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三章・裏参道のモノノ怪
第二十二話・河童だがや
しおりを挟む春夫と幼猫は近くの川で出会った河童の話を皆にした。最初は半信半疑だったが、春夫と幼猫、さらに散歩から帰って来た蛇姫達も見たと言うのだから信用に値した。
「あれはやっぱりカッパか……」
「うむ。本来、もっと山奥に潜んで暮らしているはずなのじゃがの。食い物が減ってきてるのじゃろう。うかつに近づくでないぞ。河童は人間を引きずり込むからのぉ」
「ヒィィィ!くわバラくわバラ!」
「シャシャシャ!レイよ、案ずるな。話かけなければ何もせん」
「え……」
「ん?」
「春夫にゃ、話をしてたにゃ……」
「……さて、わしはお昼寝でもするかのぉ」
「おいっ!ノア!ちょっと待て!気になる!俺はどうなるんだ!」
「……大事なモノを失うかもしれん。……さてお昼寝お昼寝」
「ど、どういう意味だ……」
死の宣告を受けたような表情をする春夫を置いて、蛇姫は奥の部屋へと入ってしまう。
――その日の夜。
深夜に春夫は布団から静かに抜け出す。皆、ぐっすりと眠っており誰も気付かない。
カサカサカサ……
春夫は一人で川へと向かう。月明かりの下、草むらを抜け川の流れる方へと歩いていく。
「やはり来たがや。クククッ。愚かな人間だがや」
「……」
春夫は黙ったまま、ゆっくりとした足取りで川へと入っていく。
「さぁ来い……食ろうてくれるだがや……ククク」
声の主は昼間の河童だった。春夫は操り人形の様に素直に言う事を聞き、川の中洲辺りまで歩みを進める。そこで急に川底が深くなり春夫は頭まで川の中へと沈んでいく。
「……ゴボゴボゴボッ!?」
川の中に沈み、ようやく春夫は目が覚める。自分の置かれている状況がわからず、手足を必死で動かすが川の流れがあり思うようにいかない。
(ここは!?川の中か!息ができない……!?)
真っ暗な川の中で春夫の足元にうごめく影と光る目が見える。そしてあろうことか、足元からヌルヌルした感触が上がってくる。
河童は生き物の尻子玉を好んで食べると言う。そんなおとぎ話みたいな話が春夫の頭をよぎった。川の中でそんな事をされようものなら痛みで意識が飛び、死に直結するであろう。
(やばいっ!!何とかしないと!!)
必死でもがく春夫。水中の足元から声が聞こえる。
「頂きますだがや……ククク」
(この声はカッパか!?)
ぎゅぅぅ……と春夫の尻部分に河童の水かきが触れる。水面に顔を出そうと必死にもがく春夫。
「痛い!痛い!痛いっ!ゲホッ!ゲホッ」
「オォォォ!良い声を出すだがや……ククク」
「おい。うぬはわしの物に手を出したな?何もしなければ大目に見てやるつもりじゃったが……」
「誰だがやっ!!」
水中で真っ白な巨大な大蛇が口を開け、牙をむき、真っ赤な目が光っている。
「ノア!?た、助け……ゴボゴボ……」
「邪魔するじゃないだがや!!」
「やれやれ……」
白い大蛇は河童に襲いかかり、体を引きちぎる。
「ギャァァァァァ!!」
悲痛な叫び声と真っ赤な血が川を染めていく。春夫の目の前で河童は目を見開いたまま、恐怖の表情を浮かべ蛇姫に噛み食い殺される……。
「はぁはぁ……ゲホゲホ!」
「うげぇ……キュウリの味がするわい……」
「はぁはぁ……」
岸辺に上がり、横たわる春夫。川の水でうがいをする蛇姫。
「ありがとう、ノア。助かった……はぁはぁ……」
「ぐちゅぐちゅ……ぺっ……おぇ。まだじゃ、春夫……」
「え?」
春夫が体を起こすと、土手の上にモノノ怪の行列が見えた。ピンチを脱したと思えたがさらなるピンチを迎える。
「ここは……まさか裏参道……」
「うむ。タイミングが最悪じゃな……」
『――羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶
般若心経』
シャンシャンシャン……
岸辺には身を隠す場所も無く、丸腰の春夫はモノノ怪達の目に止まる。
ゾクッ!!と、寒気が走る。『横には蛇姫がいてくれる。きっと大丈夫』そう思い込もうとするが、足が震え、口が乾いていくのがわかる。
「春夫よ、逃げれるかぇ?少々の時間稼ぎくらいなら出来そうじゃが……」
「こ、腰が……抜け……て……」
「チッ。ちょっとマズイのぉ。陽子かくるみでもいれば少しは役に立つのじゃが……!?むむ!そこにおるのは千鶴か!逃げ……いや、そうじゃ!!陽子とくるみを叩き起こして参れ!!」
「は、はひっ!!」
おかっぱ頭の女の子が土手の木陰に隠れていた。蛇姫の後をつけてきたのか?たまたまそこにいたのかはわからない。蛇姫の声を聞き、千鶴は急ぎ神社へと走り出す。
しかし、蛇姫は自分の台詞をすぐに後悔した。走って行く人影に気付いたモノノ怪達が千鶴を追いかけ始める。
「いかん!気付かれたか!くっ!春夫を置いて行くわけには……!?」
「あれは……千鶴か?何でこんな所に……!!」
春夫も千鶴の姿を確認する。震える足をつねり、必死で起き上がる。
『脱兎!!』
春夫も心と体が不安定な状態だった。恐怖と不安が心で渦巻き、闇が広がる。
ドンッ!!
千鶴に襲いかかろうとする先頭のモノノ怪に体当たりし、そのまま地面に転がる春夫。
「春夫さん!?」
「千鶴!!逃げろっ!」
「で、でも!!」
「いいから!!ロープの中へ早く!!」
「は、はひ!!」
ロープ内は護符で守られた結界が張ってある。そこまでいけば千鶴は助かるだろう。しかしその為には、モノノ怪達の足止めを必要とした。
ドクン……ドクン……ドクン……
「はぁはぁはぁはぁ……胸が……苦しい……」
春夫の中の闇がまたうごめき始める。恐怖と不安……それは河童の最後を目の当たりにし、いたたまれない気持ちと怖かった気持ちが混じり合い、冷静ではいられない春夫が顔を覗かせる。
冷や汗が背中を流れる。昔、神社で魑魅魍魎を生み出したあの闇が春夫を包みこもうとする。
「いかん!!春夫!落ち着け!!今、闇を取り込むと死んでしまうぞ!!」
蛇姫の声が聞こえる。土手の上で転がる春夫の姿を確認するため、川辺から土手を登って来ているが、地面がぬかるみ思うように進まない。
春夫の頭上には暗闇よりさらに真っ黒な闇が口を開き、無数の手が春夫を引っ張ろうと集まっていく。
「はぁはぁはぁはぁ……意識が遠くな……る……」
――気を失う春夫の耳には、般若心経が聞こえていた。
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