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青年期:修行編
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「珍しいわねあんたが休日にこんなところ来るの」
「そうかな?」
エルピス達が今来ているのは王国管轄のかなり大きな迷宮。
迷宮主は既に討伐されたのでいないが、核となる結晶がまだ取られていないので迷宮としては生きている。
自然発生する魔物を狩り弱い冒険者が安定して金銭を稼ぐ為に放置されているのだが、そんな場所にエルピスが来ると言うのはかなり珍しかった。
基本的に戦闘は好きだがエルピスと戦闘できるレベルの敵など一つの国に一人いるかいないか、はっきり言っていない場所の方が多い程だ。
だからこう言ったダンジョンで魔物とは戦わずセラやニルと戦闘をしていることが多いし、それを知っているからエルピスがこうして外に出てきた理由がアウローラと灰猫には分からない。
アウローラ達は小遣い稼ぎできているのでそれ以上でもそれ以下でもないが、エルピスの事だからまた何か企んでいるのではないか、そう思ったのだ。
「今回は魔物ともろくに戦わないわよ? 鉱石の採取が目的だし」
そういうアウローラは確かに炭鉱夫が持つような大きなツルハシをもっており、魔物狙いでない事はエルピスも何となくわかっていた。
鉱石は人間相手にあまり売れないが土精霊などにはよく売れる、場合によっては魔物よりも高価な値段で取引されることもある程だ。
「俺もそういうのやってみようと思ってさ。普段は一攫千金って感じだけど、小さいお金を稼いで何か美味しいものでも食べてみようかなと」
「スラム街の住人が聞いたら血の涙流しながら首絞められそうだね。まぁ実力があるから言える事だけどさ」
「私もたまに思うけれどこの世界はその点においていえば欠陥が多いわよね」
アウローラと灰猫が言いたい事もわかる。
力が至上になっているこの世界においては弱者は等しく死んでいき、強者は何をしようが成功するようになっているのだ。
たとえばエルピスが今から商人として動き始めたとして、おそらく交渉系の技能を使わずとも世界一の商人になれるだろう。
何故ならそれはどの商人よりも獲物を狩れる実力があり、運べるだけの機動力があるからだ。
そこいらの貴族が大金を使ってなんとか冒険者を雇い、そしてなんとか倒して得るような素材もエルピスならば自力で倒し持ち帰ることができる。
結局は技能や魔法があったところで完全な公平などありはしないのだ。
むしろそんなものがあるからこそ目に見えての不平等は、日本の頃の比では無いとも言える。
「ここが今回のポイントね。三十キロ分持って来いって言われてるから三十分も掘っていれば集まるでしょ。プラスアルファでも買い取ってくれるみたいだけど」
「僕はあっちいくよ。魔法で通話だけ繋いどく?」
「そうね。エルピス回線任せていい? あとツルハシどうする?」
「ああ、任せろ。ツルハシは作るから問題ない」
掌に収まる程度のそこら辺に転がった手頃な石を手に取ると、エルピスの技能によって石は次第に形を変えてアウローラが持っているツルハシと同じものが出来上がる。
鍛治神の基本能力の一つ錬金術だ、等価交換が基本原則なので不足分として魔力は多少持っていかれたが、その分性能面はアウローラ達のものと同じだ。
まるで機械にでもなったような気分でひたすら振りかぶったツルハシを地面に叩きつけていると、隙を持て余したのかアウローラから話しかけられる。
〔そう言えばエルピスまた強くなった? なんだか雰囲気が少し変わった気がする〕
〔アルさんとマギアさんのところで修行積んだからね。後でアウローラ達にも教えるよ〕
〔たった一日やそこらで強くなれるのって凄いわね〕
〔技能のおかげだよ。俺は何も凄くない〕
〔そっちじゃないわよ。よく飽きないわねって話、私ならすぐに強くなったら飽きちゃうからさ〕
