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幼少期:冒険者組合編
檻の中で
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暗い暗い部屋の片隅に、彼女はまるでボロ雑巾の様に投げ捨てられている。
少女の身体には目立った外傷は見られないが服は泥で酷く汚れ、おそらくはサラサラだったであろう髪もひどく痛んでいるように見えた。
医者でなくともわかる様な衰弱状態であり、すぐにでも何らかの処置を必要とするだろう少女。
だがそんな少女を見ても周りの人間は足を止める事もせず、また見向きすらしない。
「お疲れ様。気分はどうかな?」
その理由は簡単な事で、何故ならここが奴隷市場だからだ。
それも四大国の丁度中間地点という奇異な場所だからこそ実現している、街ごと地図にすら記載されていない完全非合法の裏の奴隷市。
またここは四大国合意のもと作られた、奴隷に適用される4つのルールが全て無視される暗黙の地でもある。
奴隷に適用される四つのルールとは以下の様なものである。
①四肢の切断及び眼球などの肉体的脆弱部位への攻撃禁止
②自体の不法投棄
③奴隷を用いての犯罪行為
④洗脳魔法の使用禁止
もちろんそれらは買取主が優遇される様に作られたルールであり奴隷の基本的人権を尊重するものではないが、一番目と三番目の要項に関しては奴隷にも大きな関わりがある。
それが守られていないという事は奴隷としても人権がない様なものだ。
人権を概ね失っていると言って差し支えのない奴隷の人権を機にするのもおかしな話だが、奴隷にとってこの四つのルールは自らを守ってくれる最後の砦なのだ。
失権した王族や故郷から連れ去られた亜人種、娼婦すらまともにこなせなかったものや連れ去られた赤子まで、多種多様な奴隷が日々売られ、そして更なる闇へと消えて行く。
そんな闇より深い闇にいる彼女──エラがここに居る理由は、殺し屋達が主人を殺す為の囮役としてだ。
「いやぁ本当君の主人は怖かったよ、まぁもう終わった話だけど」
「どう…いう……事ですっ!」
魔法の力によって叫ぶことを禁じられ声も出しづらくなっている影響で掠れてしまう声のまま、エラは男が口にしたことの意味を知りたくて無理をしながら喉を絞る。
ほんのりと滲み出す血の匂いは鼻の奥から不快な感覚を植え付け、より一層目の前にいる存在が憎たらしく感じられる。
「おっ? その体で良く起き上がんねぇ。どういう事って言われてもさぁ……聞かない方が良いと思うよ?」
「良いから…ッ話しなさい!」
闘技場にてエルピスがなんとかして貼ってくれた障壁のおかげでいまのいままでエラは無傷で生きてこれたが、食事も貰えなければ水すらも貰っていない。
いくら混霊種が人間よりは頑丈だと言え、出来るだけ体力は残しておきたいところではある。
だが目の前の男が言っている内容は例え声が潰れたとしてもエラにとっては聞いておきたい事だったのだ。
あの時のエルピスの様子は普段のそれとはまた違い少し違和感を感じるところがあった、その違和感の正体を目の前の男が知っているのであればエルピスという人物の考えを少しは読み解ける可能性も生まれる。
「なら言ってあげるよ。お前の主人、あともう少しで共和国盟主殺害容疑で死刑だ。
囮役もそこまで、後は適当な奴に君を売っ払って俺達は仕事に戻るよ」
それがもう既に確定事項であるかのように、目の前の男は笑顔を携えてそう言った。
エルピスの知人なのか控え室で出会った際にはその顔を見て固まっていたエルピス、だがエラからすれば目の前の人物が誰なのか全く分からず、そしてその言葉の意味も理解しがたい。
フェルが共和国の盟主を殺したという情報は、森妖種の国に向かっている間にアルヘオ家経由で伝え聞いていた。
だがその話によると証拠も残らないほどにぐちゃぐちゃにしたので事件にはならないだろうとのことだったのだ。
そこまで考えてエラはようやく理解する、今回の件がアウローラを襲った元共和国盟主のものによるものだと。
