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四章・宿命
第二十九話・宿命と宴
しおりを挟む――桜の里
春夫はおたたり様との戦いから丸一日眠りについていた。目が覚めると、すでに日は落ち囲炉裏から炭がはじける音が聞こえてくる。
パチパチ――
「おや……気が付いたのかぇ……」
「ノア……?ここは……?」
「桜の里の村長のうちじゃ」
「桜の里……あぁ……そうか、おたたり様を倒して……うっ……」
「動くでない。そなたの体は少し休養が必要じゃ……」
パチパチ――
「なぁ……皆は無事か?」
「耳を澄ましてみぃ」
「……?」
外から賑やかな声や太鼓の音が聞こえてくる。
「無事……の様だが、桜の里の人達が見つかったのか」
「あぁ……おったよ。そもそもどこにも消えてはおらんかった」
「どこにも?桜の里に来た時は誰もいなくて……そうだ。ノアもどこかに消えた……」
「シャシャシャ……わしは希子の召喚されて飛ばされただけじゃ。里の者は地下におったわい」
「地下?隠れていたのか」
「あぁ、おたたり様が森を徘徊してたそうじゃ。村の入口に赤布が出てたじゃろ?あれは警戒用の布じゃそうじゃ。赤布が出た際は地下へ避難せよと」
「おたまちゃんだけ気付かなかったのか……」
「違う違う。それも誤解じゃ。よろずやの親父はおたまが帰って来た時にその旨を伝えたそうじゃ。ご飯が済んだら地下へ来いと。じゃが、おたまの奴が聞いておらんかった……遊びに夢中だったのじゃろう」
「何だ……それだけの事だったのか……安心もしたが、こっちは死を覚悟までしたんだがな……ぷっ……ははは!」
「シャシャシャ!しかし、得る物もあった……おたたり様の正体がわかったわい……」
「正体?あぁ……あれは俺なんだろ?」
「ん?気付いておったのかぇ?」
「ハッキリとはわからないが、おたたり様が自身の事を『ハルオ』と言ったんだ」
「そうか……そうじゃったか」
蛇姫は春夫に頭を下げた。
「すまぬ。わしのせいだ」
「え?ちょ、どうした」
春夫は起き上がり、蛇姫に頭を上げさせる。蛇姫が人間に頭を下げる事など無いと思っていた。
……蛇姫は重い口を開く。それは今まで春夫に隠していた秘密だった。
――十数年前
春夫の母親が神宮寺の元へと離婚の相談に行った日。その日は小雨が降り、時々雷の音が聞こえる日だったそうな。蛇姫はここ、蛇姫神社の御神体である。その日も境内をフラフラとしていた。
離れから怒鳴り声が聞こえてくる。何事かと蛇姫が部屋を覗くと、包丁を持った男が神宮寺と春夫の母親に詰め寄っている所だった。
春夫はまだ赤子。母親は双子を守ろうと必死で抵抗をする。しかし男は片方の赤子を掴み放り投げる。
それが兄、春彦であった……。蛇姫はとっさにその赤子と母親が守っていた赤子をすり替えたのだ。
『千家の血筋』何度か蛇姫が口にした言葉だ。母親の血を濃く継いでいるのが長男春彦。そして次男の春夫。長男が目の前で死にかけ、それをあろうことか春夫と入れ替えた。なぜそうしたのかは蛇姫にもわからない。体が勝手に動いた、と言えばそれまでなのだが……。
その後、春彦は次男春夫として育てられた。そして亡くなった春夫はその憎しみからおたたり様となる。死して尚、モノノ怪として成長を続けていたのだ。
春夫の義理の父親は刑務所へと入る。死んだと聞かされていた。しかしその執着心はとどまる事を知らず、幾度となく刑務所から脱走し、春彦を襲う。いつしかおたたり様が降臨し怨念の塊となり春彦の前に姿を現したのだ。
パチパチ――
「故に、お主は本来ならば長男の春彦なのじゃ。しかし人間らは気付いていまい。わしの過ちが犯した結果、春夫をおたたり様の怨念にしてしまったのじゃ……許して欲しい……」
「な……何てこと……だ。俺が春彦で、おたたり様が春夫……!だから体を返せと……!!」
「そう言うたのじゃったら間違いない。わしがおたたり様を喰ろうた時に記憶の断片が見えた。それは春夫として生きるお主への恨みじゃった……」
「ぐっ……春夫……そうだったのか……!」
春彦は言葉にならない胸の痛みを感じた。
「しかしじゃ。それは人間にはわからぬ。わししか知らぬ事実。お主は春彦であったしても、これからも春夫として生きるのじゃ、これはお願いでも何でもない。命令じゃ」
「……」
「……」
パチパチ――
炭がはじける音が部屋に響く。しばらく二人の間に沈黙が流れ、春彦は事実を知ってしまい言葉を失っていた。
「……それでも……俺は春夫として生きてきた。兄が春彦だ。これからもそれは変わらないだろう」
「……うむ。そうじゃの。お主がそう言ってくれるとわしも助かる……」
「なぁ……ノア。俺は……生きてるんだよな?」
「あぁ……生きておる。あの日からわしがずっとお主を守ってきたのでな……これからもそれは変わるまい」
「そっか……ノアが俺を守ってくれてる意味がわかったよ。俺は変わらない……これからもよろしくな、ノア」
「あぁ、こちらこそじゃ」
ガタン――
「蛇姫様!一緒に晩御飯――はるくん気が付いたのね!」
「あぁ、のこ。心配かけたな、もう大丈夫だ」
「良かった!起きれる?今から晩御飯なの!」
「うん、行こうか」
「そうじゃな、まずは食べて元気になってもらわねばな」
「ん?何の話?」
「いや、こっちの話じゃ」
「変なの、陽子さんとくるみがもうね、可笑しくって!早く早く!」
希子に急かされ、春彦……春夫と蛇姫は広場へと向かう。
焚き火を囲い、村の人達もおたまも集まっている。特に妖猿のカナデと鬼の子ヤタロウとは久々の再開で盛り上がっていた。
「お初にお目にかかります。私は妖狐殿の召喚にて召されました荼枳尼天と申します。以後、お見知りおきを」
「お初にお目にかかります。自分は幼猫殿の召喚にて召されました猫頭神と申します。以後、お見知りおきを」
「あっ……春夫と言います。よろしくお願い……え?今、神様って……」
「そうなのにゃ!バステト様はえらい猫神様なのにゃ!うちの猫纏で召喚したにゃ!」
「あら、私の狐纏で召喚したダーキニー様はそれはすごい神様なのですよ。それは狐を操り――」
「操られてるにゃ……本末転倒だにゃ……」
「くるみ!!あなたねぇ!ダーキニー様の悪口を言うと!こうですわよ!こう!」
「痛いにゃ!離すにゃ!」
「はは……は……二人の神様の力でおたたり様を倒したのか……とんでもないな……」
春夫が空いてる席に座ると、隣には妖猿と鬼の子がいた。
「春夫殿、我らを救って頂き、感謝でござる」
「オニィタン、アリガトウ」
「ござるとヤタロウ君。無事で良かった。こっちこそありがとうだ。今、生きてるのは二人のおかげだ」
「とんでもないでござる!おたたり様が徘徊してる所へ一人で向かう春夫殿はそれはそれは格好良かったでござるよ!」
「ソウダヨ!」
――こうして楽しい夜は更けていく。
「今は……そうじゃな。ゆっくりと英気を養うと良い。春夫よ」
蛇姫もこの日は胸のつかえもようやく取れ、数十年ぶりにゆっくりと酒が飲めたのだった。
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