〔まぁ確かにもっと手応えを感じたいときはあるけど、みんなを護れるから文句はないよ〕
エルピスが強くなりたい理由は基本的に全てそれだ。
手の届く範囲しか人は守れないとよく言うが、人でないエルピスならば手のひらから先も守れる。
手から溢れ落ちようとする命を助けようとするのも大切なことではあるが、その手の外側にある命を救ってこそ自らの人生を助ける行動にも繋がるとエルピスは信じている。
手の中の物を落としてしまっては本末転倒だが、神である故に、神だからこそ、人の為に何かをなして何かをしなければいけないのだ。
〔一体後どれくらい頑張ればエルピスの背中が見えるのかしら〕
〔魔法使いは大変だよね。その点僕は身体能力さえあればワンチャンス狙えるから楽だよ〕
〔二人ならいつか俺よりも強くなれるよ。俺が保証する〕
エルピスがよく親や尊敬する人物から言われていた言葉だ。
実際のところ言ってしまえば魔神よりも上の魔法操作技術を持つ存在などこの世に居ないし、そしてこれから先も一生現れないのでアウローラに一切勝ち目はない。
だがそれはエルピスがアウローラが強くなる事に協力しなければの話だ。
今でなくともいつかアウローラにはエルピスの変わりに魔神の能力を使ってもらう気でいる、それがいつになるのかは定かではないが、そこに至るまでに彼女がどれほどの高みにたどり着くか、それがエルピスにとっては楽しみである。
最初ができていればその分魔神の称号はいかんなくその力を発揮するのだ。
それから二時間ほど経過しただろうか、最近こう言った黙々とした作業が増えてきた事に嬉しさを感じていると灰猫から終了の号令がかかる。
〔それじゃあそろそろ終わって帰ろうか。僕の方も結構取れたし〕
〔じゃあさっきのところで合流ね〕
二人の会話を聴きながらエルピスも合流地点へと向かっていく。
道中何度か魔物に遭遇はしたものの、エルピスに襲いかかってくる生物は一匹たりとも存在しなかった。
迷宮内において日々を暮らす魔物達は、彼我の実力差を見抜く目に関しては一級品だ。
そんな彼らの目がエルピスと戦ってはいけないと判断し、エルピスも襲ってこない以上殺す必要もないので合流を優先する。
合流地点へと辿り着いてみればアウローラは二袋、灰猫は三袋分の鉱石を手に持っており、どうやら今日の仕事がうまく行ったようだ。
「あれエルピス全然とってきてないね。めちゃくちゃレアな鉱石をいっぱい掘ってると思ったのに」
「ぶっちゃけ私もそう思ってたわ。もしかしなくても手を抜いたでしょ」
「手を抜いたというか、みんなと同じ条件で頑張ってみたんだ。結果はこの通り、なんだか上手くいかないね」
鍛治神の称号を持つエルピスは基本効果の一つとして、鉱石の位置を把握できる能力がある。
これを使えば一晩のうちに蔵いっぱいの希少な鉱石をため込むことだって可能だろうが、それをするのは普段やっていることとなんら変わりない。
今日は自分の働きで頑張って得たお金で、ご飯を食べるのが目的なのだ。
能力を使って大量に掘りまくり大金を稼ぐのは、今回の自らに課した趣旨に反している。
「そう考えてみると、エルピスも私達とそんなに変わらないのね」
「変わらないよ、付与効果さえ取り除けばみんなと同じ」
「その付与効果の差が凄いんだけどね。さて、さっさと換金してご飯食べに行こうか」
灰猫の言葉に同意して、エルピスは迷宮を登っていく。
鉱石の換金は冒険者組合によって行われており、商会でも買い取ってくれないことはないのだがその場合は商会に登録している必要がある。
買取金額は商会の方が高いので商会で売るのが一番利益が多いのだが、とはいえ商会に登録するのは時間も金もかかるから基本的に小遣い稼ぎ程度ならば冒険者組合で終わらせることが多い。
組合にたどり着いてみれば、他の冒険者から意外な顔で見られるのはもちろんエルピスだ。
最上位冒険者がお小遣い稼ぎに鉱石を掘る、それはともすれば一国の王がアルバイトをするよりも冒険者からすれば驚きに当たる。
