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青年期:クラスメイト編
幕間:雇用
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夏の暑さもゆっくりと過ぎ去っていき、秋の肌寒さが優しく耳を包み込む。
エルピスが帝国領へ向かう間の僅かな期間、それは他の者にとっても大切な時間だ。
最高位の冒険者の移動には莫大な金が動くのが常だが、例に漏れずエルピスの移動はこれまで王国に莫大な金を落として来ていた。
商人達は商売のチャンスだと息を巻いてアルヘオ家の者達と交流する機会を探っており、冒険者達もそれと同じくエルピス達に同行する機会を窺っている。
理由は明白で、エルピスがその莫大な資産を元にして冒険者などの実力者を抱き抱え始めているという噂があり、なんとかして自分も抱き抱えてもらおうと躍起になっているのだ。
「やからて、なんでうちらのとこに来るんやろか。扱いで言うたら私らもなろうとしてるもんと、そう変わらんやろ」
「仕事で言ったらアルバイトに雇用志望出してるのとそう変わんねぇよな。まぁでも言いたい事は分かるけどさ。
エルピス本人に口利きできる人なんて限られているし、かと言って執事達に話を聞いてもあれに勝てるならそもそもエルピスから声がかかる。
なら俺達の部下になると言う選択肢を選ぶのが、ああいうやつらからしたら一番確率が高いんじゃないか?」
エルピスの元に辿り着くには常に動き続ける彼の位置を抑えることから始まり、またそこから会話を行うまでに必要な労力も考えれば、尋常ではない執念が必要になる。
楽な道を選ぶと言うのであれば、遥希や秋季などの部下として間接的ではあるがアルヘオ家の召使いになるという方がよほど確率が高い。
彼等が今いるのは冒険者組合から遥か遠い店ではあるが、自分達を見てくる視線の多さには呆れてしまうほどに多い。
「貴族からの接触も止まる事を知らない。同じ同郷の住まいという事を最大限に利用してこようとしている」
「俺らでこれだろ? エルピス地獄だなこりゃ」
「話聞いたが最高位冒険者との接触ももう始めてるらしいな。昨日は昼まで連合国で夜には評議国にも行ってたらしい。総移動距離一体どれくらいだ?」
そしてもちろん先程の話の流れで行けば、冒険者だけでなく貴族もその対象たりえる。
アルヘオ家の庇護下に入る事でその恩恵を得ようとするもの、アルヘオ家に護衛してもらう事で五年後の戦争に向けて安定を得ようとする者、反応は様々だがアルヘオ家だけでなく各国の有力貴族は殆どがいまこの様な状況になっており、その対応に追われていた。
王が居ない国を纏めている様な貴族に対してその様な行為を行う事でいくつかの国は疲弊しており、もはや人類は戦いよりも先に息の根が止まってもおかしくない。
「普通の商人の年間移動距離くらいね。まぁ龍を従えてるエルピスからしたら対した距離じゃ無いでしょう」
「俺も龍乗ってみたいなぁ……ったく、視線がさっきから鬱陶しいな。店変えるか」
「ーーちょ、ちょっと待ってください!」
遥希達に声をかけて来たのは、先ほどからこちらの様子を伺っていた冒険者パーティー。
見ればまだ年端もいかない少年少女だ、武器を持つ手もおぼつかず親が金を持っていたのか装備だけは最低限あるが、本人達がそれらの性能を最大限に引き出せるとは到底思えない。
「どうしたの? 私達になにか用かしら」
「麗子そんな聞き方したら怖くて話もできひんよ、どないしたん?」
手に持ったカップで口元を隠し、明日に腰をかけたまま麗子が問いかけると間に紅葉が割って入る。
膝を折り曲げ目線を下げて、子供を子供として扱う紅葉に特に怒った様子も見せず少年達は覚悟を決めて口を開く。
「ぼ、僕達を一緒に連れていってください!」
「悪いけど俺達は先に出てるわ」
共に連れて行け、とは先程まで話していた話の通りエルピスの部隊に入れてくれという事だろう。
