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幼少期:冒険者組合編
クエスト
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ーーアウローラ達が山の中に入って、既に一時間が経とうとしていた。
辺りは十数メートルはある木々に囲まれ、気配察知の技能を持っていない者では自分の現在位置がどこかすら分からなくなるような状況。
幸いな事に灰猫が上手く獣道を通っているおかげでそこまで木々は進路の邪魔にはならないが、逆に言えばそれだけ魔物や動物と遭遇する確率も高いという事だ。
一歩一歩緊張しながら、アウローラ達はどこから敵が来るのか身構えつつゆっくりと進む。
「疲れるわね森の中って。普段どれだけエルピスに頼ってるのかよくわかるわ」
「気配察知だけで全部わかればいいんだけど合成獣は気配隠して行動するから、気配察知だとどこにいるかわからないし。エルピスはどうやってその辺解決してるんだろ」
「フェルならその辺分かるんじゃないの?」
「正確にはわかりませんがおそらくエルピスさんが使っているのは気配察知じゃないですね。正確性、効果範囲、どれをとっても技能の範囲を超えています」
街の方向を見つめながら、フェルは心酔しきった顔でそう言う。
理由としては数十分前に森霊種の首都を中心として発生した超広範囲の探知技能、エルピスの〈神域〉だ。
契約者であり邪神であるエルピスの能力使用は、たとえフェルがどこにいようともその効果、範囲を知ることができる。
先程の能力使用は条件指定型の気配察知だったのだが、その効果範囲の広大さは気配を探ることに関しては天使よりも秀でている悪魔のフェルをして驚愕してしまうほどだった。
おそらく神に関係する能力なのだろうと目星はついているが、主人であるエルピスが公表しない間はフェルも誰に言うつもりはないので、アウローラにたいしては核心に触れない程度にこたえておく。
「私もそういう能力あればな……。一応 特殊技能はあるけどそういう効果じゃないし」
「アウローラ 特殊技能もってるの!?」
「あれ言ってなかったっけ?」
「初耳だよ、僕と一緒で持ってないと思ってたのに」
「使えないから持ってないのと一緒よ。指導者・魅了・ステータス開示、全部ほかの人がいないとろくに使えないし」
「魅惑や指導者は戦闘に仕えるような気もきもしますが、調べてみましょうか?」
「フェルも調べられるの?」
「誰と比べているかわかりませんが、天使と悪魔はその人物の可能性を見極めることができますよーーはい、何でしょうか?」
会話の途中にいきなりフェルが手を耳に当てたかと思うと、まるでだれかから喋りかけられているように返事をしている。
どうやら会話の相手はエルピスらしく、数秒してからアウローラ達にも声が聞こえてくるようになる。
エルピスがいま使用している魔法は戦術魔法と呼ばれるものだが、普通はこのように見えてもいない相手にいきなり連絡したりすることはできない。
本来は目視できる範囲内にいる相手に対して相手の同意があって初めて使用できる魔法だ、こんな町から離れた場所にいる相手に対して無理やりつなげられるような魔法ではない。
〔あんたやっぱり規格外よね〕
〔--ん? 何が?〕
〔別にそれほど重要な事じゃないからいいわよ。それでどうしたの?〕
〔宿の確保とか終わったからエラをそっちに送ろうと思ってさ。フェルに転移用の門を作ってもらってる〕
そう言われてアウローラが視線をフェルの方に移すと、いつのまにかフェルの目の前に縦3メートル横2メートルほどの門が現れていた。
使用されている魔力量などから考えて、かなり高度の転移系魔法なのだろう。
〔門開けるからちょっと離れてて〕
そのエルピスの言葉と共にフェルが作った扉がゆっくりと開き、門の中に吸い込まれるようにして突風が吹き荒れる。