「それではこちらが本日の代金です」
そう言って手渡された金額は子供のお小遣いよりはマシだが生きていくにはほんの少しばかり厳しい金額で、そうなるとこの値段で生きている人間もまた居るのだろうと思う。
だが金をばら撒いたところで何かが変わるわけでもなく、知らない人間が貧困に喘いでいようとも死なない限りはそれはエルピスの知るところでは無い。
「それじゃあ隣の飲み屋に行きましょ! いっぱい飲むわよー!」
そんな事を考えていたエルピスではあったが、だがどうやらそう言った者達に対する救済措置はしっかりと用意されていたようだった。
冒険者組合の隣にある飲み屋へと入ると、あり得ないほどに低い金額設定で出される料理の数々が見える。
貧困層になればなるほど冒険者になりやすい傾向は知っていたが、どうやらこういった施設の存在がそれに拍車をかけているらしい。
「アウローラ様じゃねぇか! 今日も飲み比べするか!?」
「久しぶりね、私に勝てると思って?」
「おいおいあいつまた倒れるまで飲む気か? この前もぶっ倒れたのに」
「先に救護班呼んでくるわ」
「ビールの貯蔵足りるっけ」
「灰猫さんこの前言われたの用意しておいたよ」
「ありがと」
どうやら話を聞いている限り、灰猫とアウローラはこの店の常連らしい。
カウンターの内の一つに座ると注文をしているわけでも無いのにビールが目の前に置かれ、それに口をつけながら飲み比べを始めているアウローラの姿を見る。
エルピスはアルコールをどれだけ摂取しようと酔う事がないので水と変わらないが、それでも目の前のペースで飲むのは無理だろう。
まさに浴びるように飲むと言う言葉がふさわしい程に飲み続けるアウローラに対し、対戦相手はなんとか必死に食らいつこうとしているようだが鑑定で見る限り持って後4杯といったところか。
頑張ってはいるようだがもうすぐ倒れる事だろう。
「お兄さんもいい飲みっぷりだねぇ! さすがアウローラの連れだよ」
「種族的に効かないからね。この店って何があるの?」
「そうなのかい? この店は何でもあるよ! 上手いもんになればなるほど値段は高くなるけどね!」
メニュー表に書いてある物以外にも料理はあるらしく、確かに周りの客を見てみれば書いていない料理を食べているものも数人は居た。
どうせならばメニューに書いてない商品を頼んでみようと思い、エルピスは今日頑張って得た金をカウンターに全て置く。
「これで食べれる料理でお願い」
「いいよ、ひぃふぅみぃ。これくらいあればお腹いっぱい食べられるわね、店長頼んだわよー!」
「おう! 任せろ!」
受付と料理している人物は別なようで、店の奥の方から聞こえてくる返答を聞きつつエルピスは再び酒を飲む。
半分ほど飲み終えたところでふと視線を前に戻すと、きらきらとした目をしながら先程までエルピスに受付していた店員がこちらを見ていた。
「どうかしましたか?」
「いやなに、珍しいタイプのお客さんなんでね。まぁ珍しいでいえば大貴族の娘さんがこんなところで酒飲んでるのも珍しいけれど、最高位の冒険者が来たのはこの店でも初めてだ」
店内に入るにあたって一応他の人間に威圧感を与えないように隠していた最高位冒険者の証だが、どうやら見えてしまっていたらしい。
他の冒険者の証が地味な色合いなのに対して最高位冒険者の証はどこでとってきたのか黒光りする謎の鉱石でできている。
鑑定によってその鉱石の名前こそ知っているがエルピスの知識の中にはないのでそれがどこで生産されたかは分からない。
「見えましたか」
「そりゃもうバッチリ! 私の目の良さを甘く見ないでね、はいお待ちどうさま」
「ありがとうございます」
出された料理を食べながら、エルピスは今後の予定を考える。
邪神の称号を使ってフィトゥスとフェルが強化できた以上、エキドナも同じく龍神の権能で強化出来るはずだ。
