かみのこはる〜裏参道のモノノ怪物語

ざこぴぃ。

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三章・裏参道のモノノ怪

第二十四話・お別れの鶴

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 モノノ怪達との戦いから三日後。春夫はようやく目を覚ました。

「う……うぅん……ここは……?」
「はるくんっ!気が付いたのね!良かったぁ……」
「俺は寝てたのか……?」

 希子はゆっくりと春夫の体を起こし、いきさつを説明する。

「お茶が入りまシタ。御主人様、どうゾ」
「あぁ、レイ。ありがとう……ズズズ………」
「春夫よ、目覚めたかぇ?」
「あぁ、ノア。色々大変だったみたいだな。ありがとう。皆もありがとう」
「やれやれ、一時はどうなることかとヒヤヒヤしたわい。まぁ無事で何よりじゃ」
「春夫にゃ!起きてるにゃ」
「春夫さん、お気付きになられて良かったですわ」

 妖狐と幼猫も春夫の目覚めを喜んだ。と、座敷わらしの千鶴が春夫の袖を引っ張る。

「千鶴?どうしたんだ?」
「お母さん……」
「俺は男だ。千鶴のお母さんにはなれないぞ」
「違うの。お母さんがいたの……」
「えっ!見つかったのか!」
「うん……」
「千鶴ちゃん、お母さんをどこかで見たの?」

希子が千鶴の目の高さに合わせ、腰を下ろす。

「うん……この前の夜にね……」
「この前の……て、まさか……」
「千鶴ちゃん?もしかしてあのモノノ怪の中にお母さんがいたの?」
「う……うん……」

涙声で千鶴が答え、その場に沈黙が流れる。

「モノノ怪の列にいたとなるともう……」
「はるくん、それ以上は言わない」
「あぁ、すまない……」
「いいんです……お母さんの姿を見て察しました。見た目は変わっていたけど、あの歩き方、あの服は……きっとお母さん……ぐす……」
「千鶴ちゃん……」

 希子は千鶴を抱きしめる。千鶴はしばらく希子の腕の中ですすり泣いていた。

「……わかった、今夜行こう。会えるかどうかはわからないけど『かみのこはる探偵事務所』で受けた仕事だ。最後まで面倒を見よう」
「はるくん……大丈夫なの?昨日の今日では無いけど……」
「あぁ、なぜか体は軽いんだ。たぶん大丈夫だ」
「御主人様、無理は駄目ダゾ」
「レイ、ありがとう。本当に大丈夫だ」

 ――その日の夜。春夫達は千鶴を連れて、森を抜けた川岸までやってきた。

「もうそろそろ、モノノ怪が現れる時間だな」
「春夫よ、本当に大丈夫なのかぇ?体の傷は無いにせよ、精神的な傷は本人にしかわからぬぞ?」
「ノア、大丈夫だ。さっきから体がこう……何て言うか暑いくらいだ」
「……」

シャンシャンシャン……

 丑三つ時。いつものように、遠くからモノノ怪達が歩いてくる。先頭には坊主の姿も確認出来る。

『観自在菩薩行深般若波羅密多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空――』

「あっ!あそこ!」

 千鶴が指差す先には、フラフラと歩く一人のモノノ怪の姿が見える。残念だがそれは人間とは呼べない姿をしていた。

「千鶴ちゃん。あのモノノ怪がお母さんで間違いない?」
「うん……あれはお母さんの着物……あと、お母さんはペンダントを持ってた。私の写真の入ったペンダント」
「ペンダント……ペンダント……!!はるくん!それって道に落ちてて拾った物かしら!」
「そう言えば最初に来たときに埋めたな。ペンダント」
「そうね……あのペンダントの写真が千鶴ちゃんだったんだ」
「あぁ、とりあえず千鶴のお母さんが答えてくれるか聞いてくる」
「春夫よ、聞いてくる。と言っても相手はモノノ怪じゃぞ?聞く耳は持っておらん。お主は気を失っておったから――」
「蛇姫、大丈夫だ。今は負ける気がしない」
「どういう事じゃ……?」
「まぁ……そこで見ててくれ……」

 春夫は一人、川の中へと入っていきそのまま対岸へと向かう。

「蛇姫様!春夫さん一人ではモノノ怪達の相手をするのは無理なのではないかしら!」
「そうだにゃ!蛇姫様と陽子の二人でも足止めするのが精一杯だったのにゃ!」
「うむ……わからぬが、あの自信はなんじゃ?三日の間にお主の体にいったい何があったのじゃ……?」