少しして風が落ち着くと、門の向こう側に森霊種の街並みが見えた。
門と門を次元をねじ曲げてそれを魔力で無理やり安定かさせているのだろうが、はっきり言って正気の沙汰ではない。
消費される魔力の量、削られる精神を考えると、人間が行える所業ではない。
フェルのサポートがあるであろうとはいえ、そんな魔法を簡単に行えるエルピスはアウローラからすれば憧れの象徴だ。
「ちょっとぶり。こっちは合成獣と飛龍と盗賊の討伐だよね?」
「ええ、というかこの門開けっぱなしでいいの? 疲れない?」
「まぁこれくらいなら大丈夫。合成獣の居場所は……ここからまだちょっと先だね、もしかしたら飛龍と同時戦闘になるかも、気をつけてね」
「遅れて申し訳ありませんでしたみなさん、ここから先は私も参加させてもらいます」
「飛龍も合成獣も強いと思うけど頑張ってね。フェル、頼んだよ」
「任せてください」
それだけ言ってエルピスは、門の向こう側へと消えていく。
気配察知の能力に差がある事は分かっていたとはいえ、アウローラ達が一時間以上かけて探していた物をあんな魔法を使いながら片手間に見つけられてしまうのだ、少々げんなりしてしまうのも無理はないだろう。
かつてエルピスに言った私達も頼ってという言葉は、ただのお節介だったのでは? 彼ならば一人でなんとかなるのでは? そう思いたくなる気持ちを押し殺し、アウローラは頬を叩き気持ちを切り替える。
力の差があるのは承知の上だ、彼の邪魔にならないように強くなる方法はあるはず、それに同じくらい強くなる必要はない。
彼を支えられる力さえあればいいのだ。
「じゃあ合成獣の方から先に倒しちゃいましょうか」
その為にも今できるのはこの依頼を迅速に終わらせる事だ。
ここから更に歩くのは疲労が溜まるし、それにエルピスが言っていた通りだと飛龍との混戦になる可能性もある。
ならば敵にこちらに来て貰えばいいだけの事だ。
依頼書には山に山菜搾取に行った森霊種が襲われたとあった、縄張りに侵入されたから襲ったのか、それとも森霊種相手だから襲ったのか、状況は二つに一つだが、縄張りに入って襲われたのだとしたら、もうそろそろアウローラ達も襲われてもおかしくはない。
だがエルピスがそれなりに距離があると言ったという事は、別に縄張り意識があって襲っているようではないと考えられる。
見た目としては虎の顔に蛇の尾、鷹の翼が生えていたという事なので肉食である事は容易に想像がついた。
つまり森霊種達を襲ったのは単に食料目的、腹が空いていたからだと考えられる。
「どうするの? ここからまだあるらしいけど」
「肉を焼く、今日は風も軽く吹いてるし匂いでここまで来るはずよ」
「アウローラ様、それでは飛龍もやってきませんか?」
「飛龍は牛、豚あと人間とかそういう肉は好んで食べるけど、蛇とか鶏とかはあんまり好きじゃないのよ。それを利用しておびき寄せるの」
「なるほど、そう言えばそんな特性もありましたね」
納得したとばかりにそう言ったのはフェル。
強者は飛龍だろうが合成獣だろうがまとめて倒せるので、いちいちそんな事は考えたりしないのだろう。
だが弱者であるアウローラは弱者故に強者にはない考え方がある。
気配察知を使い蛇を探して捕まえると、小さく火を起こしてその肉を焼いていく。
「ーーアウローラの読み道理、どうやらこっちに向かってきていますね。飛龍は来ていないようです、さすがですね」
「こんなちっちゃい蛇で反応するか不安だったけど良かったわ。エラってトラップとか作るの得意?」
「得意も得意です、任せてください! どういったトラップで?」
「ワイヤートラップと出来たら毒も」
「了解しました」
さすがエルピスのそば付きなだけあって驚くほどに有能なエラに罠に関しては全てを投げて、アウローラは魔法の詠唱を開始する。
エルピスのように高位の魔法を無詠唱で使用できるのはほんの一握り、無詠唱とはアウローラの師であるマギアですらも行えない魔法の奥義の一つなのだ。