召喚陣から召喚するだけで強くなることは既に証明済ではあるが、龍神の権能を貸せばあれよりもさらに強くなる。
エルピスがエキドナを飼っている事を知っているのは本当に一握りだけなので、隠し球としてはこれ以上ないほどに凶悪なものとして出来上がることだろう。
明後日くらいには全てを終わらせて、次は土精霊のいる場所へと向かおうか、そんな事を考えていると再び話しかけられた。
「食べてるところすまないが一ついいかい? 最高位の冒険者って、どんな気分なんだい? 貴方達は各地にいる冒険者達のトップ、言わば王様。むしろ帝王って言ったほうが良いのかな。国に属さず、力を行使できる貴方達と一回喋ってみたかったのよ」
「どんな気分も何も貴方達と変わりませんよ、ただ強いだけです。それ以上でもそれ以下でもない、そりゃ見下してるやつも中には居るでしょうけど、たとえそいつが弱かったとしてもそいつは自分より弱い奴を見下してますよ。結局そんなもんです」
人の行動は立場によって変わるが、本質は基本的には変わらない。
最高位の冒険者であろうがなかろうが、そうあるべきものはそうあるし、そうでないものは違う事をするだろう。
「意外と面白くないわね。何か面白い話が聞けるかと思ったけど」
「期待に添えなくて残念です」
心底残念と言った風な顔をしながらそう言った店員に対し、エルピスはそれだけ言うと再び料理に手をつける。
冒険者らしくない生活を送っているエルピスに聞かれても少し困る質問だっだが、答えられることは答えたつもりだ。
それからエルピス達が家へと帰ったのは三時間後。
アウローラが店の酒全てを飲み切ってからだった。
「そうかな?」
エルピス達が今来ているのは王国管轄のかなり大きな迷宮。
迷宮主は既に討伐されたのでいないが、核となる結晶がまだ取られていないので迷宮としては生きている。
自然発生する魔物を狩り弱い冒険者が安定して金銭を稼ぐ為に放置されているのだが、そんな場所にエルピスが来ると言うのはかなり珍しかった。
基本的に戦闘は好きだがエルピスと戦闘できるレベルの敵など一つの国に一人いるかいないか、はっきり言っていない場所の方が多い程だ。
だからこう言ったダンジョンで魔物とは戦わずセラやニルと戦闘をしていることが多いし、それを知っているからエルピスがこうして外に出てきた理由がアウローラと灰猫には分からない。
アウローラ達は小遣い稼ぎできているのでそれ以上でもそれ以下でもないが、エルピスの事だからまた何か企んでいるのではないか、そう思ったのだ。
「今回は魔物ともろくに戦わないわよ? 鉱石の採取が目的だし」
そういうアウローラは確かに炭鉱夫が持つような大きなツルハシをもっており、魔物狙いでない事はエルピスも何となくわかっていた。
鉱石は人間相手にあまり売れないが土精霊などにはよく売れる、場合によっては魔物よりも高価な値段で取引されることもある程だ。
「俺もそういうのやってみようと思ってさ。普段は一攫千金って感じだけど、小さいお金を稼いで何か美味しいものでも食べてみようかなと」
「スラム街の住人が聞いたら血の涙流しながら首絞められそうだね。まぁ実力があるから言える事だけどさ」
「私もたまに思うけれどこの世界はその点においていえば欠陥が多いわよね」
アウローラと灰猫が言いたい事もわかる。
力が至上になっているこの世界においては弱者は等しく死んでいき、強者は何をしようが成功するようになっているのだ。
たとえばエルピスが今から商人として動き始めたとして、おそらく交渉系の技能を使わずとも世界一の商人になれるだろう。
何故ならそれはどの商人よりも獲物を狩れる実力があり、運べるだけの機動力があるからだ。
そこいらの貴族が大金を使ってなんとか冒険者を雇い、そしてなんとか倒して得るような素材もエルピスならば自力で倒し持ち帰ることができる。
結局は技能や魔法があったところで完全な公平などありはしないのだ。
むしろそんなものがあるからこそ目に見えての不平等は、日本の頃の比では無いとも言える。