エルピス本人と現在連絡がつかないので遥希達には判断ができることでもないし、そもそもこう言ってしまえばなんではあるがはっきり言って実力も不足している。
これではどう頑張っても連れて行けないと判断した遥希達は先に支払いを終えて店を出るが、紅葉と麗子は少年達の話に耳を傾けていた。
「あいつら血も涙もないわね」
「連れてくって君達戦えるん? 魔物は? 人は殺せる?」
「こっちはこっちで涙はあるけど血が通ってないし……」
「戦闘は苦手です…でも補給部隊なら募集してるって!」
そう言った彼の手にはクシャクシャになった汚い紙が握られており、紅葉はそれを受け取るとその内容を改める。
書かれている内容はどれもこれもおかしなもので、報酬金額から募集内容までエルピスが書くとは到底思えない様な内容だ。
とりあえず自分で判断してはいけないと、紅葉は麗子に小さく声をかける。
「これ多分偽物やよね…?」
「絶対そうね。人攫いか詐欺師か…ろくな相手じゃないわ」
「とりあえずは話だけでも聞いてみよか」
邪な者達の暗躍に彼らを付き合わせてあげる必要もない。
覚悟を決めた二人は、少年達に事情を聞くのだった。
/
そんな事が起きているとも知らず、王国にある別荘で呑気に空を眺めていたエルピスは、ふとフィトゥスからおかしな話を聞く。
「なんでも市内でアルヘオ家で雇ってもらえるって噂らしいですよ?」
「うちが? 求人出したっけ?」
「出してませんね。そもそも本家の給餌は全世界にある分家からの選抜ですし、よほど優秀なものでもなければ直接採用はあり得ませんよ」
フィトゥスの言葉通りアルヘオ家の採用試験は非常に難しいものであり、本家ともなればフィトゥスですら一発合格できるか怪しいものである。
末端の荷物持ちですらアルヘオ家の中から信頼するものを選び出すほど慎重に人事は行われており、ぶっちゃけて言うのであれば毒物や襲撃を一度もエルピスやその両親が受けていないのは本人達の実力ももちろんのこと、こういった召使い達の影の努力も大きい。
「だとしたら何のためにそんな危ない橋を渡ってるのかな?」
「もしかすれば他国の貴族が関与しているかも知れませんね。一時利益を掠め取ってその後逃亡、アルヘオ家に文句を言われれば証拠不十分で裁判に持ち込み、戦争が始まるまでごねにごねて有耶無耶にするつもりかも知れません」
「遥希達を先に帝国に送ってかないと行けないってのに全く。勘弁して欲しいもんだね」
「それですが、帝国側からはなんと?」
「転移魔法は距離を取って行うこと、武器は形態しないこと、転移者を同行させないことだってさ」
帝国領に向かうにあたって、エルピスが課せられた課題というのはそれなりに多い。
まず第一の理由として各国の王が来ているので警備レベルが尋常ではないほどに跳ね上がっていること、これはエルピスとしても納得がいく理由だしそれだけで上記三つの条件も理解できる。
二つ目の理由としてアルヘオ家に煮湯を飲まされたものが案外多いことである。
かつてリリィがエルピスに説明していた通り、アルヘオ家はその圧倒的な武力を用いて人類と亜人種の橋渡しを行なってきていた家だ。
それ故に貿易関係や領土資産の関係で何度か各国の貴族と揉めた事もある。
それの嫌がらせとばかりにエルピス達の非武装化を強く進めてきたとのことだ。
「エルピス様の武器剥いだところで、戦力半減とはいかないんですけどね」
「共和国の連中…いや、四大国あたりはそれくらい分かってると思うよ。共和国では一回真面目に攻撃魔法打ったし、襲ってくる為じゃなくて本当にただの嫌がらせなんじゃないかな」
ただの嫌がらせにしても手がこんでいるが、実際にこちら側に被害が出ていない以上は何も文句は言えないだろう。
フィトゥスとの会話も一段落し静かな空気をエルピスが楽しんでいると、ふとドタバタと音を立たせながらこちらにやってくる見知った気配を感じとりだらけていた姿勢を直して座り直す。
「エルピス、居るかしら?」
「これはまた珍しいね。麗子さんに紅葉さん、それと……後ろの子達は?」
「は、初めまして! プーロと申します! エルピス様に置かれましてはご機嫌麗しゅうございますでふ!」