「そろそろ来ますよ。五、四、三、二、一」
「グゥロロァッァァッッツ!!」
「食らえ〈真空刃〉!」
鼓膜が破れそうなほどの声を上げながら飛び込んできた合成獣に向かって、アウローラは無属性魔法である真空刃を振り下ろす。
アウローラの手の周りを無属性の魔力が覆い、振り下ろされる事でそれは全てを切り裂く刃となる。
ワイヤートラップによって身体を止められた合成獣は真空刃によって頭部を切り落とされ、残るは尻尾のみとなる。
合成獣はその特性上、頭が切り落とされるだけでは死に至らない。
尻尾の蛇まで殺してようやく終わるのだ。
「ーーフッ!」
小さく呼吸したエラが渾身の一撃を込めて小刀を振り下ろすと、その小刀の刀身に見合わないほどの切れ込みが尻尾に入る。
身体の半分ほどが切られ瀕死の蛇は、最後の嫌がらせとばかりに攻撃してきたエラにその牙を剥くが灰猫がそれを許さない。
「よーいしょっと!」
振り下ろされた剣は綺麗に合成獣の体から蛇を切り落とし、その生命活動を停止させる。
後に残ったのは小さな魔石と、先ほどまでの激戦でなぎ倒された木々だ。
一見簡単に倒したように見えるが、急ごしらえとは言え罠まで仕掛けてこれだ、もし真っ正面から戦っていたらと思うと冷や汗が流れるのを感じる。
「討伐完了ですね、次は飛龍です。頑張っていきましょう」
「ひ、飛龍…もうなんかやり切った感あるんだけど」
「依頼は依頼ですから。距離もそんなに遠くないですしとっとと終わらせましょう」
アウローラが日に撃てる戦術級魔法の量は2発。
先ほど使った真空刃は超位なのでまだまだ魔力は残っているが、飛龍を相手にするとなると心許なさはあるが仕方ない。
戦術級魔法を使用しても倒れてくれるとは限らないし、手負いの飛龍は凶暴性が増すので倒すなら全力でやる必要がある。
口では文句を言いながらも、アウローラは再び体内で魔力を貯めていく。
ーーそれから少しして、山の間にできた谷にアウローラ達は来ていた。
飛龍がいる場所は基本的に山の天辺か入り組んだ場所であり、今回依頼内容にあった飛龍は入り組んだ場所にいるタイプの飛龍だった。
「えっと、、あそこにいますね。姿は見えませんけど多分叩けば出てきますよ」
「なら私が今ある魔力の半分かけてあそこ吹き飛ばすから、後の援護はお願い」
「大丈夫? そんな大規模な魔法使用して。動けなくなったら助けられるか分からないよ?」
「多分ギリギリ動けるはず、最悪フェルに助けてもらうわ」
「お任せください」
連戦になる為動ける保証はないが、自分より圧倒的に強いフェルがいるのだ。信用して魔法を撃つ。
魔法使用時に杖を使用しなくなったのは一体いつからか、エルピスの見様見真似で始めたこの魔法詠唱の仕方は、いつの間にかアウローラにとって最もやりやすい詠唱の仕方になっていた。
いつも通りの詠唱をいつも通りの雰囲気で、体内を流れる魔力を実感しながら破壊のイメージを頭に浮かべる。
「戦術級魔法〈虚空〉」
本来なら得意属性ではない空間系魔法を使用したくはなかったのだが、飛龍に対して最も有効打になり得る魔法がこれなのだから仕方がない。
アウローラの能力によって作り出された虚空は洞窟内にてその力を十分に振るい、睡眠していた飛龍の翼の役八割を抉り取る。
声にならない叫び声と共に洞窟から飛び出してきた飛龍は見るも無残な姿になっており、戦術級魔法を一生物に向かって使用したのだからその結果はわかっていたのだが少々惨さはある。
だがこれは命のやりとりだ、相手に対して情けをかけている余裕などない。
「ガァァァァァァアアッッツ!!」
アウローラ達がこちらに居ることに気づいた飛龍は、羽をもがれた恨みたっぷりにこちらへと向かって突撃してくる。
飛龍だけでなく龍種は魔力を使用して空を飛ぶので、翼の大部分が損傷したところで空は飛べるのだ。
