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一章・憑依
第二話・妖狐の陽子
しおりを挟む寺井春夫は幼い頃、蛇姫に魅入られ不思議な体験をする。池に引きずりこまれそうになったり、入院中何者かに襲われそうになったり……そして小学校高学年になった頃だった。
同級生で、幼馴染みの神宮寺希子に声をかける。
「のこ、昨日の宿題のプリント忘れて……」
全部言う前に、希子はプリントを差し出す。顔は見ているものの無言だった。最近はあまり話をしなくなった。思春期だろうか。異性と言うこともあり何だか気恥ずかしかったのかもしれない。
「あ……さんきゅ……」
「でさぁ、佳代子。昨日のジャ二ーゼの――」
「まじ?希子も見てたんだ!良かったよね!特に――」
希子はすぐに他の女子と話を始める。春夫が退院後からだろうか。それまで毎日の様に遊んでいた希子は少しだけ春夫と距離を置くようになっていた。春夫もそれはどこかで理解していた。
自分にしか見えなかった蛇の霊。希子から見たら奇怪な行動に見えたのだろう。そしてあの時、腕を伸ばしてきた春夫の手を怖くて取れなかった事。二人の間に出来た溝はお互いに深まっていく。
ある土曜日。学校のチャイムが鳴る。お昼までの授業が終わり、午後からは部活も無く全校生徒が帰宅する流れだった。
帰り道がほぼ同じ二人は、友達との別れ道の度に距離が近付く。家まで数百メートルの所でいつもの様に二人っきりになる。
春夫は重い口を開く。
「のこ……あのな……」
「……うん」
「……」
「……」
何だか気不味い空気が流れるが、春夫は続ける。
「次の夏休みが来るだろ?」
「うん……」
「……」
「……」
「母さんが、ばあちゃんちに引っ越すことになってさ。俺も転校になりそうなんだ」
「えっ!」
「ほら、うち父さんがいないだろ?で、母さん一人ではこれから生活が苦しいみたいでさ。誰にも言うなって言われてたけど、のこには言っておきたくて……」
「どうして?」
「どうして……だろうな。最近……いや、あの日からあんまり話さなくなったからかな……俺、のこの事……」
「え?何て言ったの聞こえなか――!?」
話の途中で希子にも見えたのだろう。春夫が見つめる先に、赤信号の横断歩道に気付かず渡る低学年の女の子の姿が目に入る。それは一瞬だった。
目の前にいた春夫が消えた。代わりにランドセルと手さげバックが地面に置かれている。
「は、はるくん?」
『ビィィィィィィ!!!』
ほぼ同時に車のクラクションが辺りに鳴り響く。急ブレーキを踏む、キキキィィィという音とクラクションの音が混ざり、希子は低学年の女の子の方に目を向ける。
「はるくんっ!!」
あり得ない光景だった。数百メートルは離れている。しかし道路で倒れているのは春夫だった。女の子も春夫から少し離れた場所で倒れている。
車は方向転換をしその場を離れようとする。希子はとっさに車のナンバーを控えようとランドセルから書くものを取り出そうとした。しかし、慌てていてランドセルがなかなか開かない。その間にも車は立ち去ろうとしていた。「車が逃げちゃう!早くしなきゃ!」震える手でランドセルを開け、筆箱を探す希子。
その時だった。高校生くらいのお姉さんが希子の横に立っていた。長い黒髪が風に揺れ、真っ白な肌が印象深い美人の人だった。
「逃げるつもりですの……愚かですわ……」
「え?」
女性の不思議なしゃべり口調に、希子の筆箱を探す手が止まる。
『狐火蓮華翔……』
ポツリと女性が呟き、手を前へとかざす。そして指を鳴らした。
パチンッ!
音と同時に車が燃える!!
ハンドルを取られた車はそのままガードレールへとぶつかり止まり、女性は何食わぬ顔で春夫と女の子の所へと歩いて行く。
「……君はあの時の」
女性が春夫を見て何かを言っている。希子は怖くなり、先程の場所から動けずにいた。
しばらくして近所の人が救急車を呼んだらしく、パトカーや救急車が到着する。春夫も女の子も気を失っていたが、救急車に乗り込む時には目が覚め事情を説明していた。
希子は春夫のランドセルと手さげバックを持ち、一人帰路へと着く。足が震えている。「何も出来なかった――」春夫に声をかけるでも無く、とぼとぼと家へと歩き出す。
自分が住んでる世界とは違う世界に見えた。自分がいては邪魔になる。「いつか自分も巻き込まれる」それは保身だった。本能がそうさせたのだ。
――そこは以前にも見たことある天井と、点滴の管だった。春夫は理解している。一気に力を使いすぎたのだ。
母親が病室の外で電話をかけている。春夫の横には、先程の女性が立っていた。
「君は蛇姫に染められているのですか?」
「あなたは……誰ですか」
「私は妖狐と申します。代々、お狐様を祀り――」
「陽子さん……助かりました。車が燃えたのはあなたがやったのですね?」
「あっいや、陽子ではないですわ。正しくは妖狐と……」
「陽子さん……綺麗な顔をしておられますね……」
「お、おだまり!ひざ小僧を叩き割りますわよ!」
病室で照れる妖狐と、悪意のないナンパをする春夫だった。
『――次のニュースです。本日午後、三途の川交差点で事故がありました。小学生二人が、暴走する車にはねられたと見られ病院へ緊急搬送されました。命に別状はないと言う事です。尚、運転手は乗っておらず事故後、逃走したと見られ――』
「この足のアザは……蛇姫と言うのですか?」
「そうです。人ではない尋常な力を感じます。しかしそれは君の魂を代償としてますわ。使いすぎには注意が必要ですわね」
「どうすれば……治りますか?」
「……なぜです?せっかく神がかった力を得たのですのよ?治す必要なんて……」
「……そんな生き方は望んでない……普通でいい……俺は、のこに嫌われて……」
「……そんな事言わずに。ささ、今は少しお休みください。いずれまたお会いすることもありましょう……」
そう言うと妖狐は窓から飛び立つ。
「ちょ!陽子さん!ここは三階!!」
手を伸ばすが妖狐は窓からこつぜんと姿が消えた。
「消えた……陽子さんていったい……?」
妖狐は窓から格好よく飛び立とうとしたものの高すぎて、壁を伝って降りていく姿は、春夫からは見えなかった――
――春夫が入院している間に、学校では夏休みを迎えた。母親の都合もあり、一足先に母親は実家のある京都へと帰る。後日、春夫も遅れて京都へと向かった。
あれから希子とは会っていない。あの日、ランドセルだけが家にあったと言う。中には震える手で書いたであろう手紙が入っていた。
はるくんへ
今までありがとう。でもはるくんが怖くてたまらない。私の知ってるはるくんじゃない気がして。はるくんのせいじゃない。私が弱すぎるの。はるくんを助けてあげたい。
私は巫女になります。大人になってまた会えたら、はるくんを助けたいと思います。それまでお別れです。
ありがとう。はるくん。さようなら。 希子
その時の彼女の最大限の言葉が綴られていた。今でもその手紙は大事に取ってある。
あれから六年の歳月が経ち、春夫は【夢希望大学】の入学式にいた――
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