クラス転移で神様に?

空見 大

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幼少期:共和国編 改修中

神の力

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 森の奥できらりとなにかが光ったかと思えば、鼓膜が破れてしまいそうになるほどの爆音が辺りに響き渡る。
 拘束で動き回るなにかはまるで流星のように尾を引きながらあちこちへと飛び回り、どこかにそれが当たるたびに尋常ではない被害が発生する。
 山に当たれば山が、湖にぶつかれば湖が、まるでそれがもとからそうであったかのように、そうあるべきであったように。
 破壊され、跡形も残さずに消し飛ばされる。
 地図を書き換えるどころの話ではない。
 もし近隣に国の一つや二つでもあれば容赦なく破壊されてしまうほどの破壊は、休むことなく数時間にわたって行われる。

「ほらほらほらほら!!! どうしたんですか!? 逃げる事しかできないんですか!?」
「うるせぇ! チート使ってるやつと戦う時は、これが一番なんだよッ!」

 黒い狼の様な姿から自分と同い年位の子供に変身したニルに対して、エルピスは形勢不利と判断し脱兎のごとく逃げ回る。
 幸いな事にこの世界は現実世界に似せて作られた世界らしく、龍の森まで逃げてきたので周りにある木を使えば遮蔽物を作るのには事欠かない。
 彼女が言っていた通り完全なる別世界であるこの世界で、例えエルピスが神の権能を本気で行使したところで誰にも被害は及ばないはずだ。
 だが権能を行使しようと何度も試みているが、それよりも早くニルの攻撃が飛んできてまともに能力を使用できないのだ。
 魔神の魔法は詠唱が必要になるし、龍神の息吹は撃つまでに時間がかかる。

「隙だらけ♪   では右腕貰いますね」
「やる訳ねぇだろッ! これでも食ってろ!!」
「ほへ?」

 ガキィィンと言う甲高い音が辺りに響き渡り、ニルの猛攻がようやく止まる。
 二つもの神の称号を解放し悲鳴をあげている身体をなんとか無理やり動かし、鍛冶神の力を使用して〈錬成〉によって武具を作り出す。
 収納庫ストレージ内に余った八つの魔剣の複製を無理やり混ぜ合わせ一つの棒とし、持ち得るスキルを全て使って極限まで耐久制度を上げ、ニルの鋭い牙の間へと滑り込ませる。
 それによってニルの牙がようやく止まり、追撃を仕掛けようとしてくる前にエルピスはその場から飛び去る。
 それと同時に鼻から血が垂れて、称号開放中の能力使用がどれほど体に負担をかけるのかがよく理解できた。

「また隠れんぼですかァ? 匂いと存在感を消す程度では私には効きませんよ?」

 嬉しそうに吠えるニルからまた距離を取り、エルピスは錬成を使って地面に潜る。
 二つだけ、先程の戦闘で分かったことがある。
 1つ目はニルは殺しには来ているが、実際に殺そうとはしてきていない事。
 この世界を構築したニルの力は、いまのエルピスが多少頑張った所で勝てるものではなく、かなりの手加減をしていると考えるのが妥当だ。
 この殺し合いは彼女にとって、戯れている事と何ら変わりないのだろう。
 二つ目はこの戦闘、あまり長くは続かないという事だ。
 その理由は単純で、エルピスの身体が神の力に耐えられず悲鳴を上げ始めている。
 ニルに対抗するには最低でも二つ以上の権能を同時使用する必要があり、ただでさえ燃費の悪い神の力を行使しているのに無理をしているから負担がすごい。
 持って後数十分…いや数分だろう。

「あはっ!  みぃぃぃつけたぁぁぁぁ!!」
「能力解放! 喰らえ聖剣の本気を!!」
「聖剣? それが? そんな紛い物僕には効きませんよ」

 本来であるならば鍛冶神の権能を使用して開放したいところではあったがいまのエルピスには無理なので、龍神の権能を使用し聖剣の真の力を開放する。
 万物を切り裂き悪を退け正義を執行するその力は、だがそれすらもニルの黒い毛には阻まれ無駄ではないにしろ決定打にはならない。
 何度となく放った魔法は全て飲まれ、エルピスの全ての攻撃手段はニルにとって痒みを与える程度の威力しか無いように思える。
 本当ならばもう少しダメージを与えてからやりたかったが仕方ない、このままでは自分のほうが先にガス欠になると判断したエルピスは魔神の権能の中でも最上位の権能を行使する。