一直線でこちらに向かってくる飛龍に対して灰猫とエラが先頭に出ると、フェルとアウローラは一歩離れた場所から戦闘に参加する。
「このっ! 早く死ね!」
「あったまいたいけど嫌がらせくらいなら出来るわよ。王国式軍魔法〈弓乃天!〉
「アウローラ様、無理はしないように! 止めです!」
戦術級魔法に続いて王国式の軍用魔法を使用し、アウローラは立っていられないほどの脱力感に襲われる。
だがそれと同時にその魔法によって隙が生まれた飛龍にエラが渾身の一撃を叩き込む。
それでも決定打にはなりかねるが、勝負の大まかな流れはこれで決定した、誰も怪我を負うことなく終わるだろう。
その予測は正しく、そこから十数分の時間をかけて、飛龍は徐々に弱っていきついには灰猫によってその首を落とされる。
「疲れた……まだ盗賊もいるんだっけ?」
「魔力を分けましょう、少しは症状が楽になるはずです」
「ありがと。一時間くらい休んだら行きましょうか、そろそろ日も落ちるし盗賊達も動き始める時間帯になるでしょうし」
「一旦お疲れ様、休憩しよう!」
崖の間に落ちていくようにして沈む太陽を眺めながら、アウローラは今日1日の成果を振り返る。
合成獣の討伐に飛龍退治、金剛石級のクエストを二回連続でこなした疲労は半端ではなく、アウローラ達は倒れるようにして地面に寝転ぶ。
まだ盗賊退治が残っていると考えると億劫ではあるが、前二匹に比べればそこまで実力はないだろうと思われる。
それよりも大切なのは果たしてアウローラに人が殺せるかということだが、今のアウローラにはそれが考えられるほどの余裕はない。
荒ぶる息を押し付けようと必死に呼吸を整えながら、アウローラは今日初めて思考を先送りにするのだった。
辺りは十数メートルはある木々に囲まれ、気配察知の技能を持っていない者では自分の現在位置がどこかすら分からなくなるような状況。
幸いな事に灰猫が上手く獣道を通っているおかげでそこまで木々は進路の邪魔にはならないが、逆に言えばそれだけ魔物や動物と遭遇する確率も高いという事だ。
一歩一歩緊張しながら、アウローラ達はどこから敵が来るのか身構えつつゆっくりと進む。
「疲れるわね森の中って。普段どれだけエルピスに頼ってるのかよくわかるわ」
「気配察知だけで全部わかればいいんだけど合成獣は気配隠して行動するから、気配察知だとどこにいるかわからないし。エルピスはどうやってその辺解決してるんだろ」
「フェルならその辺分かるんじゃないの?」
「正確にはわかりませんがおそらくエルピスさんが使っているのは気配察知じゃないですね。正確性、効果範囲、どれをとっても技能の範囲を超えています」
街の方向を見つめながら、フェルは心酔しきった顔でそう言う。
理由としては数十分前に森霊種の首都を中心として発生した超広範囲の探知技能、エルピスの〈神域〉だ。
契約者であり邪神であるエルピスの能力使用は、たとえフェルがどこにいようともその効果、範囲を知ることができる。
先程の能力使用は条件指定型の気配察知だったのだが、その効果範囲の広大さは気配を探ることに関しては天使よりも秀でている悪魔のフェルをして驚愕してしまうほどだった。
おそらく神に関係する能力なのだろうと目星はついているが、主人であるエルピスが公表しない間はフェルも誰に言うつもりはないので、アウローラにたいしては核心に触れない程度にこたえておく。
「私もそういう能力あればな……。一応 特殊技能はあるけどそういう効果じゃないし」
「アウローラ 特殊技能もってるの!?」
「あれ言ってなかったっけ?」
「初耳だよ、僕と一緒で持ってないと思ってたのに」
「使えないから持ってないのと一緒よ。指導者・魅了・ステータス開示、全部ほかの人がいないとろくに使えないし」
「魅惑や指導者は戦闘に仕えるような気もきもしますが、調べてみましょうか?」
「フェルも調べられるの?」
「誰と比べているかわかりませんが、天使と悪魔はその人物の可能性を見極めることができますよーーはい、何でしょうか?」
