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青年期学問都市
戦争
しおりを挟むこの世界における転移魔法とは、様々ある魔法の中でも少々特殊な扱いを受けている魔法である。
転移、と言っているもののその実は自身の身体を魔素として変換、指向性の魔素を身体に纏う事で高速での移動、そして人体への変換の三項目を終える事で擬似的に転移を行なっている。
つまりはいきなり何もない空間から現れているわけではなく、空間からある空間へと超高速で移動しているのだ。
その為いくつか制約も存在し、例えば魔素が無い空間では転移魔法を使用することは出来ない。
これが魔神であるエルピスしか感じられない周囲の魔素の歪みによる重度の酔いを感じさせるものであり、そして違和感の状態でもある。
そんな転移魔法は王国祭の際にエルピスが言っていた通り、距離×人数に比例して消費魔力が増大し、かつては軍を転移させる計画もありはしたがあまりの莫大な魔力消費に耐えきれず、二割ほどが魔素から身体を変換できないまま帰らぬ人となった。
転移魔法を途中で強制解除させその場に出現させる方法もないわけではないが、あれは相手が自身の体を魔素から人に戻せる魔力がないと同じく人に戻れなくなる。
この事からこの世界において転移魔法による軍の移動は不可能だと考えられており、実際のところ魔神でもなければ数万単位の転移は不可能だ。
だがそんな常識を覆し、万を超える亜人の軍勢が転移してくるのをエルピスの〈神域〉は誰よりも早く気がつく。
「ーーーー来たかッ!! 技能〈召喚)! 〈捕縛〉!」
見様見真似で得た遥希の技能〈捕縛〉、その能力は対象が知覚する範囲内における生物を一定確率で捕獲するというもの。
目に見えない運によって左右されるその技能は、だがエルピスが使えば百発百中の技能へと変化する。
召喚によってニル、セラを、捕縛によってアウローラとレネスを無理やり自分の手元へと呼び寄せその場に最大限の防壁を貼る。
「エルピス何をーー」
「ーー黙ってろ舌噛むぞッ!!」
普段ならば絶対に自らに対して語り掛けない口調で怒りとも取れる感情をあらわにしたエルピスに対し、驚きのままに反射的にアウローラがその顔を見つめると身体が浮くような感覚に襲われる。
いや浮くような、ではない。
実際に浮いたのだ。
とてつもない魔力反応が地面から感じられたその瞬間、エルピスが展開した障壁から向こう側が紅く染まった。
それは紛れもなく人であったものだ。
きらりと見えた流星のようなそれは一切の手加減もなく命を刈り取り、いくつの命が散ったか考えるのすら嫌になる程だ。
そして遅れて視界を埋め尽くさんばかりの業火が、島を舐めるようにして滑りながらこちらへと向かってくる。
だがその業火もエルピスの障壁に当たるとまるで何事もなかったかのように掻き消え、そこまでいってようやく一瞬の空白が訪れた。
「な、何が起きてるの!?」
「説明してる暇は無い。レネス、悪いけどアウローラをお願いします。ニル、フェルは遊撃、セラは救護、灰猫はセラの援護を」
「分かった、任せなよアウローラちゃんは私が守ってあげよう。君はどうするんだい?」
「俺は敵を削ります」
的確な指示を出しながらエルピスは戦闘の準備を即座に終わらせる。
(完全に敵の規模を見誤ったな、後手に回っている……クソがっ!)
亜人に怪しい動きはなかったし、世界中の国を相手にする可能性のあるこの島に対してまともな人間が攻撃を仕掛けてくるとは到底思えない。
ならば間違いなくこの破壊をもたらしたのはこの世界を混沌に貶める必要性のある雄二だろう。
エルピスの視界に入ってきているのは超巨大な転移門。
空間と空間をつなげるこの魔法ならば発動までに多大な時間はかかるものの、ある程度の魔力を支払う事で通過することが可能である。
だがそれにしてもおかしい、こんな大規模な魔法の発動準備をしていれば少なくともエルピスが気づくはずである。
だというのにこの行動に対してエルピスが何の対処もできなかったというのはつまり、エルピスが想定もしていないような方法を用いた魔法発動を行ったということだ。
転移門以外にも船や飛行船など様々な乗り物が転移魔法で、こちらにやってきており、エルピスはそのいくつかを無理やり半分程度の転移で終わらせる事で致命傷を与えていく。
そうは言っても空を埋め尽くし海に橋をかけられるほどの多勢を前にしてはその攻撃もあまり意味をなさず、既に行動を開始し周囲から居なくなった仲間達の事を思いながら思い切り地面を蹴る。
「ーー敵がき」
声が出るより早く、叫んでいた男の首から上が消滅する。
