140 / 276
青年期:鍛治国家
セラとデート
しおりを挟む
今日はエルピスとのデートの日。
ジャンケンで負けてしまってエラよりも後になってしまったけれど、とはいえ丸一日エルピスを貸し切れるのだからもう気にする事でもない。
神界では創生神をデートに何度か誘ったが全てやんわりと断られ、幾度かプライドを傷つけられはしたものの、今この時の為だと思えば報われる気もしてくる。
「姉さんはそれで大丈夫そうだね。エルピスから貰ったんでしょそれ」
「ええ。王国を出る前にね、普段使い出来ないって言われたけれど土精霊たちは服装なんて気にしないから、この格好で歩いていても不思議がられないでしょう」
ニルの前でゆっくりと一回転し、私は鏡に自分の姿を写して改めてどんなものかと上から下まで眺めていく。
エルピスから渡されたこの服は、確かに日本で着れば相当に周りの目を引く事が予想できる。
ただこの世界であればこれよりも奇抜な格好なんていくらでもあるし、布一枚を体に纏い空をふらふらと飛んでいる天使達に比べれば、随分とおしゃれだと言っても良いほどだろう。
「黒に紺色のドレスって、なんだかエルピスらしいと言えばらしいけれど地味だね」
「男の人だし仕方ないでしょう? それに私もそこまで派手な色は好きじゃないわ」
「僕は意外性重視でカジュアル系の格好してみようかな。僕の見立てだけど派手なのは派手なので好きそうなんだよねエルピス」
「貴方がそう言うのならそうなんでしょうね。それじゃあ行ってくるわ、他の子達の事ちゃんと見ててね」
「任せてよ、姉さんの邪魔は誰にもさせないからさ」
ニッコリと笑みを浮かべてこちらに向かい手を振るうニルを見て、便りになる義妹だと思いつつ部屋を出る。
目指すはもちろんエルピスの居る部屋。
扉越しに聞こえてきそうなほどドキドキしている胸の鼓動を聞きながら、私はゆっくりと部屋に入っていくのでした。
/
「それで今日はどこへ案内してくれるのかしら?」
エルピスの隣を歩きながら、私はひっそりとエルピスの手に自分の手を近づけつつ予定を聞く。
彼の手に私の手が触れた瞬間、少しだけ緊張からか手の硬直が感じられたが、まるで割れ物でも触るかの如く優しくエルピスは私の手を握る。
最初にこの服を着た私を見た時もそうではあるが、少し緊張し過ぎな気もする。
彼と一緒に行くのならばどこだろうと構わないが、話の話題にはしやすそうだとの判断からだ。
「水族館に行こうかと思ってる。土精霊の国にしかいないおっきな魚が泳いでるんだって」
「いいわね、この世界きてまだちゃんと生きて泳ぐ魚を見たことがないし」
多種多様な生物を作り出してきた身ではあるが、私は人間やそれに類するものしか触っていないので虫や魚などはそれほど知識もない。
確かロームが魚は作っていたはずだが、あの弟の事を考えるととんでもない魚を用意している気もする。
昔新種を作ったと言われて見に行った時は、牛と豚を混ぜてイルカで割った様な見たこともない生き物を作っていた前科もあるからだ。
それにしてもまさか土精霊達が、水族館を開けられるほどの技術力があったとは少し驚きだ。
ガラスの透明度や水量に対する強度などももちろん重要になってくるが、一番大変なのは入れる魚がこの世界で暮らしている魚なので凄く凶暴なところである。
さすがに水龍などは居ないだろうが、それにしても随分と技術が発展しているものだ。
「できれば映画館とかあればよかったんだけど、映像技術はまったく発達してなかったんだよねこの世界」
「映像という証拠があると何かと面倒になるし、仕方がないわね」
「平和になるといいんだけど、噂によると法国の方で動きもあるらしいし、いざこざばっかだよ」
そういうとエルピスはガックリと肩を落とし、気怠そうにため息をつく。
私と共に居るというのにため息を吐かれるというのは心外ではあるが、気持ちは理解できるのでそれに対して何か問い詰めるということはない。
比較的面倒ごとに巻き込まれがちなエルピスではあるが、自分から面倒ごとに突っ込んで行っているきらいがあるのも事実である。
人を殺したところでセラはなんとも思わないが、アウローラは未だにそれについて触れようとしないし、エルピス自身も心身に負担を負っている様なので、そう言った戦闘はもう出来るだけあって欲しくないものだ。