会話の途中にいきなりフェルが手を耳に当てたかと思うと、まるでだれかから喋りかけられているように返事をしている。
どうやら会話の相手はエルピスらしく、数秒してからアウローラ達にも声が聞こえてくるようになる。
エルピスがいま使用している魔法は戦術魔法と呼ばれるものだが、普通はこのように見えてもいない相手にいきなり連絡したりすることはできない。
本来は目視できる範囲内にいる相手に対して相手の同意があって初めて使用できる魔法だ、こんな町から離れた場所にいる相手に対して無理やりつなげられるような魔法ではない。
〔あんたやっぱり規格外よね〕
〔--ん? 何が?〕
〔別にそれほど重要な事じゃないからいいわよ。それでどうしたの?〕
〔宿の確保とか終わったからエラをそっちに送ろうと思ってさ。フェルに転移用の門を作ってもらってる〕
そう言われてアウローラが視線をフェルの方に移すと、いつのまにかフェルの目の前に縦3メートル横2メートルほどの門が現れていた。
使用されている魔力量などから考えて、かなり高度の転移系魔法なのだろう。
〔門開けるからちょっと離れてて〕
そのエルピスの言葉と共にフェルが作った扉がゆっくりと開き、門の中に吸い込まれるようにして突風が吹き荒れる。
少しして風が落ち着くと、門の向こう側に森霊種の街並みが見えた。
門と門を次元をねじ曲げてそれを魔力で無理やり安定かさせているのだろうが、はっきり言って正気の沙汰ではない。
消費される魔力の量、削られる精神を考えると、人間が行える所業ではない。
フェルのサポートがあるであろうとはいえ、そんな魔法を簡単に行えるエルピスはアウローラからすれば憧れの象徴だ。
「ちょっとぶり。こっちは合成獣と飛龍と盗賊の討伐だよね?」
「ええ、というかこの門開けっぱなしでいいの? 疲れない?」
「まぁこれくらいなら大丈夫。合成獣の居場所は……ここからまだちょっと先だね、もしかしたら飛龍と同時戦闘になるかも、気をつけてね」
「遅れて申し訳ありませんでしたみなさん、ここから先は私も参加させてもらいます」
「飛龍も合成獣も強いと思うけど頑張ってね。フェル、頼んだよ」
「任せてください」
それだけ言ってエルピスは、門の向こう側へと消えていく。
気配察知の能力に差がある事は分かっていたとはいえ、アウローラ達が一時間以上かけて探していた物をあんな魔法を使いながら片手間に見つけられてしまうのだ、少々げんなりしてしまうのも無理はないだろう。
かつてエルピスに言った私達も頼ってという言葉は、ただのお節介だったのでは? 彼ならば一人でなんとかなるのでは? そう思いたくなる気持ちを押し殺し、アウローラは頬を叩き気持ちを切り替える。
力の差があるのは承知の上だ、彼の邪魔にならないように強くなる方法はあるはず、それに同じくらい強くなる必要はない。
彼を支えられる力さえあればいいのだ。
「じゃあ合成獣の方から先に倒しちゃいましょうか」
その為にも今できるのはこの依頼を迅速に終わらせる事だ。
ここから更に歩くのは疲労が溜まるし、それにエルピスが言っていた通りだと飛龍との混戦になる可能性もある。
ならば敵にこちらに来て貰えばいいだけの事だ。
依頼書には山に山菜搾取に行った森霊種が襲われたとあった、縄張りに侵入されたから襲ったのか、それとも森霊種相手だから襲ったのか、状況は二つに一つだが、縄張りに入って襲われたのだとしたら、もうそろそろアウローラ達も襲われてもおかしくはない。
だがエルピスがそれなりに距離があると言ったという事は、別に縄張り意識があって襲っているようではないと考えられる。
見た目としては虎の顔に蛇の尾、鷹の翼が生えていたという事なので肉食である事は容易に想像がついた。
つまり森霊種達を襲ったのは単に食料目的、腹が空いていたからだと考えられる。
「どうするの? ここからまだあるらしいけど」
