クラス転移で神様に?

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幼少期編

遊びの日

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 エルピスがこの世界ーー異世界に転生してもう既に四年。
 高校生としての生活からメイドや執事達と暮らすこの生活にも慣れてきて、エルピスにもようやく腰を落ち着ける時間ができてきた。
 最近はようやく遠征から父も帰還し、エルピスは魔法についての訓練も父から直接指導を受けている。

 生まれた時には家にいた父だがそれ以降エルピスが会うことはなく、数ヶ月前に父親が家に帰ってくると聞いた時は少しエルピスもドキドキしたものだ。
 出会ってみれば母親と同じ、子供に対して真摯に愛を注いでくれる親だった。

 ーー久しぶりの出会いは玄関先で。

『お帰りお父さーーぐふぇっ!』

『会いたかったぞエルピス! こんなにおっきくなって! 見た目で言えば七歳くらいか? 可愛いなぁ』

『痛い…こきゅ……』

『わー! イロアス様! エルピス様伸びてます!』

 おそらく帰ってくるまでの道中で服に付着したであろう泥を払う暇すら惜しむ様にして、玄関先で父の事を迎えていたエルピスの事を抱きしめたイロアスの姿は、メイド達の間で写真が出回る程に家族愛に溢れる瞬間だったらしい。

 当事者であるエルピスとしては突然の事すぎて心底驚いたのだが、クリムも同じようなものなので慣れていると言えばこう言う事には慣れてる。
 
(それにしても父さん強かったなぁ……最高位冒険者なのは知ってたけど、片手で数えられるくらいしかいない最高位なだけあって強すぎる)

 父との戦闘を思い返すと同時に、この前洗濯物を乾かす際に目障りだからとそこら辺にあった小石で龍を追い払って居た母を思い出す。
 それと同じく話を聴いている間にこの世界の名前のルールというものが少し見えてきた、なんでも王族と貴族は苗字が有り、平民は苗字が無いらしい。
 ここら辺はやはり異世界らしいと言えばらしいだろう。

 だが例外は幾つか存在し、没落した貴族や亜人種などは苗字持ちが多いとのことだ。
 王国内では厳正なルールで名を縛っているわけでもなく、名乗ろうと思えば平民も名乗れるらしいがそこは空気を読んで、というところらしい。

 ――さて、父さんが嫌がりながらしぶしぶ薪割りに出て行ったから、久しぶりに一人になって退屈だ。

「魔法もある程度は極まってきた感じもするし」

 リリィとヘリア、それにエルピスが魔法関連の技能スキル強化の為に作り出した宝玉を何度も食べさせられて、最早赤い魔力が面影程度しか残って居ないフィトゥスにいろいろと教えて貰っているので、魔法に関してはかなりのレベルまで到達した。

 フィトゥスに聞いところ技能スキルレベルはⅤが最高らしく、五大魔法も既に十に近いので、大分強くなれたと言っても良いだろう。

「フィトゥスいる?」

 与えられた自室でゴロゴロするのにもいい加減飽きてきたエルピスは、天井を眺めながら小さな声でフィトゥスの名を呼ぶ。
 これで来るのかなーという思いが半分、純粋に居るかなーという気持ち半分で声を出してみる。

「ーーお呼びですかエルピス様」

 天井の板がガコッと音を立てながら回転したかと思うと、フィトゥスがその穴から降り立ち音もなくエルピスのそばに立つ。
 当然の事のようにその場でエルピスの指示を待つフィトゥスに対して、エルピスは率直な疑問を投げかける。

「前にリリィがそれしてたから今はもう驚かないけど、本当にどうなってるのそれ?」

 いつからこの家は忍者屋敷になったのだろうか。
 この前来た執事の内の数人ほど手先の器用な種族が居たので、この程度の仕掛けならすぐに作れそうではあるが、それにしてもだ。

 もう一度上を見てみれば綺麗に穴は埋まっており、無駄な技術力の高さに少し頭が痛くなる。

「これはエルピス様にストレスを与えず、更にプライバシーを保護しながらいつでもお手伝いが出来る様にと、屋敷の物がおふざけーー真面目に作った屋根裏ですよ」

「いまおふざけで作ったって言いかけたよね!? 間違いなく言いかけたよね!」

 薄っすらと笑みを浮かべ楽しそうに喋るフィトゥスは、エルピスの言葉に対して何のことやらという表情を浮かべた。
 それすらも絵になるのだから美形というのはなんとも卑怯だと思っていると、フィトゥスから疑問の声が上がる。