船に直接乗り込んだエルピスの姿は誰の目にも捉えられず、味方の肉体の喪失によって敵は自分達を襲う何かがいる事を把握するしかない。
「どうした!? 何が起こっ」
「隣の船が落ちてる! 原因は不明!」
「とりあえず防衛線をつ」
「ーーなんなんだいったい! 報告をしろっ!!」
蹴り出した勢いそのままにエルピスが飛行船の外壁に衝突すると、その勢いだけで一つの船が沈む。
狙うは指揮官の首だけ、指示をするものがなくなり撤退してくれれば万々歳、それでなくとも意見交換のためにでも集まってくれれば焼き払い安くなり非常に結構な事である。
エルピスが一歩を踏み出すごとに一人つずつ船が落ちていき、そしてエルピスが杖を一振りするたびに数十の船が沈んでいく。
一隻あたりに乗船している人数は十かそこら、落としたところで人的被害が少ないのが少々問題ではあるが、数を落とせるに越したことはない。
「構わん撃てっ!」
「しかし味方がーーそれに敵の状態もはっきりしておりません!」
「構わん我々空挺部隊の役目は敵戦力の排除ではなく生徒達を抹殺する事、二度目はないやれ!」
神人であるエルピスの耳は、意識を傾ければ数キロ先まで聞こうと思えば聞くことができる。
目の前の敵が何をしようとしているか、それは別として地上に対して攻撃を仕掛けようとしてきているのが分かっているのならば対処は簡単である。
飛行船から飛び降りその身を投げ出すと、エルピスは空中で障壁を展開し敵の攻撃に対して対応する構えを見せた。
だがそれもお構いなしとばかりに声が聞こえると同時、エルピスの身体よりも大きい砲弾が雨の粒のようにして降り注いでくる。
「させるかぁぁぁぁっ!!!」
それら全てはエルピスの障壁によって空中で止められ爆発するが、先程の爆発とは違いエルピスの顔にも若干ながら疲労が見える。
先程の爆発も同様、魔法障壁の尽くが破られている事から考えてもおそらくは今の爆発魔法術式による強化は入っているだろうが元は純正の爆弾だ。
魔法技術を主としたものではなく科学技術を主としたその爆弾は物理系統の破壊を招き、エルピスの邪神の障壁を破るには程遠いがエルピスに負担を与えるには十分な性能を誇っていた。
出し渋っている場合ではない、長期戦になれば単身で戦っているエルピスが圧倒的に不利だ。
「神罰執行、対象敵航空勢力天災魔法詠唱開始。
龍神の名を持って魔素に命じる、重ねて魔神の名を持って魔素に命じる、天を羽ばたくその傲慢さに神の名を持って罰を与えよう。
空を疾れ大神罰」
エルピス自身使用するのは二度目、ニルの時以来の天災魔法は遺憾無くその威力を世に見せつける。
共和国の時と同じように天と地を繋ぐ鎖となった光の柱は、だがあの時と違い込められた魔力量はもちろんのこと柱の本数も15本と随分と多い。
エルピスが軽くてを振るうとその内の一柱はそれぞれ目も開けていられないほどの光を放ち、そしてその直後に空を埋め尽くしていた飛行船達は全てなんの抵抗も許されずに墜落していった。
この魔法の効果は二つ、一つ目は対象となった生物の生命活動の停止、そして二つ目は今から行われる。
「大地を削れ雷槍」
柱から枝分かれしていった雷属性の槍は海上を滑るように飛んでいくと、まるで何事もなかったかのように船体を貫通していく。
一つの魔法で亜人の軍勢のほぼ全てが壊滅していくが、これが神とそれ以外の差なのだ。
抵抗など許されず一切の防御もできないままに、刈り取られる側の存在としてその命を差し出すしかない。
敵を全滅させたエルピスだがその表情は決して緩まっておらず、むしろ先程よりも研ぎ澄まして辺りを見ていた。
エルピスが居る事を分かっていても攻撃してきたのだ、敵とそれなりに自信があるはず。
それにいまこの戦場はエルピスが殺した亜人達の怨念と魔力が豊潤にある、死霊系の能力者や魔法使いならばこの隙を見逃すとはとても思えない。
辺りを見渡していれば案の定、周囲に存在する魔力がゴッソリと削れたかと思えばちらほら生き残っていた亜人種達が最後の力を振り絞って転移魔法を起動させた。
個人で絶対に無理だと言われていた超長距離の転移魔法も、これだけの環境と自らの命を捨てるだけの覚悟があればその限りではない。
島に降り注ぐ数多の転移の光を目にし、エルピスがこの地に来て久々に戦闘目的で刀を抜くと亜人種が四人目の前に躍り出た。
「土精霊、森霊種、人類種、性濁豚、下種族4人で俺が止められるとでも?」
「前回のリベンジとさせて貰おうか。随分と同胞を殺してくれた」
「ああ、前も居たな。それはこちらのセリフだ」
王国の時にも居た森霊種と性濁豚のコンビを横目で見つつ、エルピスは〈神域〉の範囲を再度この近辺全域に広げる。