「死神よ、汝の司りし権能全てを奪い取り、ここに新たなる神として降り立とう。さぁ現れろ死の軍勢よ、嫌悪と憎悪と死を具現化したその身体を持って生を貪れ! 天災魔法切り裂く悪魔のグリム・リッパー軍勢・アーミー!!」

 魔神の称号を持つエルピスだからこそ使える、神級魔法の更に上、天災魔法が発動する。
 エルピスの口から漏れる一言一言に込められた魔力が、この世界において最強最悪の内の一つである魔法を発動させたのだ。
 それは死の軍勢。
 見るものを恐怖させ、心からの憎悪を抱かせ、そして嫌悪させる。
 一人一人が全ての生命体の恐怖する対象を映し出し、歪な程歪んだその体躯はいっそ芸術性さえ感じさせる程だ。
 英雄を召喚する魔法ではなく、人類史において悪とされた者たちのなれのはてを召喚するこの魔法は、召喚対象が悪であるがゆえに効果もえげつない。
 前世の悪性が高ければ高い程に力は強化され新たな技能も使えるようになるが、その代わり地獄のような苦しみに苛まれながら亡者達は戦わなければいけないのだ。

「こんなんじゃ時間稼ぎにしかならないよ!!」
「ーーあぁ知ってる」
「どういうーーッ!?」

 死の具現化である切り裂く悪魔のグリム・リッパー軍勢・アーミーですら彼女を止めるには足りないーーそんな事は分かりきっている。
 だからエルピスは持ち得るかぎりの魔力を全て使用し、この世界そのものを作り変える。
 世界を作るのには途方もないほどの力が必要になるが、世界を変化させ自分の思う通りに作り替えるのはそれほど難しいことではない。
 いまエルピスとニルがいる場所以外の全てをーー世界を1つの鎖として編み長い鎖を作る。

「さぁ戯れるのもそろそろ終わりにして、この遊びを終わりにしよう」
「ーー世界を編んで作った鎖か!! いいねぇ面白いよエルピス! だけどそれを僕に巻きつけることができるかな?」
「あぁ。出来るさ、だってもう殆ど終わってるし」 

 死の軍勢には死という概念は存在せず、エルピスが魔力を供給する限り永遠に死に続けられる。
 つまりは彼女が殺したと思い、足元に散らばらせている死の軍勢は全てまだ動ける。
 それに気付き上空に飛び上がろうとするニルを地に落とす為に、エルピスは最後の力を振り絞りあらん限りの声で叫ぶ。

技能スキル発動! 〈悪魔召喚〉!!  好きなものを持っていって良い、あいつを撃ち落とせ!」
「ーーご命令のままに」
「ーーチッ!! 悪魔風情が! 調子に乗るナァァァッ!」

 轟音と共に空から撃ち落とされたニルは、世界で作られた鎖に何重にもその身体を縛られ、ついに動くことすら出来なくなる。
 この世界を作ったニルが敗北を認めた事で世界は崩壊を始め、元の世界へと変えるために身体は光の粒子となって消えていく。
 ーーかくして数時間に及ぶ神と神獣の戦いは幕を閉じたのだった。

 #

「あぁー疲れた、もう一歩も動けない」

 身体中が魔力の無理な使用の所為で軋みを上げているのを実感し、弱音を吐いていると扉が開き人が入ってくる。
 少しビクビクしながらエルピスの近くに来た五人組ーーアウローラ達はどこから持ってきたのか木の枝で脇腹をつついてくる。
 最初はそれにすらも反応する気力がなかったのだが、アウローラに横腹を蹴られ自然と声が漏れる。

「ーーいったい! 死ぬ……」
「あ、生きてたのね。よかった……てっきり死んだのかと」
「まぁギリギリ大丈夫だったよ、正直死ぬかと思ったけど」
「髪の毛の色が変わるくらい頑張ったみたいだしね」

 なんだか自然にされた膝枕を受け入れながら、覗き込む様にして笑うアウローラの瞳に映る自分を見る。
 頬には乾いた血の跡が涙の跡の様に残り、目の色はクッキリとした金色と青色に変化していた。
 だが見た目的な変化で言えば、一番変わっているのはなんと言ってもアウローラが言った通り髪だろう。
 元々黒色が大部分だったエルピスの髪は、全体的にほんのりと赤みを増していた。
 神の権能を無理やり行使した結果なのか、それとも天災魔法を使用したが故の物なのか。
 理由は分からないがそのうち元には戻るだろう。