「それでエルピス様、いったい私に何の用でしょうか? すみませんが食事の時間にはまだ早過ぎまして……」

食事オーブならまだ作らないよ。と言うか最初の頃は暴走するとか言っていたのに、今では食事にまでランクダウンしたんだね……いやまぁフィトゥスが辛いのは嬉しくないから良いんだけどさ」

 最初の頃はいくらエルピスが辛くないように、と頑張っても常にしんどそうな顔をしていたが、今となってはフィトゥスにとってもエルピスが作る魔力結晶はおやつと同じだ。

 悪魔という種族だからこそ耐え切れたのだろうが、それでも死なずにここまで進化できたのは一重にフィトゥスの元からあった才能と邪神の称号のおかげだろう。
 冬が近づいてきて髪を伸ばしはじめたのか、腰下まで届きそうな黒髪と整った顔立ちは中性的な印象を与えてくる。

 さらに黒い服で全身を統一しているので体のラインも見えづらく、そう言った点においても性別がどちらなのかははっきりとわからない。

「そう言って頂けると私も嬉しい限りです。それでしたら本当に一体何の用事でしょうか? もちろん私的には意味なく呼ばれようとも嬉しいですけど、普段はこの時間お昼寝となっていますよ。なにかありましたか?」

「今日起きるのが遅かったから、昼寝するほど眠たいってわけでもないんだよね」

「冬も近いですからねぇ。それなら何をいたしましょうか? 釣りですか? 魔法の訓練ですか? 工作ですか? 私的には料理辺りもそろそろ始めてもよろしいかと思います。
 確かに人類種の男性は料理をしないらしいですが、真の美食というものはやはり自らの手からしか生まれません。他人の作ったものはどこまで行っても完璧な自分の好みの味にはなり得ないですから」

 動作や仕草を入れながら、フィトゥスはエルピスに何をするか尋ねる。
 確かに工作や釣りも良いし、そろそろ料理の練習を始めるのも良いだろう。

 前世では料理など熱湯さえあれば出来る様なものしかしてこなかったが、この世界に来て料理を始めてみると言うのも悪いものではない。
 幹に料理を作ってもらうという約束をした手前、今まであまりしないように意識して居たが、逆に美味しい料理を作って委員長を驚かせるというのも中々面白そうだ。

 ーーそう言えば幹達はいつこちらの世界に来るのだろうか?
 もしかして彼等が向かったのはこことは別の異世界なのだろうか、そんな風にエルピスの思考が横にそれて行っていると、ふと窓の外に見える森が一面紅葉しているのが目に入った。

「綺麗だな……今日は森に行きたいんだけど大丈夫かな、フィトゥス」

「おっとまさかのオールスルーですか、ちょっと泣いちゃいそうですね。
 この時期の森は冬眠に入る動物達が暴れるので、あまりオススメは出来ませんが……確かに紅葉は綺麗ですしね、リリィとハネスさんとヘリア先輩が居れば何とかなるでしょう」

 軽く流してしまったのは申し訳ないが、前世手を出さなかったことに手を出すならまずは外に出てみる方から始めてみたい。
 コンクリートジャングルとまでは行かずとも森の中に入ったことなど何度あった事か、思い出せても小学生の時に校外学習で行った山がせいぜいだろう。

 異世界と日本の秋は違うだろうが、それでも景色の美しさに対して感じる心はエルピス自体が変わらないうちは同じだ。
 なんだか直感でしかないが、昔を懐かしめる気がする。

「ごめんごめん、明日やろう。母さんは来れないのかな?」

「この時期はクリム様も色々とバタついている様ですし、ここは我々だけで行くほうが良いかと、どうせなら明日使う食材も集めに行きましょうか、自分で手に入れた食材は格別ですよ」