「肉を焼く、今日は風も軽く吹いてるし匂いでここまで来るはずよ」
「アウローラ様、それでは飛龍もやってきませんか?」
「飛龍は牛、豚あと人間とかそういう肉は好んで食べるけど、蛇とか鶏とかはあんまり好きじゃないのよ。それを利用しておびき寄せるの」
「なるほど、そう言えばそんな特性もありましたね」
納得したとばかりにそう言ったのはフェル。
強者は飛龍だろうが合成獣だろうがまとめて倒せるので、いちいちそんな事は考えたりしないのだろう。
だが弱者であるアウローラは弱者故に強者にはない考え方がある。
気配察知を使い蛇を探して捕まえると、小さく火を起こしてその肉を焼いていく。
「ーーアウローラの読み道理、どうやらこっちに向かってきていますね。飛龍は来ていないようです、さすがですね」
「こんなちっちゃい蛇で反応するか不安だったけど良かったわ。エラってトラップとか作るの得意?」
「得意も得意です、任せてください! どういったトラップで?」
「ワイヤートラップと出来たら毒も」
「了解しました」
さすがエルピスのそば付きなだけあって驚くほどに有能なエラに罠に関しては全てを投げて、アウローラは魔法の詠唱を開始する。
エルピスのように高位の魔法を無詠唱で使用できるのはほんの一握り、無詠唱とはアウローラの師であるマギアですらも行えない魔法の奥義の一つなのだ。
「そろそろ来ますよ。五、四、三、二、一」
「グゥロロァッァァッッツ!!」
「食らえ〈真空刃〉!」
鼓膜が破れそうなほどの声を上げながら飛び込んできた合成獣に向かって、アウローラは無属性魔法である真空刃を振り下ろす。
アウローラの手の周りを無属性の魔力が覆い、振り下ろされる事でそれは全てを切り裂く刃となる。
ワイヤートラップによって身体を止められた合成獣は真空刃によって頭部を切り落とされ、残るは尻尾のみとなる。
合成獣はその特性上、頭が切り落とされるだけでは死に至らない。
尻尾の蛇まで殺してようやく終わるのだ。
「ーーフッ!」
小さく呼吸したエラが渾身の一撃を込めて小刀を振り下ろすと、その小刀の刀身に見合わないほどの切れ込みが尻尾に入る。
身体の半分ほどが切られ瀕死の蛇は、最後の嫌がらせとばかりに攻撃してきたエラにその牙を剥くが灰猫がそれを許さない。
「よーいしょっと!」
振り下ろされた剣は綺麗に合成獣の体から蛇を切り落とし、その生命活動を停止させる。
後に残ったのは小さな魔石と、先ほどまでの激戦でなぎ倒された木々だ。
一見簡単に倒したように見えるが、急ごしらえとは言え罠まで仕掛けてこれだ、もし真っ正面から戦っていたらと思うと冷や汗が流れるのを感じる。
「討伐完了ですね、次は飛龍です。頑張っていきましょう」
「ひ、飛龍…もうなんかやり切った感あるんだけど」
「依頼は依頼ですから。距離もそんなに遠くないですしとっとと終わらせましょう」
アウローラが日に撃てる戦術級魔法の量は2発。
先ほど使った真空刃は超位なのでまだまだ魔力は残っているが、飛龍を相手にするとなると心許なさはあるが仕方ない。
戦術級魔法を使用しても倒れてくれるとは限らないし、手負いの飛龍は凶暴性が増すので倒すなら全力でやる必要がある。
口では文句を言いながらも、アウローラは再び体内で魔力を貯めていく。
ーーそれから少しして、山の間にできた谷にアウローラ達は来ていた。
飛龍がいる場所は基本的に山の天辺か入り組んだ場所であり、今回依頼内容にあった飛龍は入り組んだ場所にいるタイプの飛龍だった。
「えっと、、あそこにいますね。姿は見えませんけど多分叩けば出てきますよ」
「なら私が今ある魔力の半分かけてあそこ吹き飛ばすから、後の援護はお願い」
「大丈夫? そんな大規模な魔法使用して。動けなくなったら助けられるか分からないよ?」
「多分ギリギリ動けるはず、最悪フェルに助けてもらうわ」
「お任せください」
連戦になる為動ける保証はないが、自分より圧倒的に強いフェルがいるのだ。信用して魔法を撃つ。
