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11話

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 「ありがとうございましたー!」
酒場の入り口で、アイリスは深くお辞儀する。
「じゃあねー、アイリスちゃん」
「明日も来るよー」
手を振って出ていく冒険者たちに、アイリスも手を振り返す。
「お疲れ、アイリス」
酒場の先輩のウェイトレスが後ろから声をかけてくる。
「いやあ、元に戻ってよかったよ。少し前に調子悪くいのか、今までのこと忘れたかのように仕事できなくなってたから」
「その節はご迷惑をしました」
アイリスがロベ村に帰ってきて、数ヶ月が経っていた。
アイザックがアイリスのときにやっていた酒場のウェートレスの仕事をそのまま引きつぐことにした。
アイザックからは仕事の内容は聞いていたが、聞くのと実際にやるのとは、別で最初は失敗ばかりであった。
アイリスがアイザックのときに、クエストができないときも酒場の裏方で仕事はしていた。
同じように、初心者っぽかったのに、ガーネットとライリーはよくこなせていたなと思い出す。
また、しばらく男の体でいたために、自分が女として見られることに慣れていなかった。
アイリスの体を守るということで、セクハラにはアイザックは容赦なく対処していた。
コミュ力の高いジークが親友であったから、ボディタッチにはすっかり慣れてしまい、何の対処もしなかったことで、あのアイリスが避けられないほどひどい目に遭ったのかと、軽くやった相手を必要以上に同僚がボコボコにしてしまっていた。
もちろん、セクハラはいけないから、相手も反省して、ほとぼりは冷めた。
それ以来絶対禁止になったため、未だにアイリスには女として見られているという自覚は弱いままであった。
仕事着から着替え、家へと帰る。
最初はアイザックがアイリスを迎えに来ていたが、酒場の仕事は夜遅くになることも多く、勇者として活躍したアイザックは村中から引っ張りだこ。
本人がアイリスの体にいたときは、鍛えすぎて筋肉つきすぎたら悪いと思い、最低限自衛できる程度しか鍛えてなかった。
アイリスがアイザックの体で魔王を退治するために鍛えたときと激しい差があり、そのギャップをなかなか埋められず、毎日疲れていた。
アイリスは勇者として鍛えていたので、アイザックがアイリスだったときよりは自衛できるということで、数週間経てば、一人だけでも帰れるようになった。
「お互い元の自分の体に慣れてきたよな」
手をグーパー握って開く。
アイリスの小さい体に慣れて、アイザックが背が高いことに気づかず、何度も頭をぶつけたことを思い出して、クスクス笑う。
「逆に私は見上げることに慣れていなかったかも。みんな私より下か同じ目線だったから」
鍛えたことでより体格がよくなったアイザックの体だが、もともと平均身長よりは高かった。
女子のガーネットやライリーはもちろん、ジークも平均はあったものの、自分より目線は下であった。
隣を向くと、すぐ顔が見えたのはスコルくらい。
不意に優しく微笑むスコルの顔が頭に思い浮かぶ。
きれいなつやのある黒髪。
まつげが長く、顔の造形が整っていた。
ひょんなことから、アイザックだったアイリスを主と呼んでいた。
主と呼ぶ声が頭の中で響く。
アイリスは顔が赤くなるが、それを追い出すように頭をぶんぶん振る。
(勇者じゃない私にはもう一生会うことのない人だから)
もうすぐ家に辿りつくというとき、森の方でガサッと音がする。
「何の音…?」
アイリスは顔をしかめる。
森なので、動物が出てくることはよくある。
でも、村付近のこの場所でも魔物は出ることがあるのだ。
もし、人を害するような魔物だったりしたら。
そんな怖い想像が頭に浮かぶ。
一度家へと入る。
家は明かりがついておらず、アイザックはもう寝ているようだった。
「ごめん、アイくん。ちょっと借りる」
壁に掛けられた勇者の剣を外し、それを持ち、森に向かう。
アイザックのときに使えた光の魔法で辺りを照らす。
アイザックでいたときより威力は下がっているものの、アイリス自身も魔法を使えることができた。
何かが動いている影が見えたので、アイリスはそれを追いかける。
(いや何で私一人で行こうとしているのかな。偽者でも勇者やっていた習性?ただの村娘にできることなんてないのに。今からでも、アイくん呼びに行って…)
そこで、影の動きが止まった。
(大丈夫。様子見るだけ。起こしておいて、ただの無害な小動物でしたって話なら、悪いし)
光を弱くして、こっそりと様子をうかがう。
その影は地面に横たわっているように見えた。
アイリスどころかアイザックの背丈を超えるほどの大きさ。
そっとそっと、抜き足差し足忍び寄る。
近づいてきても、動く様子はない。
ほんのすぐそばまで寄って、全容が見える。
その姿を見て、目を見張るほど驚く。
「何でこんなところに!?」
そこにいたのは、黒く大きな狼。
体調が悪いのか、ハアハア息を切らしている。
「こんな姿ってことは、相当疲れきっているんだよね」
狼のことが心配で、悲愴な声を上げる。
アイリスは地面に久々をつけ、狼の顔に近づける。
「ごめん、
そう言うと、狼の頬に口づけをした。
ぼふっと辺りに煙が舞う。
夜風によって、その煙が晴れていく。
その中には、まぶたを閉じ、苦しそうに息を漏らす黒髪の男性。
アイリスのかつての仲間、スコルがいた。
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