「いやぁ~やっぱり強いですね創生ーー」
「お前なんでまだ居るんだよ!? と言うか取り敢えず黙れ!」
「な、やめーーもがもがもが!!」

 隠している事元創生神である事をバラされそうになり、必死に口を押さえながらニルを押さえつけている鎖を外す。
 そのまま捨てるのはさすがに勿体無いので、一応収納庫ストレージには入れておくが。
 けちだとは思うが省エネは大切だし……そう思いながらも目の前で不思議そうな顔をしているニルに対して小声で喋りかける。

「それは秘密だから言っちゃダメなんだよ」
「あ、そうなんだね。ごめんごめん」

 本当に理解しているのか少し怪しいニルに対して、ちゃんとして欲しいと心から願っていると背後から訝しげな目線を向けているアウローラ達に気づき、エルピスは適当に理由をつけて教える。

「この子が今回の迷宮のボスで、まぁそのーー昔の俺の知り合いだ」
「皆さんどうも初めまして! ニル・レクスと申します! そこに居るーーエルピス君とは前々世から婚約する約束をしています!」

 今のエルピスの名前が分からなかったのか、一瞬こちらを鑑定して名前を調べたニルは、笑顔でそんな事を言い始める。
 一番最初に反応を示したのはアウローラ、驚いたような表情をしてからニルの事を上から下まで見直し、どうやら同郷出身ではなさそうだと判断したのかまたかと言いたげに溜息をつく。
 婚約を約束されていると言われたエルピスはと言えば、ニル本人よりも先にセラの表情を伺う。
 エルピスに対して好意を示してくれた彼女がどんな表情をしているのか気になるという気持ちが半分、創生神つながりで恐らくはニルの事を知っているだろうし、なんとかしてくれないかというのが半分だ。
 さっきの異界では最初から部外者認定されていたのか居なかったが、入ってこようと思えばセラならば入ってこれたはず。
 だがまるでニルとエルピスの時間を尊重するかのようにして、セラは横槍を入れてこなかった。
 エルピスにはそれがどうも気になる。
 そんなエルピスの気持ちを汲み取ってか、セラが一番に口を開く。

「……そうねまず、久しぶりねニル。扉を開ける前から下手な芝居をずっと続けているから何なのかと思ったら、まさかそんな事を言い出すなんてね。
 だけど残念ね? 貴方よりも数日先に私がもう既に予約したの、義理の姉妹みたいなものなのだから別に少しくらいならば譲ってあげない事は無いけれど、もう本妻の座は空いてないわよ?」
「予約? あれが? 笑わせないでよ義姉さん。好きだって伝える事と婚約はまた別の話、今日そんなことで婚約の約束だなんて想いが重いにも程があるよ? 
 狂愛を司る私にそんなこと言われちゃうなんて、義姉さんもしかして焦ってる?
 まぁ思い出してみたらお義姉さん生まれてこのかた彼氏いたことも無いし、人との付き合い方が分からないのも仕方がないよね?
  僕とエルピスは婚約の約束、じゃなくてもう婚約しているのさ。だからさっきから言ってあげてるでしょお義姉さんって、だっていまの君はエルピスから恋愛対象として見られてないむしろ保護者か何かと思われてるんじゃ無い?」

 長々と話すニルとセラ、お互いの目の中には明らかな殺意が感じられ関わりたくないエルピスは一歩後ろへと引き下がる。
 一言で言おう、会話の文字数が多い。
 もう少し端的に会話をして欲しいものなのだが、お互い何年ぶりか知らないが途方もないくらいの歳月を経ての出会いであろうから長くなるのもギリギリ理解できる範囲ではあった。

「随分と生意気な口を叩けるようになったのね、元は敵に属した狂犬だったくせに牙を捨てたらよく吠えるようになったじゃない。
 貴方の一人称、記憶が正しければ我じゃなかった? 妾だったからしら、あの時代錯誤も甚だしい一人称をしていないのは何故なのかしら、今更になってあれがダサいことに気付いたの?」
「分かってないね義姉さん、僕の一人称や喋り方、頭のてっぺんから足の先まで全て愛する人の最も好きな姿形なのさ。狂愛を司る僕だからこそできる、僕だからこそ本当の意味でエルピスのことを理解し叱咤し励まし共に歩むことができる。
 冷愛を司る義姉さんとは違うんだよ、分かる?」
「つまりは好きに作られた人形でしょう? 人は嫌いなところがあるからこそ、その人の好きなところが認識できるの。
 だけれど狂愛の、相手のことを考えずただ狂った愛を押し付けるだけの貴方では、優しさと冷たさの二つの側面を持つ冷愛には勝てないのよ」

