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青年期:修行編
龍の強さ
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時刻は深夜1時過ぎ。
今夜は満月のおかげで辺りの暗さもそこまで気にはならないが、それでもこの時間帯に人影は見えない。
飲み過ぎで倒れたアウローラを介抱し、エルピスは深夜の平原で一人作業を行なっていた。
正確には一人と一匹か、低く唸るエキドナの背に乗っていくつか魔法を使用しながら、エルピスはフィトゥス達にも行った権能の移動を始める。
「ーーこれで一通りは終わりだな。どうだ龍神としての気分は」
『最高だ、これ程までの力だったとはな。無限に湧いてくるようだよ』
魔力や身体能力、はたまた使用する技能の効果にまで神の称号は影響を及ぼす。
力に飲まれて暴走しないかが懸念点ではあったが、どうやら無事に終わったらしくエルピスは龍の背中から降りて自身の身体を検査し始める。
これで二つ目の権能の貸し与えだ、自身の身体にどのような影響が出ているのか把握しておかないと問題が発生する可能性もある。
だが身体能力や技能共に変化はなく、権能に関して言えば確かに使用感自体は変わったもののそこまで問題ではなさそうだ。
神人の体を持ってしても一つの神の称号の身体能力強化が許容限界なのだろう、そう思えばいまの状況も理解できる。
「それは良かったよ。息吹とかは俺が使うけど、龍種に対する支配だったりは勝手に使ってくれ」
『了解した。しかし慣れないものだな権能というのは、技能とはまた違った疲労感がある』
「自分が思っている数倍は身体に負担がかかっているから気を付けろよ?油断してると動けなくなるぞ」
前にもどこかで言ったような気がするが、権能は体力を消費して放つ。
度重なる連続使用は様々な形で身体を蝕んでいき、そのうち倒れて地に伏すことになるだろう。
そこまで連続で使用したことはエルピスもまだないが、龍神の称号を借りているだけのエキドナはエルピスより体力がないのですぐに力尽きてしまう可能性もある。
気をつけておいて損はない。
『確かにこれは中々……ふむ、使えて七度といったところか』
「それだけ使えれば充分だろ、神の力を使えるんだから」
七回も権能を行使できる時点で、エキドナもかなりこの世界で逸脱した力の持ち主だ。
既に一度古龍を倒した経験もあるし、権能を使わなくてもよほどのことが無ければ負けることはないだろう。
「不満はない、我が身に余る力である事は分かっているからな。それより疑問は龍神よ、そなた良くこれを三つも持っていて気が狂わんな」
エキドナの背中から飛び降り龍の前にエルピスが立つと、そんな事を言われた。
正確には三つではなく七つあるのだが、エキドナに伝えているのはエルピスが現在解放している称号の事のみだ。
「ん? どういう事だ? 別に強くなれるとは言え、神の力を使えるとは言え、所詮は称号だ。人格に対して何か影響を与えるようなものはないぞ?」
噂によると七つの大罪に関する称号や、大量虐殺時に得られる称号には人格変形の効果があるとは聞いている。
ただ神の称号にはそう言った人格に対して効果を及ぼすような効果はない。
確かに元日本人であるエルピスが同級生を含めて人間を手にかけようとも、何も思わないのは側からみれば異常と取られてもおかしくはない。
ただそれはエルピスが人ではなくなったからというだけで、それに心が痛まないかと聞かれればもちろん悲しくはあるのだ。
ただそう言った意味合いのことを聞きたかったわけではなかったらしく、龍は呆れたようにため息をついた。
『はあ……。そういう意味ではない、普段は鋭いことを言う癖にこういう時は鈍いな。力を持てば人は狂う、最高位の冒険者と私も何度か会った事はあるが、まともなものなど一握りしか知らないぞ』
