かみのこはる〜裏参道のモノノ怪物語

ざこぴぃ。

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番外編

番外編第一話・さんかんび

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 春夫と希子がまだ小学生の頃。蛇姫と出会う少し前のお話。神社の境内で遊んでいると一匹の猫がいた。
 今思うと最初に出会ったモノノ怪がにゃん太だったのかもしれない。ずんぐりむっくりの虎柄の猫は、陽当りの良い階段の真ん中で我が物顔の様に寝そべっていた。

「のこちゃん、あの猫飼ってるの?」
「うぅん、よそんちの猫。うちのじゃないよ」
「そうなんだ。『ここがぼくのおうちですよ』みたいな顔して寝てるから!」
「あはは!はるくんたら!猫はしゃべらないよ!」
「それもそっか!あはは!」
「あっ!そう言えばお母さんが今日も晩ごはん食べて行きなさい、て言ってたわ」
「え!いいの!今日は……そっか、日、月、火……火曜日だからうちのお母さんおそい日だ」

 春夫の母親はシングルマザーで、仕事に家事にと大忙しだった。父親は春夫が産まれて間もなく亡くなったと聞いていた。一人息子の春夫を大事に大事に育てていたのである。

「はるくん。今度の日曜日、さんかんびあるじゃない?」
「あっ、そうだ。プリントまだ出してなかったかも!」
「もう!お母さんに怒られるよ!」
「帰ったら出すよ、それで?さんかんびがどうしたの?」
「うん、さんかんびで『お母さんへのお手紙』を読む役になっちゃって……ちょっときんちょうしてる」
「大丈夫だよ、のこちゃん!ぼくなんかまだ書いてもない!」
「あはは!それはだめでしょ!今から書こうよ!」
「えぇぇ!いいよぉ……」
「善は急げですわ」
「え?だれ?だれのマネ?」
「昨日のドラマの――」
「見てないからわかんない!ちょっと!のこちゃんまって――」

 あの頃は純粋に毎日が楽しくて、周りの大人達が一生懸命生かしてくれた事なんて考えてもみない。小さな港町の小さな小さな二人の子供が、モノノ怪と出会い生涯をかけて必死に生きていく物語を作る事になるなんて、今は誰も知らない。

「――お母さんがしご……ねぇ、しごとって漢字習ったっけ?」
「習ったわ、貸して。こう書いて……」
「あぁ、そっか。見たことある……お母さんが仕事で……」

 希子の家で参観日の作文を書く春夫。母親が仕事の日は家に帰ってもいつも一人で母親の帰りを待っていた。神宮寺夫妻はそんな春夫を可哀想に思い、週に何度か預かるようにしていた。

 ――それはまるで本当の兄妹のように可愛がっていた。

 参観日当日を迎えた。外はあいにくの雨だ。春夫の母親も来る予定だったが急に仕事が入り『遅くなってでも行くからね!』と言う母親を玄関で見送ってきた。
 春夫は『たぶんお母さんは来れない』と心の中では思う。少し寂しくもあるが、仕事をしてくれてる母親にはそんな顔は見せたくなかった。

 授業が始まり、教室の後ろには保護者が並んでいる。最初に決められた数人の子供が作文を読んでいく。時間が余れば、他の子達も作文を読む事になっていた。
 希子は三番目に作文を読み始める。神宮寺夫妻は、うなずきながら希子の作文に耳を傾ける。

「――大好きなお母さん……とおまけのお父さん。いつもありがとう。希子より」
「あははは!」

パチパチパチパチッ!!

 笑い声と同時に、同級生も保護者も拍手を送る。希子は恥ずかしそうに椅子に座り作文を机にしまった。神宮寺夫妻も周りの保護者に頭を下げている。

「むふぅぅ」

 希子の独特な安堵の声がした。隣の席にいた春夫の方を向くと、少しだけ笑顔を見せた。

 雨が次第に強くなっていく。時折、雷も鳴り始め、教室の後ろでは保護者達が心配そうな声を出し始める。
 授業参観が始まり三十分が経過した頃、校内放送が流れた。

ピンポンパンポン――

『えぇ……ただいま大雨洪水警報が発令されました。授業参観は中止とし、児童の皆さんは保護者の方と速やかに下校して下さい。各クラスの担任は――』

 それは突然の授業の終了の合図だった。ちょうど作文を読もうと立ち上がった子がほっと胸をなでおろしていた。

「皆さん、授業参観は中止になりました。保護者の皆さんはお子さんと下校をお願いします。保護者の方が来られてない生徒はそのまま教室にいて下さい。先生が――」
「はるくんはるくん、一緒に帰ろ、お母さんに言ってくる」
「のこちゃん……うぅん、お母さんが……来るかもしれないんだ。約束したから……」
「えぇ!でもこの雨じゃ来れないよぉ」
「うん……」

 まだ携帯電話が普及していないこの時代。家の電話が繋がらないと『約束』をした言葉が大事な時もあり、その反面邪魔をしたりした。
 春夫は先生に呼ばれ、教室で待つ事を選択する。数人同じように教室で待っていたが保護者が迎えに来ていた。
 神宮寺夫妻も春夫に声をかけたが、本人が母親を待つと言うので仕方なく帰っていく。

 ――皆が帰り三十分程経った。担任は生徒保護者の見送りを済ませ、保護者が来るまで職員室で待機していると言い、教室から出ていく。

ザァァァァ……

 雨は止むことがなく降り続けている。時折、外が光り雷が鳴る。教室で一人春夫は窓の外を見ていた。おもむろに春夫は椅子から立ち上がり、作文を広げる。

「お母さんへ。いつも仕事をしがんばってくれてありがとう――」

ピカッ!!ゴロゴロ……

 近くで雷が鳴り、雨はいっそう激しくなる。春夫は気にせず作文を続ける。

「――時々、家に一人でいると玄関が開いてお母さんが帰って来たと思い、走っていくけどだれもいません。こわいけど、だれかもし僕の話相手になってくれるのならそれでもいいかな……とも思ったりします」

カラカラ――

 教室の後ろの扉が開いたが春夫は気付かず続ける。雨と雷の音も春夫の耳には入っていない。

「――お母さんにはずっと元気でいてほしいです。僕は寝る前にいつも神様におねがいします。さみしい時もあるけど、お仕事をがんばってるお母さんは僕のたからものです。寺井春夫――」

パチパチパチパチッ!!

 教室の後ろで拍手がした。春夫が振り返ると、母親がいつの間にか来ていた。そして、母親の後ろにはたくさんの……モノノ怪がいた。それは雷が光った後にすぐに消えてしまったが、みんな拍手をしていたように見えた。

「春夫……遅くなってごめんね。作文ありがとうね。お母さんと帰ろ」
「うんっ!」

 春夫は久しぶりに母親の手を取り、帰路に着く。担任に挨拶をし待たせていたタクシーに乗り込む。

 雨は降り続ける。だが、春夫の心は晴れ渡っていた。家までの十数分……後部座席で母親との会話をする春夫は笑顔だった。

 ――ただ、助手席に静かに座っている老婆の話はまたいつか機会があればしようと思う。

ピカッ!!ゴロゴロ……。
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