「落ち着きなよ。フィトゥス、お茶出してあげて。座って良いよ」
同級生達がエルピスの元を訪れる事は少ない。
どちらかと言えばエルピスが一つの場所に止まっていることの方が少ないのだが、この子達の対処は彼女達からの初めてのお願いだ。
もちろんそうでなくとも緊張して慣れない言葉を使うほどにテンパる少年少女を無下に扱うつもりはないが、より一層エルピスは注意して言葉を選びながら行動する。
「し、失礼します!」
「どうぞ。それでまずは後二人の名前を聞こうか」
「オビディエントです」
「私ミスチヴァスって言います!」
一番最初にこちらに挨拶をしてきたのが栗色の髪と茶色の目が特徴的な元気そうな少年、腰には錆びかけた短剣がくくりつけられており装備も致命傷だけを回避できる最低限のものである。
続く男の子も蒼色の髪と目以外は前述の男の子と対して変わらない服装をしており、唯一最後の女の子だけが少しだけ高級そうな杖と魔法防御に多少効果のあるローブを着用している。
首から垂れ下がった冒険者プレートは銀色の物であり、適正ランクは緑鬼種の討伐くらいのものだろうか。
「自己紹介ありがとう。アルヘオ家長男、エルピス・アルヘオと言います、よろしくお願いするよ」
「ありがとうございます!」
「それで紅葉さん、この子達の目的は?」
「それはその子らが言うんが筋ってもんやと思うから、私からは秘密」
「ーーそう言う事らしいから教えてくれるかな」
「あ、あの! 僕達この求人を見て来ました!」
なんともまぁ彼女らしい言葉に納得し、エルピスがプーロに対して声をかけると汚い紙切れをで渡される。
王国の技術で作られた物では明らかにない用紙であり、鑑定を使用して場所を探ってみれば王国の近くにある小さな国の名前が浮かび上がって来た。
そもそもある程度科学技術があるとは言えこの世界ではばら撒くほど紙を量産できないし、殆どの紙はギルドに正式に貼られたものか店の軒先に保護魔法と一緒に貼られているものが大半である。
彼らがそんな所から引きちぎって持って来たのかとも一瞬考えたが紙を見てみるとそんな様子はなく、であるならば汚い紙を使う代わりにこんな内容の文を大量生産しているのだろう。
「なになに、補給部隊募集中…アルヘオ家で働いてみませんか、給料要相談……金のプレートは金貨五枚以上から?」
「お給料は少なくて良いですから、エルピスさんの下で働かせて下さい!」
「弱ったなぁ……。紅葉さん、つまりこれってそう言う事ですよね?」
「そう言う事もどう言うことも、最後に判断するのはエルピスはんの仕事やよって。ただ一つ言わせてもらえるんなら私らはその子らを応援したいと思ってる」
「ですよねぇ。フィトゥス、とりあえずこれヘリアに渡して来ておいて。確かニルと師匠が明後日まで暇だから丁度いい仕事もできたし」
「了解しました」
音もなく消えていくフィトゥスの姿を確認してから、エルピスは目の前で目を輝かせる彼らの処分をどうしようか頭を悩ませる。
そもそもアルヘオ家はこんな求人出していないし、取るつもりもないと言えば話はそれで終わりだが、紅葉達が納得する事は無いだろう。
ではこのまま採用するとどうなるか。
もちろんこの事実はすぐにでも知れ渡るだろうし、金目当ての冒険者がアルヘオ家に詰めかけて来て結局は同じような事である。
「素晴らしい折衷案を考えたんだけど紅葉さん…は無理だろうから麗子さんちょいこっち」
「なによ、なんで私なの?」
「まぁまぁ良いからこっちこっち」
訝しげな顔をしてこちらにくる麗子の耳に、エルピスは今後の予定を事細かに説明する。
できる事ならこのまま予定通り動いてくれればエルピスとしては万々歳だ。
「ーーなるほど。そう言うことね」
「それだったら丁度いいだろうし、明日にでも出発して来なよ」
「そうね。遥希達にも私から言っておくわ」
「なんのことやらさっぱりやわ、私にも説明してくれてええんとちゃうの?」
「まぁまぁ。いろいろあるから」
/
時は少し経過し、アーテ達も王国の別邸に到着して少し経った頃。
