クラス転移で神様に?

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幼少期編:王国

帰ってきて

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 微かに廊下から聴こえる靴音で眠っていたエルピスは目を覚ます。
 ロームの姿はどこへやら、身体を照らす日の光はいつも味わっているものと同じでエルピスは本能的に自分が戻ってきた事に気がつく。
 あたりを見回してみるが先程まで共にいた彼女の姿はなく、身体から漏れ出る魔力が何かと繋がっている感覚だけが夢ではなかったことを教えてくれる。
 影の中に住む龍と同じ、契約した生き物とはエルピスとの間に魔力の線が出来るので、一定の範囲内であれば場所は分かる。
どうやらそれほど遠くない場所にいるようだ。

「身体は……動くな。頭は痛いけど」

 いつかの時と同じように頭痛がエルピスを襲うが、耐えられないほどの痛みでもなく顔を不機嫌そうにしながらエルピスは立ち上がった。
 室内を見回してみれば何度か訪れたことのある王城の医務室で、今日は担当の人がいないのか部屋の中には誰もおらずエルピスは〈気配察知〉を使用して辺りを探ってみる。

(いつもよりなんか範囲が広いような…痛ッ、頭痛が酷くなってきた。技能スキルが変わったのか?)
 神の力を行使した時と同じような頭痛の発生にエルピスは、〈気配察知〉が別のものに変わったのではないかと言う予想を立てつつ技能スキルを止める。
ほんの一瞬だけしか探れなかったが、ここが王城である事がわかっただけでもよしとしよう。

「魔力もなんか変わってるか? フィトゥスに聞いたら分かるかな」

 自分でも気づけるかどうかと言う違和感を口に出す事で明確化し、普段との違いをゆっくりと把握していく。
 数分経てばある程度の変化について把握することが可能で、なんとか状況を把握できたエルピスは近くにあったソファに腰をかけて二度寝の体制に入った。
すると数分もかからずにエルピスの感覚は徐々に鈍り始め寝るまであとほんの数秒というそんな時、医務室の扉がガラガラと音を立てて開く。

「起きたんですねエルピス様」

いつも通りの動きやすい服装に身を包んだエラは、寝ぼけた目で自分のことを見て居るエルピスの方へと歩いて近寄りテキパキと着替えをさせる。
いつもならば抵抗するエルピスも寝ぼけて居るからか、自分が何をされて居るのかも分かっていないようだ。
上も下も着替え終わり、髪の毛のセットまでしてもらった後に温かい濡れタオルを渡され、それで顔を拭いたところでようやくエルピスの意識は覚醒する。

「ーーあれ? エラなにしたの?」

「二度寝されてたようなのでこちらで準備をしておきました。中々起きないから心配だったんですよ」

「ごめんごめん、どれくらい寝てたの?」

「教会に行ってから今日で1週間ほどですね。エルピス様が何処の馬の骨とも知らない女の子を連れてきたのもその時ですね」

「あはは……やっぱ居るんだ」

 明らかに威圧感を向けてくるエラに対して苦笑いを返しながら、エルピスはなんとなく現在の状況について理解する。
 神の領域からこちら側へ向かっての転移はいままでエルピスが使ったどの魔法よりも負担が大きく、それに加えておそらくなんらかの能力を取得した反動が体を襲ったようだ。
 1週間も寝込んでしまったのは想定外だが、無事にこの場に戻ってこられただけ良しするべきだろう。
日頃食事を取っているので数週間程度ならば絶食しても死なないほど頑丈な身体に感謝しつつ、空きっ腹を撫でながらエルピスは立ち上がる。

「んーお腹空いてきたな。エラいまから一緒に街降りてご飯食べに行かない?」

「ひっじょーに魅力的な提案ですが、いまちょうど皆さん食堂でご飯を食べられていますよ」

「俺と一緒にいた女の子とは上手くやれてる?」

「ああ……あの。そうですね、なんだかんだとベラベラ口を動かして上手く取り繕っていましたが、私はあまり好きじゃないですね」

(ひぃぃ怖い)
 かつて見たことがないほどの冷たい目線を壁に向かって向けながら、エラは吐き捨てるようにしてそう言った。
 怒りの感情というよりはもう少し別の何かのように感じるが、エルピスにはそれが何なのか判断しかねる。
少なくとも触れないほうがいいことだけは確かである。

「じゃあ食堂まで行こうかな」

「かしこまりました。エルピス様はまだ疲れていらっしゃいますし、私が運んで行きましょう」

「それはおかしいーーって話聞いてよ!」

 半ば暴走するエラにはもはや声など届かず、お姫様抱っこでエルピスは連れて行かれそうになる。
 これが実家ならまだーーいや実家でも勘弁してほしいがーー我慢できないことはないにしろ、ここは王城だ。

 使用人や通りすがりの貴族に見られただけでも一週間はとじ込まれるのに、王族にこの姿を見られただけで卒倒する自信がある。
 見た目こそ十歳にしてもエルピスの中身はもうおっさんに近いのだ。

