かみのこはる〜裏参道のモノノ怪物語

ざこぴぃ。

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番外編

番外編第二話・狐の嫁入り

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「春夫さん、希子さん。今まで大変お世話になりました」
「陽子さん、こちらこそ。長らく引き止めてしまって……今まで本当にありがとう」
「陽子さん幸せになってね!!」
「ありがとう!皆……行ってきます!」

 春が終わる少し前。早鳴きのセミが鳴き出した頃……陽子こと、妖狐はお嫁さんになった。

――さかのぼる事、半年前。

 かみのこはる探偵事務所に一人の青年が訪れる。

「あのぉ……すいません。こちらがモノノ怪の探偵事務所ですか」
「はいはぁい、今行きますわ!少々お待ちを!」

 部屋の奥で書類を整理していた妖狐が、受付へとやってくる。

「はい、お待たせしました。こちらにお名前と……あら?ペンが無い……ペン……ペン……は、と……」
「あっ、ペンならここに――」

 署名用紙の下になっていたペンを青年が取ろうとして、妖狐と手が触れる。

「あっ……」
「あっ……すいません……」

 妖狐の冷たい手に触れ、青年はドキっとした。妖狐は見た目は二十代前半の美人だ。色は白く黒い髪にキリっとした目……そして真っ赤な唇。青年は妖狐に見とれ、言葉を忘れてしまう。

「あのどうかされまして?」
「あっ……すいませんすいません。美しいお方だなぁ、と思ってしまって……」
「え?あらまぁ……お上手ですわね、ふふ」

恋――それは突然やってくる。

「こちらにお名前とご依頼内容と……モノノ怪の方でしたら住所欄は空欄でも構いません。ご記入してお待ち下さい。宮司ぐうじを呼んで参ります」
「あ……はい……」

 どことなく上の空の青年は、立ち上がり奥の部屋へと行く妖狐の姿を見つめる。
 まだ彼女が妖狐……モノノ怪であることは知らない。人間の女性として認識している青年。それでも『一目惚れ』した気持ちでは相談事どころではなくペンを持つ手も震える。
 しばらくすると妖狐が帰ってきた。

「お待たせしました。宮司が間もなく来ますので、中に入ってお待ち下さい。ささ、寒いので――」
「は、はい!」

 妖狐は青年の書いた署名を持ち、室内へと案内する。妖狐の後ろを歩く青年は、頭一つ分ほど背が高い。

 ――青年が案内された部屋は暖かく、すでに暖房が入っていた。十畳くらいの畳の部屋の真ん中にはテーブルがあり、向かい合わせで座布団が敷いてある。新築の匂いだろうか。畳の良い香りもしてくる。

「こちらでお待ち下さい」
「はい、ありがとうございます」

 妖狐は青年を部屋に案内すると、お茶を準備し部屋から出ていく。

「なんて……美しい人なんだ……」

 お茶に映る自分の顔を見ると、ニヤけているのがわかる。しばらく待っていると宮司がやって来る。

「お待たせしました。神野春夫と言います。今日はどう言ったご要件で――」
「は、はい!実は――」

 青年は数年前から夢でモノノ怪を見るようになり、それがきっかけかはわからないが身の周りでも不可解な出来事が増えた。そこで噂で聞いたモノノ怪の探偵事務所へと相談に来たのだった。

 彼の名は『夢見川瑠偉ゆめみがわるい』と言い、間もなく二十歳になる。
 不可解な出来事の原因を探って欲しいとの事。腕組みをし、悩む春夫。

「なるほど。夢見川さん、話を聞く限りではモノノ怪の仕業で間違い無いと思います。ただ――」
「ただ?いえ、お金は払います!お願いします!」
「いえ、そういう意味ではなく――」
「体ですか!体で払えと言われるのですか!」

夢見川はとても純粋で……慌てん坊だった。

「夢見川さん落ち着いて下さい。とりあえず……陽子さんに様子を見に行かせます。ご都合の良い時間を――」
「よ、陽子さんと言われるのですか!先程の美しい女性は!!」
「はい、妖狐の陽子さんですけどそれが何か?」
「陽子之陽子さん……素敵な名前だ」

そうでもない。むしろ呼びにくい。

 その日は妖狐が夢見川の家に行く日を決め、夢見川は帰って行く。

――数日後。

「ごめんください。かみのこはる探偵事務所です。夢見川さんはおられますか!」

 二つ山を越えた小さな町に夢見川は住んでいた。家は古民家を借りていた。インターホンもなく、玄関から夢見川を呼ぶ。

「はぁい!お待ちしておりました!陽子さん、さ、上ってください!」
「こんにちは、では失礼して――」

カサ……カサカサ……

「え……今……何かいまして……?」
「いや、モノノ怪ではなくて……たぶんゴ……」
「いっやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「陽子さんっ!!?」

 陽子は夢見川に抱きつく。妖狐の獣臭とシャンプーの混ざった香りが夢見川の鼻を抜ける。

「あぁ……いい香り……」

夢見川は変態なのか。

「た、たすけけけけ……て!!あれは駄目!あれは!」
「ははは!陽子さん大丈夫ですよ。あれはただのゴ……」
「殺すっっ!!!」

狐火蓮華翔レンゲショウ爆炎!!!』

パチンッ!

ズドォォォォォォォン!!!

狐火蓮華翔レンゲショウ爆炎!!!』
狐火蓮華翔レンゲショウ爆炎!!!』

ズドォォォォォォォン!!!
ズドォォォォォォォン!!!

 小さな町は大騒ぎになった。ガス爆発と認識され、消防やら警察やら……もうそれはそれは地獄絵図だった……。
 そしてこの日、夢見川の住まいが無くなった。

「大変申し訳ありませんでした!」

 包帯ぐるぐる巻きの夢見川が気が付いたのは、かみのこはる探偵事務所の客間だった。妖狐の側にいたため、軽症で済んだ。しかし住むところもなく、春夫が当面の間、面倒を観ることになった。

「夢見川さん、本当にごめんなさい。私、気が動転してしまって――」
「陽子さん気にしないでください。僕はこうして陽子さんといれるだけで幸せです」
「夢見川さん……」

こうして二人は少しずつ愛を育み始めた。

――半年後。

「春夫さん、希子さん。今まで大変お世話になりました」
「陽子さん、こちらこそ。長らく引き止めてしまって……今まで本当にありがとう」
「陽子さん幸せになってね!!」
「ありがとう!皆……行ってきます!」

 春が終わる少し前。早鳴きのセミが鳴き出した頃……陽子こと、妖狐はお嫁さんになった。

ただ――

「のこ、陽子さんと夢見川さんは何で探偵事務所の裏に家を建てたんだろう……?」
「あなた。それは陽子さんがアレが大嫌いだからですよ。この蛇姫様の作った結界内ではアレが出ませんもの。ねぇ、小春」
「だぁだぁ!」
「そうなのか……知らなかった……」

 後日談だが、夢見川瑠偉も人間では無かった。皆が気付いたのはたぶん……初めての満月の夜。

「ワオォォォン!!」
「コォォォォン!!」
「ワオォォォン!!」
「コォォォォン!!」

狐と狼の遠吠えが響いていたそうだ。
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