フィトゥスとエルピスは相変わらずだらっとしながら天井を眺めて言葉を交わしていた。
「それにしてもやりますねエルピス様も。彼女達含めて雇われとして帝国に先に送り出し、アルヘオ家の運搬業務を行っていることにするとは」
「元はと言えば遥希達も名の知れた冒険者パーティーだし、彼らが参加して枠が埋まりましたって言えば文句を言うところも少ないと思ってさ」
雷精団と呼ばれていた遥希達の活躍は目覚ましいものだったようで、王国内でも冒険者であれば知らない人物は居ないほどの有名人であった。
そんな彼らが参加したとなれば他の人物が参加するのを断っても文句はないだろう。
「それに先生のところには一刻も早く生徒を送り込みたかったからね。時期的にはちょうどよかった」
「先生…とはエルピス様の転生前の教師の方と言うことでしょうか?」
「まぁそうなるね。副担任だったけど」
エルピスが副担任の元に生徒を送りたかった理由、それはもちろん闇に堕ちた同級生達が一番最初に手を出す可能性が高いのが副担任だからである。
それにあそこには無事に生き延びた人物が何人かいる、転移者を求めているのはエルピスとしても同じだし、力になってくれると言うのであれば有難い。
そうでなくとも敵にさえ回らなければそれで十分である。
「それなら家をあげてお迎えしなければなりませんね、恩師は大切にしなければいけませんから」
「恩師って言うほど何かしてもらった記憶はないけど……まぁそうだね。向こう着いたら美味しいものでも食べよっか」
帝国へ向かう足は重たいままである。
だが大切なものを守る為には、小さな積み重ねが大切だ。
せめて休めるときには休んでおこうと、エルピスは重たくなって来た瞼をそのまま下ろすのだった。
エルピスが帝国領へ向かう間の僅かな期間、それは他の者にとっても大切な時間だ。
最高位の冒険者の移動には莫大な金が動くのが常だが、例に漏れずエルピスの移動はこれまで王国に莫大な金を落として来ていた。
商人達は商売のチャンスだと息を巻いてアルヘオ家の者達と交流する機会を探っており、冒険者達もそれと同じくエルピス達に同行する機会を窺っている。
理由は明白で、エルピスがその莫大な資産を元にして冒険者などの実力者を抱き抱え始めているという噂があり、なんとかして自分も抱き抱えてもらおうと躍起になっているのだ。
「やからて、なんでうちらのとこに来るんやろか。扱いで言うたら私らもなろうとしてるもんと、そう変わらんやろ」
「仕事で言ったらアルバイトに雇用志望出してるのとそう変わんねぇよな。まぁでも言いたい事は分かるけどさ。
エルピス本人に口利きできる人なんて限られているし、かと言って執事達に話を聞いてもあれに勝てるならそもそもエルピスから声がかかる。
なら俺達の部下になると言う選択肢を選ぶのが、ああいうやつらからしたら一番確率が高いんじゃないか?」
エルピスの元に辿り着くには常に動き続ける彼の位置を抑えることから始まり、またそこから会話を行うまでに必要な労力も考えれば、尋常ではない執念が必要になる。
楽な道を選ぶと言うのであれば、遥希や秋季などの部下として間接的ではあるがアルヘオ家の召使いになるという方がよほど確率が高い。
彼等が今いるのは冒険者組合から遥か遠い店ではあるが、自分達を見てくる視線の多さには呆れてしまうほどに多い。
「貴族からの接触も止まる事を知らない。同じ同郷の住まいという事を最大限に利用してこようとしている」
「俺らでこれだろ? エルピス地獄だなこりゃ」
「話聞いたが最高位冒険者との接触ももう始めてるらしいな。昨日は昼まで連合国で夜には評議国にも行ってたらしい。総移動距離一体どれくらいだ?」
そしてもちろん先程の話の流れで行けば、冒険者だけでなく貴族もその対象たりえる。
アルヘオ家の庇護下に入る事でその恩恵を得ようとするもの、アルヘオ家に護衛してもらう事で五年後の戦争に向けて安定を得ようとする者、反応は様々だがアルヘオ家だけでなく各国の有力貴族は殆どがいまこの様な状況になっており、その対応に追われていた。