「ここがこの世界の水族館か。中々外装も綺麗ね」
「土精霊にしか作れない建築物だね、魔法の反応は感じるけど実際に作ったのは手みたいだし、技術力の高さが窺える」
数分も歩けば目的地であるところの水族館にたどり着き、エルピスと私は入り口で軽く会話をすると中へとズンズン入っていく。
水族館は基本的に外観は白色、内装は暗いがよくみると濃い青色がよく使われている。
照明で照らされている魚達は小さい物から一軒家が収まるほど大きな魚までおり、普段からもっと大きな敵と戦っているエルピスもその大きさに圧巻されている様だった。
私から見ても数匹ほど気になる魚が見受けられ、中でも一番驚いたのはあの試作品だと言っていた豚と牛とイルカのキメラが水槽内を泳いでいたことである。
冗談半分で作ったと思っていたが、どうやら真面目に実施したらしい。
こういう事があるからロームは怖いのだ。
「この世界って海老とか蟹みたいな甲殻類少ない?」
ふとエルピスが鑑賞用に開けられた小さな小窓から海の生き物を眺めつつ、そんな事を小さくぼやいた。
確かに先程までの水槽も基本となるのは一般的な魚類やタコやイカに似た軟体の生き物、後は日本の形式では判別不可能な物などが居たが甲殻類は目にしていない様に思える。
「海の生き物には魔法を使うものも居るし、そもそも環境に適応する速度が速いのでいらないとか、殻を背負うより素早く動ける方が生き残れるからとか理由はいろいろあるみたいね。ただ寄生型だったり固着性だったり、プランクトン並みの小さいやつなんかはそれほど変わらないみたいよ」
「美味しい生き物が居ないのはちょっと残念かな」
「そうね、私も出来たら蟹は食べたかったわ」
昔天界で創生神が料理漫画を見ながら作った蟹料理は、神の食べる食物としては決しておいしいと言える味ではなかったが、それでも思い出に残るあの味は出来る事ならまた食べてみたいものである。
すると私がそんな事を言うのが意外だったのか、エルピスは驚いた顔をしながら言葉を漏らす。
「ごめん、セラってあんまりご飯食べないイメージだったから驚いた」
「確かに私は食事を必要としないので祭りの時とかにしか食べないけれど、それで言えばニルもそんなに食べないのよ?」
「確かに言われてみればあんまり食べてるイメージないな。やっぱり神様の食べる料理の方が美味しいの?」
「そこら辺に関して言うのであれば、人それぞれね。確かに私はあの味付けが好きだけれど、完全なる美味であるかと聞かれたら少し疑問だわ」
あれはその個人においていま必要なエネルギーを完璧な配分で効率よく手に入れるための食料であって、嗜好品では無かったので余計その色合いが強いのかもしれないが。
それにその食料だって食べなかったところで何かある訳でもない。
強いて言うなら食べているとエネルギーの獲得効率が若干上がるかどうか、と言った程度の話である。
「そうなんだ、じゃあそんなセラのお口に合うかどうか少し不安だけれど、お昼にしようか。作ってきたからさ」
「ーーはい!」
まさかエルピスの手作り料理が食べられるとは。
思っても居なかった幸運に綻ぶほっぺを引き締めて、私は食事スペースに向かっていくエルピスの後を追いかけていく。
少々歩かなければいけない様で、エルピス達が居た場所から約10分程経過し、外へと続く扉を抜けてようやく食事用の場所にたどり着く。
そこは海がよく見えるテラス席になっており、下を見てみれば下からは見えなかったがこの水族館の出入り口も目に入る。
海から吹く風は少し塩の香りがし、吹き付ける風の爽快さに私もなんだか気分が良くなってくる。
事前に用意されていた机の上にエルピス特性の弁当を置き、私は対面に座った。
おそらくはエルピスが手作りで作ったであろう二段の重箱を開けると、様々な和風の料理が所狭しと並んでいた。
まるでおせち料理の様にも見えるが、いくつかおせちに入らない品物もあったので、エルピスなりに和風のお弁当をイメージして作ってくれたのだろう。
「味付けとか好みじゃ無かったらごめんね」
「エルピスの好きな味が私の好きな味だから大丈夫よ、いただきます」
そう言いながら実際口に含んでみれば、やはりいままで食べたどんな料理よりも美味しい。