「ほら抵抗しては手が滑ります。静かになさってください」

「せめておんぶにして……」

「贅沢ですねエルピス様」

 尊厳をかけた交渉の末に自らより精神年齢的に歳の低い女の子の背になりながら、エルピスは長い王城の廊下をゆっくりと進んでいく。
 されるくらいならばせめてエラにしてあげたかったところだが、今の暴走しているエラに何を言ったところで無駄であろう。
 魔法による妨害でなんとか周りから見られないように注意を払い、食堂の前でようやく降ろされたエルピスはそのまま中へと入っていく。

「奥様。エルピス様が起きられましたので、連れて参りました」

 食堂にいるのはエルピスの両親にアルキゴスとマギア、さらにアウローラや女神の姿も見受けられ、部屋の隅にはリリィとフィトゥスも微笑みを携えて立っていた。
 〈気配察知〉で感じ取ったのかニヤニヤとしている大人組に対して、舌を出し必死の抵抗をしつつエルピスはだまってとことこと歩いていく。

「大丈夫だったエルピス? あんまり祝福の儀と合わなかったのね、たまにそう言う子が居るのよ」

 エルピスの両脇に腕を通して持ち上げると、自らの足の上にエルピスを座らせてクリムはそんなことを口にする。
 エルピス以外にあの空間に行ったものが存在するのか、はたまた普通に相性が悪かっただけなのか気になるところだが、エルピスはとりあえず軋む骨の音を聞きながら転移魔法を起動した。
 すぐにクリムの腕の中からエルピスの姿が消えていき、近くの椅子に再びエルピスの体が現れる。

「何で逃げるのよエルピス」

「お母さんの抱擁痛いんだよ、俺一応病み上がりだからね?」

「分かったわよ優しくするからーーってまた避けた!」

 戦闘用にエルピスが編み出した超短距離転移魔法を使用して母親から逃げ回りつつ、エルピスは運ばれてくる食事に手をつける。
 新しくやってきた彼女に関してだが、彼女の方からなんとか上手く誤魔化したらしく召喚物と言う扱いになっているようだ。
 召喚獣を祝福の儀でもらう人も少なくはないらしく、人型である事は珍しかったようだがなんとか上手く丸め込んだらしい。
チラリと視線を向けて見ればまるでこの程度は当然とばかりに綺麗な所作で食事をしていた。

(なんか縮んでない?)

あのよく分からない空間にいた時は外見年齢からして17か18かと言ったところだったが、いまの見た目はエルピスと同じく10歳くらいのものである。
前までの美しさが息を忘れさせる美であったのに対し、いまの彼女はまさに天使と言ったところか。
なんてことを考えていると意識の外から抱きしめられる。

「ずっとエルピス様と顔を合わせられず、このリリィ胸が張り裂けそうでした」

「分かったから抱き着く力をもうちょっと弱めて…! 死ぬ!」

「あっ! すいません」

すぐに離してくれるだけクリムよりいくらかマシではあるが、それでも病み上がりにこの強さの抱きしめはもはやさば折りなどと同じだ。

「リリィ殿はエルピス様を見ると直ぐに思考レベルが幼児まで下がりますね。あ、そう言えばエルピス様。お城での身の回りのお世話も私がさせて頂きます」

「それはおちょくっていると取って良いのかしら? この口だけ悪魔。それとエルピス様、私とヘリア先輩それにエラもエルピス様のお世話をさせて頂きます」

「はいはい、りょーかい」

 毎度喧嘩しているあの二人だが、結構仲がいいので素直になれていないだけなんだろうなぁと思いながら話半分で聞き流す。
 とっととくっ付いてくれるとエルピスとしても嬉しいのだが、いかんせん二人とも恋愛と遠いところにいるのかお互いを意識している素振りもない。

「父さんと母さんはどうするの?」

「私達もこっちの別荘に移動よ。龍の森も落ち着けるけどエルピスの側にいないと心配だもの」

「まぁやらなきゃいけない事もあったし丁度よかったよ」

「父さんまた何か悪巧み? もう巻き込まないでよ!」

「ははっ。言うようになったな、それで言うならあの子の方が気になるぞ?」

 父が指さすのはあの空間にいた彼女で、イロアスの声かけに対して笑顔で答えるとエルピスと視線が交差する。
 紅い瞳はあの場所で出会った時と変わっていないが、年齢は随分と下がったように見えた。
 エルピスとしても彼女の扱いは非常に難しいところで、できれば触れてほしくない。

「あははっ……ところでアルさん。僕って別荘からの通勤でいいんですか?」

「いや分からないことを聞きにいくときにいないと不便だからな、王城に住む事になるはずーーってクリム、話したよなこの話。したよな俺!」

「そんなの忘れたわよ!!」

「どんまいアル。こうなったら止められん」

「嫁だろうがなんとかしろ!」

 果ての地にある実家から次に決まった居住地は王城。
 聞けば明日から本格的に魔法訓練を再開するらしく、早めに寝ておいた方がいいだろう。
 暴れ狂う母を横目にエルピスは、自分の部屋の改造を計画するのだった。
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