王が居ない国を纏めている様な貴族に対してその様な行為を行う事でいくつかの国は疲弊しており、もはや人類は戦いよりも先に息の根が止まってもおかしくない。
「普通の商人の年間移動距離くらいね。まぁ龍を従えてるエルピスからしたら対した距離じゃ無いでしょう」
「俺も龍乗ってみたいなぁ……ったく、視線がさっきから鬱陶しいな。店変えるか」
「ーーちょ、ちょっと待ってください!」
遥希達に声をかけて来たのは、先ほどからこちらの様子を伺っていた冒険者パーティー。
見ればまだ年端もいかない少年少女だ、武器を持つ手もおぼつかず親が金を持っていたのか装備だけは最低限あるが、本人達がそれらの性能を最大限に引き出せるとは到底思えない。
「どうしたの? 私達になにか用かしら」
「麗子そんな聞き方したら怖くて話もできひんよ、どないしたん?」
手に持ったカップで口元を隠し、明日に腰をかけたまま麗子が問いかけると間に紅葉が割って入る。
膝を折り曲げ目線を下げて、子供を子供として扱う紅葉に特に怒った様子も見せず少年達は覚悟を決めて口を開く。
「ぼ、僕達を一緒に連れていってください!」
「悪いけど俺達は先に出てるわ」
共に連れて行け、とは先程まで話していた話の通りエルピスの部隊に入れてくれという事だろう。
エルピス本人と現在連絡がつかないので遥希達には判断ができることでもないし、そもそもこう言ってしまえばなんではあるがはっきり言って実力も不足している。
これではどう頑張っても連れて行けないと判断した遥希達は先に支払いを終えて店を出るが、紅葉と麗子は少年達の話に耳を傾けていた。
「あいつら血も涙もないわね」
「連れてくって君達戦えるん? 魔物は? 人は殺せる?」
「こっちはこっちで涙はあるけど血が通ってないし……」
「戦闘は苦手です…でも補給部隊なら募集してるって!」
そう言った彼の手にはクシャクシャになった汚い紙が握られており、紅葉はそれを受け取るとその内容を改める。
書かれている内容はどれもこれもおかしなもので、報酬金額から募集内容までエルピスが書くとは到底思えない様な内容だ。
とりあえず自分で判断してはいけないと、紅葉は麗子に小さく声をかける。
「これ多分偽物やよね…?」
「絶対そうね。人攫いか詐欺師か…ろくな相手じゃないわ」
「とりあえずは話だけでも聞いてみよか」
邪な者達の暗躍に彼らを付き合わせてあげる必要もない。
覚悟を決めた二人は、少年達に事情を聞くのだった。
/
そんな事が起きているとも知らず、王国にある別荘で呑気に空を眺めていたエルピスは、ふとフィトゥスからおかしな話を聞く。
「なんでも市内でアルヘオ家で雇ってもらえるって噂らしいですよ?」
「うちが? 求人出したっけ?」
「出してませんね。そもそも本家の給餌は全世界にある分家からの選抜ですし、よほど優秀なものでもなければ直接採用はあり得ませんよ」
フィトゥスの言葉通りアルヘオ家の採用試験は非常に難しいものであり、本家ともなればフィトゥスですら一発合格できるか怪しいものである。
末端の荷物持ちですらアルヘオ家の中から信頼するものを選び出すほど慎重に人事は行われており、ぶっちゃけて言うのであれば毒物や襲撃を一度もエルピスやその両親が受けていないのは本人達の実力ももちろんのこと、こういった召使い達の影の努力も大きい。
「だとしたら何のためにそんな危ない橋を渡ってるのかな?」
「もしかすれば他国の貴族が関与しているかも知れませんね。一時利益を掠め取ってその後逃亡、アルヘオ家に文句を言われれば証拠不十分で裁判に持ち込み、戦争が始まるまでごねにごねて有耶無耶にするつもりかも知れません」
「遥希達を先に帝国に送ってかないと行けないってのに全く。勘弁して欲しいもんだね」
「それですが、帝国側からはなんと?」
「転移魔法は距離を取って行うこと、武器は形態しないこと、転移者を同行させないことだってさ」
帝国領に向かうにあたって、エルピスが課せられた課題というのはそれなりに多い。