あまりにも興味がなかったので聞いていなかったが、この男はそう言えば依頼がどうのと言っていた、わざわざ証拠がないものを無理やりに証拠を作り出し捕まえようとしているのだ。
余程の怨みがあるらしい。
「ああなんだ……っそんな事ですか。せいぜい頑張ってください」
だがそれならばとエラは先ほどまでと同じ様に体力を使わない様身体を床に預け、数秒もすればくうくうと寝息を立て始める。
命が危ないと言われて少し驚いてみれば結局のところはその程度の結末、エラにとってみれば共和国の盟主殺害の容疑などどうでも良い話なのだ。
エルピスが生きてさえいればそれで良い、もし生きているのならばたとえ国に追われることになろうともセラとニルがいる時点でエルピスが死ぬ事はあり得ない。
余裕を見せつけたことで機嫌の悪くなった男の怒鳴り声をBGMにして、エラは深い眠りにつくのだった。
●○○●
エルピス達が街に降り立って早十分。
まるで意図的に分かりづらく作られているような街並みに何度か迷いそうになりながら、エルピスとセラはエラの元へと向かっていた。
道中でいくつかの重要そうな書類を盗み出し調べたところ、この街自体連合国の領土内ではあるものの存在しない街として扱われているらしいという事はエルピス達も把握している。
こういう場所があるから王国でどれだけ奴隷制度を廃止しようとも意味がないのだが、この問題は相当根が深くエルピスがいますぐに手を出してどうこうなる問題でもない。
セラに道案内を頼みつつ進むと、少しして小さな通りに出た。
どこの通りも大概同じような建築になっているが、この通りは一つだけ他と違った点がある。
通りの奥に聳え立つ一際大きな奥の建物だ。
かなり大きな屋敷でどこの国でもよく見られる一般的な建築方法で建てられてはいるものの、なんとなくそこかしこに奴隷達の雰囲気が感じられた。
技能を使えないので魔法による探知ではあるが、権能は使えないと言え魔神のエルピスは自分の魔力に触れる生物の感情をある程度なら読み取ることができるほどの利便性を持つ。
ほぼ間違いなく奴隷はいる事だろう。
「あの建物か。セラ、周辺の奴らは居なくなった?」
「ええ。しかし奴隷は牢屋や鉄格子などに入れられて居るから、エルピスの威圧に怯えて脱出して居るのは少数だけれも」
「奴隷の解放は灰猫に任せたけど一人じゃ時間もかかるだろうし……魔法使ってすぐで悪いけど、〈悪魔召喚〉と〈天使召喚〉代わりに起動して貰える?」
「分かったわ」
この街に入ってすぐに精神系統に作用する魔法をセラに使用してもらっていたので周りに人影はなく、残った人間を救出する為にもエルピスはセラに自身の代わりに〈技能〉を使用してもらう。
セラがそれを了承し、両手を空に掲げながらおもむろに技能を発動すると、セラの手の先に魔法陣が現れそれは段階に分かれながら肥大化し、徐々に範囲を広げていく。
そして魔法陣が空を覆わんばかりのサイズになった頃、数百にも及ぶほどの悪魔と天使が空を埋め尽くさんばかりに現れる。
スキルの構成などはかなり昔に書物で見ただけなのでそれが正確であるとはお世辞にも言えないが、目の前の悪魔や天使達からは平均して特異級には分類されるであろう力を感じる。
灰猫が一体一ならば普通に勝てる程度の強さ、というと分かりやすいだろうか。
だが一部からは土地神級の気配もありどうやらフェル程では無いが、多少は戦闘に特化した悪魔やそれに比肩する天使もいるらしい。
「お呼びですか創生神様。──これはムリエル様! お久しぶりでございます」
「いまの私の名前はセラ。そして創生神様の今のお名前はエルピスよ。次間違えたら……分かってるわね?」
「も、申し訳ございません!!」
先頭に立って居た天使はどうやらセラの知り合いだったようだが、セラのあまり触れてはいけない部分に触れたようで、怒りの感情をあらわにするセラを前にして冷や汗を垂らしながらただ首を垂れるばかりである。
