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青年期学問都市
同級生
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「みなさんも聞いていると思いますが、こちらはかの土精霊を統べる鍛治神の一人娘でありお名前をーー」
「ーールミナと申します。皆様と学びを共にできる事、非常に光栄に思います。至らぬ点もございましょうが、どうぞよろしくお願い致します」
教室の中を酷く粘度の高い緊張感が襲う。
目の前にいる少女、赤い髪に特徴的な火傷と、それをアクセントだと言わんばかりの完成された造形美の少女が、鍛治神の娘であると言う事を再確認して。
人類の中で、一体何人が本当の神と出会ったことがあると言うのか。
そもそも神は自分が司る種族の者以外にその姿を表す事は非常に稀であり、もしあったとしてもそれは大国の王が謁見に出向いたときなど限定的な状況下でのみだ。
それがその神本人ではなく娘とは言え、いずれ神となる人物が目の前にいるのだ。
この世に生まれてだかだが十と数年、緊張するなと言う方が難しい事であろう。
それにここまで生徒達が緊張しているのは、何もそれだけの理由ではない。
彼等も王族や貴族の生まれであればこそ、神には及ばずとも遙か高い位の人物に出会ったことがないわけではない。
だがそんな位の高い人物にあってきた彼等だからこそ、目の前の少女の腰の低さが不気味なのである。
強者とは、覇者とは、神とは傲慢であり不遜であり絶対であるべきである。
そうなるはずの神の娘がまるで人の子の様に振る舞っているその姿に、力を振う方法を覚えた獣を前にした様な恐怖感を生徒達は味わっていた。
だが礼節を覚えている彼らはそんな状況下にあっても、いやこんな状況下だからこそ礼儀を忘れることはない。
「「よろしくお願いします」」
「次にそちらの方達は……?」
「ああ、すいません、では私の方から。神の娘の後に恐縮ではありますが、これから皆様と少しの間一緒に勉強させていただく、エルピス・アルヘオと申します。魔法に関しましてはそれなりに自信がありますので、もしよろしければ何か有ればお気軽にご相談ください」
「ーーあのアルヘオ家?」
「確か長男がいろんな国を回ってるって噂だったけど……」
「ご両親はいま魔族領にいらっしゃるんじゃなかったかしら。父と文通しているのを見たわ」
「あら、私の母と文を交わしていたときはそろそろ魔族領を出るとおっしゃっていた様だけれど?」
どうやら学園長がうっかり伝え忘れた様で、三者三様の反応を見せながら先ほどよりも圧倒的に教室内がざわざわし始める。
教師がそれを急いで宥めに行くが、目の前にいるのは転生前のエルピス達と同じく話したい盛りの16やそこらの青年になりかけている少年少女達だ。
その程度の納め方でおまるはずもなく、数分ほど教室内はざわざわとした空気のままである。
「すいません、エルピスさん。これはとんだご無礼を」
「いえいえ、お気になさらず。家柄で言ってもこの中では下も下、その程度に扱っていただけた方が私と致しましても過ごしやすく思います。少々人数が多いので申し訳ありませんが後の者は自己紹介を省かせていただきます、皆様もご了承ください」
少し意地悪な返答にはなってしまったが、それでも文句を付けずにさらっと流したのだから勘弁して欲しいところである。
教室の一番後ろ、何故か綺麗に開けられた席に座りながらエルピスは久方振りに自分の机の上にペンと紙を置く。
日本で使っていた頃と似たようなシャーペンと紙が、そこにはあった。
明らかに日本製、この世界において異質な存在であるからこれは全く使っていないせいで、セラから他の技能と統合して新しい便利な技能に変えましょうと言われたこと計6回を超える技能〈ガチャ〉によって手に入れたものである。
エルピスとしてもこの〈ガチャ〉という運が絡んだ技能は楽しそうなので積極的に使っていきたいのだが、問題点としていかんせん費用対効果が尋常ではないほどに悪い。
たとえばこの紙とシャーペン、素材交換でガチャを行うポイントを入手し、それによって引いたものであるが、値段に換算すればエルピス達が旅でよく着る王国で買ったあの目玉の飛び出るような値段のするローブと大差ない程だった。