敵種族は前回よりも更に多様化しており、性濁豚、土精霊、森霊種、緑鬼種、人類種、人卵植、粘触種、獣人、その他にも細かく六から八ほどの種族が敵に回っているらしい。
最初に来ていた敵は全て捨て駒だったとして、今いる敵が主力かと聞かれれば少し疑問が残るところである。
目の前の彼らは確かに強い、アウローラならば一対一でも勝てないだろうし、近衛兵でも辛勝がやっとという程度のレベルだ。
だがだからと言ってエルピスの敵ではないし、先ほど船にもこの程度の敵ならば乗っていた。
現に取り出してくる敵の姿はエルピスには止まって見え、一応神の使徒になっている可能性も考慮して権能の反応には気を使っているが使ってくるそぶりもない。
「はっ!」
「死の神の力を持って我が敵を撃ち倒さん〈上位呪殺〉」
「いつも通りいくぞッ!」
「任せろ!」
先行して突撃してきた人を軽く蹴り飛ばし、飛んできた魔法を気にするそぶりすら見せずにそれに続いてやってくる土精霊と性濁豚の攻撃を紙一重で避ける。
直接当たったところで障壁が防ぐが、何か特殊な能力を持っていないとも限らないので肌で受けるつもりはない。
「魔法と呪いは俺には効かない。物理は障壁で防ぐしもしそれを超えても鱗がある、せめてもう少し強い奴らを連れてこい」
エルピスに常時架けられている障壁の数は五桁以上。
全力戦闘時には最高枚数六桁後半にも登る程である、そんな障壁を未だに一枚も破れていない時点で勝敗など決まっているも同然だ。
軽く刀を振るい相手の剣に当ててみれば何のことなく剣を綺麗に切断し、からんからんと高い音を立てながら剣先が地面に落ちる。
この場で戦闘を行いながらも魔法によって島に向かってくる敵を面制圧しているので、多少撃ち漏らしは出るものの先程までと何か変わったことはない。
片手間で煽りはしたものの時間の無駄と判断し殺す為に武器を構え直すと、驚くほど素早くエルピスが確実に一撃で殺せる範囲から遠ざかろうと逃げていく。
「そいつらが出てくるまでの時間稼ぎを任せられてるんでね。そうそうは死ねないぜ?」
「早く連れてきなよその強い奴とやら。さっきまで落ち着いてたヤバい人が動き出そうとしてるからさ」
「は? 何言ってーーっ!」
エルピスが武器をしまいながらそういうと同時、海が丸で空に向かって落ちているかのように降っていく。
どう考えてもあり得ない光景、世界を丸ごとひっくり返されたようなその光景に島にいる全てのものが絶句する。
その力を見て一部の者達は直ぐに誰がそれを行ったのか把握する、こんなことができるのはこの世で一人だけしかいないのだから。
空へと伸びていく水の柱の中から先ほどと同じ姿の海神が現れると、まるで虫でも払うかの如く腕を軽く振るう。
それだけで巨大な津波が発生し、島へと向かってきていた船団が呑まれて沈んでいく。
もう一度もう片方の手を軽く振るうと、今度は残っていた飛行部隊に対して海から大量の水が放たれその圧に耐えきれず中程で全ての船が折れて沈んでいった。
さすがにこの世界で最も広い海を司る神、同じ神であるエルピスをしても仲間に引き入れて心底良かったと思わせるその強さは敵に絶望を与えるには十分だ。
「ほら言わんこっちゃない。空と海はあの人が抑えてくれている、早く兵器でもなんでもいいから出したほうがーー」
ようやくひと段落ついた、そう思った瞬間に少し先に転移光が見えエルピスは武器を構えなおす。
一度知ったからには二度と忘れることはない嫌な気配と魔力の感覚、黒髪に白い刀を携えたその青年はエルピスが最もこの世界において憎んでいるといってもいい相手だ。
「ーー確かに海神の出現は予想外だったな、俺が出るつもりは無かったが龍の子、俺が相手をしてやるよ」
「────雄二っっっっ!!」
「随分とまた好かれたものだな〈転移〉、他にも俺の仲間を呼び出してやった、せいぜいなんとかしてみろよクソガキがよぉ!?」
黒い髪の簒奪者を前にして、先程までのエルピスの冷静さは何処かへと吹き飛んでいく。
彼が使用した転移はこちらが何処かにではなくどこかからこちらへの転移、見える光の柱は8本あり島のどこかへとバラバラに転移していくのが目に止まる。
転移を強制停止させてみようとするがどうやら権能で守っているらしく、抵抗されている間に転移を完了されエルピスは目の前に集中する。
浮いた奴らはセラやニルがなんとかしてくれる、ならば自分はいま目の前の敵を殺すだけでいい。
静かに息を吐き出しながら、エルピスは小さく震える脚を押さえつけるのだった。
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