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二章・かみのこはる怪探偵事務所
第九話・樹海の入口
しおりを挟む夢希望大学より二駅離れたアパート。そこは春夫が大学に行くために妖狐が借りた安アパートだった。
「モノノ怪探偵事務所?」
「あぁ、そうじゃ」
「……いや、意味がわからん」
「はん?貴様、この蛇姫様に逆らうと言うのかぇ?」
「ノアリス様!お茶をお持ちしたのにゃ!」
「ノアリス様!茶菓子をどうぞ!」
「うむ……結構。妖狐に幼猫は見所があるのぉ」
『ははぁぁぁぁ!!』
「そのくだりはずっとするんかい……」
島根から東京へと戻ってきた春夫達。闘病中の春夫は、白蛇の力で精神を具現化してもらいまた大学へと通うことになる。肉体が動けるようになればようやく元へ戻れるそうだ。
アパートに帰って来て早々、蛇姫が『モノノ怪探偵事務所』を開くと言い出した。理由はいくつかあった。
春夫がまだ不安定とは言え、闇を克服したことによって蛇姫が自由に動けるようになった事。あれ以来、何も起きてはいないがおたたり様を抑える力が必要な事。そしてもうひとつ……。
「妖狐の件じゃ」
「陽子さんの?そう言えば陽子さんは用事があって東京に来たって言ってたな」
「……私は妖狐族の長を探しておりまして。もう数百年もの間、姿を見た者がおりませぬ」
「そうなのか。それで島根、京都、東京と着いて来たのか」
「左様で御座います。春夫さんを最初見た時からモノノ怪を集めやすい体質だと気付きまして。情報収集にはうってつけなのです」
「そうなんだ。こんな体でも役に立っているのだな」
「私は理由があって春夫さんに憑いておりますが、くるみはどうなのです?」
「にゃに?うちはあれにゃ。イケメンのオス猫を探してるにゃ」
「……くるみは置いといて、ノアリス、本当にモノノ怪探偵なんかをするのか?」
「ん?もう看板は発注したぞぇ。十万円とか言っておったが。快く快諾した次第じゃ」
「じゅ、じゅうまんえん!?」
「どうした春夫。そんなに喜ぶではない。たかが看板じゃ」
「いや……十万円……どうしよう……そもそも……」
「さすがに春夫が気の毒にゃ……」
「むぅ……このアパートの家賃が月に二万円だったかしら……五ヶ月分よね……」
春夫の入っているアパートは六畳一間。畳が一面に敷き詰められている。バストイレは完備だが、他には何もない……。木造のアパートなのだが、数年後には取り壊しも決まっていて廊下には穴が空き、草が生え、他に住んでる人もいない。誰も借り手がないアパートだった。
コンコン……
「はぁい、開いてますよ」
「失礼します。はるくん?誰もいないのかな……」
「のこ、いらっしゃ……あれ?」
「見えてないにゃ」
「そうですわね……あの日、この世とあの世を隔てた物に気付いたのですものね」
「誰もいませんか?」
希子には、春夫達の姿が見えていない。希子は長い時間、この世とあの世の境目で春夫達を見ていた。だが、現実には春夫は病と闘っている事を認めてしまった。
その日から希子はあの世の境目を見れなくなったのだ。
「ふぅ……お邪魔します。て誰もいないのにね……」
「のこ……」
「けなげにゃ……うぅ……」
「うむ。仕方の無いことじゃ。希子はこのままの方が幸せじゃろうて……」
「ノアリス様、しかし少し可哀想な気も……」
希子は部屋に上がり、窓を開け掃除を始める。春夫達が見ているとも知らず。鼻歌まじりで掃除をしていく。床を掃き、窓を拭き、その優しさに春夫は嬉しい反面、胸が痛む。
「ふむ……では、春夫よ。最初の仕事じゃ」
「仕事?ノアリス、どういう事?」
春夫は蛇姫に言われるがまま、一人で富士の樹海へと向かう。そこは木が生い茂り、昼間でも薄暗く、夏真っ盛りのこの時期でも涼しかった。
「陽子さんが書いてくれた地図が無かったら迷子だな」
ガサ……ガサ……
春夫は遊歩道から外れた獣道を小一時間程歩く。途中の小川で一息つき、休憩をしていると何やら会話らしき物が聞こえてくる。
「クスクスニンゲンカシラ」
「クスクスニンゲンノニオイ」
「クスクスニンゲンクサイ」
「誰か……いるのか?」
耳を澄ましたが、風に揺れる木々の音と小川のせせらぎしか聞こえない。そういえばいつの間にか、鳥の鳴き声や、セミの鳴き声が聞こえない事に気付く。
陽子にもらった地図を開き、場所の確認をする。
「小川を越えて……今、ここだな。先の大木を右に曲がって下に降りて左に曲がって……すぐ右に行って上に上がって……て、これ無理じゃない?」
「クスクスオモシロイニンゲン」
「クスクスシナナイカシラ」
「クスクスバカジャン」
「誰だっ!!」
はっきりと馬鹿にされた事に気付く春夫。姿は見えないが声は聞こえた。
「いるんだろ!出てこい!」
静まり返る森の中で、緊張が走る。
「とぉりゃんせとうりゃんせ……ここはどこの細道じゃ……」
森の向こうから何かが童謡を歌いながら歩いてくる。その子供の様な姿の生き物は、大きな玉を大事そうに持ってゆっくりゆっくり近づいてくる。
「あた……あた……たまたま……どこ……」
「クスクスキタワヨ、タマタマナシ」
「クスクスキタワヨ、タマナシ」
「クスクスキタワヨ、トウセンボ」
「この子は……なんだ……」
春夫が道を空け、その子供を通そうと草むらに入る。すると子供は突然持っていた玉の様な物を春夫めがけて投げつける。春夫の足元に転がる玉。そしてその玉についている目と、春夫の目が合う。
「あたしの頭はどこ?」
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
その玉は、子供の頭だったのだ。春夫は尻もちをつくほど驚いた。
「あたしの頭はどこ?」
頭が転がりながら、春夫に近づいてくる!
「く、来るなァァァ!!」
―――
――
―
「あのぉ……大丈夫ですか?」
「うわっ!!」
急に見知らぬ女性が声をかけてくる。暑くないのだろうか。着物姿の女性は涼し気な顔をしている。
「だ、大丈夫です……ここは?」
「樹海遊歩道の入口ですよ」
「え?」
春夫が周りを見渡すと、樹海の遊歩道の入口にへたり込んでいた。
「暑いですので、熱中症でしたらコテージまでご案内しますよ?」
「あ……いや……大丈夫です。すいません。ありがとうございます」
「そうですか。無理はなさらないでくださいね」
そう言うと、女性は樹海遊歩道へと向かっていく。
「何が起きたんだ……いや、それよりやり直しか……」
春夫は再度立ち上がり、遊歩道へと向かった。
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