触らぬ神に祟りなしと言うし、天使は自分にとってはよくわからない存在だからと投げ捨てたエルピスは、天使の方はセラに任せる事にする。
「邪神様。お呼びでしょうか? 我等一同どの様なお仕事でもさせていただきます」
「じゃあ最初の命令。周辺に居る奴隷を助けてきて。過去に犯罪歴が会ったり、心の中が黒い奴はそのまま置いてきて良いから」
「了解しました」
エルピスが命令した事を即座に理解してそのまま飛び立って行く悪魔は、やはりこう言う事態に慣れて居るのだろう。
天使は未だにセラのご機嫌取りしてるから、一人としてまだ仕事に取り掛かっていない。
これは契約優先の悪魔と、関係優先の天使という種族としての性質上、仕方ない事だとは思うが。
エルピスとしてはすぐに動いてくれる悪魔達の方が嬉しい。
「貴方達も早く行きなさい。間違っても悪魔達を殺したらダメよ?」
「はい、もちろんです!!」
「あと分かってると思うけど、悪魔達に負けるような、もっと言えば悪魔達の足を引っ張るような事があれば、どうなるか分かるわね?」
「ひっひぃぃぃ!!」
「ぐ、具体的には…」
「1000年の減給100%、私との一対一、説教の三点セットよ、嫌ならとっとと行ってきなさい」
セラにそう言われて蜘蛛の子を散らす様に飛び立って行く天使達を憐れみながらも、エルピスは全魔力を解放し油断なく身構える。
身体中を巡る魔力は身体の隅々まで行き渡り、そして身体能力をを飛躍的に向上させていく。
技能がろくに使えない今だからこそ、こういう一見地味な行動が戦闘において重要な要素になり得るのはニルやセラとの訓練で痛いほどに実感できている。
「では行きましょうか。アウローラの準備も終わった様ですし」
「そうだな」
既に街を囲う城壁の上に居るアウローラを視認してから、エルピスは建物へと向かってゆっくりと歩き出す。
その足取りに迷いはない。
●○○○
「サウルさん! 敵襲です!! 奴らが乗り込んできました!!」
執務室のドアを乱暴に開けながら飛び込んで来た配下の男を見ながら、サウルと呼ばれた金髪のエルフは待ってましたとばかりに椅子から跳ねる様にして立ち上がり、近くにあった武器を手に取る。
本来なら執務を行うこの場所に、何故刃物があるのか。
その問いに対して彼女が返す言葉が有るとすればただ一つ、"必要だから"だろう。
彼女は裏切るのが好きだ。いたぶるのが好きだ。殺すのが好きだ。
そして彼女が最も好きで好きで大好きで、その為なら家族や友達。はたまた自分すら犠牲になろうとなんとも思わないもの。
それは復讐の色に染まり、思考すら消し去るほどの怒りに囚われた哀れな生き物を殺す事。
それが彼女の生きる意義であり、意味だ。
そして今日は天使と龍の子が、それ以上の怒りに染まって彼女の元にやってくる。
残念な事に龍の子は異世界人達に取られてしまうが、天使だけでも頂けるのは十二分に嬉しい。
それも下級の雑魚ではなく、土地神級。もしかしたら災害級かもしれない程の大物が、天使に最も相応しくない怒りの感情で染まっていて、しかもそれは自分を殺す為にだけわざわざ遠いところからやってくる。
一体どんな顔で、どんな性格で、どんな声で鳴くのだろうか。
ああ、すっごく楽しみだ、その顔が歪むのが。
「報告ありがとう。取り敢えずは貴方達で行って来なさい、あ! 殺しちゃダメよ?」
「了解しました」
自らが殺した者達の骨を集めて作られた装備で彼女は身を包みながら、手下に足止めを命じる。
その命令を素直に受け付け、なんの文句も言わない道具に喜びながら彼女は外から聞こえる爆音と怒号。
そして悲痛の叫びで彩られた人の悲鳴を聞いて、歓喜に身を震わせるのだ。
「さて、そろそろ私も行くとしましょうか」
足取り軽く部屋を出る彼女と、天使の距離は直線距離にすればそう遠くない。
邪魔とばかりに壁を壊しながら天使の元に向かう彼女は、声高に告げる。
「ほらぁ! 私を殺しに来なさい!!」
徐々に高揚感を増して行く彼女の身体が、戦闘までもう間も無くだと告げる。
いつにないほどの興奮、武者震いが止まらず体の芯が熱くなっていくのを感じる。