「ここが今回のポイントね。三十キロ分持って来いって言われてるから三十分も掘っていれば集まるでしょ。プラスアルファでも買い取ってくれるみたいだけど」
「僕はあっちいくよ。魔法で通話だけ繋いどく?」
「そうね。エルピス回線任せていい? あとツルハシどうする?」
「ああ、任せろ。ツルハシは作るから問題ない」
掌に収まる程度のそこら辺に転がった手頃な石を手に取ると、エルピスの技能によって石は次第に形を変えてアウローラが持っているツルハシと同じものが出来上がる。
鍛治神の基本能力の一つ錬金術だ、等価交換が基本原則なので不足分として魔力は多少持っていかれたが、その分性能面はアウローラ達のものと同じだ。
まるで機械にでもなったような気分でひたすら振りかぶったツルハシを地面に叩きつけていると、隙を持て余したのかアウローラから話しかけられる。
〔そう言えばエルピスまた強くなった? なんだか雰囲気が少し変わった気がする〕
〔アルさんとマギアさんのところで修行積んだからね。後でアウローラ達にも教えるよ〕
〔たった一日やそこらで強くなれるのって凄いわね〕
〔技能のおかげだよ。俺は何も凄くない〕
〔そっちじゃないわよ。よく飽きないわねって話、私ならすぐに強くなったら飽きちゃうからさ〕
〔まぁ確かにもっと手応えを感じたいときはあるけど、みんなを護れるから文句はないよ〕
エルピスが強くなりたい理由は基本的に全てそれだ。
手の届く範囲しか人は守れないとよく言うが、人でないエルピスならば手のひらから先も守れる。
手から溢れ落ちようとする命を助けようとするのも大切なことではあるが、その手の外側にある命を救ってこそ自らの人生を助ける行動にも繋がるとエルピスは信じている。
手の中の物を落としてしまっては本末転倒だが、神である故に、神だからこそ、人の為に何かをなして何かをしなければいけないのだ。
〔一体後どれくらい頑張ればエルピスの背中が見えるのかしら〕
〔魔法使いは大変だよね。その点僕は身体能力さえあればワンチャンス狙えるから楽だよ〕
〔二人ならいつか俺よりも強くなれるよ。俺が保証する〕
エルピスがよく親や尊敬する人物から言われていた言葉だ。
実際のところ言ってしまえば魔神よりも上の魔法操作技術を持つ存在などこの世に居ないし、そしてこれから先も一生現れないのでアウローラに一切勝ち目はない。
だがそれはエルピスがアウローラが強くなる事に協力しなければの話だ。
今でなくともいつかアウローラにはエルピスの変わりに魔神の能力を使ってもらう気でいる、それがいつになるのかは定かではないが、そこに至るまでに彼女がどれほどの高みにたどり着くか、それがエルピスにとっては楽しみである。
最初ができていればその分魔神の称号はいかんなくその力を発揮するのだ。
それから二時間ほど経過しただろうか、最近こう言った黙々とした作業が増えてきた事に嬉しさを感じていると灰猫から終了の号令がかかる。
〔それじゃあそろそろ終わって帰ろうか。僕の方も結構取れたし〕
〔じゃあさっきのところで合流ね〕
二人の会話を聴きながらエルピスも合流地点へと向かっていく。
道中何度か魔物に遭遇はしたものの、エルピスに襲いかかってくる生物は一匹たりとも存在しなかった。
迷宮内において日々を暮らす魔物達は、彼我の実力差を見抜く目に関しては一級品だ。
そんな彼らの目がエルピスと戦ってはいけないと判断し、エルピスも襲ってこない以上殺す必要もないので合流を優先する。
合流地点へと辿り着いてみればアウローラは二袋、灰猫は三袋分の鉱石を手に持っており、どうやら今日の仕事がうまく行ったようだ。
「あれエルピス全然とってきてないね。めちゃくちゃレアな鉱石をいっぱい掘ってると思ったのに」
「ぶっちゃけ私もそう思ってたわ。もしかしなくても手を抜いたでしょ」
「手を抜いたというか、みんなと同じ条件で頑張ってみたんだ。結果はこの通り、なんだか上手くいかないね」
