。
 てとてとと歩いていくニルと入れ替わってやってきたアーテ達を、エルピスは馬の準備も終えて迎え入れる。

「エルピス様、他の奴らももう来たぜ。それと俺様的には別に良いんだけどよォ、さっきすれ違ったニル様がなんだか俺の頭くしゃくしゃして行ったんだけど何だったんだァ?」

「可愛いんだよアーテが。年相応って感じだし、弟みたいな感じなんじゃないかな」

「分かるです。アーテかわいいです」

「ーーエルピス様はまだしもトコヤミに言われる筋合いはねェ!」

 赤い顔を見せながらそんなことを言うアーテは年相応で可愛いものだ。
 言い合う二人を背にして、エルピスは魔法で作り出した馬達を表の方に出していく。
 ニルとアーテが仲の良い理由はよく分からないが、エルピスとしてもアーテは後輩ができたようで可愛いのでそんなものなのだろう。
 荷物を積み込み馬に乗っていく彼らを見ていると、ふとリリィから声をかけられた。

「エルピス様、私の前に乗りますか? 私結構馬操るの得意ですよ」

「僕は自分の魔法で適当なの作るよ。僕重いしね」

「……そうですか。残念です」

 本当に残念そうな顔をしているが、どうせリリィの前に座ると弟扱いされるのでエルピスとしては一人くらいがちょうどいいのだ。
 それから馬を走らせ数十分、通常の馬とは違いかなりの速度で走っているエルピスの作り出した馬はそれなりの位置までやってきていた。

「ーーそう言えば先程第三統治地域といいましたが、具体的にはここからどれくらいの距離で?」

「ここから三百程東でしょうか。栄えては居ますが帝都に比べれば田舎の街です」

「さ、三百? 随分とまた遠いところにあるんだな。飛んだ方が早いんじゃねェかエルピス様?」

 直線距離で三百キロだと日本では東京から名古屋くらいの距離だろうか。
 この世界の馬は大体一時間で四十キロくらいが適正なので、七時間以上は馬に乗ってやってきている計算になる、随分な長旅だ。

 エルピスの作った馬は大体八十キロ適正なので四時間程度で着くが、それでもかなりの長旅だが、普通の馬ならそれに三時間も増えるのだから驚きである。
 アーテが飛んだ時の速度がどれくらいなのか知らないが、確実に馬で移動するよりは速いだろうし、その提案もおかしいものではない。
 だが羽もない人間がいるのに自分達だけ飛んでいくわけにも行かないし、ましてや他国の貴族の使いの首根っこを捕まえて飛ぶなんて出来るはずもない。

「確かに。というよりよく三百キロも馬で移動してきましたね」

「昔から馬の扱いにはそれなりに自信がありまして。まぁそうはいっても二匹ほど途中で休ませて居るのですが」

「凄いですね。とりあえずあまり早くついてもあれですし、行けるとこまでは馬で行きましょうか」

 /

「んー、エルピス様居ると魔物来ない。暇です」

 あれからどれくらいの時間が経っただろうか。
 平和な時間を過ごしていたエルピス達だが、ふと退屈そうにそんな言葉を落としたのはトコヤミだ。

「確かに、ここに来るまで一度も魔物を見ませんね。いつもならば襲ってこないにしろ姿は見えるのですが」

「魔物からしてみればエルピス様は龍よりよっぽど怖ェ存在の筈だ、戦いを仕掛けないと死ぬ状況でもねェかぎりよっぽどの馬鹿じゃないと喧嘩は仕掛けてこねェ筈だぜ」

 ジャナンの言葉に対してエルピスが口を開くよりも早く、アーテが的確な説明を行う。
 人間の冒険者でも人数が多いとある程度知能のある魔物は襲ってこないようになるが、ここにはアーテやリリィ、トコヤミのような亜人種に加えてエルピスまでいるので襲ってくるような魔物はいない。

 昔エルピスが共和国へ向かう最中にあった魔物のように理性が無ければ話は別だが、ほとんどの魔物は近寄ってこないのだ。

「魔物特有の危機感値能力ですか。人間には無いものですね」

「あったらもっと会話が楽に進むこともあると思うんですけど、どうなんでしょうか?」

「それはそれで別の問題が発生するんじゃないかな?」

 リリィの問いに対してエルピスが言葉を返すと、ふと前方から小さな子供達がやってくる。
 この辺りの街の子供なのか綺麗な身なりをしており、それなりに裕福な生活を送っているようだ。

「あっ! エルピス様だー」

「本当だー」

「こんにちは。よく僕のこと知ってたね」

 有名人である自覚はあるが、顔まで覚えられるほどではない。
 何気なく疑問を提示したエルピスに対して、子供達は朗らかな笑みを見せると軽く答えを返す。

「領主様が今日エルピス様来るって言ってたんだー」

「そうだよー」

「到着するかも分からねェってのに無責任な話だ」

「優しいなアーテは。確かに文句は言わないとダメかもな」

 エルピス達だけならばまだしも民衆にまで言っていたとなると、間に合わなかった場合エルピス達が悪い事になる。
 アルヘオ家の名前を汚されるのは流石に看過できない問題なので、何か一つ言ってやろうとエルピスが決意すると遠目におそらく今から向かうであろう屋敷が見えた。
 帝国式の建築様式で作られた大きな屋敷、この世界に来てから何度と見た富の象徴である。

「出来ればお手柔らかに。見えてきましたね、あれが主人の屋敷です」

 紹介されるがままにエルピス達は、傾き始めた太陽を背にゆっくりとその屋敷へと向かっていく。
 出来ることならばとっとと用事を済ませて帰りたいものだ、そう思いながらも絶対そんなことにはならないだろうと思ってエルピスは大きくため息をつくのだった。
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