その感覚に浸りながら彼女は足取り軽く天使の元へと向かうのだった。
それが自らの死地だとも知らずに。
少女の身体には目立った外傷は見られないが服は泥で酷く汚れ、おそらくはサラサラだったであろう髪もひどく痛んでいるように見えた。
医者でなくともわかる様な衰弱状態であり、すぐにでも何らかの処置を必要とするだろう少女。
だがそんな少女を見ても周りの人間は足を止める事もせず、また見向きすらしない。
「お疲れ様。気分はどうかな?」
その理由は簡単な事で、何故ならここが奴隷市場だからだ。
それも四大国の丁度中間地点という奇異な場所だからこそ実現している、街ごと地図にすら記載されていない完全非合法の裏の奴隷市。
またここは四大国合意のもと作られた、奴隷に適用される4つのルールが全て無視される暗黙の地でもある。
奴隷に適用される四つのルールとは以下の様なものである。
①四肢の切断及び眼球などの肉体的脆弱部位への攻撃禁止
②自体の不法投棄
③奴隷を用いての犯罪行為
④洗脳魔法の使用禁止
もちろんそれらは買取主が優遇される様に作られたルールであり奴隷の基本的人権を尊重するものではないが、一番目と三番目の要項に関しては奴隷にも大きな関わりがある。
それが守られていないという事は奴隷としても人権がない様なものだ。
人権を概ね失っていると言って差し支えのない奴隷の人権を機にするのもおかしな話だが、奴隷にとってこの四つのルールは自らを守ってくれる最後の砦なのだ。
失権した王族や故郷から連れ去られた亜人種、娼婦すらまともにこなせなかったものや連れ去られた赤子まで、多種多様な奴隷が日々売られ、そして更なる闇へと消えて行く。
そんな闇より深い闇にいる彼女──エラがここに居る理由は、殺し屋達が主人を殺す為の囮役としてだ。
「いやぁ本当君の主人は怖かったよ、まぁもう終わった話だけど」
「どう…いう……事ですっ!」
魔法の力によって叫ぶことを禁じられ声も出しづらくなっている影響で掠れてしまう声のまま、エラは男が口にしたことの意味を知りたくて無理をしながら喉を絞る。
ほんのりと滲み出す血の匂いは鼻の奥から不快な感覚を植え付け、より一層目の前にいる存在が憎たらしく感じられる。
「おっ? その体で良く起き上がんねぇ。どういう事って言われてもさぁ……聞かない方が良いと思うよ?」
「良いから…ッ話しなさい!」
闘技場にてエルピスがなんとかして貼ってくれた障壁のおかげでいまのいままでエラは無傷で生きてこれたが、食事も貰えなければ水すらも貰っていない。
いくら混霊種が人間よりは頑丈だと言え、出来るだけ体力は残しておきたいところではある。
だが目の前の男が言っている内容は例え声が潰れたとしてもエラにとっては聞いておきたい事だったのだ。
あの時のエルピスの様子は普段のそれとはまた違い少し違和感を感じるところがあった、その違和感の正体を目の前の男が知っているのであればエルピスという人物の考えを少しは読み解ける可能性も生まれる。
「なら言ってあげるよ。お前の主人、あともう少しで共和国盟主殺害容疑で死刑だ。
囮役もそこまで、後は適当な奴に君を売っ払って俺達は仕事に戻るよ」
それがもう既に確定事項であるかのように、目の前の男は笑顔を携えてそう言った。
エルピスの知人なのか控え室で出会った際にはその顔を見て固まっていたエルピス、だがエラからすれば目の前の人物が誰なのか全く分からず、そしてその言葉の意味も理解しがたい。
フェルが共和国の盟主を殺したという情報は、森妖種の国に向かっている間にアルヘオ家経由で伝え聞いていた。
だがその話によると証拠も残らないほどにぐちゃぐちゃにしたので事件にはならないだろうとのことだったのだ。
そこまで考えてエラはようやく理解する、今回の件がアウローラを襲った元共和国盟主のものによるものだと。
あまりにも興味がなかったので聞いていなかったが、この男はそう言えば依頼がどうのと言っていた、わざわざ証拠がないものを無理やりに証拠を作り出し捕まえようとしているのだ。
