『~POISON GIRL~』

東雲皓月

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No.4 暖かい腕の中

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カツンッカツンッと鉄の梯子を降りる二人

薄暗く水の音が聞こえる

どうやら地下水に繋がっているようだ

コンクリートに足が着くと微かに水の音が聞こえる

彼は持っていたライトを付けた

「・・・地下水だったのか」

「あっちの方に行きましょう」

チハルが指を指す方向へとライトを照らしながら歩き始める彼は、ちゃんと後ろから着いてくる足音に耳を傾けて小さく呟いく

「…さっきは悪かった」

「え?何がです」

「君達じゃないと分かっていたのに、試すような事をした」

「っ!」

「だが、犯人が捕まって居ない以上は疑うしかなかった・・・だから、悪かった」

前を歩く彼は本当に申し訳ないと顔をチラリと後ろへ向けて再度謝って来た

チハルは試されていたのかと思いつつも、怒りが湧く事がなかったのでもういいですと許す

「まだ名乗ってなかったな。俺はクリス・ヴァーチェだ。自衛隊特殊部隊のリーダーをしてる」

「私はセナ・チハルです。セナが苗字でチハルが名前です」

「……日本人なのか?」

「はい。と、言っても日本語は喋れませんけど」

「そうか・・・なら、チハル。君に聞きたい、確認したい事とはなんだ?」

「・・・言わなきゃ駄目ですか?」

「あぁ」

彼・・・クリスはチハルを呼び捨てにして挙げ句には話せと言ってくる

まるで言わなければ今からでも引き返してもらうとばかりの脅迫めいた言い方に、チハルは少し考えたがマイクも居ないし仕方ないかと諦めて話し出す

「実は、避難所へ入る前に見知った人が居て・・・それが信じられなくて身動きが出来なかったんです。だから、避難所へ居なかったのはそれが理由ですね」

「見知った人?」

「えぇ、確かではないですが・・・もしそうならこの騒ぎの中心に居るのはその人だと私は思ってます」

チハルの言葉に信じられないと振り返って立ち止まるクリスに、まだ仮説ですけどと眉を下げて一言加える

その顔が仮説でないように見えたのはクリスの見間違いではないだろう

確かな何かを知っている様子のチハルに、クリスは益々彼女に興味が湧いた

「・・・成る程。じゃあ、チハルが言った“信じられない”理由は?」

「十二年前に、私が焼き殺した筈なんです。その人物を」

「っ!?」

「知りませんか?十二年前に、施設のような建物が焼き野原になった事件」

「まさか、あれをチハルがやったのか?」

「えぇ、噂では事故とされてましたけど・・・その理由は明白です。“知られたらマズイから事故に見せ掛けた”・・・現にどんな建物だったのかまでは誰も知らない・・・私が燃やしたからってのもありますけど、アイツが生き延びていたならきっと揉み消す筈です」

「・・・じゃあ、今回の件でそれが分かるのか」

「そうですね・・・あ、こっちです」

話しの腰を折るようにチハルは指を指して、二つの道の一つを迷う事なく指すので流石のクリスも不思議に思った

初めての道だというのに、彼女は何故そんなに堂々と云えるのか

足取りに迷いがないチハルにクリスは純粋に疑問を抱く

「どうして分かるんだ?」

「それは・・・っ、壁に触らないで!」

身体ごと振り向くクリスの肩が壁に触れそうになってチハルは慌てて彼を引っ張り壁から離す

辛うじてチハルは尻餅だけで済み、クリスはそんな彼女の身体に寄りかかる型になる

「はぁ、危なかった・・・」

「チハルは意外と大胆なんだな」

「えっ?何を言って・・・っ違います!あれを見て下さい」

安堵しているチハルにクリスはクツクツと喉を鳴らして笑ってそう言うと、不思議そうに首を傾げたチハルが何を言いたいのかが分かり直ぐ様クリスから離れてライトを壁の方に向けた

照らされたライトの先には、ドロリとした得体のしれない怪しい物がこびりついている

所々ではあるが、このこびりついた跡からして随分前から付けられているような感じだ

「あれは?」

「毒です。触れただけでも麻痺して身体の自由を奪うんです」

「っ!?」

「因みに、この先にも色々な毒がついているようなので壁には絶対に触れないで下さい」

「・・・分かった」

頷き立ち上がるクリスは、壁に注意しながらも前に進むべく歩き出す

これで良かったと思う半分、意外にもすんなりと受け入れられた事にチハルは驚きが隠せない

事情も理由すら聞いて来ないクリスに不思議さと少しの罪悪感を感じてしまうくらいだ

何故彼は信じた?

何故、不気味がらない?

チハルを警戒しない?