  まったくもって微塵も汲み取ってくれていないどころか、セラはどうやら腹のなかに抱えていた言いたいことを言いにきただけらしい。
 いきなり目の前で女神二柱による頂上決戦開始かと思われたが、戦闘をする気は無さそうなのでビクビクしながらエルピスは二人の喧嘩を見てゲラゲラ笑いながら楽しそうにしているアウローラの元へと逃げる。

「モテてるわねあんた、良かったじゃない? 入ってこなくていいの?」
「あれに入っていって無事に帰ってこれる未来が見えないよ。下手したら監禁調教コースすらあるねあれは」
「それは私も困るわね、まぁ本当に危なそうなら私も止めに入るわよ。ああして言い合っているのも姉妹喧嘩の様なものでしょうし、どうせそのうち治るわよ」
「そうなってくれれば良いんだけどね」
「まぁあの二人はなんとかなるとして、私的にはあそこで手持ち無沙汰になってそろそろなんかしようかと考えてそうな悪魔の方が気になるのだけど?」
「あれね……どうしよっか」

 今現在進行形でエルピスにはニルよりも重大な案件が未だ残っている。
 あの悪魔が仕事を終えたのに帰還しない事だ。
 本来ならば依頼した仕事が終われば報酬を受け取りそそくさと撤退するのが悪魔の本懐な筈なのだが、これがどうしてかは分からないが何故かいくらたっても一向に帰る気配がない。
 見た目からして年齢は八から九歳といったところだろうか。
 フィトゥスと同じ様な綺麗な黒い髪だが目の色はフィトゥスと違って綺麗な赤色でその目を見つめているとどこか吸い込まれるような印象を受ける。
 Tシャツに短パンという非常にラフな服装をしている彼だが、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、時に遥希達と談笑しつつもエルピスが逃げ出さないようにしっかりと意識をこちらへ置いている。
 これが天使の女の子ならお菓子でもプレゼントするところだが、相手は悪魔な上に男の娘。
 この世界で培ったエルピスの危険に対する直感がこれでもかと言うほどに告げている、あれとはあまり関わらないほうがいいと。

「さっきから帰還系の魔法を使ってるんだけど、笑顔で全部抵抗レジストされるんだよ」

 いくら戦闘の疲れから全力が出せないとはいえエルピスの魔法は規格外であり、故にその魔法を跳ね除けるだけの精神力を持つ眼前の悪魔もまた規格外なのだろう。
 ニルを蹴り飛ばしたくらいだからそれくらい出来てもおかしくはないが、だというのに要求もしてこなければ帰還もしないのがエルピスには理解できない。
 報酬を求めるのならばそれに対してしっかりと対応するし、召喚時の魔力でもう十分だというのならばさっさと帰って欲しいくらいだ。

「しょうがないわね、私が直接聞いてきてあげるわよーーねぇねぇ何で帰らないの?」
「え? ああ、自分より上位の者には従わなければ行けない魔界の法も有りますし。それにそれを抜きにしても、こんなに面白そうな人から離れたく有りません。貴方も似たようなものでしょう? 人か悪魔か、些細な問題だと思いませんか?」
「……なるほどねぇ、良かったじゃない気に入られて」

(良くねぇよ! 自分の手に負え無さそうだからって、投げ出してんじゃねぇ!)
 とはさすがのエルピスも口には出せず、そっぽを向くという悲しい抵抗をしていると、不意にエルピスの身体に寄りかかる様に悪魔が近づいて来たかと思うと、そのままエルピスに抱きつき耳元で囁かれる。

「まさか邪神様がこんな所にいらっしゃるとは思っても居ませんでした。ーーああ、怖がらないで下さいよ? 追い出そうとしない限り、誰にも言いませんから」
「……何故それを」
「あれだけ神の力を纏っていれば分かりますよ。それに貴方の魔力を貰ってから僕、すっごく調子がいいんです。僕の名前はフェル・レイ、よろしくお願いしますねエルピスさん」