50枚入りのレポート用紙を当てるためだけにその費用だ、おいそれと引いていてはエルピスの財布が空どころか借金すらできる勢いである。
そんな諸々の事情から〈ガチャ〉は封印していたが、最近懐も潤ってきたのでそろそろ再び使ってもいい頃合いかもしれない。
そんな事を思いつつ、おっかなびっくり授業をしている教師の話を聞きながらエルピスはノートをとっていく。
「ねぇねぇエルピス、なんか青春って感じしない?」
「そうだな」
ふとノートを取っていると、横に座っているアウローラがそんな事を言い始める。
小声でそんな事を言ってくるあたりアウローラも結構楽しんでいるんだなぁと思いつつ、エルピスは軽く笑みを浮かべつつ頭を縦に振った。
久々の学生生活、無くしてしまった青春を今になってようやく取り返しているような気分である。
修学旅行さえなできなかった高校生活を送っていたことを思い返してみれば、こうして恋人と肩を並べて勉学に励める今の状況はエルピスがまさに切望していた物だ。
楽しんでいるエルピス達の一つ前、授業を受けている灰猫が隣にいるフェルに声をかけている姿が目に入る。
「案の定というかなんというか。というかこれなんの授業なの?」
「火魔法発動時の待機中の魔素変化における水魔法発生時の発動遅延についてだよ。36Pに図が載ってる」
「ありがとフェル。それであそこの席だけど大丈夫? 若干2名顔が阿修羅だけど」
「阿修……なんだいそれ? まぁセラさんもニルさんも隣に座るつもりだったろうし大誤算ってとこか――」
「ーー悪魔、消されたくなかったらちゃんと授業受けなさい?」
「はい」
振り返ったフェルが見た先には視線に物理的な力すら籠っているセラの姿があり、フェルは言われるがままに黙って授業を受ける。
授業も中盤に差し掛かり、ゆったりと教室内の緊張感も解け始める。
すると同時に睡眠を必要としないエルピスが船を漕ぎ始め、時同じくしてニルもゆったりと頭を振り始めた。
「こらエルピス、起きなさい」
「寝てない、大丈夫幻覚貼ってるから起きてるように見える」
「何も大丈夫じゃないし、がっつり寝に行ってんじゃないわよ。当てられたらどうするの」
「そうよエル、後でお昼寝の時間はあるから」
睡眠を必要としないエルピスですら眠たくなるのだ、教師の声には全員強制的に眠らせる効果でもあるのではないだろうか。
アウローラに注意されてしまえば起きないわけにはいかないし、エラに至っては若干ではあるが子供扱いさえし始めている。
「それではこの問題をーー君、答えてくれるかな?」
「ーーはい。それは空気中の魔素量の欠如により、魔法反応の三段階目で発動条件を満たせなかったが故に起きた現象です。対処法といたしましては魔法発動前に周辺に魔力を散布することや、可能であれば周囲の魔素濃度を上げることが対処法です」
「正解です。ありがとうございました」
問題を解き終わるとドヤ顔でこちらを見つめてくるニルに対し、笑顔で手を振りながらエルピスは再び身体を机に預ける。
幻影が見えるように魔法を設置しているので、教師には今のエルピスは至って真面目に授業を受けているように見えている事だろう。
「天才はあれだからねぇ」
「解けりゃ良いってもんでも無いとは思うけれど、あそこまで完璧な答えを言われるとね」
「多分セラもそうだろうけどあの二人もうこの教科書全部暗記してるよ、現にセラ教科書読んで無いし」
「本当に? 教科書読んで無いなら何をしてるんだろ? 寝てる雰囲気もないし、考え事かな?」
「いまは絶賛俺とゲーム中だよ。この空間の魔素を以下に削れるか俺と勝負してる、いま俺が補充する番でセラが魔素を削る番」
「授業受ける必要あるのかほとほと疑問ね
そんな風にゴロゴロと時間を過ごしていると、いつのまにか一時間が経ち授業が終了し、担任が出ていくと同時にエルピス達の周りに人だかりができる。
転校生自体がそもそも珍しいこの学園において、一番上のクラスであるここに転校生が入る事などまずないのだろう。
さすがにルミナには近寄りがたいようではあるが、親の関係で両親のことを知っているのかエルピスに喋りかけてくる生徒は多かった。