味の付け方はかつての彼とはやはり違うが、篭っている気持ちは今の方が私にとって心地いい。
「美味しい、ありがとうエルピス」
「喜んでくれたなら嬉しいよ。まだまだ沢山あるからね」
/
ーーそれから数時間後。
テニスや釣りなど前回のエラとのデートでの反省を活かし事前に準備を重ねたエルピスは、時間をしっかりと有効活用し気付けばいつの間にか日も落ちきっていた。
出来る事ならば今日も花火を打ち上げたいところではあったが、さすがに何度もあんなものを撃っていると財布にも厳しいし、何よりエラと同じ方法で終わらせるのはなんだかセラを雑に扱っている様に感じて嫌だったので、しっかりと今日のために用意しておいた場所がある。
セラに感づかれないようにひっそりと、だがそれでいてゆっくりとエルピスは魔法を起動させていく。
魔神の権能をフル活用し盗神の力まで使えば、身体への負担は尋常ではないがなんとか一度くらいならばセラを騙すこともできる。
「かなり夜遅くなったわね。名残惜しくはあるけれど、ここら辺で終了かしら」
「まさか、まだまだ夜はこれからだよ」
「ーーそう。そっちの抜け駆けはアウローラに譲ってあげようと思ったけれど、エルピスがそう言うのなら答えないわけにもいかないわね」
「な、何言って?」
「女から言わせるのは卑怯ってものよ。男なんだから口に出さなくても分かるでしょう?」
魔法を起動するまで残りおよそ10秒ほど。
目の前で獲物を狙う獣の目になっているセラを前にして、エルピスの心拍数は跳ね上がっていく。
確かに自分の誘い方が悪かったのかと言われればそれもそうかもしれないが、まさかセラがこんな積極的に責めてくると誰が思うか。
だがこれだけこちらに集中してくれれば魔法も発動させやすい。
セラの顔が視界一杯に広がり、もう少しでお互いの唇が触れてしまいそうになったその時、エルピスは魔法を発動させる。
「ーー転移魔法? ここは一体どこなのかしら?」
「ここは龍の森の最深部、龍の里の中でも秘境の龍神の泉。なんでも昔ここから龍神が産まれたらしくて、龍神と龍神が認めた人しか入れないんだ」
疑問を口にしたセラに対して、エルピスはここぞとばかりに話を変える。
エルピスがここを見つけたのは偶然である。
幼少期の頃何度か遊びにきた龍の里ではあるが、この場所を見つけたのは龍の称号を完全に解除してからなので、かなりの間見つけられていなかったことになる。
龍神にしか見えないような特殊な細工がされており、龍の里の長しかこの場所のことを知らされていないらしい。
しかし知らされていてもこの場に入れるわけではなく、龍神が認めたものか龍神しかこの泉の周りには入れないのだ。
「綺麗ね、月が丁度湖に収まってて。飛んでるのは蛍かしら?」
「飛んでるのは蛍に見えるけどこの世界特有の固有種なんだ。光が結構強いのが特徴、あとここの湖はどの角度からもどの時期でも昼は太陽夜は月が反射してるんだよ」
「そう。これが貴方からのプレゼント……ありがとうエルピス」
一時期はどうなる事かと思ったが、予想よりも好感触だったセラの反応にエルピスは一安心する。
幻想的で美しい光景ではあるが、エラとは違いセラの場合は見た事があってもおかしくはない光景だ。
もしかすれば同じような景色をもうすでに見ているかもしれないが、エルピスの目から見た彼女は喜んでいるように見えるのでそれを口に出す必要はないだろう。
「それにしてもそんな人が来れないところに私を連れ込むなんて……そういうこと?」
「さっきからなんでそっち方面に持ってくんだよ! そういうキャラじゃないでしょーーっ?」
「ーーそうね、キャラじゃないわ。私が思い焦がれるのも、キャラじゃないわね」
「ーーッッ! な、急に何するのさ!」
完全に不意打ちだった。
ここから雰囲気を作り、キスをし、仲を深めて解散する。
そんな算段を付けていたエルピスを嘲笑うかのようにして、セラはにっこりと笑みを浮かべながらエルピスの唇を奪い去っていった。
自分が恋い焦がれるのではなく、相手に恋い焦されるのが自分であるとそう言ったセラの言葉通りに、かつてないほどエルピスの心は揺さぶられていた。
「追いかける恋より追われる恋の方が実は好きなのよ私。前までの貴方なら怪しかったけれど、今の貴方なら追いかけてきてくれるでしょう?」