「それもそうか、どうせならいっぱい人を集めて森の中で宴会でもする? 出来たらだけど。あとフィトゥス結構料理好きでしょ、今度作ってよ」

 何気なく、ただ善意で発しただけの言葉に対して、エルピスの部屋の扉がガタッと反応する。
 扉に意思がある訳でもないのにあそこまで派手に動いたという事は、誰かが聞き耳を立てて居たのだろう。

 別に聞かれて不味い話をしている訳でも無いし特に気にせず、そのままの流れでフィトゥスに答えを聞こうとした時。
 数十秒程しか経ってない筈なのにドタバタした音が扉の奥から聞こえて来たかと思うと、扉を壊すほどの勢いで数十人が部屋に入ってくる。

 全て顔見知りーーつまりメイドや執事である彼女彼等は普段なら来ている執事服やメイド服を着用しておらず、アロハシャツやTシャツなどのかなりラフな服装になって居た。

 手にはどこで発売されているのか水鉄砲の様なものやボール、釣り竿にスイカもどきなど様々なものが抱えられて居た。

「「宴会と聞いて駆けつけました! さぁ遊びに行きましょうエルピス様!!」」

「宴会というよりはどちらかというと、みんなの格好は今から海行くって感じだけど……じゃあ宴会しようか!」

「青い空、白い雲、そして水着で川を泳ぐエルピス様…あぁ何故今年の夏は暑くなかったのか」

「そんなこんなの理由で今日一日は夏、という事で進行しますので、宴会というより夏の遊びに近いかもしれませんがまぁ構いませんよね」
「では森の最奥地、巨大な湖にれっつごー!!」

「「れっつごー!!」」

「こういう時みんな動き出し早いですよね。あ、料理の件ですけど任せてください。とびっきりのを作りますよ!」

 本来ならば紅葉狩りでもしようと思って居たのだが、ここまで乗り気ならば仕方がない。
 なんだか嬉しそうなフィトゥスの手を握って、エルピス達は森の奥へと向かっていくのだった。

 道中見るからに危ないキノコを食べて、猫人が数人家に帰る羽目になったのはご愛敬。

 /

 スイカ割りに川釣り、石切りや魔法を使っての雪合戦ならぬ砂合戦など。
 夏の代表的遊びーー砂合戦をするかは別としてーーを大体終えたエルピスは、今もなお普段からは想像出来ないほどに騒ぐメイドや執事達を眺めながら、一人静かに水面を眺める。

 水面に写るのは不気味なほどに整った自分の顔、化粧でもしたらこんな気分になるのかなと思いつつ、前世の自分とは全く自分の顔にいまさら違和感は抱かないが手でほっぺをむにむにと動かしてみる。
 痛くはないが、なんだがおかしな気分だ。

「ーー何か考え事ですか、エルピス様?」

「まあ色々とね。そういえばフィトゥスは良く今の状態の僕が見えるね、結構本気で隠れてたつもりだったんだけど」

「エルピス様が悩んでいるのなら、私はいつでも側に現れますよ」

 盗神の力を意識的に使用して限りなく影を薄くしていたつもりだったエルピスは、それをフィトゥスに見抜かれて少し驚く。
 キザなセリフを言いながら隣に座るフィトゥスに、今考えている事を言うべきか言わざるべきかエルピスは少し悩む。

 エルピスが考えて居たのは同級生達の事、もっと正確に言うなら委員長や数少ない友達の事だ。
 彼等は確かそこまでハズレの技能スキルを獲得した訳では無かったと思うが、死の危険性が無いとは言い切れない。

 この世界では自分が死なないと思っている生き物から先に死んでいく、それはまだ短い期間ではあるがこの世界で過ごしたエルピスが実感した事実だ。
 ーーとは言えエルピスもただそれだけなら、こうして早急に悩む必要は無い。

 神から与えられた能力がある以上簡単には死なないだろうし、もし会う時があるのなら会えるだろう。
 それに急いで会う理由も無いからだ。
 ならば何故エルピスはこうして頭を抱えているのか。
 それは本当にこの世界に自分の他に異世界人が居るのか、もしこの世界に同級生達が居たとして、一体どんな召喚主に召喚されたのかという疑問故だ。