 秘密を握られた挙句、自己紹介までされエルピスは八方塞がりになってしまった事を自覚する。
 悪魔は名前で相手を縛る。
 高位の悪魔であれば名前を教えるだけで、相手を魅了したり従属させたりできるのだが、一応エルピスにそれは効かない。
 とはいえ正式名称を告げられてしまっては、邪神としての称号を持ち邪神としての立場があるエルピスは契約を結ばないわけにもいかずしょうがないかとフェルを受け入れる。
 まぁとは言えさすがにこのままだと女性比率もかなり高くなるし男の仲間も欲しいと思っていたタイミングなので、フェルが仲間に入る事も許容の範囲内ーーというか是非にとお願いしたいくらいだ。

「あぁ、よろしくフェル」
「はい。これから誠心誠意仕えさせていただきます」
「アウローラ、注意しなくていいのあれ。僕が口出しする事じゃないから何も言ってないけど、あのままだとエルピス不味くない?」
「大丈夫よあいつは悪魔に対する耐性を持ってたはずだから。
本名を知られたのは多少痛いけど危害を加えてくる様子もないしね、それにしてもまさかエルピスの心配を灰猫がするなんて思ってもなかったわ」
「彼は僕の主人だ。心配するのは当たり前だろう」

 急に仲間が二人も増えて困惑するエルピスを他所に、警戒心をあらわにしているのはアウローラと灰猫。
 この世界における悪魔は便利屋的な側面を持ち実害は無いとされるものの、それは悪魔側にメリットがあるから実害がないだけで、彼らが損得勘定無しに純粋に破壊行動に移ればその力に対抗できるのは一部の亜人種と天使のみだ。
 強制帰還魔法を、それもエルピスレベルの魔法使いが使用するものを抵抗レジストするとなれば、その実力は相当なものだろう。
 だが今のところはこちらに害を加えてくるような様子は無いので、一旦アウローラ達も落ちつく事とする。

「フェルって子なんかより僕に構ってよ!」

 フェルの容姿を確認していると背後からニルに飛びつかれ、エルピスは少しよろめく。
 先程の戦闘で一度も直接ダメージを受けていないとはいえ、それでも骨の数本はしっかりと折れている。
 エルピスは神人になってから回復速度が遅くなってしまったので、回復魔法を使用していてもまだ完全には直す事が出来ていない。
 神人になったのだから回復も早まっていいのではないかと思ったが、その分折れることなどほぼあり得ないほどの強度があるので文句は言えないだろう。

「わかったから落ち着け、背中で暴れられると痛い」
「あ……ご、ごめんなさい」

 痛かったのでその事を素直に伝えると、先程までとは人が変わったようにニルは急に落ち込んだような顔を見せる。
 どうしたんだろうか? 顔が急に青くなったと思ったらいきなり赤くなって。
 昔創生神だった頃のエルピスに自分が傷をつけた事を思い出して、恐怖で青ざめたとか……無いか。
 このまま地面に降ろすわけにもいかないので、ニルをおんぶしたまま態勢を整えようとすると、不意に背後から殺気が飛んでくる。
 殺気の主人はもちろんセラ、会話の途中にいきなり飛び出したかと思えば話の原因であるエルピスにこうして飛びついてきたのだ、キレてしまうのも仕方がない。

「ニル、貴方良い度胸ね?」
「無駄な話なんかするよりこうした方が早いだろう? それにここ、いまエルピスが怪我してるここ、薄っすらと入ってるこの線昔僕が傷付けたのがまだ残ってたんだ、これって僕のものである証だよね?」

 上服を少し脱がされ背中を晒されるとどうやら気付いていなかったが、腰のあたりに薄く線が入っていたようだ。
 産まれ付きのものだろうがその原因がどうやらニルによるものらしく、それで自分のものだと彼女は主張するのだった。
 別に誰のものになろうと構わないが人の背中の上で話すような内容では無いので降りて欲しいのだが、技能を使われているのかニルを下ろそうと思っても体が言う事を聞かないので仕方なく話を進める。

「そろそろ上のやつと合流するか、登るぞ」
「よーやく帰宅かぁ、帰ったらビール飲みましょパーッとしたいし」
「だね、僕もちょっとお酒が飲みたいよ」
「それもいいな。そういや共和国の盟主どうしてんのかね」

 ここに留まっていても良いことなど一つもなさそうなので上に上がろうとしていると、不意に遥希が思い出したようにそう言った。
 ーーそうだった。今の今まで完全に忘れていたが、島崎さんに共和国国王の相手をしてやらないとダメなのか……未だ後数日は平穏な日々を送れそうには無いな。
 頭が痛くなるようなことが沢山起きて考えるのが面倒になってきたエルピスは、とりあえず背中に居座る狼娘をあやしながら今後のことを考えるのだった。
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