魔法使用時に杖を使用しなくなったのは一体いつからか、エルピスの見様見真似で始めたこの魔法詠唱の仕方は、いつの間にかアウローラにとって最もやりやすい詠唱の仕方になっていた。
いつも通りの詠唱をいつも通りの雰囲気で、体内を流れる魔力を実感しながら破壊のイメージを頭に浮かべる。
「戦術級魔法〈虚空〉」
本来なら得意属性ではない空間系魔法を使用したくはなかったのだが、飛龍に対して最も有効打になり得る魔法がこれなのだから仕方がない。
アウローラの能力によって作り出された虚空は洞窟内にてその力を十分に振るい、睡眠していた飛龍の翼の役八割を抉り取る。
声にならない叫び声と共に洞窟から飛び出してきた飛龍は見るも無残な姿になっており、戦術級魔法を一生物に向かって使用したのだからその結果はわかっていたのだが少々惨さはある。
だがこれは命のやりとりだ、相手に対して情けをかけている余裕などない。
「ガァァァァァァアアッッツ!!」
アウローラ達がこちらに居ることに気づいた飛龍は、羽をもがれた恨みたっぷりにこちらへと向かって突撃してくる。
飛龍だけでなく龍種は魔力を使用して空を飛ぶので、翼の大部分が損傷したところで空は飛べるのだ。
一直線でこちらに向かってくる飛龍に対して灰猫とエラが先頭に出ると、フェルとアウローラは一歩離れた場所から戦闘に参加する。
「このっ! 早く死ね!」
「あったまいたいけど嫌がらせくらいなら出来るわよ。王国式軍魔法〈弓乃天!〉
「アウローラ様、無理はしないように! 止めです!」
戦術級魔法に続いて王国式の軍用魔法を使用し、アウローラは立っていられないほどの脱力感に襲われる。
だがそれと同時にその魔法によって隙が生まれた飛龍にエラが渾身の一撃を叩き込む。
それでも決定打にはなりかねるが、勝負の大まかな流れはこれで決定した、誰も怪我を負うことなく終わるだろう。
その予測は正しく、そこから十数分の時間をかけて、飛龍は徐々に弱っていきついには灰猫によってその首を落とされる。
「疲れた……まだ盗賊もいるんだっけ?」
「魔力を分けましょう、少しは症状が楽になるはずです」
「ありがと。一時間くらい休んだら行きましょうか、そろそろ日も落ちるし盗賊達も動き始める時間帯になるでしょうし」
「一旦お疲れ様、休憩しよう!」
崖の間に落ちていくようにして沈む太陽を眺めながら、アウローラは今日1日の成果を振り返る。
合成獣の討伐に飛龍退治、金剛石級のクエストを二回連続でこなした疲労は半端ではなく、アウローラ達は倒れるようにして地面に寝転ぶ。
まだ盗賊退治が残っていると考えると億劫ではあるが、前二匹に比べればそこまで実力はないだろうと思われる。
それよりも大切なのは果たしてアウローラに人が殺せるかということだが、今のアウローラにはそれが考えられるほどの余裕はない。
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そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
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五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
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もはや文字ですら無かった
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本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
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