そう言ってセラはにっこりと笑みを浮かべる。
なんて卑怯な女性だろうか、こちらがもう引き返せないほどに好きな事を知っていて、その状況まで追い込んでから始めて手の届かないところへとほんの少しだけ遠ざかっていく。
恋愛においてはやはり愛の神であるセラの方が何枚も上手だったようである。
「ああもうっ、追いかけるよ。ほんっと敵わないよセラには」
「何年片想いしていたと思っているの? いまさら私から逃げられないわよ」
おそらくきっと昔から片思いではなく両思いだったろうが、それをエルピスの口から出すのは野暮と言うものであろう。
この話すら聞いていてもおかしくない創生神の幽霊にそんな事を思いながら、エルピスは愛おしい目の絵の女性とのひと時に心を落ち着かせる。
学園出発まであとそれほど時間が残っているわけではない。
いまある休みを少しでも良いひと時にするため、エルピスは真剣にこの安らかな時間に向き合うのだった。
ジャンケンで負けてしまってエラよりも後になってしまったけれど、とはいえ丸一日エルピスを貸し切れるのだからもう気にする事でもない。
神界では創生神をデートに何度か誘ったが全てやんわりと断られ、幾度かプライドを傷つけられはしたものの、今この時の為だと思えば報われる気もしてくる。
「姉さんはそれで大丈夫そうだね。エルピスから貰ったんでしょそれ」
「ええ。王国を出る前にね、普段使い出来ないって言われたけれど土精霊たちは服装なんて気にしないから、この格好で歩いていても不思議がられないでしょう」
ニルの前でゆっくりと一回転し、私は鏡に自分の姿を写して改めてどんなものかと上から下まで眺めていく。
エルピスから渡されたこの服は、確かに日本で着れば相当に周りの目を引く事が予想できる。
ただこの世界であればこれよりも奇抜な格好なんていくらでもあるし、布一枚を体に纏い空をふらふらと飛んでいる天使達に比べれば、随分とおしゃれだと言っても良いほどだろう。
「黒に紺色のドレスって、なんだかエルピスらしいと言えばらしいけれど地味だね」
「男の人だし仕方ないでしょう? それに私もそこまで派手な色は好きじゃないわ」
「僕は意外性重視でカジュアル系の格好してみようかな。僕の見立てだけど派手なのは派手なので好きそうなんだよねエルピス」
「貴方がそう言うのならそうなんでしょうね。それじゃあ行ってくるわ、他の子達の事ちゃんと見ててね」
「任せてよ、姉さんの邪魔は誰にもさせないからさ」
ニッコリと笑みを浮かべてこちらに向かい手を振るうニルを見て、便りになる義妹だと思いつつ部屋を出る。
目指すはもちろんエルピスの居る部屋。
扉越しに聞こえてきそうなほどドキドキしている胸の鼓動を聞きながら、私はゆっくりと部屋に入っていくのでした。
/
「それで今日はどこへ案内してくれるのかしら?」
エルピスの隣を歩きながら、私はひっそりとエルピスの手に自分の手を近づけつつ予定を聞く。
彼の手に私の手が触れた瞬間、少しだけ緊張からか手の硬直が感じられたが、まるで割れ物でも触るかの如く優しくエルピスは私の手を握る。
最初にこの服を着た私を見た時もそうではあるが、少し緊張し過ぎな気もする。
彼と一緒に行くのならばどこだろうと構わないが、話の話題にはしやすそうだとの判断からだ。
「水族館に行こうかと思ってる。土精霊の国にしかいないおっきな魚が泳いでるんだって」
「いいわね、この世界きてまだちゃんと生きて泳ぐ魚を見たことがないし」
多種多様な生物を作り出してきた身ではあるが、私は人間やそれに類するものしか触っていないので虫や魚などはそれほど知識もない。
確かロームが魚は作っていたはずだが、あの弟の事を考えるととんでもない魚を用意している気もする。
昔新種を作ったと言われて見に行った時は、牛と豚を混ぜてイルカで割った様な見たこともない生き物を作っていた前科もあるからだ。
それにしてもまさか土精霊達が、水族館を開けられるほどの技術力があったとは少し驚きだ。
ガラスの透明度や水量に対する強度などももちろん重要になってくるが、一番大変なのは入れる魚がこの世界で暮らしている魚なので凄く凶暴なところである。