余程の怨みがあるらしい。
「ああなんだ……っそんな事ですか。せいぜい頑張ってください」
だがそれならばとエラは先ほどまでと同じ様に体力を使わない様身体を床に預け、数秒もすればくうくうと寝息を立て始める。
命が危ないと言われて少し驚いてみれば結局のところはその程度の結末、エラにとってみれば共和国の盟主殺害の容疑などどうでも良い話なのだ。
エルピスが生きてさえいればそれで良い、もし生きているのならばたとえ国に追われることになろうともセラとニルがいる時点でエルピスが死ぬ事はあり得ない。
余裕を見せつけたことで機嫌の悪くなった男の怒鳴り声をBGMにして、エラは深い眠りにつくのだった。
●○○●
エルピス達が街に降り立って早十分。
まるで意図的に分かりづらく作られているような街並みに何度か迷いそうになりながら、エルピスとセラはエラの元へと向かっていた。
道中でいくつかの重要そうな書類を盗み出し調べたところ、この街自体連合国の領土内ではあるものの存在しない街として扱われているらしいという事はエルピス達も把握している。
こういう場所があるから王国でどれだけ奴隷制度を廃止しようとも意味がないのだが、この問題は相当根が深くエルピスがいますぐに手を出してどうこうなる問題でもない。
セラに道案内を頼みつつ進むと、少しして小さな通りに出た。
どこの通りも大概同じような建築になっているが、この通りは一つだけ他と違った点がある。
通りの奥に聳え立つ一際大きな奥の建物だ。
かなり大きな屋敷でどこの国でもよく見られる一般的な建築方法で建てられてはいるものの、なんとなくそこかしこに奴隷達の雰囲気が感じられた。
技能を使えないので魔法による探知ではあるが、権能は使えないと言え魔神のエルピスは自分の魔力に触れる生物の感情をある程度なら読み取ることができるほどの利便性を持つ。
ほぼ間違いなく奴隷はいる事だろう。
「あの建物か。セラ、周辺の奴らは居なくなった?」
「ええ。しかし奴隷は牢屋や鉄格子などに入れられて居るから、エルピスの威圧に怯えて脱出して居るのは少数だけれも」
「奴隷の解放は灰猫に任せたけど一人じゃ時間もかかるだろうし……魔法使ってすぐで悪いけど、〈悪魔召喚〉と〈天使召喚〉代わりに起動して貰える?」
「分かったわ」
この街に入ってすぐに精神系統に作用する魔法をセラに使用してもらっていたので周りに人影はなく、残った人間を救出する為にもエルピスはセラに自身の代わりに〈技能〉を使用してもらう。
セラがそれを了承し、両手を空に掲げながらおもむろに技能を発動すると、セラの手の先に魔法陣が現れそれは段階に分かれながら肥大化し、徐々に範囲を広げていく。
そして魔法陣が空を覆わんばかりのサイズになった頃、数百にも及ぶほどの悪魔と天使が空を埋め尽くさんばかりに現れる。
スキルの構成などはかなり昔に書物で見ただけなのでそれが正確であるとはお世辞にも言えないが、目の前の悪魔や天使達からは平均して特異級には分類されるであろう力を感じる。
灰猫が一体一ならば普通に勝てる程度の強さ、というと分かりやすいだろうか。
だが一部からは土地神級の気配もありどうやらフェル程では無いが、多少は戦闘に特化した悪魔やそれに比肩する天使もいるらしい。
「お呼びですか創生神様。──これはムリエル様! お久しぶりでございます」
「いまの私の名前はセラ。そして創生神様の今のお名前はエルピスよ。次間違えたら……分かってるわね?」
「も、申し訳ございません!!」
先頭に立って居た天使はどうやらセラの知り合いだったようだが、セラのあまり触れてはいけない部分に触れたようで、怒りの感情をあらわにするセラを前にして冷や汗を垂らしながらただ首を垂れるばかりである。
触らぬ神に祟りなしと言うし、天使は自分にとってはよくわからない存在だからと投げ捨てたエルピスは、天使の方はセラに任せる事にする。
「邪神様。お呼びでしょうか? 我等一同どの様なお仕事でもさせていただきます」