「そういう意味では神の力がいい方向に動いているな。欲とかそう言うのは邪神の称号が全てかき消してくれている」
他人に対する劣情や肉欲といった負の感情は元より神人である関係上かなり少なかったが、邪神の称号を解放してからは完全に無効化できている。
意識次第ではその効果をオンオフ可能なので、欲に溺れやすいエルピスとしてはかなり便利だ。
『なら無欲なのか? それはそれでどうかと思うが』
「それがそう言うわけでもないな。悪性に傾いた感情は打ち消されるがそれ以外は大丈夫だ」
『随分とまた都合のいい』
「神の能力なんてそんなもんだよ。基本的に全部使用者に都合よく出来てる」
使用者に都合が良くないものと言えば範囲が広すぎるものや無条件に他人を魅了するもの、あとは消費体力の多さ程度だろうか。
ただそれ以外は全て大きな利益をもたらしてくれるし、簡単に強くなれる。
「まぁそうでないと神の力とは言えんものな。一旦目標としていた強化は終わったわけだが、これからどうするのだ?」
「これからは雄二の裏についていた神探しだな。いろんな地方の神と直接出会って情報を収集する」
どんな神が力を貸していたのか定かではないが、なんの理由もなく異世界人であり頭のネジが外れたーーもしかすれば加護のせいでああなったのかもしれないがーー雄二に加護を与えられるとは思えない。
どれくらい力を貸しているか分からない以上詳しいことは言えないが、神の力を貸せば貸すほど神が弱体化していくのはエルピスが既に証明した
無条件で力を貸すとは考えづらい。
ただ王国を滅ぼすのが神の目的であるならばあの程度の被害で済んでいるはずがなく、良くて半壊といったところまでは行くはずだ。
ならば雄二はなぜ来たのかと言えばおそらく遥希達がいるからこそ、気になって王国にちょっかいをかけてみた程度の事だろう。
危険度は増すが何よりも本人に聞いた方が早いのは何事も同じだ。
「それはまた危なそうな、あの貴族の娘は連れていくのか? 猫もか」
「両方連れていくよ、アウローラも灰猫も大切な仲間だ。あの二人が行かないって言わない限り連れていくよ」
「……そうか。変わったな龍神よ」
「なんなの今日はやけに辛気臭い。何も変わってないよ」
「変わったさ、最初の頃のお主は人を信じておらんだが、今は違う。たとえ実戦では弱かろうと背を任せられる者がいれば人は強くなれる」
昔ならば理解できなかったであろうエキドナの言葉も、いまのエルピスならば理解できる。
誰かを守っていれば人は強くなれると聞くが、それはエルピスも同じだ。
後ろに守るべき人が居るからこそ、任せられる人が居るからこそ、前にのみ集中して戦うことができる。
「それにしても龍の口から出た言葉とは思えないな。まぁでも確かにあの二人は信用してるよ、一緒に冒険した仲だしね」
「そうか、龍神の判断だ私は口を出さん。だがお主が殺してきたように、上位者は躊躇いなく簡単に殺す、気を付けろよ」
「……分かってるよ。人が簡単に死ぬのは」
呆気なく人は死ぬ。
いまのエルピスならばデコピンで頭部を粉砕させることだって、衝撃波で胴体を真っ二つにすることだってできる。
人間の身体が脆いのは何度も戦って既に実感を得ている。
「それに自分自身の事も気をつけるのだな、避けれた攻撃を庇って当たったら目も当てられんぞ」
「もしかして心配してくれてるのか?」
「ーーうるさい。どうせ最後は王族達に顔を見せにいくのだろう? 送ってやろう」
「はいはい。ありがとね」
忠告してくれたエキドナに感謝しつつも、エルピスはいざとなったら誰かを庇う覚悟を決めていた。
そんな事はさせはしないが、目の前で仲間がもし死にそうになったのならエルピスは助けてしまうだろう。
一撃で死ぬことさえなければ、いまのエルピスにはどんな攻撃もただ痛いだけですぐに治すことができる。
仲間を殺される胸の痛みに比べれば、体の痛みなどあってないようなものだろう。
龍の背中にまたがって冷たい風に吹かれながら、エルピスは決意を固めるのだった。
/
「エルピスさんこんばんは!」