まず第一の理由として各国の王が来ているので警備レベルが尋常ではないほどに跳ね上がっていること、これはエルピスとしても納得がいく理由だしそれだけで上記三つの条件も理解できる。
二つ目の理由としてアルヘオ家に煮湯を飲まされたものが案外多いことである。
かつてリリィがエルピスに説明していた通り、アルヘオ家はその圧倒的な武力を用いて人類と亜人種の橋渡しを行なってきていた家だ。
それ故に貿易関係や領土資産の関係で何度か各国の貴族と揉めた事もある。
それの嫌がらせとばかりにエルピス達の非武装化を強く進めてきたとのことだ。
「エルピス様の武器剥いだところで、戦力半減とはいかないんですけどね」
「共和国の連中…いや、四大国あたりはそれくらい分かってると思うよ。共和国では一回真面目に攻撃魔法打ったし、襲ってくる為じゃなくて本当にただの嫌がらせなんじゃないかな」
ただの嫌がらせにしても手がこんでいるが、実際にこちら側に被害が出ていない以上は何も文句は言えないだろう。
フィトゥスとの会話も一段落し静かな空気をエルピスが楽しんでいると、ふとドタバタと音を立たせながらこちらにやってくる見知った気配を感じとりだらけていた姿勢を直して座り直す。
「エルピス、居るかしら?」
「これはまた珍しいね。麗子さんに紅葉さん、それと……後ろの子達は?」
「は、初めまして! プーロと申します! エルピス様に置かれましてはご機嫌麗しゅうございますでふ!」
「落ち着きなよ。フィトゥス、お茶出してあげて。座って良いよ」
同級生達がエルピスの元を訪れる事は少ない。
どちらかと言えばエルピスが一つの場所に止まっていることの方が少ないのだが、この子達の対処は彼女達からの初めてのお願いだ。
もちろんそうでなくとも緊張して慣れない言葉を使うほどにテンパる少年少女を無下に扱うつもりはないが、より一層エルピスは注意して言葉を選びながら行動する。
「し、失礼します!」
「どうぞ。それでまずは後二人の名前を聞こうか」
「オビディエントです」
「私ミスチヴァスって言います!」
一番最初にこちらに挨拶をしてきたのが栗色の髪と茶色の目が特徴的な元気そうな少年、腰には錆びかけた短剣がくくりつけられており装備も致命傷だけを回避できる最低限のものである。
続く男の子も蒼色の髪と目以外は前述の男の子と対して変わらない服装をしており、唯一最後の女の子だけが少しだけ高級そうな杖と魔法防御に多少効果のあるローブを着用している。
首から垂れ下がった冒険者プレートは銀色の物であり、適正ランクは緑鬼種の討伐くらいのものだろうか。
「自己紹介ありがとう。アルヘオ家長男、エルピス・アルヘオと言います、よろしくお願いするよ」
「ありがとうございます!」
「それで紅葉さん、この子達の目的は?」
「それはその子らが言うんが筋ってもんやと思うから、私からは秘密」
「ーーそう言う事らしいから教えてくれるかな」
「あ、あの! 僕達この求人を見て来ました!」
なんともまぁ彼女らしい言葉に納得し、エルピスがプーロに対して声をかけると汚い紙切れをで渡される。
王国の技術で作られた物では明らかにない用紙であり、鑑定を使用して場所を探ってみれば王国の近くにある小さな国の名前が浮かび上がって来た。
そもそもある程度科学技術があるとは言えこの世界ではばら撒くほど紙を量産できないし、殆どの紙はギルドに正式に貼られたものか店の軒先に保護魔法と一緒に貼られているものが大半である。
彼らがそんな所から引きちぎって持って来たのかとも一瞬考えたが紙を見てみるとそんな様子はなく、であるならば汚い紙を使う代わりにこんな内容の文を大量生産しているのだろう。
「なになに、補給部隊募集中…アルヘオ家で働いてみませんか、給料要相談……金のプレートは金貨五枚以上から?」
「お給料は少なくて良いですから、エルピスさんの下で働かせて下さい!」
「弱ったなぁ……。紅葉さん、つまりこれってそう言う事ですよね?」
「そう言う事もどう言うことも、最後に判断するのはエルピスはんの仕事やよって。ただ一つ言わせてもらえるんなら私らはその子らを応援したいと思ってる」
