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一章・憑依
第六話・おたたり様
しおりを挟む図書館で手紙を読み、気分が悪くなった春夫だったが、過去のもやもやした気持ちも出来事も蛇姫と話をした事によって少し気が晴れた気がした。
一人では到底乗り越えられなかったかもしれない。腕の中の希子の温かさが春夫に勇気をくれた。
「のこ……ありがとう」
「え?」
「うぅん……何でもない」
少しだけ幸せを噛みしめる春夫だった……。
その日の夜、春夫は胃のむかつきが収まらず薬局へと薬を買いに出かける。途中、携帯を取り出し電話をかける。
「ふぅぅ……」
ピッ……ピッピッピッ……
「……あっもしもし?母さん?今、電話できる?うん。体調はどう?うん――」
春夫は母親に事情を聞く。しばらく沈黙の後、母親は話始める。
「……そうか。双子の兄がいたんだね……うん……本当の父さんは別にいるのか。うん……」
春夫は母親から衝撃の事実を聞かされる。
「父さんが……まさか……」
カランカランカラン……
「母さん、ちょっと待って。今、物音がして。うん、今、外なんだ。大丈夫だって――」
「シュゥゥ……」
背中で蛇姫が威嚇する声が聞こえる。
「母さん、後でかけ直すね……」
ピッ……プープープープー……
「蛇姫……来ているのか?ヤツが……」
「あぁ……近くに気配がする」
ドックン……ドックン……ドックン……
心臓の音が大きく聞こえる。気配がしたのは通りから少し入った廃病院だった。春夫は『立入禁止』の看板の下をくぐり、中へと入る。
廃墟となった病院は異様な空気が流れている。広いロビーには病棟へ続く通路が何本かあった。そのどこからか、ヤツの気配がする。
武器になるような物は持ち合わせていない。どころか、妖狐や幼猫と違い、春夫には妖術のたぐいは使えない。いざとなれば高速で逃げることは出来るが、長距離を移動出来るとも思えない。
ふと、視界に傘が見えた。誰かの忘れ物だろうか。玄関の傘立てにあるビニール傘を取ろうと春夫は移動を始める。
ペタン……ペタン……ペタン……
右前方……病棟の方から足音が聞こえる。春夫は廊下に注意を払ったまま後ろ向きで、玄関の傘立てに向かう。一歩、また一歩……春夫が玄関に近付く、同じくらいの速さで廊下の足音が近付く。
カタン……
春夫の手が傘に当たる。廊下を見据えたままグッと掴み、傘立てから引き抜く。
それが男の手だと気付かずに……
「ガハッ!!」
一瞬だった!春夫が傘立てから引き抜いた手が春夫の首を締め付ける。
「く……くるし……」
「春夫!!くっ!油断したわい!」
慌てる蛇姫の声と、呪文の様な声が聞こえてくる。
『オン・ソラソバテイエイ・ソワカ――』
春夫の背中が青く光り始める。その光を嫌ってか、首を締めていた腕が一瞬ひるんだ。
春夫は力いっぱいその腕を首から剥ぎ取る。
『雨滴良女』
パチンッ!!
突然、ロビーに大雨が降り出す!!滝の様なその雨はロビーにあった椅子を流し、壊れた自動販売機を飲み込み廊下へとなだれ込む!!
ザァァァァ!!
「春夫!今のうちじゃ!」
「ゲホッ!ゲホッ!」
春夫は今度は、間違いなく傘を握る。廊下に向かうと自動販売機の下敷きになる男の姿が見える。
腕が……片方無い。その男がおたたり様と確認するやいなや、胸の部分に傘を突き立てる!!
「うぉぉぉぉぉ!!!」
ザク……
気持ちの良い物ではなかった。手に伝わる感触が何か、卵を潰した感触に似ている。男は動かない。血が出るわけでもない。顔は自動販売機の下に入り込み見えないが、おそらく……逃走中の男だろう。
と、目の前の暗闇がゆっくりと動いた気がした。
それはゆっくりと人の形を成していく。足下を見ると、刺したはずの男の姿がない。代わりにロビーの椅子がある。春夫が刺したはずの傘は椅子に深々と刺さっていた。
「ど、どういう事だ……!?」
「まずいのぉ……わしの妖術が通用せん……恐らくお主の力が邪魔して本領を発揮できておらぬ……」
「俺の力!?どうすればいい!」
「ぬぅ……」
蛇姫が考え込む。その間にも、暗闇が男の形を成していく。腕は無い。無数のオタマジャクシの様な物がひしめき合いそれが男の姿を成していた。
「ハ……るああ……おあ……」
人間ではない。目の前にいるのは化け物だった。
「これがおたたり様か……」
「いかん!!逃げよっ!!」
蛇姫が言うやいなや、先程まで無かった男の腕が春夫を抑え込む!!
「ぎゃぁぁぁ!!」
ものすごい力で上から抑えつけられ、春夫の骨がきしむ。立っていられず、膝をつく春夫。
「春夫!!しっかりせい!!くそぉ!」
『雨滴……』
蛇姫がもう一度、妖術を唱えようとした時だった――
『狐火蓮華翔』
『猫騙狂言曲』
パチンッ!!パチン!!
ボォッ!!
いきなり男の体が発火し、形を成していたオタマジャクシ達が逃げ惑う!
逃げ惑うオタマジャクシを猫が潰していく。
「コ……ヒ…チミ……ジ……ウ…グン……ジ……」
男は言葉にならない声を発しながら、消えていく。
「陽子さん!くるみ!」
「春夫さん!大丈夫ですか!」
「間に合ったにゃん!」
「た……たすかった……」
その場に座り込む春夫。
「うむ。お主ら少々遅くはないかえ?もう少しで春夫が死ぬところじゃったぞ」
「アハハ!蛇姫、まずは「ありがとう」の練習からですわね!アハハ!」
「春夫、くるみに感謝するにゃ!」
「くるみ!私が助けたんですのよ!くるみの妖術はオタマジャクシを追いかけてただけではないですか!」
「にゃにぉぉ!!陽子めぇ!!シャァァァァァ!!」
「二人共……落ち着け……いてて……」
「今回は何とか乗り切れたが、わしもそろそろ春夫から切り離さねばならぬな……」
「蛇姫?切り離せるのか?」
「あぁ……しかしお主の体が果たしてどうなるか……」
四人は、一通り話をした後に辺りを見渡し呆然とした。
「嘘だろ……」
「そんななのにゃ……」
「ははは……」
「うむ……」
ミシミシ……
もろくなった病院は、音を立てながら数分後には崩壊するのであった。
「逃げろぉぉぉぉ!!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
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