「こんばんはアデル様、どうしたんですかみなさん揃って」
龍の背に乗せてもらって数分もすれば、辺境から王都まで辿り着くのには十分だった。
気配を辿ってみれば見知った気配が集結しており、エルピスが扉を開けるのと同時に元気よくそんな声が聞こえてきた。
それに答えながら疑問を投げかけると、次男であり最近近衛兵の一人して活動し始めたルークがエルピスに返答する。
「兄さんと話してたらそろそろ来そうって話になってね。エルピスさんを待ってたんだよ」
「確かルークは地方に出てなかったか? 良く帰ってこれたな」
「兄さんが早馬使って連絡とってくれたからね」
ここから早馬を出したとしてルークが行っていた場所までざっと二日ほど、帰ってくるのに三日かかるとして五日も前には既に馬を出していたことになる。
さすが現国王、仕事が早いものだ。
「王国騎士団団長に近衛兵、司教様に未来の図書長と財務大臣、挙げ句の果てには現国王まで、大臣あたりが聞いたら気絶しそうな内容だな」
この場にいる全員が唐突に消えでもしたら、この国の機能は完全に停止する。
言わば彼等は王国の擬人化のようなものだ、もちろん末端である農民や商人なども居なければ国としては成り立たないが、それら全てを動かしている人物達が自分のために集まったのだと思うといままでやってきた事も無駄ではなかったのだと思う。
「エルピスさんにはそれだけ恩がありますからね、それで次はどこに?」
「土精霊の所だ、ちょっと鍛治神に用があってな」
「神様相手ですか、大丈夫でしょうか? 生産職の神は基本的に戦闘に関して肯定的でないと聞きますが、最悪の場合は……」
そこまで言ってグロリアスの言葉が止まる。
言いたい事はエルピスにももちろん理解できた、もし戦闘にでもなれば国一つ消えるくらいの戦闘になるだろう。
もちろんエルピスも元から戦闘するために行くわけでもない。
出来れば穏便にすんで欲しいという思いはある。
「戦闘になっても大丈夫だよ、勝算あるし」
「神様相手に勝算があるとかさすがだねエルピスさんは。僕たちに見せてない何かがあるのは知ってますけど、もしかして神様だったりして」
そう言って笑みを浮かべるのは、王国騎士団副団長として仕事をこなすアデルだ。
最年少の団長として最近かなり各地で仕事をこなしているらしいのだが、その甲斐もあって感が随分と良くなったらしい。
だがエルピスも自分で勝算があると言った手前どんな事を言われるのかはある程度想定しているので、神である事を疑われたところでボロを出したりはしない。
「はははっ、もしかしたらそうかもしれないな」
「冗談きついですよエルピスさん、もしそうだったらわたしすごい困ります」
「なんで姉さんが困るのさ」
「困るでしょ国内に本物の神が現れたら。私達の国は偶像崇拝系だから実物が国内に現れたら宗教戦争勃発よ、せめて時間かけて本物の神が国内に現れたことを示してからじゃないとね」
王国は建国時から周辺に神が居なかったので、神が実際に存在するこの世界において抽象的な神を国教としている。
もちろん信仰心の存在しない農民などもいるので強制的な宗教ではなく、信仰の受け皿として臨時で作られたものが今の今まで引き継がれてきた程度のものではあるが、なにぶん歴史があるのが問題だ。
他国の貴族に特定のパイプが存在し、他国では偶像崇拝が珍しいので一定数の信者の獲得もしている。
それはもはや存在しない概念の神を作り出せるほどに。
そこにいきなり本物の実態を持った神が現れれば、どうなるかなど考えたくもないところだ。
「もしそうなったら国家間の問題が起きるな。法国の神は最近閉じこもり気味だから、この状況下で新しく人類生存圏に神が現れたら勢力図が変わる」
「ーーまぁもし、の話ですけどね。エルピスさんが神様になったらそうだって話ですし」
「神様ですか、憧れますね。一度で良いですから直接喋ってみたいものです」
ここでふと疑問に思うのは、人類生存圏にあまりにも神が少なすぎる事だ。
