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黄の彼岸花
黄の彼岸花【2】
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……
………
――カッチカッチカッチ。
頭元にある時計が秒針を刻み、その音で目が覚める。いつの間にか寝てしまっていた様だ。時計は23時を回っていた。
住職さんはぐっすりと眠っている。私は一度目が覚めると、なかなか寝付けず布団から這い出した。
体全体で伸びをし、いつも出入りをしている裏口からそっと外へと出る。
月明かりの下、散歩がてら立花の家へと向かう。先程人間の姿に戻った際に、いくつかの記憶が蘇った。この記憶が猫の姿でいつまで覚えていられるのかはわからない。その為、覚えているうちに行っておこうと思ったのだ。
月明かりの元をしばらく歩くと、立花の家が見えてくる。15年前にこの町に引っ越して来た立花のおばさんの家……年月が経ち、周りからは立花のおばあちゃんと慕われている。
「……お母さん」
立花びわこは、人間でいた頃の私の母親だ。それすらも記憶から無くなっていた。
その母親が孫の茜の為にと住職さんからお金をせびっている話を聞いてしまったのだ。記憶が戻らなければ、まさか自分の母親の話だとは思わなかった。
私がなぜこの町で生まれ変わったのか……戻った記憶と今まで聞いてきた話を要約して色々とわかってきた。
――15年前、この町で身投げしたのが私だ。お腹には秋音と茜と名付けようと思っていた双子がいた。父親は住職さんだ。秋音は産まれてすぐに亡くなり、妹の茜だけ生き残った。
なぜ身投げをし命を絶ったのかまでは思い出せないが、私にはまだこの世にやり残した事があるのだとそう思った。
塀を乗り越え、開いていた小窓から家へと入る。家の中はもの静かだが奥の部屋からいびきが聞こえてくる。
そのいびきでお母さんだとすぐにわかった。そんな記憶は残っているのだな、と妙に変な気分になる。
お母さんの部屋の襖をそっと開け、忍び足で近付き枕元に座る。
「にゃぁ……」
「うぅ……ぐぅぐぅ……」
ぐっすり眠っている様だ。私はお母さんの耳元でささやく。
「お母さん、ただいま。先に逝ってごめんね。もう茜は大丈夫だから……。住職さんをそろそろ自由にしてあげて欲しいにゃ……」
「うぅ……うぅ……」
声をかけるとお母さんは少し苦しそうな顔をした。
「大丈夫にゃ……大丈夫にゃ……」
お母さんの頭を撫でていると、少しづつ穏やかな表情になってきた。
「……美沙」
「にゃっ!?」
急に名前を呼ばれて驚いた。しかし寝息をたてている所を見ると、寝言だったらしい。
私の記憶がいつまで持つのかはわからない。またお母さんの顔も名前も忘れてしまうかもしれない。それでもずっと覚えていた事が一つだけある。
「私の名前は美沙。姿が変わっても……ずっとお母さんの子供にゃ……」
………
……
…
お母さんの寝室をそっと抜け出し、入って来た窓から出ようとすると縁側にいた人影に急に声をかけられた。
「ビ、ビックリしたぁ!猫さんどこから来たの?」
「にゃぁ?」
お母さん以外に誰かいるのは予想外だった。中学生くらいの女の子が興味津々でこちらを見ている。私は庭の塀に飛び乗り、素知らぬ顔をして中通りの通路へと降り立つ。
夜風がもう冷たい。そのまま街灯の少ない路地を月明かりを頼りに歩いて行く。
「猫ちゃんどこ行った?」
巻いたつもりでいたが女の子が付いてきてしまった様だ。防波堤へと抜ける道の途中で横道に入りやり過ごす。
「猫ちゃぁん」
女の子は私に気付かずそのまま行ってしまった。ほっとし、上を見上げると『白河』と書かれた表札が目に入る。
偶然にもここは昼間に助けてくれた老猫が住んでいる家だった。あの猫は白河家の……?
「まさかにゃ……」
中通りに面する出窓にひょいっと飛び乗り、中の様子を伺う。カーテンもないその空き家には窓から月明かりが差し込み、夜でも室内が良く見えた。
台所に降りると昼間に老猫がいた場所に目をこらす。
「あっ!いたにゃ……。今晩は、昼間は助けてくれてありがとうにゃ。お礼をきちんと言おうと思って来たにゃ」
老猫は丸まったまま、返事はない。夜ももう遅い、眠ってしまったのだろうか。
「あの……間違ってたらすみませんにゃ……。失礼ですが、もしかして……郁子さんではにゃいですか?」
恐る恐る声をかけてみたがやはり返事がない。郁子さん……それは私を助ける為に海へと飛び込んだ方の名前。
「白河さんの表札を見てもしかして、と思いましてにゃ……」
老猫にゆっくりと近付いてみる。月明かりが老猫の姿を照らし、丸まった姿が良く見える。
「あの……」
近付いてみたがやはり返事はなかった。老猫の体に触れ、ようやく気が付いた。その老猫は眠るように、そして満足した様な顔で……冷たくなっていた。
「冷たい……!?もう死んで……そんにゃぁ……」
待ち人を迎え、見届けた後に旅立ってしまったのだろうか。
老猫がここで待ち人をするとすればそれは家族だろう。そうなるとこの老猫はやはり母親の生まれ変わりかもしれない。
白河郁子……結局、その人も帰らぬ人となったと聞いた。
「南無阿弥陀にゃ……南無阿弥陀にゃ……」
手を合わせ冥福と感謝の気持ちを祈る。明日にでも住職さんにお願いして埋葬してもらおう、そう思った。
………
……
…
――翌朝。
「おはようごぜますだ」
「おはようございます。立花さん、今日は早いですね。どうされましたか」
「……いやね、実は昨夜――」
昨夜、私はお母さんの枕元に立った。住職さんから養育費をもらうのをやめるようにと、そして……。
「夢で『お母さん、先に逝ってごめんね』て、あの子が言うんです……うぅ……」
「立花の……いや、お義母さん……ありがとうございます」
こうして住職さんはようやく自由の身になれた。お母さんが帰るのを待って住職さんが私に話しかける。
「にゃん……いや、美沙さん。ありがとう」
「にゃん」
「美沙さんはちょっとまずいけん、にゃん子に改名かな」
「にゃん」
「ん?にゃん子、どこに行くんだ?え?付いて来いって?」
「にゃぁ」
この後、住職さんを白河家へ連れて行き、老猫を白河家のお墓の側に埋葬した。
「――菩提僧莎訶般若心経」
『チリーン……』
彼岸花が今日も風に揺れる……
黄色い彼岸花の花言葉は『追想』――
過去のことを思い出し、忘れぬようにと願い――
「にゃぁぁ……」
私は今日も住職さんの膝であくびをする。この後、私が天命を全うするまで人間の姿になる事はもう無かった。いつしか、そんな記憶も時間と共に思い出になっていく……。
そうそう、言い忘れてました。釣りのおっちゃんが撮った写真なんですけどね。SNSで投稿したところ話題になって、この町にはたくさんの観光客が来たそうですよ。
どうしてかって?
……ふふ
あれね?
――猫じゃなく、人の姿をした私自身が写ってたみたいなんです。
「にゃぁぁ……」
❀✾❀✾❀✾❀
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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