鍛治神の称号を持つエルピスは基本効果の一つとして、鉱石の位置を把握できる能力がある。
これを使えば一晩のうちに蔵いっぱいの希少な鉱石をため込むことだって可能だろうが、それをするのは普段やっていることとなんら変わりない。
今日は自分の働きで頑張って得たお金で、ご飯を食べるのが目的なのだ。
能力を使って大量に掘りまくり大金を稼ぐのは、今回の自らに課した趣旨に反している。
「そう考えてみると、エルピスも私達とそんなに変わらないのね」
「変わらないよ、付与効果さえ取り除けばみんなと同じ」
「その付与効果の差が凄いんだけどね。さて、さっさと換金してご飯食べに行こうか」
灰猫の言葉に同意して、エルピスは迷宮を登っていく。
鉱石の換金は冒険者組合によって行われており、商会でも買い取ってくれないことはないのだがその場合は商会に登録している必要がある。
買取金額は商会の方が高いので商会で売るのが一番利益が多いのだが、とはいえ商会に登録するのは時間も金もかかるから基本的に小遣い稼ぎ程度ならば冒険者組合で終わらせることが多い。
組合にたどり着いてみれば、他の冒険者から意外な顔で見られるのはもちろんエルピスだ。
最上位冒険者がお小遣い稼ぎに鉱石を掘る、それはともすれば一国の王がアルバイトをするよりも冒険者からすれば驚きに当たる。
「それではこちらが本日の代金です」
そう言って手渡された金額は子供のお小遣いよりはマシだが生きていくにはほんの少しばかり厳しい金額で、そうなるとこの値段で生きている人間もまた居るのだろうと思う。
だが金をばら撒いたところで何かが変わるわけでもなく、知らない人間が貧困に喘いでいようとも死なない限りはそれはエルピスの知るところでは無い。
「それじゃあ隣の飲み屋に行きましょ! いっぱい飲むわよー!」
そんな事を考えていたエルピスではあったが、だがどうやらそう言った者達に対する救済措置はしっかりと用意されていたようだった。
冒険者組合の隣にある飲み屋へと入ると、あり得ないほどに低い金額設定で出される料理の数々が見える。
貧困層になればなるほど冒険者になりやすい傾向は知っていたが、どうやらこういった施設の存在がそれに拍車をかけているらしい。
「アウローラ様じゃねぇか! 今日も飲み比べするか!?」
「久しぶりね、私に勝てると思って?」
「おいおいあいつまた倒れるまで飲む気か? この前もぶっ倒れたのに」
「先に救護班呼んでくるわ」
「ビールの貯蔵足りるっけ」
「灰猫さんこの前言われたの用意しておいたよ」
「ありがと」
どうやら話を聞いている限り、灰猫とアウローラはこの店の常連らしい。
カウンターの内の一つに座ると注文をしているわけでも無いのにビールが目の前に置かれ、それに口をつけながら飲み比べを始めているアウローラの姿を見る。
エルピスはアルコールをどれだけ摂取しようと酔う事がないので水と変わらないが、それでも目の前のペースで飲むのは無理だろう。
まさに浴びるように飲むと言う言葉がふさわしい程に飲み続けるアウローラに対し、対戦相手はなんとか必死に食らいつこうとしているようだが鑑定で見る限り持って後4杯といったところか。
頑張ってはいるようだがもうすぐ倒れる事だろう。
「お兄さんもいい飲みっぷりだねぇ! さすがアウローラの連れだよ」
「種族的に効かないからね。この店って何があるの?」
「そうなのかい? この店は何でもあるよ! 上手いもんになればなるほど値段は高くなるけどね!」
メニュー表に書いてある物以外にも料理はあるらしく、確かに周りの客を見てみれば書いていない料理を食べているものも数人は居た。
どうせならばメニューに書いてない商品を頼んでみようと思い、エルピスは今日頑張って得た金をカウンターに全て置く。
「これで食べれる料理でお願い」
「いいよ、ひぃふぅみぃ。これくらいあればお腹いっぱい食べられるわね、店長頼んだわよー!」
「おう! 任せろ!」