「ご機嫌ようエルピス・アルヘオさん。私はセンテリア帝国第三皇女ハーマイト・ミクロシア・センテリアと申します。イロアス様にはご贔屓にして頂いておりました」
茶色の髪に同じく茶色の長髪をどれだけ時間がかかっているのか分からないほど丁寧に編み込み、学生服に身を包むその姿はもはや立派な大人である。
周囲を見渡しても同じように身なりに気を使っている者が多く、この程度最低限度だと言いたげなその姿はまさに王族のそれであった。
王族をグロリアス達しか詳しく知らないエルピスからしてみれば、彼女たちの様な純王族というような立ち居振る舞いは珍しい。
簡単な挨拶をし、社交辞令をいくつか重ねると去っていくがすぐにまた次が来る。
「共和国第三序列ライハン・ヴォルデウスの第一娘、ライハン・サージェントと申します、どうぞお見知りおきを」
金髪青目のショートカット、エルピスとは浅からぬ因縁がある共和国からやってきたクールな令嬢。
「連合国最高司令の一人息子、アイデリック・フォン・カールと申します。同じくお見知り置きを」
燃えるような赤髪に空の様な水色の目をした男性、見たところ好青年という印象を受ける彼は連合国の最高司令の息子だという。
「法皇の次女、ペトロ・ケファ・アリランドと申します。ペトロとお呼びくださいませ」
法皇の家系に連なる物特有の海の様な青い目にキラキラと輝く金髪をたなびかせるペトロ。
にこやかで人当たりの良い笑顔を見せる彼女だけはエルピスに挨拶だけして早々に去っていった他の面々とは違い黙ってエルピスの近くにいる。
四大国の重鎮達、その娘や息子達が先程から話しかけてきているわけだが、彼らは暗黙の了解として次の人間に話す時間を作るため時間をかけずに掃けるようにしていた。
だがこの場にペトロがいまだ離れることなく立っているため、貴族の一人息子や一人娘などはこちらを遠巻きに眺めているだけである。
神の称号についてなにがしかを言われると面倒なため神官職の人間とは出来るだけ出逢いたくなかったエルピスだが、その中でも法国の一人娘となると少々面倒なところである。
法国の一人娘という事は実際に神に会ったこともあるだろう、人類生存圏内で唯一神が国の中枢にいる国の出の人間がこちらを見ているというのは何かを見透かされているような感覚をエルピスに与てくる。
気まずそうに笑みを浮かべていたエルピスに対し、ペトロは品定めするようにエルピスの事を観察し、そして何かの結論を手に入れたのかその小さな唇を開いた。
「もしやではありますがエルピスさんはーー」
「ーーそういえば話を遮る様ではありますが、フィーユという名の幼い少女と王国で出会ったのですが、もしかして……?」
あまりにも強引な話題転換。
暗にその考えは合っていると相手につたえんばかりのその行動を、ペトロはあえて受け入れて話を続けることを選択した。
「フィーユと会ったのですが!? フィーユは私の妹です、何か無礼なことをしていないでしょうか?」
「大丈夫ですよ、良い子でした。可愛らしい妹さんですね」
「人見知りな子でしたが、たまに会うとより一層可愛く見えるものです」
法皇の子供として各国の宗教に深く関係することを義務付けられる彼女たちは、姉妹であったとしてもそうそう簡単に会えるわけではない。
実際こうして彼女が学園に居るのも法皇の娘としての立場があってこそ。
妹の可愛さについて言葉を紡ぐ彼女の姿は、家族愛がよほどあるのだろうとエルピスに思わせるには十分なものだった。
「兄弟や姉妹は良いですよね。僕にも妹が居るのですが未だに会えていないのが少し残念です」
「まぁ、それは確かに残念ですね。エルピスさんの妹ですからとても可愛らしいのでしょうね」
「ありがとうございます」
家族の事について普段交流していないような人物と話すことがあまりないエルピスは、そんな会話を皮切りにして先ほどまでとは打って変わった対応になる。
それは気が付かれないように慎重に周囲からエルピスの言動をしていた人物達全員に、エルピスには家族の話をするべきだとはっきり分からせるほどの物だった。
義務的な笑みではなく楽しそうにしているエルピスを見て危機感を感じていたのはエルピスと仲良くしたい貴族王族たちはもちろんの事、そんなエルピスともっと仲の良いニルやアウローラだってそうだ。
「ーーアウローラ、僕の何か第六感的な物が危機感を感じ始めてるよ」
「奇遇ね私もよ。ーーあ、どうもご機嫌よう。こっちはこっちで話しかけられるからエルピスの方に行けないし……まずいわね」
まだ一度も出会ったことのない妹ではあるが、文を交わしているのでどんな物が好きかくらいはエルピスも知っている。
出来れば早く会いたいところではあるが、直ぐに会える様な距離にも居ないので、会うとしてももう少し先の話になりそうだ。
それから少しの間互いの妹の話に花を咲かせていると、ふと教室の前川の扉が開かれ見知った人物が入ってくる。
「あー! やっぱりエルピスさんもう来てたんだ!」
他のクラスから人がやってくることはそう珍しいことではないだろう。
聞けばこの学校のクラス分けは実力が平均的になるように分けるそうなので、他クラスから人がやってくることに特に問題はないはずである。
だが大声を出しながら部屋に入ってきた人物が出した名前はいままさにこの教室の中で特に触れづらいものだ。
まるで友達のようにそんな名前を呼べる人物はいったい誰なのか。
「久しぶりですミリィ様、アデル様」
王国で何度となく見た青い髪の少女と茶髪の少年はかつて見た時に比べて随分と大きくなっており、青年というにはさすがにまだ早いが、中学生をそろそろ卒業しようかという年齢をしている彼らはエルピスに懐かしさを思い出させる。
「様はやめてよエルピスさん、クラスメイトなんだし」
「なら改めて、よろしくお願いしますミリィさん、アデルさん」
「さんもなんだか……って感じだけど、お久しぶりアウローラさん」
「久しぶりミリィ。貴方も私にさん付け要らないわよ」
グロリアスと事前に連絡を取っていたエルピスは知っていたが、ヴァンデルグ家の三男と次女である二人もここに来ているのだ。
「エルピスさんに教えてもらったおかげで、この学園でも僕らの成績トップクラスなんだよ!」
「それは良かったです」
「まぁエルピスさん達が来ちゃったからもうトップは取れそうにないけど……」
エルピスの実力を知っている――いや、この学園に来てその実力がいかほどなのかをようやく理解したアデルは残念そうにそう口にした。
超級の魔法を扱う事をまるで当然のようにふるまい、実際にアデル達にも得意属性だけとはいえ超級の魔法を使わせて見せたエルピスの手腕は学園に来たからこそ分かるものだ。
そんなエルピスを相手にして魔法で勝負するというのは現実的とは到底言えず、アウローラもその事実に気が付いて確かにそうだと思いいたる。
「あー、私一位取ろうと思っていたけどエルピスだけじゃなくてセラとニルも相手になるのか、無理ね」
「心配しなくてもテスト自体は受けるけど順位には影響しないよ、さすがに実戦経験のある俺が受けるのは卑怯だしね」
この学園で行われるテストは筆記、魔法実技、戦闘実技の三種類。
その内エルピスとセラ、ニルが受けることになっているのは筆記のみである。
魔法実技は言わずもがなではあるが、戦闘に関していえばたとえ学園にいる全員が相手でも持って2秒と言う所だ。
人間基準のテストを受けるのだから当然ではあるが、それだと申し訳が立たないのでエルピス自らここに来る前に文で事前に伝えておいたのだ。
「確かにエルピスさんが敵だと勝てる気しないしなぁ。そう言えばエルピスさん達ってもう制服決めましたか?」
「未だですが……いくつか種類が有るんですか?」
「いろんな国の文化に合わせて様々な制服がありますよ! この教室だけでもいろいろ違いますから」
確かに見てみれば廊下を歩く生徒の内の何人かは、青や黒系の制服を着ていた。
特に色の指定などはない様で、本当にその国それぞれの特徴を持った服が多く見受けられた。
寒い地域が多い連合国風では長袖などが、逆に年間を通して比較的暑い共和国風などでは半袖や半ズボンなどの肌が見える服が多い。
彼らにとって制服はアイデンティティなのだろう、自信になっているようにも見える。
エルピスがそうしていろいろな制服を見ていると、先程とは違う先生がびくびくとしながら教室へ入ってきた。
どうやら次の授業が始まるようである。
再び眠たくなりそうな雰囲気にエルピスは身をゆだねながら、ゆったりと身体を倒すのだった。
「ーールミナと申します。皆様と学びを共にできる事、非常に光栄に思います。至らぬ点もございましょうが、どうぞよろしくお願い致します」
教室の中を酷く粘度の高い緊張感が襲う。
目の前にいる少女、赤い髪に特徴的な火傷と、それをアクセントだと言わんばかりの完成された造形美の少女が、鍛治神の娘であると言う事を再確認して。
人類の中で、一体何人が本当の神と出会ったことがあると言うのか。
そもそも神は自分が司る種族の者以外にその姿を表す事は非常に稀であり、もしあったとしてもそれは大国の王が謁見に出向いたときなど限定的な状況下でのみだ。
それがその神本人ではなく娘とは言え、いずれ神となる人物が目の前にいるのだ。
この世に生まれてだかだが十と数年、緊張するなと言う方が難しい事であろう。
それにここまで生徒達が緊張しているのは、何もそれだけの理由ではない。
彼等も王族や貴族の生まれであればこそ、神には及ばずとも遙か高い位の人物に出会ったことがないわけではない。
だがそんな位の高い人物にあってきた彼等だからこそ、目の前の少女の腰の低さが不気味なのである。
強者とは、覇者とは、神とは傲慢であり不遜であり絶対であるべきである。
そうなるはずの神の娘がまるで人の子の様に振る舞っているその姿に、力を振う方法を覚えた獣を前にした様な恐怖感を生徒達は味わっていた。
だが礼節を覚えている彼らはそんな状況下にあっても、いやこんな状況下だからこそ礼儀を忘れることはない。
「「よろしくお願いします」」
「次にそちらの方達は……?」
「ああ、すいません、では私の方から。神の娘の後に恐縮ではありますが、これから皆様と少しの間一緒に勉強させていただく、エルピス・アルヘオと申します。魔法に関しましてはそれなりに自信がありますので、もしよろしければ何か有ればお気軽にご相談ください」
「ーーあのアルヘオ家?」
「確か長男がいろんな国を回ってるって噂だったけど……」
「ご両親はいま魔族領にいらっしゃるんじゃなかったかしら。父と文通しているのを見たわ」
「あら、私の母と文を交わしていたときはそろそろ魔族領を出るとおっしゃっていた様だけれど?」
どうやら学園長がうっかり伝え忘れた様で、三者三様の反応を見せながら先ほどよりも圧倒的に教室内がざわざわし始める。
教師がそれを急いで宥めに行くが、目の前にいるのは転生前のエルピス達と同じく話したい盛りの16やそこらの青年になりかけている少年少女達だ。
その程度の納め方でおまるはずもなく、数分ほど教室内はざわざわとした空気のままである。
「すいません、エルピスさん。これはとんだご無礼を」
「いえいえ、お気になさらず。家柄で言ってもこの中では下も下、その程度に扱っていただけた方が私と致しましても過ごしやすく思います。少々人数が多いので申し訳ありませんが後の者は自己紹介を省かせていただきます、皆様もご了承ください」
少し意地悪な返答にはなってしまったが、それでも文句を付けずにさらっと流したのだから勘弁して欲しいところである。
教室の一番後ろ、何故か綺麗に開けられた席に座りながらエルピスは久方振りに自分の机の上にペンと紙を置く。
日本で使っていた頃と似たようなシャーペンと紙が、そこにはあった。
明らかに日本製、この世界において異質な存在であるからこれは全く使っていないせいで、セラから他の技能と統合して新しい便利な技能に変えましょうと言われたこと計6回を超える技能〈ガチャ〉によって手に入れたものである。
エルピスとしてもこの〈ガチャ〉という運が絡んだ技能は楽しそうなので積極的に使っていきたいのだが、問題点としていかんせん費用対効果が尋常ではないほどに悪い。
たとえばこの紙とシャーペン、素材交換でガチャを行うポイントを入手し、それによって引いたものであるが、値段に換算すればエルピス達が旅でよく着る王国で買ったあの目玉の飛び出るような値段のするローブと大差ない程だった。
50枚入りのレポート用紙を当てるためだけにその費用だ、おいそれと引いていてはエルピスの財布が空どころか借金すらできる勢いである。
そんな諸々の事情から〈ガチャ〉は封印していたが、最近懐も潤ってきたのでそろそろ再び使ってもいい頃合いかもしれない。
そんな事を思いつつ、おっかなびっくり授業をしている教師の話を聞きながらエルピスはノートをとっていく。
「ねぇねぇエルピス、なんか青春って感じしない?」
「そうだな」
ふとノートを取っていると、横に座っているアウローラがそんな事を言い始める。
小声でそんな事を言ってくるあたりアウローラも結構楽しんでいるんだなぁと思いつつ、エルピスは軽く笑みを浮かべつつ頭を縦に振った。
久々の学生生活、無くしてしまった青春を今になってようやく取り返しているような気分である。
修学旅行さえなできなかった高校生活を送っていたことを思い返してみれば、こうして恋人と肩を並べて勉学に励める今の状況はエルピスがまさに切望していた物だ。
楽しんでいるエルピス達の一つ前、授業を受けている灰猫が隣にいるフェルに声をかけている姿が目に入る。
「案の定というかなんというか。というかこれなんの授業なの?」
「火魔法発動時の待機中の魔素変化における水魔法発生時の発動遅延についてだよ。36Pに図が載ってる」
「ありがとフェル。それであそこの席だけど大丈夫? 若干2名顔が阿修羅だけど」
「阿修……なんだいそれ? まぁセラさんもニルさんも隣に座るつもりだったろうし大誤算ってとこか――」
「ーー悪魔、消されたくなかったらちゃんと授業受けなさい?」
「はい」
振り返ったフェルが見た先には視線に物理的な力すら籠っているセラの姿があり、フェルは言われるがままに黙って授業を受ける。
授業も中盤に差し掛かり、ゆったりと教室内の緊張感も解け始める。
すると同時に睡眠を必要としないエルピスが船を漕ぎ始め、時同じくしてニルもゆったりと頭を振り始めた。
「こらエルピス、起きなさい」
「寝てない、大丈夫幻覚貼ってるから起きてるように見える」
「何も大丈夫じゃないし、がっつり寝に行ってんじゃないわよ。当てられたらどうするの」
「そうよエル、後でお昼寝の時間はあるから」
睡眠を必要としないエルピスですら眠たくなるのだ、教師の声には全員強制的に眠らせる効果でもあるのではないだろうか。
アウローラに注意されてしまえば起きないわけにはいかないし、エラに至っては若干ではあるが子供扱いさえし始めている。
「それではこの問題をーー君、答えてくれるかな?」
「ーーはい。それは空気中の魔素量の欠如により、魔法反応の三段階目で発動条件を満たせなかったが故に起きた現象です。対処法といたしましては魔法発動前に周辺に魔力を散布することや、可能であれば周囲の魔素濃度を上げることが対処法です」
「正解です。ありがとうございました」
問題を解き終わるとドヤ顔でこちらを見つめてくるニルに対し、笑顔で手を振りながらエルピスは再び身体を机に預ける。
幻影が見えるように魔法を設置しているので、教師には今のエルピスは至って真面目に授業を受けているように見えている事だろう。
「天才はあれだからねぇ」
「解けりゃ良いってもんでも無いとは思うけれど、あそこまで完璧な答えを言われるとね」
「多分セラもそうだろうけどあの二人もうこの教科書全部暗記してるよ、現にセラ教科書読んで無いし」
「本当に? 教科書読んで無いなら何をしてるんだろ? 寝てる雰囲気もないし、考え事かな?」
「いまは絶賛俺とゲーム中だよ。この空間の魔素を以下に削れるか俺と勝負してる、いま俺が補充する番でセラが魔素を削る番」
「授業受ける必要あるのかほとほと疑問ね
そんな風にゴロゴロと時間を過ごしていると、いつのまにか一時間が経ち授業が終了し、担任が出ていくと同時にエルピス達の周りに人だかりができる。
転校生自体がそもそも珍しいこの学園において、一番上のクラスであるここに転校生が入る事などまずないのだろう。
さすがにルミナには近寄りがたいようではあるが、親の関係で両親のことを知っているのかエルピスに喋りかけてくる生徒は多かった。
「ご機嫌ようエルピス・アルヘオさん。私はセンテリア帝国第三皇女ハーマイト・ミクロシア・センテリアと申します。イロアス様にはご贔屓にして頂いておりました」
