私の彼岸花

ざこぴぃ。

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赤の彼岸花

赤の彼岸花【2】

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「……んん……ここは……?」

 気が付くと天井の木目が見え、七色の半紙が交互に風に揺られている。壁には無数の仏様が描かれた曼荼羅があり、ここがお寺さんの本堂だという事がわかった。

「おや?気が付いたかいね。亜弥さん、茜ちゃん気が付かれましたよ!熱中症かもしれんね、顔も少し赤い……」
「良かった!今、救急車来るからね!もう心配で心配で……」
「……私、どうして」
「もしもし、お母さん?今、茜が気が付いてん、これからちょっと病院連れてこ思うて――うんうん、ほな美央をお願いね。うん、わかった。ありがとう――」

 お母さんがおばあちゃんに電話をしている。私は気を失っていてのか……。
 住職さんの説明では、お経が終わると同時にその場に倒れ込んだらしい。すぐに意識が戻らず本堂へと住職さんとお母さんが運び、救急車を呼んだそうだ。
 今は意識がしっかりとある。体も不思議と軽くなった気がした。

「あっ……私……行かないと……」
「ちょ、ちょっと!茜!どこ行くん!待ちなさい!」

 ふらふらしながらも私はお母さんの肩をかり、再度お墓へと向かう。

「お母さん……。たぶんやけど、この人のお墓の横にある小さいお墓が……秋音さんのお墓なんやろ?」
「え……どうしてそれを……!?」

 びっくりした表情のお母さんを見ながら私は続ける。

「私はたぶん……双子なんやろ?姉か妹は産まれてすぐに……亡くなって……」

 意識が遠くなる中、もう一人のお母さんの声がはっきりと聞こえたんだ……。



『秋音ちゃん、茜ちゃん、ごめんね……ちゃんと産んであげれなくてごめんね……ごめんなさい……』



 ――そう聞こえた。お母さんが亡くなった後に私達は産まれ、双子のどちらかも間もなく亡くなった。防波堤で見た私にそっくりな秋音さん。あれがたぶん私の姉妹。
 そして実のお母さんの姉である亜弥さんが私を引き取り育ててくれた。

「お母さん……それでも、私のお母さんは産まれてからずっと亜弥さんなんよ。それは今までと変わらん……。でもこれからはお母さんが二人いるってわかってん。産んでくれたお母さんも、育ててくれたお母さんも……大好きや」
「茜……!!」

 いつの間にか涙が止まらなかった。お母さんも一緒に声を上げて泣いていた。

「秋音さん……の分まで生きなな……せやな。私はたぶん生かされたんや。お母さんと秋音さんに、あんたは生きなあかん!て言われた気がする……」

 さっきまでのもやもやした気持ちが晴れていく。そしてお母さんと秋音さんのお墓に手を合わせ祈る。

「また来るね……また会おうね……」
「おぉい!亜弥さん!救急車が来たけん!茜ちゃんと一緒に――」

 住職さんが呼びに来てくれた。もう救急車は必要ではなかったのだが、念の為にと病院へ行く事になった。
 私の中ではこの不思議な体験は既に納得ができ、体は大丈夫だったのだが傍から見たら心配だったのだろう……。

「こんにちは――」

 お寺さんの参道を降りて行く途中で女性とすれ違い会釈する。変わった人だ。裸足でお寺さんにお参りするなて……。
 救急車に乗り込むと血圧を測られ、体温計を渡された。お母さんが事情を説明し念の為にと松江市の総合病院へと向かう事になった。

「あっ……!」
「どうかされましたか?」
「茜?どこか痛いん?」

 心配そうな顔をするお母さんと救急隊員さんの顔を見て申し訳なく思う。

「あ、いえ。大丈夫です……」

 さっきのすれ違った人……もしかして春子さん……。靴は履いて無かった。そして夢の中の防波堤で見た顔だった。やはり不思議な体験をしたものだ、と妙にそわそわする。
 30分程救急車は走り、病院へと着いた。点滴を付けCTが準備出来るのを待つ。

「茜、痛いとこない?」
「うん、もう平気やよ」
「何でも言うんよ?」
「うん……」

 やっぱりこの人は私のお母さんだ。血は直接は繋がっていなくとも、親戚の叔母に当たる血縁ではある。
 握られた手が温かく、安心感があり、少しだけこそばゆかった。
 ――検査が終わり診察室へと呼ばれ、そしてお医者さんから意外な結果を告げられる。

「お母さん……CTの結果なんですけどね……」
「先生、どこか悪いんでしょうか?」
「古い傷だと思うのですが、一度MRIをおすすめします。この脳の部分に――」

 それは早めに処置をすれば治るものであると言う。小さい頃に出来たであろう古傷が少し大きくなっていると言われた。

「立花さんは大阪でしたよね?紹介状を書きますので持って行ってください。私の先輩で脳に詳しい先生が……と、これ彼の名刺です。黒川大樹先生と言ってこの業界では有名な方です。安心してください」
「ありがとうございます」

 その日は様子を見る為、一晩入院して点滴と採血等をし、明日の朝帰る事になった。

「――お母さん?茜の事なんやけど。そうなんよ、うん。それでこっちで一晩様子見る事になってん、うぅん。本人は大丈夫やって言うてる。うん、わかったわ」

 お母さんがおばあちゃんに報告の電話をし、待合室へと帰って来る。

「おばあちゃん何やって?」
「はぁ、めっちゃ心配してるわ。お母さんもあんたの着替えと車を取りに一回戻ってくるから、ここで待っとってや」
「うん、わかった」
「看護婦さん来たらちゃんと説明聞いとくんやで」
「お母さんもうわかったって。はよ、行きや」
「……はぁ。もうどうして次から次へと……はぁ」

 頭を抱えながら、お母さんはおばあちゃんの家へと戻って行った。
 その後、心電図や脳波を調べ暗くなる頃には検査も終わった。検査結果は大阪の病院へ送っておくと先生が言っていた。
 ベットで横になり点滴から落ちる薬を見ながら、色々と考える。
 もしかしたら秋音さんか、お母さんが「まだ来たら駄目だよ」て言ってるのかもしれない。「そっちで頑張りなさいよ」って。もし今日、病院へ運ばれる事がなければCTを撮る事もなく時間は過ぎていっただろう。そのまま気付かずにいたら、私の頭はどうなっていたんだろう。そう考えると何だか亡くなった二人に感謝をしなければならないと思った。
 ただ、秋音さんではなく私が亡くなっていたらどうなっていたんだろう……とも考える。

「ん?メール?」

 置いてあった携帯が光っている。妹の美央から『大丈夫?お姉ちゃん?』と一言だけ入っていた。

「……そうやな。今の私の家族は亜弥お母さんと、美央なんやな。そうや……もしも話をしてもしゃあないな……」

 私は美央に返事を返す。赤い彼岸花の写真を添えて。

『大丈夫や、ありがとう。明日おばあちゃんちに帰ったら一緒にお寺さんにお参りして帰ろうな』

 ――翌日お寺で見た赤い彼岸花は、風に揺れお別れを言っている様だった。
 赤い彼岸花の花言葉は「情熱」と「悲しい思い出」……か。
 帰りの車の中でそっと花言葉を検索し、携帯を閉じ目をつむる。車内のBGMには行きと同じ様に福山雅治さんの『家族になろうよ』が流れていた。


「お母さん、秋音さん。私はもう……大丈夫やで」


❀✾❀✾❀✾❀

 この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

引用元/福山雅治さん『家族になろうよ』
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