クラス転移で神様に?

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幼少期編

執事と異世界農業

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「ご飯が食べたい!」

 未だ太陽も上がりきっていない早朝の食卓の上に並ぶ朝食を食べながら、エルピスは両のほほをリスのようにもきゅもきゅとさせながらそう力強く叫ぶ。
 叫ぶのと同時にかなり強く食卓を叩いた事によって、仕事終わりでフラフラなイロアスや、ずっとエルピスの事を眺めてニコニコしていたクリムも驚きの声を上げた。

 背後に立っていたフィトゥスやリリィはエルピスが手を振り下ろそうとした瞬間にエルピスの手の下に緩衝材を置き、エルピスが怪我をしないようにしており、その行動の速さは驚くべきものだろう。
 ヘリアはいつもの事かとそもそも気にしていない様だ。
 普段は静かに朝食を取る事を好むエルピスがこんな事をしたのには、一応の理由がある。

「どうしたんだエルピス? 成長期だから沢山食べたいのは分かるが、飯を食べながら飯を食べたいと言うのは、さすがにどうかと思うぞ?」

 頭を軽く抑えながらそういうのはイロアス。
 普段の部屋着とは違いかなり豪華な装飾のなされた服装をしており、先程まで誰かがこの屋敷に来ていたことを考えると、おそらく誰か重要な相手に会っていたのだろう。

 最近また仕事が忙しくなってきたようでかなりしんどそうではあるが、エルピスに対して向ける目はいつもと同じく優しいままだ。
 分かりやすく説明する為に少しの間考えていると、フィトゥスが横から声をかけてくる。

「しっかりとおかわりの分も用意しているので、不足する事はないと思いますよ?」

「エルピス、おかわりをしたいのなら、出された分を食べてからするべきよ?」

「珍しいですね、エルピス様が子供らしい事を言うのは。嬉しいです」

「そう言われてみれば確かに、もっと言ってもいいのよエルピス」

「奥様、そう言う事ではありません」

 フィトゥスにそう言われ、更にはクリムにもしっかりと目を合わせながらそう言われ、エルピスはそれはそうなのだがと頭を抱える。
 エルピスがいま言ったご飯が食べたいと言うのは、いま食べている朝食ではなく白米の事だ。
 
 この世界に来てから、何度か米を食べた事はある。
 なんでも一部地域ではパンの代わりとして栽培されているらしく、異世界人の誰かが残したものなのかこの世界固有のものなのかは分からないが、姿形は似ていた。
 だが一つ重要な問題がある。
 それは味がとてもでは無いが美味しいとは言えない所だ。

 異世界の人間用に味を整えられているのは理解できるのだが、それでもエルピスの知っている米と味の違いがすごく別の料理のように感じる。
 母も偶にエルピスがぼやいているのを思い出したのか、ふと思い出したようにエルピスの方を見ながら疑問を口にする。

「もしかしてお米の事? お父さんの部屋に置いてあった資料を見たの? 確か……東の方の国から定期的に渡されるお米、それの別称がご飯だって書いてあった気がするけど……」

「あーなんか有った気がするな、というかさっきの商人がそれ関連の書類を出して来てたような……どこに置いたっけな……誰か資料持ってきて」

「ーーこちらになります」

「ありがと。どれどれ……乾燥に弱いが大量生産し易く、品種改良によっては今後乾燥に対しても強くなれるかもしれない…と」

 どこからか現れた全身黒装束の男性から貰った書類を眺めながら、イロアスは独り言の様にそう呟く。
 東の国の特産品である米が余り流通していなく、外面が効くイロアスが王国内での流通ルートの手助けになって欲しいとの内容の交渉だったらしくいくつか書類もあるようだ。
 だがこの世界での米自体が未だ品種改良が余りされておらず、商品としては期待値の低い米をお父さんも後回しにしていたらしい。

 普段なら即決即断を信条としているイロアスも、かかる費用と時間に頭を悩ませている様だ。
 これがこの世界固有の食物ならば別に他の物で補えばいいのではないかとでも言うのだが、エルピスとしては米だけは譲れない。
 実は先月従兄弟であるダレンの家に行った際に、一度だけ米を食べさせてもらってまた食べなくなって来たのだ。

 それをお父さんも感じ取っているのか、チラリとエルピスの方を見ては頭を抱えている。

「ーーイロアス様。私如きが差し出がましいのですが、少し進言したい事が」

 悩むイロアスに向かって言葉を発したのは、話に入る隙を伺っていたフィトゥスだ。
 こう言った出来事においては話に入らず事の成り行きを見守ることが多いフィトゥスが、こうして話に入ってくれるとなるとエルピスも少し期待してしまう。

「言ってくれフィトゥス。色んな国を見て回ったお前の意見も聞きたい」

「了解しました。その米なのですが、魔族領に似た見た目の黒色種というものがありまして、魔族達の間では主食として扱われるほどに人気が高い穀物です。もし品種改良に成功すれば、東国に恩を売れるだけではなく、魔族領に流通させる事でそれなりの利益も期待できるかと」
  
 身振り手振りを付けながら、いつか見た政治家の様に説得力のある喋り方でお父さんに説明するフィトゥスは、エルピスに軽くウィンクしながらも得られる利益の大きさを、しっかりと分かりやすく説明してくれた。
 流石できる執事と名高いフィトゥスだ。
 それでも少し悩んだ様子のお父さんに、エルピスは最強の手段で後押しをかける。

