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一章・憑依
第四話・神宮寺希子
しおりを挟む『夢希望大学・神道学科』春夫と希子が再会したのは偶然では無かったのかもしれない。
お互いが小さい頃の経験を経て、もっと神仏や見えない者について知りたいと思ったからなのかもしれない。
片や、神社の子として産まれ巫女になるために勉学に励み、片や、体内に取り込まれた蛇姫をどうにかしたいと言う思いだったのだろう。結果、学びの場としてここ夢希望大学に進学したのだった。
そして春夫の安アパートでは女の子との三人暮らしが始まっていた。
「ねぇ……くるみは何でここにいるの?」
「春夫に、うちの裸を見られたからにゃ?」
「違うでしょ!あれはたまたま偶然そうなって――」
「まぁまぁ、春夫さん。良いではないですか。一人増えたところで……ご飯はカップ麺」
「ねぇ、陽子さんはバイト決まったの?」
「……さっ、今日も面接がんばらなくちゃ!」
「決まってないのね……あのさ。今日は希子が片付けの手伝いに来てくれるんだよね。午前中二人は外出しててくれるんだよね?」
「わかってるにゃ。人間の交尾に興味はないにゃ」
「人間の交尾ですか。私としては興味があります」
「いい加減にしろ!」
『――今日の関東地方は雲が広がりやすく、時折、雨が降るでしょう。降水確率は――次のニュースです。樹海刑務所から逃走中の犯人は未だ捕まらず――』
二人がしぶしぶ外へ出た後、しばらくして希子がやって来る。
ピンポーン――
「はぁい、開いてます。どうぞ」
「忘れ物したにゃ。マタタビをカバンに詰め忘れ――」
「くるみ!?もうほら、マタタビ持ってどっか――」
「春夫さん、私の扇子を知りませぬか?あれが無いと落ち着か――」
「何で陽子さんまで戻ってくるんだ!」
「はるくん?」
「あぁぁ!!もう!!今、忙しいの!」
「ごめんなさい、お邪魔しました……」
「え?のこ!?ごめん!違うんだ!ちょっと待って!」
さっきまでの賑わいはどこへ行ったのか。春夫の部屋では異様な空気が流れている。
「それで……はるくんは、どっちの人とお付き合いしてるの?」
「どっちともしていない」
「嘘!こんな美人さんと可愛い人と一緒に住んでて!」
「ちょ、のこ落ち着いて!」
「私……帰ります。さようなら」
「ちょ、待てよ!」
「希子さんや。お座りなさい」
「んにゃ」
妖狐が希子をなだめ、くるみが座布団をポンポンする。
「はぁ……で、はるくんはどっちの人が好きなの?」
「それは……」
返答に困る春夫を見て、妖狐とくるみが地団駄を踏む。そして春夫の態度を見かねて妖狐が声を荒げた。
「春夫さん!いいですか!さっきこの方と交尾をしたいと言われた事は内緒にしておきますが、せめて好きな気持ちくらい伝えたらいかがですか!」
「おいにゃ、ばか陽子。それは身も蓋もないにゃ」
「あっ……」
「おい!陽子さん!」
「私、帰ります」
顔を真っ赤にして部屋から出ていく希子をただ呆然と眺める春夫。と、ため息を付く幼猫のくるみがマタタビをカバンから取り出した。
「はぁ……仕方ないにゃぁ……」
パチンッ!
『猫騙狂言曲』
指を鳴らした幼猫の周りの空間が歪む。それに引きずられるように希子の体は引っ張られる。
「え!?ちょ!これ何!?」
希子には見えていない。しかし春夫はその圧倒的な力にただ驚いた。半透明の数百の猫がどこからともなく現れ、希子の体を押しているのだ。
「なんだよ……これ……」
希子の体は猫達に押され、そのまま春夫の腕の中へと収まる。
「はぁはぁはぁ……」
「大丈夫か、のこ」
震える希子を抱きしめる春夫。幼猫と妖狐は目配せをし、スッと姿が消える。
「う……うん。もう大丈夫。びっくりしちゃって……その……ごめん」
目の前に春夫の顔があり、つい顔を背けてしまった希子。
「のこ……ずっと言えなかった。好きだ」
「……!?」
希子は顔を背けたまま涙を流す。泣きながら鼻をすする音が聞こえる。春夫にバレないようにしようとすればするほど涙が溢れた。
「私だって……私だって……!!」
「のこ……」
二人は初めてキスをした。お互いがこの歳になるまで誰とも付き合った事が無かった。どうしたらいいかとか、どうしたら駄目だとか、そんな事も考える間もなく、自然に身を任せる――
―――
――
―
一線を超えた二人が打ち解けるのにもう時間は必要なかった。たくさんの言葉が溢れてくる。笑い有り涙有り……話は尽きない。
「はるくん……その蛇姫様のアザはどうなったの?」
「あぁ……自分では見えにくいんだが……」
春夫は立ち上がり、背中を見せる。足から背中にかけて真っ白な蛇が描かれている。
タツゥーと見間違えるほど美しいその蛇の模様に、希子もしばし見惚れる。
「私のうちは代々白蛇様をお祀りしてきたの。はるくんの体に白蛇様がおられるとなると、はるくんに手を合わせなきゃだね。ふふ、おかしいの」
「のこのおじちゃんには悪いが、本殿に何もいなかったら……その……申し訳ない」
「ぷっ!あはは!もうはるくんたら!そんな事気にしなくていいのに!」
「そんなもんなのかなぁ……」
「そんなもん!そんなもん!あはは!」
その日、希子は春夫のアパートに泊まることになる。翌朝には一緒に大学へ向かう二人が一時の幸せを感じていた。
外に追いやられた妖狐と幼猫は公園で一夜を過ごしていた。
「にゃぁ、陽子。お前は蛇姫を着けて来たのかにゃ?」
「私は探し人がいるのですわ。蛇姫にはたまたま出会ったのです……」
「おたたり……様かにゃ?」
「……春夫さんがまだ小さい頃、病院で見つけたのが蛇姫だったのです。人間を見染めるのは珍しいですからね。そのまま様子を見ていたら、おたたり様に遭遇したのですよ」
「ふぅん……面白そうだにゃ。おたたり様を喰らうと不老不死になると言うにゃ……一枚噛みたくなってきたにゃ」
「あはは……化け猫としてもう十分生きたのでしょう。まだ欲するのですか」
「美貌と長生きは正義にゃ」
「よくわかりませんが……しかし、蛇姫がいなければとっくに春夫さんは死んでいました」
「蛇姫とおたたり様……かにゃ。一度、蛇姫に聞いてみないとにゃ」
「そうですわね……」
桜が散り始める季節に、春夫の全身には蛇の模様が浮かび上がっていた。それは機が熟す事を意味し、それはまた……春夫に運命の時間が迫ってることを意味していた。
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