「ですよねぇ。フィトゥス、とりあえずこれヘリアに渡して来ておいて。確かニルと師匠が明後日まで暇だから丁度いい仕事もできたし」
「了解しました」
音もなく消えていくフィトゥスの姿を確認してから、エルピスは目の前で目を輝かせる彼らの処分をどうしようか頭を悩ませる。
そもそもアルヘオ家はこんな求人出していないし、取るつもりもないと言えば話はそれで終わりだが、紅葉達が納得する事は無いだろう。
ではこのまま採用するとどうなるか。
もちろんこの事実はすぐにでも知れ渡るだろうし、金目当ての冒険者がアルヘオ家に詰めかけて来て結局は同じような事である。
「素晴らしい折衷案を考えたんだけど紅葉さん…は無理だろうから麗子さんちょいこっち」
「なによ、なんで私なの?」
「まぁまぁ良いからこっちこっち」
訝しげな顔をしてこちらにくる麗子の耳に、エルピスは今後の予定を事細かに説明する。
できる事ならこのまま予定通り動いてくれればエルピスとしては万々歳だ。
「ーーなるほど。そう言うことね」
「それだったら丁度いいだろうし、明日にでも出発して来なよ」
「そうね。遥希達にも私から言っておくわ」
「なんのことやらさっぱりやわ、私にも説明してくれてええんとちゃうの?」
「まぁまぁ。いろいろあるから」
/
時は少し経過し、アーテ達も王国の別邸に到着して少し経った頃。
フィトゥスとエルピスは相変わらずだらっとしながら天井を眺めて言葉を交わしていた。
「それにしてもやりますねエルピス様も。彼女達含めて雇われとして帝国に先に送り出し、アルヘオ家の運搬業務を行っていることにするとは」
「元はと言えば遥希達も名の知れた冒険者パーティーだし、彼らが参加して枠が埋まりましたって言えば文句を言うところも少ないと思ってさ」
雷精団と呼ばれていた遥希達の活躍は目覚ましいものだったようで、王国内でも冒険者であれば知らない人物は居ないほどの有名人であった。
そんな彼らが参加したとなれば他の人物が参加するのを断っても文句はないだろう。
「それに先生のところには一刻も早く生徒を送り込みたかったからね。時期的にはちょうどよかった」
「先生…とはエルピス様の転生前の教師の方と言うことでしょうか?」
「まぁそうなるね。副担任だったけど」
エルピスが副担任の元に生徒を送りたかった理由、それはもちろん闇に堕ちた同級生達が一番最初に手を出す可能性が高いのが副担任だからである。
それにあそこには無事に生き延びた人物が何人かいる、転移者を求めているのはエルピスとしても同じだし、力になってくれると言うのであれば有難い。
そうでなくとも敵にさえ回らなければそれで十分である。
「それなら家をあげてお迎えしなければなりませんね、恩師は大切にしなければいけませんから」
「恩師って言うほど何かしてもらった記憶はないけど……まぁそうだね。向こう着いたら美味しいものでも食べよっか」
帝国へ向かう足は重たいままである。
だが大切なものを守る為には、小さな積み重ねが大切だ。
せめて休めるときには休んでおこうと、エルピスは重たくなって来た瞼をそのまま下ろすのだった。
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召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
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このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
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そんな中、この五歳児が得たスキルは
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もはや文字ですら無かった
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