人間が生きられる領域に住む神はせいぜいが3か4柱といったところ、それもエルピスを含めての数だ。
そもそも人間はよほど特殊な事が神になれないし、なったところで他の神の逆鱗に触れれば一瞬でチリにされる。
ならばどういう存在がいまの人類生存圏で神になっているのかと聞かれれば、一人は不明、一人は仙人が神になったもの、もう一人は妖魔系統の神だった筈だ。
仙人が神になったものは法国の神として崇められているし、妖魔の神は確か辺境の地でひっそりと国を作っていた筈だ。
残りの一人はどんな人物なのか、どんな神なのかすら分からないが、神域の気配からしている事自体は確定である。
「ーーそうだな」
「エルピスさんそういえばこの後何か御用はありますか?」
「特にないよ、パーティーメンバー達も今日は個別でゆったりしてるしね」
セラとニルはアウローラの介抱に、灰猫は街をぶらついているしエラはリリィやヘリア達と過ごしている筈だ。
既に土精霊の国へと向かうのは伝えてあるので連絡を取り合う予定もなく、今日は各々自由に活動する予定である。
「なら今日は飲んでいきませんか? 王族秘蔵のボトル開けますよ」
「そういう事か。なら俺からもいくつかつまみを出させてもらうよ、長房にいってくる」
「よっしゃぁぁぁ! 今日は飲むぞーーっ!!」
フィトゥスに教えてもらった料理を思い出しながら、エルピスはグロリアスの提案を受ける。
酒を飲んで酔う事はあまりないが、それでも雰囲気だけは楽しめる。
明日のことを考えつつも、わくわくしながらエルピスは長房へ向かうのだった。「」
今夜は満月のおかげで辺りの暗さもそこまで気にはならないが、それでもこの時間帯に人影は見えない。
飲み過ぎで倒れたアウローラを介抱し、エルピスは深夜の平原で一人作業を行なっていた。
正確には一人と一匹か、低く唸るエキドナの背に乗っていくつか魔法を使用しながら、エルピスはフィトゥス達にも行った権能の移動を始める。
「ーーこれで一通りは終わりだな。どうだ龍神としての気分は」
『最高だ、これ程までの力だったとはな。無限に湧いてくるようだよ』
魔力や身体能力、はたまた使用する技能の効果にまで神の称号は影響を及ぼす。
力に飲まれて暴走しないかが懸念点ではあったが、どうやら無事に終わったらしくエルピスは龍の背中から降りて自身の身体を検査し始める。
これで二つ目の権能の貸し与えだ、自身の身体にどのような影響が出ているのか把握しておかないと問題が発生する可能性もある。
だが身体能力や技能共に変化はなく、権能に関して言えば確かに使用感自体は変わったもののそこまで問題ではなさそうだ。
神人の体を持ってしても一つの神の称号の身体能力強化が許容限界なのだろう、そう思えばいまの状況も理解できる。
「それは良かったよ。息吹とかは俺が使うけど、龍種に対する支配だったりは勝手に使ってくれ」
『了解した。しかし慣れないものだな権能というのは、技能とはまた違った疲労感がある』
「自分が思っている数倍は身体に負担がかかっているから気を付けろよ?油断してると動けなくなるぞ」
前にもどこかで言ったような気がするが、権能は体力を消費して放つ。
度重なる連続使用は様々な形で身体を蝕んでいき、そのうち倒れて地に伏すことになるだろう。
そこまで連続で使用したことはエルピスもまだないが、龍神の称号を借りているだけのエキドナはエルピスより体力がないのですぐに力尽きてしまう可能性もある。
気をつけておいて損はない。
『確かにこれは中々……ふむ、使えて七度といったところか』
「それだけ使えれば充分だろ、神の力を使えるんだから」
七回も権能を行使できる時点で、エキドナもかなりこの世界で逸脱した力の持ち主だ。
既に一度古龍を倒した経験もあるし、権能を使わなくてもよほどのことが無ければ負けることはないだろう。
「不満はない、我が身に余る力である事は分かっているからな。それより疑問は龍神よ、そなた良くこれを三つも持っていて気が狂わんな」