 春夫が対岸へ着くと、モノノ怪達はいっせいに春夫の方を振り向く。臆する事無く、春夫は千鶴の母親の方へと歩みを進めると数体のモノノ怪が春夫めがけて飛びかかってくる。

『グガァァァァァ!!』
「春夫!!」

 蛇姫が春夫の名を叫ぶ。皆の方を振り返らず春夫は真言を唱えた。

『ノウマクサンマンダバサラダセンダンマカロシャダ ソハタヤウンタラタカンマン――』

グシャ……

耳慣れない何かが潰れる様な音が辺りに響く。

グシャグシャグシャ……

 春夫が歩く道にはモノノ怪が引きちぎれたように横たわる。

「はるくんの周りに黒い炎……が見える!」
「闇不動か……!」
「蛇姫様、闇不動とは?」
「うむ。その昔……シヴァ神がこの地に不動明王を生み出す際に分裂したという戦闘のみを好む神……それが闇不動明王じゃ……が。しかし、太刀筋が速すぎてわしでも見えぬ」
「春夫にゃ、あれは脱兎を腕で使ってるにゃ……?途中から速すぎて見えないにゃ……黒い剣みたいなの持ってるにゃ……」
倶利迦羅剣くりからけんですわ。煩悩を絶ち切ると言われる不動明王の剣……しかしあれが本当に春夫さん……?別人みたいですわ」

 それはあっと言う間に終わった。千鶴の母親であろうその人の周りのモノノ怪は一瞬にして地面に横たわり、腐敗していく。その数、数百……。

「うむ。闇纏で闇不動を呼び寄せ、身に宿したというところか。これだから千家の血は恐ろしいの……普通の人間であれば闇纏で精神が崩壊するであろうに……」

 春夫は一人のモノノ怪と対峙する。ボロボロの着物を着て、皮膚は無く、おそらく目も見えていない。

「おい。お前が千鶴の母親か?」

 春夫の呼びかけに、動きが止まり不思議そうに首をかしげるモノノ怪。

「ル……ヅ……チ……?」
「ふぅ、言葉も忘れたのか、やれやれ……」

 そう言うと春夫は、千鶴の母親らしきモノノ怪を脇に抱えて川岸へと降りる。
 そこには千鶴が待っていた。

「千鶴、話が出来るかわからないが……」
「うん……春夫さん……ありがとう」

千鶴は母親の前に立つ。

「お母さん、よね?覚えてる?私だよ、千鶴」
「チ……ヅ……ル……?」

かすかに千鶴と呼んだような気がした。

「のこ、母親の周りに神纏を展開できるか?」
「あっ、うん!やってみる」

希子が母親を中心に神纏を展開する。

「アァァァ……!!」

 奇声を上げるモノノ怪。しかしその姿は徐々に人間であったであろう本来の美しい母親の姿になる。

「あぁ……千鶴……!!千鶴なのですね……!」
「お母さん!!わかるの!お母さん!!」

 千鶴の母親、つるは旅館をクビになり子供と離れ離れとなる。何度も旅館に顔を出すが子供には会わせてもらえず……。ある日旅館に行った帰りに何者かに襲われ川へと突き落とされたという。
 もう一度子供に会いたかった母親の魂は怨念となり彷徨っていたのだろう。
 子供に会え、思いが成就したのか母親の姿が光の中へと少しずつ消えていく。と、千鶴が深々と頭を下げる。

「皆さん、大変お世話になりました。私もお母さんと一緒に行きます。あのペンダントを売って下さい。お礼もろくにできずすいません。このご恩は忘れません」
「これを……俺の母親が折ってくれた鶴だ。持っておゆき」

 母親と共に光の中に召されていく千鶴に一折の鶴を渡す春夫。

「ありがとう……皆さん……さようなら」

 母親と手を繋いだまま二人の姿は光の中へと消えた。

「行ってしまったな……」
「えぇ……でも千鶴ちゃん幸せそうな顔をしてた」
「うむ。『かみのこはる探偵事務所』の依頼は完了じゃ。帰るぞよ」
「あぁ、帰ろう!」

 その後、裏参道の片隅には人知れずお墓が作られた。何でもお墓の中には遺骨は無く、ペンダントがひとつ埋まっているそうな。時々、親子の幽霊も目撃された。

 手に折り鶴を持った親子の幽霊を見た人は『親子鶴』と名付けたという。
 それは幸せそうな親子の幽霊だったそうな。
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