かみのこはる〜裏参道のモノノ怪物語

ざこぴぃ。

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番外編

番外編第四話・ござる温泉

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 ――冬の足音が近付く十一月。

 親子鶴旅館に初めてやって来た妖猿の猿渡奏さるわたりかなで……通称「ござる」。
 きっかけは春夫達に誘われ、一緒に温泉に来たのが始まりだった。本人もまさかこの旅館の女将になるなんて思ってもいない。

「着いたわ。ここが百鶴ひづるさんの屋敷よ」
「これはまた随分立派な屋敷でござるな」
「おぉい、荷物置いたら百鶴さんが屋敷を案内してくれるってさ!」
「あなたわかったわ!カナデ、行きましょ!」
「これは立派な正門でござ……あぁ、のこ殿お待ちくだされ!」

 鬼の子ヤタロウと別れ、心無しか寂しそうにしていた妖猿を希子が連れ出して来た。
 この屋敷を春夫が相続し、今まさに改築作業が至る所で行われている。広大な敷地に立派な屋敷、しかも温泉まであると言う。
 春夫と希子はすでにかみのこはる神社で暮らす事を決めていたため、この屋敷は旅館にしたいと百鶴に申し出たのだ。百鶴は快く承諾してくれた。
 従事達は離れと蔵を改装して生活し、屋敷は旅館として改装することになった。

カンカン……トントン……

大工達の声と改装している音が聞こえてくる。

「初めまして。百鶴ひづると申します」
「初めまして!猿渡奏さるわたりかなででござる!カナデとお呼びくだされ!」
「カナデさんですかぇ、これはこれは……」

自然に波長が合う二人。

「なぁ、のこ。百鶴さんはモノノ怪が見えないんじゃなかったのか」
「そう言えばそうね。カナデは何かしてるの?」

 春夫と希子がそんな事を言ってると、小声で妖猿が着物をヒラヒラさせながら話しかけてくる。

「これでござるよ」
「着物?」
「この着物は、のこ殿の眼鏡と同じ原理で出来ているのでごじゃる……ござるよ」
「へぇ、そうなんだ!あなた!これ便利よ……ね?どしたの?」
「ぷぷぷ……今……ごじゃるよ……て」
「間違えたでござる!春夫殿はそうやっていつも私の事をいじって楽しんでいるでごじゃ……ござる!ぷんすか!」
「すまん!すまん!もう言わないでごじゃ……ぷぅ」
「こら!あなた!いい加減にしなさい!」
「すいません……」

希子に怒られ大人しくなる春夫。

「ほほほ、春夫さんのお友達は皆は元気があって良いですねぇ。わしも若い頃を思い出します」
「百鶴さん、騒がしくてすいません。きつく言っておきます」
「すいません……」

 旅館内を一通り見て回り、最後に温泉へとやってくる。

「ふふふ、着きましたよ。こちらが完成したばかりの温泉です。眼下に川が見えるように改装して、一年を通して四季が楽しめます。あと、春夫さんのご希望通り男女混浴――」
「あぁあぁあぁあぁ!百鶴さん、この温泉の効能は――」
「へぇ、効能ですか?わしが聞いた話では……」
「あなた……ちょっとそこへお座りなさい」
「……は、はい」
「混浴がどうしたって?」
「そ、それはその……そう!言い回しであって!紺色の浴槽にしたらいいかな!て!でも合わないよね!あはは……」
「くたばれ」

ドカ!バキッ!!!

「あぁぁれぇぇぇぇ!!」

ドボォォン!!

眼下の川を流れていく春夫。

「希子さん!だ、大丈夫なのですか!春夫さん沈んでますけども!」
「百鶴さん、大丈夫です!夫婦の問題は夫婦で解決します!ふん!」
「あはは……左様で御座いますか。それは失礼致しました。わしは昼食の準備をして参りますので、お二方は温泉を楽しんでくだされ」

 そう言うと、巻き込まれない様にそそくさと温泉を出ていく百鶴。

「さ、カナデ!温泉温泉!……て!もう入ってる!」
「はぁ……極楽極楽……ん?希子殿、どうされたのでござる?」
「い、いや。お猿さんのモノノ怪もやっぱり温泉好きなのね」
「はぁ……毎日入りたいくらいでごじゃるよ……はぁ」

ちゃぽん……。

 希子と妖猿は眼下に見える川辺で、子鹿の様に震える春夫を確認しながら温泉につかる。

「はぁぁぁ……極楽ですわ……」
「はぁぁぁ……ここで働かしてもらえぬでごじゃるかの……」
「カナデはそんなに温泉が好きなの?」
「そうでござる。血筋でごじゃるよ」

 妖猿がほっぺを赤く染め、タオルを頭に乗せるその姿はまるでテレビで見る冬の風物詩の様だ。

「気持ち良いでござる……そうでござる!兄弟姉妹を呼ぶでござるよ!希子殿!私は決めたでござる!」
「どうしたの?急に」
「ここで働かせてくださいでごじゃる!」
「ちょ、ちょっと!カナデ、私にはそんな権限ないわよ!」
「ここで働かせてくださいでごじゃる!」
「わかった!わかったから!はるくんに聞いてみるから!前を隠して!女の子なんだから!」
「はっ!?これは失礼したでごじゃ……ぶくぶく……」

――翌日。

 客間で熱を出している春夫をよそに、妖猿の親族が親子鶴旅館に訪れる事を百鶴に承諾してもらった。
 人間にも認識されるように特殊な着物を着ている。中には変化出来ずに猿の姿の者もいる。

「お猿さんのままはちょっと……」
「ですよねぇ……やっぱり」
「駄目でござるか……無念。こうなったら群れを代表して、切腹いた……」
「カナデちょっと待ちなさい!こんな事で切腹してたらキリがないわよ!」
「そうですねぇ……例えばきちんと人間の姿になり、おもてなしが出来るカナデさんの様な方を数人であれば可能です」
「ふむ……百鶴殿、かたじけない。しばし待たれよ」

 そう言うと妖猿は男性猿二名、女性猿三名の計五名を選出する。

「百鶴殿、いかがでござろうか?」
「よろしいのではないでしょうか。そちらの五名で食いぶちを稼ぎ、他のお猿さんの食費とすればよろしかろう。ただし近隣住民への悪さはご法度ですぞ」
「わかり申した。重々言って聞かせるでござる」
「それとこの隣山にも源泉があります。お仲間のお猿さんはそこで温泉を作るとよろしかろう」
「何と!そこまで気を使って頂けるとは!この妖猿カナデ、一生、百鶴殿に感謝致すでござる!私に出来る事があれば何でも言ってくだされ!」
「ではこの旅館の女将になってくれまいか。もうわしもそろそろ引退したいのでな……」
「そ、それは……少し考えさせてくださいでござる……」

 後日、正式に妖猿がこの旅館の女将に就任した。
 そして希子の提案で旅館の離れにお墓を建てる事になる。そこには百鶴の母親、鶴と、姉の千鶴ちづるの名が刻まれる。
 裏街道に埋めていたペンダント二つを掘り起こし、お墓の中に移した。

 こうして旅館の名前は『親子鶴旅館』となったと言う。めでたしめでたし。

「へっくっしょん!!!」
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