エキドナの背中から飛び降り龍の前にエルピスが立つと、そんな事を言われた。
正確には三つではなく七つあるのだが、エキドナに伝えているのはエルピスが現在解放している称号の事のみだ。
「ん? どういう事だ? 別に強くなれるとは言え、神の力を使えるとは言え、所詮は称号だ。人格に対して何か影響を与えるようなものはないぞ?」
噂によると七つの大罪に関する称号や、大量虐殺時に得られる称号には人格変形の効果があるとは聞いている。
ただ神の称号にはそう言った人格に対して効果を及ぼすような効果はない。
確かに元日本人であるエルピスが同級生を含めて人間を手にかけようとも、何も思わないのは側からみれば異常と取られてもおかしくはない。
ただそれはエルピスが人ではなくなったからというだけで、それに心が痛まないかと聞かれればもちろん悲しくはあるのだ。
ただそう言った意味合いのことを聞きたかったわけではなかったらしく、龍は呆れたようにため息をついた。
『はあ……。そういう意味ではない、普段は鋭いことを言う癖にこういう時は鈍いな。力を持てば人は狂う、最高位の冒険者と私も何度か会った事はあるが、まともなものなど一握りしか知らないぞ』
「そういう意味では神の力がいい方向に動いているな。欲とかそう言うのは邪神の称号が全てかき消してくれている」
他人に対する劣情や肉欲といった負の感情は元より神人である関係上かなり少なかったが、邪神の称号を解放してからは完全に無効化できている。
意識次第ではその効果をオンオフ可能なので、欲に溺れやすいエルピスとしてはかなり便利だ。
『なら無欲なのか? それはそれでどうかと思うが』
「それがそう言うわけでもないな。悪性に傾いた感情は打ち消されるがそれ以外は大丈夫だ」
『随分とまた都合のいい』
「神の能力なんてそんなもんだよ。基本的に全部使用者に都合よく出来てる」
使用者に都合が良くないものと言えば範囲が広すぎるものや無条件に他人を魅了するもの、あとは消費体力の多さ程度だろうか。
ただそれ以外は全て大きな利益をもたらしてくれるし、簡単に強くなれる。
「まぁそうでないと神の力とは言えんものな。一旦目標としていた強化は終わったわけだが、これからどうするのだ?」
「これからは雄二の裏についていた神探しだな。いろんな地方の神と直接出会って情報を収集する」
どんな神が力を貸していたのか定かではないが、なんの理由もなく異世界人であり頭のネジが外れたーーもしかすれば加護のせいでああなったのかもしれないがーー雄二に加護を与えられるとは思えない。
どれくらい力を貸しているか分からない以上詳しいことは言えないが、神の力を貸せば貸すほど神が弱体化していくのはエルピスが既に証明した
無条件で力を貸すとは考えづらい。
ただ王国を滅ぼすのが神の目的であるならばあの程度の被害で済んでいるはずがなく、良くて半壊といったところまでは行くはずだ。
ならば雄二はなぜ来たのかと言えばおそらく遥希達がいるからこそ、気になって王国にちょっかいをかけてみた程度の事だろう。
危険度は増すが何よりも本人に聞いた方が早いのは何事も同じだ。
「それはまた危なそうな、あの貴族の娘は連れていくのか? 猫もか」
「両方連れていくよ、アウローラも灰猫も大切な仲間だ。あの二人が行かないって言わない限り連れていくよ」
「……そうか。変わったな龍神よ」
「なんなの今日はやけに辛気臭い。何も変わってないよ」
「変わったさ、最初の頃のお主は人を信じておらんだが、今は違う。たとえ実戦では弱かろうと背を任せられる者がいれば人は強くなれる」
昔ならば理解できなかったであろうエキドナの言葉も、いまのエルピスならば理解できる。
誰かを守っていれば人は強くなれると聞くが、それはエルピスも同じだ。
後ろに守るべき人が居るからこそ、任せられる人が居るからこそ、前にのみ集中して戦うことができる。