 進化した事によって両親の外出などに付き添う機会が増えたフィトゥスならば、おそらく異世界人の情報について何か知っているだろう。
 だがフィトゥスはーーメイドや執事達はーー絶対的にエルピスの味方というわけでは無い、彼等はアルヘオ家の味方だ。

 そんな彼等に自分が、エルピス・アルヘオが、異世界人だと、転生者だと伝えて接し方を変えられたらと思うと背筋も凍る。
 愛情が込められたその目が、宝物を扱う様に大切にしてくれるその手が、眠りに落ちる前に聞こえる愛の囁きが、それら全てが失われる事がーー怖い。

 神の称号だって不安の種だ、強すぎる力はこの世界では忌避される傾向にある。
 両親がわざわざこんな山奥に暮らしているのも、他の人に気を使っているからだろう。

「あ、あのさフィトゥス? 例えばーー例えばだよ? 僕が母さんや父さんに害を成したり敵対した時、フィトゥスはどっちにつくの?」

 ーー手が震えた。
 この世界に来て初めて、まるで生きている心地がしない。
 口から何か大切なものが抜け落ちてしまうような感覚に襲われ、胸の奥が徐々に冷たくなっていくのが意識を向けずともわかる。

「おっと、急に難しい事を言われますね……私はイロアス様に拾われた身、恩を仇で返す事は流儀に反しますので、クリム様やイロアス様に対して敵対する様な事は出来ません」

「……そうだよね、ごめんねフィトゥス変な事を聞いて」

「ーーですが、エルピス様が小さい時にも言った様な気がいたしますが、例えエルピス様が闇に堕ちて正常な判断を失ったとしても、常に私はエルピス様の味方です。相手がイロアス様達であっても。ね、リリィ」

「あんたに馴れ馴れしく呼ばれるのは癪に触るけど…まぁ良いか。エルピス様が何に悩まれているのか、それを聞くのは少々辛そうに見えるので聞きませんが、ただ私達一同は例え如何なる時であれ、如何なる状況であれ、エルピス様の味方です」

 落ち込んで居たエルピスを取り囲む様にして、いつの間にか執事やメイド達は立ち並ぶ。
 盗神の称号まで使って隠れて居たのに、フィトゥスだけでは無く他の執事やメイドにバレるほど、自分の心が乱れて居たのだろうか。

 そう思い、だがそれを自らで否定する。
 みんななら例えどんな能力を使っても、こうして笑って見つけてくれるのだろう。

「さぁエルピス様! まだまだ夏は終わってませんよ!!」

「じゃあ僕と一緒に泳いで勝負しませんか?」

「何言ってるの、エルピス様は私と遊ぶのよ!」

「後輩なら先輩に譲りなさい。エルピス様は私と一緒に、浜辺できゃっきゃうふふするのよ」

「今時きゃっきゃうふふなんて言いませんし聞きませんよ…あれ? でもこの前実家で聞いた気がするな」

「私の実年齢は実家のおばあちゃんレベルって言いたいわけね? いい度胸してるじゃない!?」

「そんな事はーーちょ、やめ! とばっちりじゃないですか! 僕死んじゃうから複合魔法はってうぁへぇ!?」

「誰かヘリア先輩抑えろ! あの人酒入ってんぞ!」

 暗い気分を吹き飛ばす様に一転して楽しい空気を作り出したみんなは、笑いながらまた湖へと足を進める。
 その背中を眺めながらエルピスが無意識に手を伸ばすと、その手をフィトゥスがゆっくりと握る。

「ーーっておい、この場面は私が手を握る所だろう」

「先にエルピス様を慰めて居たのは私ですので、いくら攻撃されても私の方が優先順位高いので、さぁ行きましょうエルピス様」

「はははっ、本当にフィトゥスとリリィは仲が良いね。……まだ伝える事は出来ないけど、いつか絶対に二人にも伝えるからね」

「はい、気を長くしてお待ちしております」

「さて遊びましょうか!」

 最早喧嘩祭りの様になっている湖の近くへと歩いて行きながら、エルピスもいくつか魔法を展開する。
 まだ両親にすら伝える事の出来ていない、自分が転生者であるという事実。

 だが今だけならばそれを忘れて遊んでも許されるだろう。
 そんな事を思いながらエルピスは、みんなが待つ場所へと足を踏み出すのだった。
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