受付と料理している人物は別なようで、店の奥の方から聞こえてくる返答を聞きつつエルピスは再び酒を飲む。
半分ほど飲み終えたところでふと視線を前に戻すと、きらきらとした目をしながら先程までエルピスに受付していた店員がこちらを見ていた。
「どうかしましたか?」
「いやなに、珍しいタイプのお客さんなんでね。まぁ珍しいでいえば大貴族の娘さんがこんなところで酒飲んでるのも珍しいけれど、最高位の冒険者が来たのはこの店でも初めてだ」
店内に入るにあたって一応他の人間に威圧感を与えないように隠していた最高位冒険者の証だが、どうやら見えてしまっていたらしい。
他の冒険者の証が地味な色合いなのに対して最高位冒険者の証はどこでとってきたのか黒光りする謎の鉱石でできている。
鑑定によってその鉱石の名前こそ知っているがエルピスの知識の中にはないのでそれがどこで生産されたかは分からない。
「見えましたか」
「そりゃもうバッチリ! 私の目の良さを甘く見ないでね、はいお待ちどうさま」
「ありがとうございます」
出された料理を食べながら、エルピスは今後の予定を考える。
邪神の称号を使ってフィトゥスとフェルが強化できた以上、エキドナも同じく龍神の権能で強化出来るはずだ。
召喚陣から召喚するだけで強くなることは既に証明済ではあるが、龍神の権能を貸せばあれよりもさらに強くなる。
エルピスがエキドナを飼っている事を知っているのは本当に一握りだけなので、隠し球としてはこれ以上ないほどに凶悪なものとして出来上がることだろう。
明後日くらいには全てを終わらせて、次は土精霊のいる場所へと向かおうか、そんな事を考えていると再び話しかけられた。
「食べてるところすまないが一ついいかい? 最高位の冒険者って、どんな気分なんだい? 貴方達は各地にいる冒険者達のトップ、言わば王様。むしろ帝王って言ったほうが良いのかな。国に属さず、力を行使できる貴方達と一回喋ってみたかったのよ」
「どんな気分も何も貴方達と変わりませんよ、ただ強いだけです。それ以上でもそれ以下でもない、そりゃ見下してるやつも中には居るでしょうけど、たとえそいつが弱かったとしてもそいつは自分より弱い奴を見下してますよ。結局そんなもんです」
人の行動は立場によって変わるが、本質は基本的には変わらない。
最高位の冒険者であろうがなかろうが、そうあるべきものはそうあるし、そうでないものは違う事をするだろう。
「意外と面白くないわね。何か面白い話が聞けるかと思ったけど」
「期待に添えなくて残念です」
心底残念と言った風な顔をしながらそう言った店員に対し、エルピスはそれだけ言うと再び料理に手をつける。
冒険者らしくない生活を送っているエルピスに聞かれても少し困る質問だっだが、答えられることは答えたつもりだ。
それからエルピス達が家へと帰ったのは三時間後。
アウローラが店の酒全てを飲み切ってからだった。
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私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
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五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
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もはや文字ですら無かった
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本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。
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