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17話

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 「本当によかった」
安堵しているスコルの目頭には、涙が浮かんでいる。
(こんな簡単なものでも泣くって。アイちゃんは、旅のときどんな料理作ったんだろ?)
感動して涙が出るほど、前と今の料理の差が大きいことを思い知り、アイザックは顔を引き攣らせる。
数ヶ月が経つが、アイリスにはまだ厨に立たせていない。
これからも立たせないことを強く決意した。
朝食を食べ終わり、片付けを始める。
「俺も手伝います」
そう言って、スコルが立ち上がる。
「スコルは病み上がりだし、無理しないで…」
「しかし、主だけに働かせて、俺だけ座っているのも…」
「大丈夫だって」
アイリスはスコルの肩を抑えつけ、また椅子に座らせる。
「私たちで早く終わらせるからさ。スコルはゆっくり待っててよ」
ニヤッと、歯を見せて笑いかける。
その顔をスコルが見て、少し呆けたようであった。
アイリスはアイザックの隣に立ち、食器洗いを手伝う。
「あんな感じで接してたの?」
「あんな感じ、とは?」
アイザックの言っている言葉の意味が分からず、首をかしげる。
「いつものアイちゃんとは違うなって、思ったんだよな。それで、俺かとも思ったけど、それでもないなって」
「やっぱり、アイくんとは違ったか。俺っていうのは、慣れなくて。とりあえず、僕とはいって、男口調は意識していたけど」
「無理しなくてよかったのに。初対面の相手だから、どう思われても関係なかったし」
「駄目だよ」
アイリスは静かに言い放つ。
「アイくんは勇者なんだから。私のせいで見くびられたりしたら、嫌だ。ちゃんと勇者らしく振る舞わないと」
「アイちゃん…」
それだけ覚悟を持っていたのかと、アイザックはアイリスのことを見つめていた。
「それにそんな苦でもなかったんだ。男の体に段々慣れていって、僕というのも自然になった。戻ってきたときは、なかなか抜けなくて。元の体になったときに、ようやく私って、言えたし」
「アイちゃんが嫌じゃなかったなら、いいけど…」
片付けが終わり、元の席に戻った。
どのタイミングで切り出そうか、それぞれ迷っていた。
口火を切ったのは、アイザックであった。
「あの、スコル…さん」
「どうしたんですか、主?その深刻そうなお顔は?それに、俺のことをさんって…」
「大事な話があるんだ」
そう言うと、スコルは黙りこむ。
「俺は、お前の知っているアイザックじゃない」
「それは、どういうことですか?」
「俺は…」
アイザックが真相を話そうとする。
「それはね!アイくん、この前頭打っちゃって。それで勇者として旅をしていたときのことを忘れちゃったの!」
「アイちゃん!?」
アイザックは驚きの声を上げた。
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