「それにしても龍の口から出た言葉とは思えないな。まぁでも確かにあの二人は信用してるよ、一緒に冒険した仲だしね」
「そうか、龍神の判断だ私は口を出さん。だがお主が殺してきたように、上位者は躊躇いなく簡単に殺す、気を付けろよ」
「……分かってるよ。人が簡単に死ぬのは」
呆気なく人は死ぬ。
いまのエルピスならばデコピンで頭部を粉砕させることだって、衝撃波で胴体を真っ二つにすることだってできる。
人間の身体が脆いのは何度も戦って既に実感を得ている。
「それに自分自身の事も気をつけるのだな、避けれた攻撃を庇って当たったら目も当てられんぞ」
「もしかして心配してくれてるのか?」
「ーーうるさい。どうせ最後は王族達に顔を見せにいくのだろう? 送ってやろう」
「はいはい。ありがとね」
忠告してくれたエキドナに感謝しつつも、エルピスはいざとなったら誰かを庇う覚悟を決めていた。
そんな事はさせはしないが、目の前で仲間がもし死にそうになったのならエルピスは助けてしまうだろう。
一撃で死ぬことさえなければ、いまのエルピスにはどんな攻撃もただ痛いだけですぐに治すことができる。
仲間を殺される胸の痛みに比べれば、体の痛みなどあってないようなものだろう。
龍の背中にまたがって冷たい風に吹かれながら、エルピスは決意を固めるのだった。
/
「エルピスさんこんばんは!」
「こんばんはアデル様、どうしたんですかみなさん揃って」
龍の背に乗せてもらって数分もすれば、辺境から王都まで辿り着くのには十分だった。
気配を辿ってみれば見知った気配が集結しており、エルピスが扉を開けるのと同時に元気よくそんな声が聞こえてきた。
それに答えながら疑問を投げかけると、次男であり最近近衛兵の一人して活動し始めたルークがエルピスに返答する。
「兄さんと話してたらそろそろ来そうって話になってね。エルピスさんを待ってたんだよ」
「確かルークは地方に出てなかったか? 良く帰ってこれたな」
「兄さんが早馬使って連絡とってくれたからね」
ここから早馬を出したとしてルークが行っていた場所までざっと二日ほど、帰ってくるのに三日かかるとして五日も前には既に馬を出していたことになる。
さすが現国王、仕事が早いものだ。
「王国騎士団団長に近衛兵、司教様に未来の図書長と財務大臣、挙げ句の果てには現国王まで、大臣あたりが聞いたら気絶しそうな内容だな」
この場にいる全員が唐突に消えでもしたら、この国の機能は完全に停止する。
言わば彼等は王国の擬人化のようなものだ、もちろん末端である農民や商人なども居なければ国としては成り立たないが、それら全てを動かしている人物達が自分のために集まったのだと思うといままでやってきた事も無駄ではなかったのだと思う。
「エルピスさんにはそれだけ恩がありますからね、それで次はどこに?」
「土精霊の所だ、ちょっと鍛治神に用があってな」
「神様相手ですか、大丈夫でしょうか? 生産職の神は基本的に戦闘に関して肯定的でないと聞きますが、最悪の場合は……」
そこまで言ってグロリアスの言葉が止まる。
言いたい事はエルピスにももちろん理解できた、もし戦闘にでもなれば国一つ消えるくらいの戦闘になるだろう。
もちろんエルピスも元から戦闘するために行くわけでもない。
出来れば穏便にすんで欲しいという思いはある。
「戦闘になっても大丈夫だよ、勝算あるし」
「神様相手に勝算があるとかさすがだねエルピスさんは。僕たちに見せてない何かがあるのは知ってますけど、もしかして神様だったりして」
そう言って笑みを浮かべるのは、王国騎士団副団長として仕事をこなすアデルだ。
最年少の団長として最近かなり各地で仕事をこなしているらしいのだが、その甲斐もあって感が随分と良くなったらしい。
だがエルピスも自分で勝算があると言った手前どんな事を言われるのかはある程度想定しているので、神である事を疑われたところでボロを出したりはしない。
「はははっ、もしかしたらそうかもしれないな」
「冗談きついですよエルピスさん、もしそうだったらわたしすごい困ります」
