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一章・憑依
第八話・弁財天
しおりを挟む希子の実家である白蛇神社で、春夫の体から憑依していた白蛇が離れる。それは今まで春夫を抑えていた闇との関わりを元に戻す行為だった。
儀式が終わると本殿の周囲に突然夜が訪れ、数々の魑魅魍魎が溢れかえる。それは春夫の体から発する闇の力の影響であろうか。どす黒い塊が渦を成して春夫を飲み込んでいく。
「はるくん!!しっかりして!」
「ぐぅぅ!!体が!!ちぎれそうだ!!」
春夫を抱きしめ、必死で呼び続ける希子。幼猫のくるみから預った『闇渡りの眼』の護符のおかげで希子にもはっきり見えている。
と、希子の体がうっすらだが光をまとい、輝き始める。
「ほう、さすがは神宮寺の子じゃな。神纏の法を授かっておる」
「蛇姫にゃん!こいつら全部倒すのかにゃん!?」
「ものすごい数ですわね。ですが……妖狐である私の相手ではないですわっっ!!」
『狐火蓮華翔!!』
パチンッ!!
妖狐が指を鳴らすと、魑魅魍魎が炎に包まれ燃え始める!
『猫騙狂言曲!!』
幼猫が指を鳴らすと、無数の猫が飛び出し魑魅魍魎に食らいつく!!
「皆!かかれにぁぁ!!」
「負けませんわよ!!」
妖狐と幼猫が魑魅魍魎を追い払う。しかし春夫の闇の力からなのか、次々と魑魅魍魎が現れる。
『うけけ!』
『うけけけけけ!!』
奇声を上げながら、魑魅魍魎が襲ってくる。
「きりがないにゃぁ!!」
「くるみ!後ろですわ!!」
「春夫よ、お主が闇を克服せねばこやつらは止まらぬぞ……」
蛇姫が春夫の様子をじっと見つめる。闇は春夫を飲み込んでいく。
その時、希子が大声をあげた!
「お願い!!もうやめて!!」
キィィィィィン!!!
その声は本殿に木霊し異様な光を放つ!!魑魅魍魎達が光におびえ少しずつ姿を消してゆく。
「もう……やめて!!……わかってるの……全部わかってるの……ごめんなさい……ごめんなさい……」
号泣し、春夫にしがみつく希子。『闇渡りの眼』の御札が涙に濡れ破けていく。
「はるくん……ごめんね……全部私のせいなの……苦しかったよね……つらかったよね……ごめんね……!!うわぁぁぁん!!」
チリーン――
鈴の音と共に本殿に静寂が訪れる。
魑魅魍魎は消え、夕闇の光が本殿に差し込む。セミの鳴き声も戻ってくる。
「どこかでね……そうあって欲しいとずっと願っていた」
ポツリと希子が呟く。
抱きしめていたはずの春夫は、生気が無く、車椅子に乗っている。
蛇姫も、妖狐も、幼猫も……そこにはいない。
「はるくんとずっとずっと一緒にいたかった……」
希子は涙が止まらない。
本殿の中央には、車椅子に乗った春夫と希子の二人だけがいる。
時折、神飾りの鈴の音が風に揺れ音を立てる。と、本殿に誰か入って来た。
「おい!希子なのか!帰ってくるならそう言い……」
希子の父親が帰って来たらしい。本殿で泣いている希子の姿を見つける。
「父さん……ただいま……」
「希子!またはるくんを病院から連れ出して来たのか!」
「うん……ごめんなさい……」
「母さん!母さん!病院に連絡をしてくれ!母さん!」
………
……
…
――十数年前の事。
春夫は、交通事故に合う。暴走した車に跳ねられた。近くにいた女の子は軽症で無事だった。
希子は急いで助けを呼びに行った。死ぬほど走った。だけど……それでも……。
春夫は命を取り留めたものの、意識が戻る事はなかった。それから島根にある病院で寝たきりの生活となったのだ。
春夫の母親はほどなくして精神を病み、京都の実家に引き取られ入院生活を余儀なくされる。産まれてきた双子の兄は義理の父親に殺され、弟は事故で寝たきりになってしまう。母親の精神は壊れていったのだ。
時折、春夫は姿を見せる。まるで生きているかの様に。それが蛇姫の力なのか、怪奇現象なのかはわからない。希子の前ではいつもの様に笑い、冗談を言い、時には愛し合った。
生霊――そんな言葉で片付くほど簡単な事ではない。あり得ない事がたくさん起きた。小学校で、京都で、入学式で、アパートで、病院で、希子は春夫と長い時間を共有してきた。
だけど、現実は目の前にある。意識がない春夫。目はうつろで、どこかあの日のまま幼子の様な顔立ちにも見える。
「はるくんはここにいるのにね……どうしてだろうね……私はどうしたらいい……?」
涙が頬を伝う。
チリーン――
「の……こ……」
「え……?」
希子は耳を疑う。セミの鳴声でも、父親の声でもない。それは確かに聞こえた。
「今……はるくんが……しゃべ……」
「の……こ……」
「はるくんっ!!!!!」
それは奇跡なのかもしれない。止まっていた時間がようやく動き出す。
「あぁぁ……はるくん……うん……のこだよ。はるくん……私は……私は……ここにいるよ……うぅぅ……」
溢れかえる涙で春夫の姿がにじむ。と、希子の父親が連絡を終えて、本殿に戻ってきた。
「希子!病院に連絡ついたからはるくんを連れて行こう。病院では大騒ぎになって――大丈夫か?希子?」
「……父さん……はるくんが……はるくんが……しゃべった……うぅぅ……」
「えっ!!」
「今ね……『のこ』って……うぅぅ……」
「か、母さん!!母さん!病院に電話を!母さん!!」
その日、春夫は奇跡的に目を覚ました。たどたどしい喋りではあるが、その記憶は希子と過ごした全てを覚えていた。
時間はかかるがこれからリハビリをして春夫はまた再起を図ることとなる。春夫の生い立ち、父親、おたたり様についてはいずれゆっくり話そう……。
―――
――
―
「にゃぁぁ、何だか向こうの世界はうまくいったみたいにゃ」
「はぁはぁはぁ……こっちはクタクタですわ。もうしばらく戦闘は勘弁……して……ばたんQ」
「ちょっ!妖狐!大丈夫かにゃ!」
「シャァァ!はっはっはっ!春夫よくやった!」
「死ぬかと思った……これでようやく元に戻れるんだな」
「あぁ、春夫よ。そうじゃ。ご苦労じゃった」
「そうそう、蛇姫ってさ、これから何て呼んだら良いんだ?妖狐は陽子さん、幼猫はくるみ……」
「わしの名か?わしの名は『サラスヴァティー・ノアリス』じゃ。前に言うたではないか」
「は?」
「はにゃ?」
「サラス何?」
「わし。外国人なんじゃ」
『えぇぇぇぇぇぇぇっっ!!?』
「てへぺろ」
「サラスヴァティー様って……あぁ!!聞いたことあるにゃ!もしかして弁財天様なのかにゃ!!」
「弁財天様……蛇姫が……弁財天様……」
「蛇姫……お前……とんでもない事をさらっと……」
「皆の衆、ノアリスで良いぞ。……しかし、頭が高い」
『ははぁぁぁぁ!!』
妖狐と幼猫は深々と頭を下げ、春夫は『もっと早く言わんかい』という顔をしていたのだった……。
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