さすがに水龍などは居ないだろうが、それにしても随分と技術が発展しているものだ。
「できれば映画館とかあればよかったんだけど、映像技術はまったく発達してなかったんだよねこの世界」
「映像という証拠があると何かと面倒になるし、仕方がないわね」
「平和になるといいんだけど、噂によると法国の方で動きもあるらしいし、いざこざばっかだよ」
そういうとエルピスはガックリと肩を落とし、気怠そうにため息をつく。
私と共に居るというのにため息を吐かれるというのは心外ではあるが、気持ちは理解できるのでそれに対して何か問い詰めるということはない。
比較的面倒ごとに巻き込まれがちなエルピスではあるが、自分から面倒ごとに突っ込んで行っているきらいがあるのも事実である。
人を殺したところでセラはなんとも思わないが、アウローラは未だにそれについて触れようとしないし、エルピス自身も心身に負担を負っている様なので、そう言った戦闘はもう出来るだけあって欲しくないものだ。
「ここがこの世界の水族館か。中々外装も綺麗ね」
「土精霊にしか作れない建築物だね、魔法の反応は感じるけど実際に作ったのは手みたいだし、技術力の高さが窺える」
数分も歩けば目的地であるところの水族館にたどり着き、エルピスと私は入り口で軽く会話をすると中へとズンズン入っていく。
水族館は基本的に外観は白色、内装は暗いがよくみると濃い青色がよく使われている。
照明で照らされている魚達は小さい物から一軒家が収まるほど大きな魚までおり、普段からもっと大きな敵と戦っているエルピスもその大きさに圧巻されている様だった。
私から見ても数匹ほど気になる魚が見受けられ、中でも一番驚いたのはあの試作品だと言っていた豚と牛とイルカのキメラが水槽内を泳いでいたことである。
冗談半分で作ったと思っていたが、どうやら真面目に実施したらしい。
こういう事があるからロームは怖いのだ。
「この世界って海老とか蟹みたいな甲殻類少ない?」
ふとエルピスが鑑賞用に開けられた小さな小窓から海の生き物を眺めつつ、そんな事を小さくぼやいた。
確かに先程までの水槽も基本となるのは一般的な魚類やタコやイカに似た軟体の生き物、後は日本の形式では判別不可能な物などが居たが甲殻類は目にしていない様に思える。
「海の生き物には魔法を使うものも居るし、そもそも環境に適応する速度が速いのでいらないとか、殻を背負うより素早く動ける方が生き残れるからとか理由はいろいろあるみたいね。ただ寄生型だったり固着性だったり、プランクトン並みの小さいやつなんかはそれほど変わらないみたいよ」
「美味しい生き物が居ないのはちょっと残念かな」
「そうね、私も出来たら蟹は食べたかったわ」
昔天界で創生神が料理漫画を見ながら作った蟹料理は、神の食べる食物としては決しておいしいと言える味ではなかったが、それでも思い出に残るあの味は出来る事ならまた食べてみたいものである。
すると私がそんな事を言うのが意外だったのか、エルピスは驚いた顔をしながら言葉を漏らす。
「ごめん、セラってあんまりご飯食べないイメージだったから驚いた」
「確かに私は食事を必要としないので祭りの時とかにしか食べないけれど、それで言えばニルもそんなに食べないのよ?」
「確かに言われてみればあんまり食べてるイメージないな。やっぱり神様の食べる料理の方が美味しいの?」
「そこら辺に関して言うのであれば、人それぞれね。確かに私はあの味付けが好きだけれど、完全なる美味であるかと聞かれたら少し疑問だわ」
あれはその個人においていま必要なエネルギーを完璧な配分で効率よく手に入れるための食料であって、嗜好品では無かったので余計その色合いが強いのかもしれないが。
それにその食料だって食べなかったところで何かある訳でもない。
強いて言うなら食べているとエネルギーの獲得効率が若干上がるかどうか、と言った程度の話である。
「そうなんだ、じゃあそんなセラのお口に合うかどうか少し不安だけれど、お昼にしようか。作ってきたからさ」
「ーーはい!」
まさかエルピスの手作り料理が食べられるとは。
思っても居なかった幸運に綻ぶほっぺを引き締めて、私は食事スペースに向かっていくエルピスの後を追いかけていく。