「お母さん……ぼくお米食べて見たいな?」

「ーー貴方、やりましょう?」

「あぁもう、分かったよ。なんでエルピスがそんなにこれを食べたいのかは知らないけど、それなりには頑張ってみるさ」

 肩を竦めながらお母さんに分かったとばかりに笑いかけたお父さんは、手元の資料を呆れた様な顔で眺める。
 どうやら異世界に来て5年目で、ようやくまともにお米が食べられる様だ。
 これからきっと米を食べるためには長い時間をかける事になるだろうが、それも気にならない程にエルピスは嬉しい。

 もし米を作れたらどんな料理にしようかと思いながら、エルピスは食事を再開するのだった。

 /

 暑い日差しが肌を焼き、お腹が空く時間になって来た今は午後二時。
 米を栽培しようと言い出したエルピスの案に、フィトゥスを筆頭にして色んな人達が手伝ってくれて、早くも三年が経った。
 多少は時間がかかる事も考えていたが、まさか三年もかかるとは思っておらず、八歳の誕生日を迎えた時にようやく日本の米に近い味の米を食べられた時は、涙が出るほど嬉しかったものだ。

 だが今の状態では味自体は良くなったにしろ、大量生産に着手出来る状態ではなく、味を落とせば大量生産出来るがそれではここまでしてきた意味が無い。

「どうすっかなぁ……」

「大量生産と品質が確保できない限り、流通ルートは狭まる事になりますし、それでは王国内の飢餓率を下げる事にもならないですね。今のままでは耐冷性・耐病性・倒れないと言う点に関しても、一般に公開出来る程の品質は無いんですし…」

「やっぱその三点がネックだよな。一応付きっ切りで見てればそこら辺はどうにか出来ないわけでは無いけど、大量生産には向いてないし、現在流通させる事が可能で試験的に食べてもらっている王国貴族と魔族の伯爵から貰った意見としては、味自体よりも生産性を上げろと何度も言われてるけどさ……」

 何度も態々遠い所を使いを飛ばして、意見を送って来てくれている顔も知らない魔族の方に感謝もしているし、有り難いのだが、意見だけ押し付けられても困るのが現状だ。
 お父さんの持っている各地に散らばった別荘に住んでいる人達にも手を借りて、多方面での品種改良を行なってはいるが、なにぶん距離が遠い為に報告が届くのが遅く、ようやく見つけたと思った道筋も既に他の所で実験済みだったりするので、無駄足が多くなってなってしまうのだ。

 とは言え遠距離間で通話魔法を使おうと思ったら、距離にもよるが若龍と互角に戦えるくらいの力を持っている事が最低条件になり、一部の場所以外ではそれ程の力を持つ者はおらず現実的ではなかった。
 どうしようかと悩んでいると、不意に頭を過ぎった実験内容についてフィトゥスに質問する。

「精霊を使用しての二十四時間体制での監視実験の成果って、何処に置いてあったっけ」

「それならコレですね。エラとリリィとヘリア先輩とメチルさんが、共同で制作したらしいです」

 フィトゥスから追加の報告を貰いながら、エルピスは渡された書類に書かれた内容を読んで行く。
 米の生産中に偶然出来たこの用紙だが、以外に綺麗で使いやすく状況によってはこれも販売して良いのかもしれない。
 そんな事を思いながら読んで行くと、最後辺りで目が止まる。

 書かれていた内容は火の精霊と水の精霊を土地に宿し、今後収穫出来るであろう米の二割程を捧げる事によって、品質と生産性を安定させる事が出来ると言うものだった。
 デメリットとしては初期の段階で精霊使いエレメンタラーが必要な事と、妖精が既にいくらか米を取る為税がかけにくい事だが、そこはどうとも出来る。
題はーー

「精霊が定着したとして、近寄ってくる魔物に対しての対抗策が必要になるな……」

「それならば、私の同族悪魔達と契約すれば宜しいかと」

「その場合の契約内容はどれくらい?」

「まぁ妥当なところですと、一割くらいだと思われます。場所や悪魔によっては多くて二割程度でしょうか」

「そうなると、米を税収としては取らずに農民達の副業として作らせて飢餓対策に当てるのが確実か。やり方さえ流
せば、東国と魔族領からも情報料で年間いくらかの米を送ってもらい、それを他国に流す形にすれば、利益の還元率もかなり高くなるかなぁ……」

「ですが東国と魔族領の者達が、素直に米を支払うでしょうか? 東国も魔族領もかなりの距離がありますから、石高を調べるにも少し無理があると思うのですが…」

「実は独自に開発した魔法ーースキルの派生と言っても、差し支えないかもね。まぁ兎に角それを使えば、相手は絶対に契約を遵守する事になるから、契約に関しては心配無い」

 邪神の称号が最近何が原因かは分からないが強化された事によって、契約魔法と言うものを覚える事が出来た。
 その効果は相手に契約もしくは制約を行い、それを結ばれた相手は一度結んだ契約をどう頑張っても違える事が不可能になると言うものだ。
 どちらかというと魔法というよりは、呪いに近いかもしれない。

 しかも自身より力が弱いものなら、精神魔法に近い作用を使って無理矢理にでも契約を結ばせることも可能なので、もし相手が契約を結ばずに逃げたとしても、強制的に結ばせる事が可能になる。

「じゃあ後はーー」

「ーー実際に商品化して街で売り込みだね!」

 結局はどれだけ案を練ろうとも実際に売りに出さないとどうしようもなく、エルピスとフィトゥスはこれから先に待つ苦難を想像して深い溜息を吐くのだった。
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