もしかしたら内心で不気味だと気味が悪いと思っているかもしれない・・・なら、このまま黙って事が終わるまで隠そうか

でも・・・それをしてしまったらきっとまたチハルの頭から消えない記憶として残るかもしれない

マイクにすら、言っていない事ばかりをクリスに打ち明けたのも不思議だった

(私は、、、何故話した?しつこく聞かれるのが嫌だったから?違う、、、じゃぁ、どうして、、、)

いくら考えても分からない

それでも一つだけ言えるなら、クリスには全てを知って欲しいという気持ちが湧いてきて止まない事だけ

不思議だ、本当に

「……クリス」

「ん?なんだ」

「その、、、、、どうして、何も聞かないの?私が、怖くないの?」

恐る恐る口を開くと、ピタリと足を止めたクリスがコチラを振り返った

聞いておいて急に拒絶される事がまた怖くなったチハルは、俯いてクリスの顔を見ないように避ける

そして少しだけ“あの頃”を思い出す

まだマイクに助けられて間もない頃を・・・

「チハル、君は何に怯えてるんだ?」

「え、、、?私が、怯えてる…??」

「正直に言えば、多少不思議には思う所があるし何故そんなに自分を否定したがるのか分からない。だが、急かすつもりも貶すつもりもない」

「っどうして?不気味だと、気持ち悪いと思わない訳じゃないでしょ?!私自身っ、私が気持ち悪くて仕方ないのに……!」

「チハル!」

「っ!?」

「・・・君は綺麗だ、どの女性よりも。その背負った物がなんであれ・・・俺は君が美しく見える」

自分を見失い正気を失い掛けたチハルに、クリスは自分をその瞳に映すようにして真っ直ぐに真剣な表情でチハルを見つめる

微かに寂しさが見え隠れするクリスの顔にチハルは正気を取り戻したと同時に、クリスの言葉で顔が火照る感覚を感じた

今まで、こんな真剣な顔をして自分をベタ褒めする人が居ただろうか?

まるで自分の事のように傷付いた表情をする人が、チハルの周りに居ただろうか?

マイク以外、誰も居なかったチハルの世界にクリスは水のように溶け込んで入ってくる

一番の驚きは、それが嫌だと思わない自分自身だった

人との関わりを絶つと決めていた筈なのに、マイクやクリスは何故見ず知らずの自分をここまで思ってくれるのだろう

マイクの場合、人助けを趣味としている部分があるから分かる気はするが・・・クリスはどうだ?

何のメリットもないのに何故?

分からない事ばかりが頭の中を渦巻いていく

「・・・実を言うと、君の事は仲間から聞いていた。走り込みや手合わせの体験をしただろう?」

再び歩き出したクリスがゆっくりと口を開くと、考え事をしていたチハルは慌てて後を追うように後ろへつく

その間もクリスは言葉を選ぶように話続けた

「あまりに皆して褒めるんで、どんな奴か気になってな。射的場にいると聞いた俺は見回りついでに寄った」

「・・・そう」

「ピストルで、しかもあの距離は流石の俺も驚いたが・・・同時に警戒もした」

「当たり前よ。私だってそうする」

「だがな、あの場を辛そうに去る君を見て警戒する気も失せたのも事実なんだ」

「・・・え?」

前を進むクリスは、ライトを照らしたまま顔だけをチハルへと向けてジッと見つめる

クリスの言葉で立ち止まったチハルにクリスも立ち止まり、今度は身体ごと向けた

そして、少し空いた間を縮めるとクリスはゆっくりと口を動かす

「去った君が気になった俺は後を追いかけ、ベンチに座っていた君を見て理解した。あれは、生きる為に必要だったからなんだろうと」

「っ!!」

「俺達自衛隊も、生きる為に守る為に必要なら武器を手に持つ身だ。長く居ればその区別だって出来るようになる」

どうしてクリスに打ち明けられるのか、今やっと分かった気がする

不思議だと思っていたが、それは本能が“この人なら理解してくれる”と分かっていたからかもしれない

だからマイクにすら話せない“秘密”をクリスに話した

マイクを信用してない訳じゃないが、受け止めてくれてもこの想いは理解できないと思っていたのだろう

だから話せなかった

なのにクリスは、受け止めてくれるだけでなく理解もしてくれた

(そうよ・・・本当は要らないのに、生きる為には必要だったから・・・嫌でも必死に身に付けた。それを、クリスは理解してくれた)

ずっと溜まっていた気持ちが、溶ける氷のように溢れてくる

身が少しだけ軽くなるような感覚を感じた

「───辛かっただろう。ずっと」

「っ・・・ん」

「もう、一人で抱えるな。俺が側にいる」

「クリス・・・」

「会って間もないが、今言った事に嘘偽りはない」

辛かっただろうと抱き締められたが、この暖かい腕の中が不思議と心地よくて嫌じゃないと思った

側にいると言って、抱き締める腕の力が強まった気がしたが・・・それすらも嫌とは感じなかった

だから少しだけでも返せたらと、チハルもクリスの背に腕を回してギュッと強く抱き締める

濡れた顔を隠すように


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