「じゃあ最初の命令。周辺に居る奴隷を助けてきて。過去に犯罪歴が会ったり、心の中が黒い奴はそのまま置いてきて良いから」
「了解しました」
エルピスが命令した事を即座に理解してそのまま飛び立って行く悪魔は、やはりこう言う事態に慣れて居るのだろう。
天使は未だにセラのご機嫌取りしてるから、一人としてまだ仕事に取り掛かっていない。
これは契約優先の悪魔と、関係優先の天使という種族としての性質上、仕方ない事だとは思うが。
エルピスとしてはすぐに動いてくれる悪魔達の方が嬉しい。
「貴方達も早く行きなさい。間違っても悪魔達を殺したらダメよ?」
「はい、もちろんです!!」
「あと分かってると思うけど、悪魔達に負けるような、もっと言えば悪魔達の足を引っ張るような事があれば、どうなるか分かるわね?」
「ひっひぃぃぃ!!」
「ぐ、具体的には…」
「1000年の減給100%、私との一対一、説教の三点セットよ、嫌ならとっとと行ってきなさい」
セラにそう言われて蜘蛛の子を散らす様に飛び立って行く天使達を憐れみながらも、エルピスは全魔力を解放し油断なく身構える。
身体中を巡る魔力は身体の隅々まで行き渡り、そして身体能力をを飛躍的に向上させていく。
技能がろくに使えない今だからこそ、こういう一見地味な行動が戦闘において重要な要素になり得るのはニルやセラとの訓練で痛いほどに実感できている。
「では行きましょうか。アウローラの準備も終わった様ですし」
「そうだな」
既に街を囲う城壁の上に居るアウローラを視認してから、エルピスは建物へと向かってゆっくりと歩き出す。
その足取りに迷いはない。
●○○○
「サウルさん! 敵襲です!! 奴らが乗り込んできました!!」
執務室のドアを乱暴に開けながら飛び込んで来た配下の男を見ながら、サウルと呼ばれた金髪のエルフは待ってましたとばかりに椅子から跳ねる様にして立ち上がり、近くにあった武器を手に取る。
本来なら執務を行うこの場所に、何故刃物があるのか。
その問いに対して彼女が返す言葉が有るとすればただ一つ、"必要だから"だろう。
彼女は裏切るのが好きだ。いたぶるのが好きだ。殺すのが好きだ。
そして彼女が最も好きで好きで大好きで、その為なら家族や友達。はたまた自分すら犠牲になろうとなんとも思わないもの。
それは復讐の色に染まり、思考すら消し去るほどの怒りに囚われた哀れな生き物を殺す事。
それが彼女の生きる意義であり、意味だ。
そして今日は天使と龍の子が、それ以上の怒りに染まって彼女の元にやってくる。
残念な事に龍の子は異世界人達に取られてしまうが、天使だけでも頂けるのは十二分に嬉しい。
それも下級の雑魚ではなく、土地神級。もしかしたら災害級かもしれない程の大物が、天使に最も相応しくない怒りの感情で染まっていて、しかもそれは自分を殺す為にだけわざわざ遠いところからやってくる。
一体どんな顔で、どんな性格で、どんな声で鳴くのだろうか。
ああ、すっごく楽しみだ、その顔が歪むのが。
「報告ありがとう。取り敢えずは貴方達で行って来なさい、あ! 殺しちゃダメよ?」
「了解しました」
自らが殺した者達の骨を集めて作られた装備で彼女は身を包みながら、手下に足止めを命じる。
その命令を素直に受け付け、なんの文句も言わない道具に喜びながら彼女は外から聞こえる爆音と怒号。
そして悲痛の叫びで彩られた人の悲鳴を聞いて、歓喜に身を震わせるのだ。
「さて、そろそろ私も行くとしましょうか」
足取り軽く部屋を出る彼女と、天使の距離は直線距離にすればそう遠くない。
邪魔とばかりに壁を壊しながら天使の元に向かう彼女は、声高に告げる。
「ほらぁ! 私を殺しに来なさい!!」
徐々に高揚感を増して行く彼女の身体が、戦闘までもう間も無くだと告げる。
いつにないほどの興奮、武者震いが止まらず体の芯が熱くなっていくのを感じる。
その感覚に浸りながら彼女は足取り軽く天使の元へと向かうのだった。
それが自らの死地だとも知らずに。
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