「なんで姉さんが困るのさ」
「困るでしょ国内に本物の神が現れたら。私達の国は偶像崇拝系だから実物が国内に現れたら宗教戦争勃発よ、せめて時間かけて本物の神が国内に現れたことを示してからじゃないとね」
王国は建国時から周辺に神が居なかったので、神が実際に存在するこの世界において抽象的な神を国教としている。
もちろん信仰心の存在しない農民などもいるので強制的な宗教ではなく、信仰の受け皿として臨時で作られたものが今の今まで引き継がれてきた程度のものではあるが、なにぶん歴史があるのが問題だ。
他国の貴族に特定のパイプが存在し、他国では偶像崇拝が珍しいので一定数の信者の獲得もしている。
それはもはや存在しない概念の神を作り出せるほどに。
そこにいきなり本物の実態を持った神が現れれば、どうなるかなど考えたくもないところだ。
「もしそうなったら国家間の問題が起きるな。法国の神は最近閉じこもり気味だから、この状況下で新しく人類生存圏に神が現れたら勢力図が変わる」
「ーーまぁもし、の話ですけどね。エルピスさんが神様になったらそうだって話ですし」
「神様ですか、憧れますね。一度で良いですから直接喋ってみたいものです」
ここでふと疑問に思うのは、人類生存圏にあまりにも神が少なすぎる事だ。
人間が生きられる領域に住む神はせいぜいが3か4柱といったところ、それもエルピスを含めての数だ。
そもそも人間はよほど特殊な事が神になれないし、なったところで他の神の逆鱗に触れれば一瞬でチリにされる。
ならばどういう存在がいまの人類生存圏で神になっているのかと聞かれれば、一人は不明、一人は仙人が神になったもの、もう一人は妖魔系統の神だった筈だ。
仙人が神になったものは法国の神として崇められているし、妖魔の神は確か辺境の地でひっそりと国を作っていた筈だ。
残りの一人はどんな人物なのか、どんな神なのかすら分からないが、神域の気配からしている事自体は確定である。
「ーーそうだな」
「エルピスさんそういえばこの後何か御用はありますか?」
「特にないよ、パーティーメンバー達も今日は個別でゆったりしてるしね」
セラとニルはアウローラの介抱に、灰猫は街をぶらついているしエラはリリィやヘリア達と過ごしている筈だ。
既に土精霊の国へと向かうのは伝えてあるので連絡を取り合う予定もなく、今日は各々自由に活動する予定である。
「なら今日は飲んでいきませんか? 王族秘蔵のボトル開けますよ」
「そういう事か。なら俺からもいくつかつまみを出させてもらうよ、長房にいってくる」
「よっしゃぁぁぁ! 今日は飲むぞーーっ!!」
フィトゥスに教えてもらった料理を思い出しながら、エルピスはグロリアスの提案を受ける。
酒を飲んで酔う事はあまりないが、それでも雰囲気だけは楽しめる。
明日のことを考えつつも、わくわくしながらエルピスは長房へ向かうのだった。「」
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そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
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五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
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もはや文字ですら無かった
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本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。
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