少々歩かなければいけない様で、エルピス達が居た場所から約10分程経過し、外へと続く扉を抜けてようやく食事用の場所にたどり着く。
そこは海がよく見えるテラス席になっており、下を見てみれば下からは見えなかったがこの水族館の出入り口も目に入る。
海から吹く風は少し塩の香りがし、吹き付ける風の爽快さに私もなんだか気分が良くなってくる。
事前に用意されていた机の上にエルピス特性の弁当を置き、私は対面に座った。
おそらくはエルピスが手作りで作ったであろう二段の重箱を開けると、様々な和風の料理が所狭しと並んでいた。
まるでおせち料理の様にも見えるが、いくつかおせちに入らない品物もあったので、エルピスなりに和風のお弁当をイメージして作ってくれたのだろう。
「味付けとか好みじゃ無かったらごめんね」
「エルピスの好きな味が私の好きな味だから大丈夫よ、いただきます」
そう言いながら実際口に含んでみれば、やはりいままで食べたどんな料理よりも美味しい。
味の付け方はかつての彼とはやはり違うが、篭っている気持ちは今の方が私にとって心地いい。
「美味しい、ありがとうエルピス」
「喜んでくれたなら嬉しいよ。まだまだ沢山あるからね」
/
ーーそれから数時間後。
テニスや釣りなど前回のエラとのデートでの反省を活かし事前に準備を重ねたエルピスは、時間をしっかりと有効活用し気付けばいつの間にか日も落ちきっていた。
出来る事ならば今日も花火を打ち上げたいところではあったが、さすがに何度もあんなものを撃っていると財布にも厳しいし、何よりエラと同じ方法で終わらせるのはなんだかセラを雑に扱っている様に感じて嫌だったので、しっかりと今日のために用意しておいた場所がある。
セラに感づかれないようにひっそりと、だがそれでいてゆっくりとエルピスは魔法を起動させていく。
魔神の権能をフル活用し盗神の力まで使えば、身体への負担は尋常ではないがなんとか一度くらいならばセラを騙すこともできる。
「かなり夜遅くなったわね。名残惜しくはあるけれど、ここら辺で終了かしら」
「まさか、まだまだ夜はこれからだよ」
「ーーそう。そっちの抜け駆けはアウローラに譲ってあげようと思ったけれど、エルピスがそう言うのなら答えないわけにもいかないわね」
「な、何言って?」
「女から言わせるのは卑怯ってものよ。男なんだから口に出さなくても分かるでしょう?」
魔法を起動するまで残りおよそ10秒ほど。
目の前で獲物を狙う獣の目になっているセラを前にして、エルピスの心拍数は跳ね上がっていく。
確かに自分の誘い方が悪かったのかと言われればそれもそうかもしれないが、まさかセラがこんな積極的に責めてくると誰が思うか。
だがこれだけこちらに集中してくれれば魔法も発動させやすい。
セラの顔が視界一杯に広がり、もう少しでお互いの唇が触れてしまいそうになったその時、エルピスは魔法を発動させる。
「ーー転移魔法? ここは一体どこなのかしら?」
「ここは龍の森の最深部、龍の里の中でも秘境の龍神の泉。なんでも昔ここから龍神が産まれたらしくて、龍神と龍神が認めた人しか入れないんだ」
疑問を口にしたセラに対して、エルピスはここぞとばかりに話を変える。
エルピスがここを見つけたのは偶然である。
幼少期の頃何度か遊びにきた龍の里ではあるが、この場所を見つけたのは龍の称号を完全に解除してからなので、かなりの間見つけられていなかったことになる。
龍神にしか見えないような特殊な細工がされており、龍の里の長しかこの場所のことを知らされていないらしい。
しかし知らされていてもこの場に入れるわけではなく、龍神が認めたものか龍神しかこの泉の周りには入れないのだ。
「綺麗ね、月が丁度湖に収まってて。飛んでるのは蛍かしら?」
「飛んでるのは蛍に見えるけどこの世界特有の固有種なんだ。光が結構強いのが特徴、あとここの湖はどの角度からもどの時期でも昼は太陽夜は月が反射してるんだよ」
「そう。これが貴方からのプレゼント……ありがとうエルピス」
一時期はどうなる事かと思ったが、予想よりも好感触だったセラの反応にエルピスは一安心する。
幻想的で美しい光景ではあるが、エラとは違いセラの場合は見た事があってもおかしくはない光景だ。
もしかすれば同じような景色をもうすでに見ているかもしれないが、エルピスの目から見た彼女は喜んでいるように見えるのでそれを口に出す必要はないだろう。