茶色の髪に同じく茶色の長髪をどれだけ時間がかかっているのか分からないほど丁寧に編み込み、学生服に身を包むその姿はもはや立派な大人である。
周囲を見渡しても同じように身なりに気を使っている者が多く、この程度最低限度だと言いたげなその姿はまさに王族のそれであった。
王族をグロリアス達しか詳しく知らないエルピスからしてみれば、彼女たちの様な純王族というような立ち居振る舞いは珍しい。
簡単な挨拶をし、社交辞令をいくつか重ねると去っていくがすぐにまた次が来る。
「共和国第三序列ライハン・ヴォルデウスの第一娘、ライハン・サージェントと申します、どうぞお見知りおきを」
金髪青目のショートカット、エルピスとは浅からぬ因縁がある共和国からやってきたクールな令嬢。
「連合国最高司令の一人息子、アイデリック・フォン・カールと申します。同じくお見知り置きを」
燃えるような赤髪に空の様な水色の目をした男性、見たところ好青年という印象を受ける彼は連合国の最高司令の息子だという。
「法皇の次女、ペトロ・ケファ・アリランドと申します。ペトロとお呼びくださいませ」
法皇の家系に連なる物特有の海の様な青い目にキラキラと輝く金髪をたなびかせるペトロ。
にこやかで人当たりの良い笑顔を見せる彼女だけはエルピスに挨拶だけして早々に去っていった他の面々とは違い黙ってエルピスの近くにいる。
四大国の重鎮達、その娘や息子達が先程から話しかけてきているわけだが、彼らは暗黙の了解として次の人間に話す時間を作るため時間をかけずに掃けるようにしていた。
だがこの場にペトロがいまだ離れることなく立っているため、貴族の一人息子や一人娘などはこちらを遠巻きに眺めているだけである。
神の称号についてなにがしかを言われると面倒なため神官職の人間とは出来るだけ出逢いたくなかったエルピスだが、その中でも法国の一人娘となると少々面倒なところである。
法国の一人娘という事は実際に神に会ったこともあるだろう、人類生存圏内で唯一神が国の中枢にいる国の出の人間がこちらを見ているというのは何かを見透かされているような感覚をエルピスに与てくる。
気まずそうに笑みを浮かべていたエルピスに対し、ペトロは品定めするようにエルピスの事を観察し、そして何かの結論を手に入れたのかその小さな唇を開いた。
「もしやではありますがエルピスさんはーー」
「ーーそういえば話を遮る様ではありますが、フィーユという名の幼い少女と王国で出会ったのですが、もしかして……?」
あまりにも強引な話題転換。
暗にその考えは合っていると相手につたえんばかりのその行動を、ペトロはあえて受け入れて話を続けることを選択した。
「フィーユと会ったのですが!? フィーユは私の妹です、何か無礼なことをしていないでしょうか?」
「大丈夫ですよ、良い子でした。可愛らしい妹さんですね」
「人見知りな子でしたが、たまに会うとより一層可愛く見えるものです」
法皇の子供として各国の宗教に深く関係することを義務付けられる彼女たちは、姉妹であったとしてもそうそう簡単に会えるわけではない。
実際こうして彼女が学園に居るのも法皇の娘としての立場があってこそ。
妹の可愛さについて言葉を紡ぐ彼女の姿は、家族愛がよほどあるのだろうとエルピスに思わせるには十分なものだった。
「兄弟や姉妹は良いですよね。僕にも妹が居るのですが未だに会えていないのが少し残念です」
「まぁ、それは確かに残念ですね。エルピスさんの妹ですからとても可愛らしいのでしょうね」
「ありがとうございます」
家族の事について普段交流していないような人物と話すことがあまりないエルピスは、そんな会話を皮切りにして先ほどまでとは打って変わった対応になる。
それは気が付かれないように慎重に周囲からエルピスの言動をしていた人物達全員に、エルピスには家族の話をするべきだとはっきり分からせるほどの物だった。
義務的な笑みではなく楽しそうにしているエルピスを見て危機感を感じていたのはエルピスと仲良くしたい貴族王族たちはもちろんの事、そんなエルピスともっと仲の良いニルやアウローラだってそうだ。
「ーーアウローラ、僕の何か第六感的な物が危機感を感じ始めてるよ」
「奇遇ね私もよ。ーーあ、どうもご機嫌よう。こっちはこっちで話しかけられるからエルピスの方に行けないし……まずいわね」
まだ一度も出会ったことのない妹ではあるが、文を交わしているのでどんな物が好きかくらいはエルピスも知っている。
出来れば早く会いたいところではあるが、直ぐに会える様な距離にも居ないので、会うとしてももう少し先の話になりそうだ。
それから少しの間互いの妹の話に花を咲かせていると、ふと教室の前川の扉が開かれ見知った人物が入ってくる。
「あー! やっぱりエルピスさんもう来てたんだ!」
他のクラスから人がやってくることはそう珍しいことではないだろう。
聞けばこの学校のクラス分けは実力が平均的になるように分けるそうなので、他クラスから人がやってくることに特に問題はないはずである。
だが大声を出しながら部屋に入ってきた人物が出した名前はいままさにこの教室の中で特に触れづらいものだ。
まるで友達のようにそんな名前を呼べる人物はいったい誰なのか。
「久しぶりですミリィ様、アデル様」
王国で何度となく見た青い髪の少女と茶髪の少年はかつて見た時に比べて随分と大きくなっており、青年というにはさすがにまだ早いが、中学生をそろそろ卒業しようかという年齢をしている彼らはエルピスに懐かしさを思い出させる。
「様はやめてよエルピスさん、クラスメイトなんだし」
「なら改めて、よろしくお願いしますミリィさん、アデルさん」
「さんもなんだか……って感じだけど、お久しぶりアウローラさん」
「久しぶりミリィ。貴方も私にさん付け要らないわよ」
グロリアスと事前に連絡を取っていたエルピスは知っていたが、ヴァンデルグ家の三男と次女である二人もここに来ているのだ。
「エルピスさんに教えてもらったおかげで、この学園でも僕らの成績トップクラスなんだよ!」
「それは良かったです」
「まぁエルピスさん達が来ちゃったからもうトップは取れそうにないけど……」
エルピスの実力を知っている――いや、この学園に来てその実力がいかほどなのかをようやく理解したアデルは残念そうにそう口にした。
超級の魔法を扱う事をまるで当然のようにふるまい、実際にアデル達にも得意属性だけとはいえ超級の魔法を使わせて見せたエルピスの手腕は学園に来たからこそ分かるものだ。
そんなエルピスを相手にして魔法で勝負するというのは現実的とは到底言えず、アウローラもその事実に気が付いて確かにそうだと思いいたる。
「あー、私一位取ろうと思っていたけどエルピスだけじゃなくてセラとニルも相手になるのか、無理ね」
「心配しなくてもテスト自体は受けるけど順位には影響しないよ、さすがに実戦経験のある俺が受けるのは卑怯だしね」
この学園で行われるテストは筆記、魔法実技、戦闘実技の三種類。
その内エルピスとセラ、ニルが受けることになっているのは筆記のみである。
魔法実技は言わずもがなではあるが、戦闘に関していえばたとえ学園にいる全員が相手でも持って2秒と言う所だ。
人間基準のテストを受けるのだから当然ではあるが、それだと申し訳が立たないのでエルピス自らここに来る前に文で事前に伝えておいたのだ。
「確かにエルピスさんが敵だと勝てる気しないしなぁ。そう言えばエルピスさん達ってもう制服決めましたか?」
「未だですが……いくつか種類が有るんですか?」
「いろんな国の文化に合わせて様々な制服がありますよ! この教室だけでもいろいろ違いますから」
確かに見てみれば廊下を歩く生徒の内の何人かは、青や黒系の制服を着ていた。
特に色の指定などはない様で、本当にその国それぞれの特徴を持った服が多く見受けられた。
寒い地域が多い連合国風では長袖などが、逆に年間を通して比較的暑い共和国風などでは半袖や半ズボンなどの肌が見える服が多い。
彼らにとって制服はアイデンティティなのだろう、自信になっているようにも見える。
エルピスがそうしていろいろな制服を見ていると、先程とは違う先生がびくびくとしながら教室へ入ってきた。
どうやら次の授業が始まるようである。
再び眠たくなりそうな雰囲気にエルピスは身をゆだねながら、ゆったりと身体を倒すのだった。
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