「それにしてもそんな人が来れないところに私を連れ込むなんて……そういうこと?」
「さっきからなんでそっち方面に持ってくんだよ! そういうキャラじゃないでしょーーっ?」
「ーーそうね、キャラじゃないわ。私が思い焦がれるのも、キャラじゃないわね」
「ーーッッ! な、急に何するのさ!」
完全に不意打ちだった。
ここから雰囲気を作り、キスをし、仲を深めて解散する。
そんな算段を付けていたエルピスを嘲笑うかのようにして、セラはにっこりと笑みを浮かべながらエルピスの唇を奪い去っていった。
自分が恋い焦がれるのではなく、相手に恋い焦されるのが自分であるとそう言ったセラの言葉通りに、かつてないほどエルピスの心は揺さぶられていた。
「追いかける恋より追われる恋の方が実は好きなのよ私。前までの貴方なら怪しかったけれど、今の貴方なら追いかけてきてくれるでしょう?」
そう言ってセラはにっこりと笑みを浮かべる。
なんて卑怯な女性だろうか、こちらがもう引き返せないほどに好きな事を知っていて、その状況まで追い込んでから始めて手の届かないところへとほんの少しだけ遠ざかっていく。
恋愛においてはやはり愛の神であるセラの方が何枚も上手だったようである。
「ああもうっ、追いかけるよ。ほんっと敵わないよセラには」
「何年片想いしていたと思っているの? いまさら私から逃げられないわよ」
おそらくきっと昔から片思いではなく両思いだったろうが、それをエルピスの口から出すのは野暮と言うものであろう。
この話すら聞いていてもおかしくない創生神の幽霊にそんな事を思いながら、エルピスは愛おしい目の絵の女性とのひと時に心を落ち着かせる。
学園出発まであとそれほど時間が残っているわけではない。
いまある休みを少しでも良いひと時にするため、エルピスは真剣にこの安らかな時間に向き合うのだった。
0
お気に入りに追加
2,596
あなたにおすすめの小説

前世は最強の宝の持ち腐れ!?二度目の人生は創造神が書き換えた神級スキルで気ままに冒険者します!!
yoshikazu
ファンタジー
主人公クレイは幼い頃に両親を盗賊に殺され物心付いた時には孤児院にいた。このライリー孤児院は子供達に客の依頼仕事をさせ手間賃を稼ぐ商売を生業にしていた。しかしクレイは仕事も遅く何をやっても上手く出来なかった。そしてある日の夜、無実の罪で雪が積もる極寒の夜へと放り出されてしまう。そしてクレイは極寒の中一人寂しく路地裏で生涯を閉じた。
だがクレイの中には創造神アルフェリアが創造した神の称号とスキルが眠っていた。しかし創造神アルフェリアの手違いで神のスキルが使いたくても使えなかったのだ。
創造神アルフェリアはクレイの魂を呼び寄せお詫びに神の称号とスキルを書き換える。それは経験したスキルを自分のものに出来るものであった。
そしてクレイは元居た世界に転生しゼノアとして二度目の人生を始める。ここから前世での惨めな人生を振り払うように神級スキルを引っ提げて冒険者として突き進む少年ゼノアの物語が始まる。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています

神の手違い転生。悪と理不尽と運命を無双します!
yoshikazu
ファンタジー
橘 涼太。高校1年生。突然の交通事故で命を落としてしまう。
しかしそれは神のミスによるものだった。
神は橘 涼太の魂を神界に呼び謝罪する。その時、神は橘 涼太を気に入ってしまう。
そして橘 涼太に提案をする。
『魔法と剣の世界に転生してみないか?』と。
橘 涼太は快く承諾して記憶を消されて転生先へと旅立ちミハエルとなる。
しかし神は転生先のステータスの平均設定を勘違いして気付いた時には100倍の設定になっていた。
さらにミハエルは〈光の加護〉を受けておりステータスが合わせて1000倍になりスキルも数と質がパワーアップしていたのだ。
これは神の手違いでミハエルがとてつもないステータスとスキルを提げて世の中の悪と理不尽と運命に立ち向かう物語である。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる