100年の恋

ざこぴぃ。

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第二章

第22話・春の歌

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「シネ――」

カチャ……

 黒子も弓子も死んでしまった。次は僕の番だ。
 有栖は中庭で誰かと話している姿が見えた。まさか有栖もグルなのか?――でもそんな事はもうどうでも良かった。
 もう助けもいない。僕はここで弓子と一緒に――

『ο χρόνος πίσω――』

 僕の頭が撃ち抜かれる寸前に、黒子が起き上がり何かをしたのが見えた。黒子は倒れてはいたが致命傷ではなかったみたいだ。
 しかしもう遅い……。

 僕は今から頭を撃ち抜かれ、死ぬんだ――皆、さようなら……。

 ――僕はゆっくり目を閉じる。

バァァァン!!

 そして3度目の銃声が校内に響いた……。

………
……


「――春文様!こっちは大丈夫です!でも校内にまだ残された人が!私もすぐ向かいます!」
「え……?」
「春文様も気をつけて!」

 目の前を弓子が走って行く。

「え?」

 夢なのか?デジャヴ……いや、これは数分前の僕?

「どういう事だ……?」

 一瞬、頭をフル回転する。さっき銃口を突きつけられて死を覚悟して、それから……!?

「黒子か……?そう言えば最後に何か聞こえた……!」

 僕は一直線に昇降口へと車椅子を走らせる。さっきは校舎を見て回って遅くなった。
 先程と同じ様に昇降口に人影が見える。その数2人。

「やはりそうか!よくわからないが数分前へ戻ったのか?くそっ!間に合え!!」

 僕は全力で車椅子をこぎ、そのまま昇降口へと突っ込む!

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 昇降口にいた2人の状況などは知らない。しかし今の僕に出来る事は1つしかない!!

「黒子ォォォォ!!避けろぉぉ!!」
「春文!?」

 僕は車椅子で昇降口へと突っ込むと、入口の段差でバランスを崩し車椅子ごと宙へ舞う。

「ナンダ――!?」

 目の前に銃口を黒子に向けた白子がいた。白子は驚き、微動だに出来ない。

「ウァァァァァァァァ!!」

 僕は叫びながら、白子に向かって車椅子ごと突っ込む!

ガッシャァァン!!

 僕と白子はぶつかり、廊下の壁に激しく体を打ちつける!車椅子は白子の頭に直撃し廊下に転がった。

「ハァハァハァ……」
「春文!大丈夫か!」

 黒子が駆けよって体を起こしてくれる。僕は頭元に転がった銃を拾う!

「ハァハァハァ……」

カチャ――
バァァァン!!

 校内に銃声が響く。迷いはなかった。狙いを定め白子の頭を撃ち抜いた。

「春文!何を!?」
「キャァ!春文様!?」

 黒子の声と、その後ろで弓子の声も聞こえる。避難を終え戻って来たのだろう。

「ハァハァハァ……説明は後だ……。有栖が中庭に――!」

 有栖はこいつらとグルなのか?確かめないと。僕は倒れた車椅子を起こし、弓子の手を借り車椅子に乗り直す。
 白子の返り血は赤では無く、真っ白だった……。


……
………


 中庭には有栖と緑子、そして千鶴の姿があった。

「有栖!!」
「ん?なんじゃ春文、お主ら血相を変えて……もしや黒子のを食らったのではなかろうな?」
「ねぇさま!すいません!それが瓶が割れていましたので恐らく――!」
「やれやれじゃ。あれほど白子には気をつけろと言うたであろう……」
「ねぇさま……すいません……」
「まぁ仕方がない、命あってのたまものじゃ。黒子がおらぬのはわしも困るしの……」
「ねぇさま……ちゅき」
「うぅ……鳥肌が立つわい。さて緑子よ、本題に入ろうかのぉ……貴様は地獄行きじゃ」
「えぇぇ!有栖!それは結論であって本題ではないぞ!僕は理由を知りたいのに!」
「む……面倒くさいの。ならば緑子よ、答えよ」
「有栖様……私はあなたの能力に憧れ、いつかこの手でその能力を超える能力を作りたいと願いました……」
「そんな事じゃろうと思っておったわ。この能力はの、禁忌の能力なのじゃ。生物に使えばほぼ失敗し、それは原型を止めぬ。ただの愚行じゃ」
「わかってます!ですから血液や髪の毛を採取し、より近い形で――!」

ゴロゴロ……

 天が怒っているのか。雲が広がり、辺りが暗くなり始め雨が降り出す。

ポツポツポツポツ……

「『複製THECOPY』は……世界を狂わすのじゃ。先も言ったように禁忌の呪法……貴様をこれ以上野放しにする事は出来ぬ」
「そう言われると思っていました……ですが私にも覚悟はあります……」

ザァァァァァ――

 雨がだんだんと強くなる。すると校舎の床下から何者かが這い出して来る。男の子と女の子が2人。

「母さん!!」
「お母さん!!」

 1人はあの時車椅子を押して助けてくれた女の子……柳川夢子……そしてもう1人の男の子が……。

夢子ゆめこ真中まなか!」

 2人の子供を抱きしめる緑子先生。

「出てきちゃ駄目だって言ったでしょ!」
「だって!お母さんが死んじゃうかもしれないから!」
「お母さんは大丈夫……大丈夫だから――」
「え……緑子先生……その男の子は……?」
「えぇ、お察しの通り……あなたの複製ですよ。春文さん……」

ゴロゴロ……

 目を疑う。まさか緑子先生に2人の子供がいたなんて……。白子そっくりの女の子、そして……僕そっくりの男の子。

「あれが複製……か」
「そうじゃ。緑子はコソコソとこれを作っておったのじゃ。1人目の失敗作は、お主に先程壊されたがな」
「さっきの白子は緑子先生が作った物なのか……」
「ちなみにわしはグルではないぞ。そう言いたそうな顔をしておったみたいじゃがな。わしは多少は目をつぶり、緑子を正しい道へ戻そうとしておっただけじゃ……」
「有栖様!この子達は何の罪もありません!罰を受けると言うなら私がすべて受けます!それに――」
「もうすぐその子らは死ぬのじゃろ?その子らの体はあまりにもろい。しかしそれとこれは別問題じゃ」
「くっ……!有栖様……!わかりました……そこまでおっしゃるのであらば……!!」

 緑子はポケットから赤い液体の入ったガラス瓶を取り出し、力いっぱい握りしめた!

パリィィン!

「お前達……頑張って生きるのですよ……」
「母さん!」
「お母さん!」

 緑子は雨が降りしきる中、いきなり2人を突き飛ばした。2人は地面に転がり泥だらけになる。

「えっ!?母さん!」
「お母さぁぁん!!」
「さぁ……食らいなさい……千鶴!!」

 緑子の後ろで黙って立っていた千鶴が突如奇声を上げ、緑子に襲いかかる。

『グゥゥゥギャァァァァァ!!』
「おい……あれって……!」
「鬼化ですわ!千鶴はすでに鬼の血を体内に取り込んでいたのです!弓子!春文を連れて今すぐ逃げなさい!邪魔です!」
「は、はい!!」
「愚かなり……緑子。鬼を狩る立場の者が鬼の餌となるか……」
「有栖様!私の罪は私が支払います!ですからこの子――!」

 そこまで言うと、緑子は鬼となった千鶴に頭から食われてしまう。
 鬼となった千鶴は緑子の手に握られた赤い液体が目当てだったのだろう。

「いやぁぁぁぁぁ!!お母さぁんっ!!」
「母さぁぁぁぁぁん!!」

 目の前で母親が食われる姿を見て、2人の子供は手を伸ばし泣き叫ぶ。

「弓子……僕を置いて、あの2人を連れて行ってくれ。頼む」
「春文様!?……わ、わかりました。必ず後で会いましょう」
「それともし僕に何かあれば有栖に――」
「わかりました。でもそれは生きて帰ってご自分で頼んで下さいね!」

 僕の意図を弓子はすぐに理解し行動に移る。車椅子のハンドルから弓子が手を離すと、車椅子が少しだけ浮き上がる。弓子も知らず知らずのうちに力いっぱいハンドルを握っていたのだろう。
 弓子は2人を脇に抱きかかえ、走って行く。

「春文よ、お主はそれで良かったか?」
「有栖……僕にはハリーとメリーがついている。死なないさ……」
「ねぇさま!お下がり下さい!」

黒子が抜刀し、黒剣を鬼となった千鶴に構える。

「黒子よ、油断するなよ。時戻りの秘薬はもう無いのじゃぞ?」
「はい!ねぇさま!」

 その間にも緑子を食い散らかす鬼……見ていて吐き気を覚える。しかし、緑子が鬼を作っていたのならこの鬼が最後の鬼となるはずだ。

「ゆくぞ、春文!」
「あぁ……!」
(あんさん!やったるで!)
(ご主人タマ、あちきの力を使え――!!)

 僕は銃を構え、狙いを定める。雨で視界が悪いが、この距離なら当てれるはずだ。

ゴロゴロ……

「鬼よ……!死ねっ!!」

バァァァン!!バァァァン!バァァァン!!

 銃声が中庭に響き、止まない雨が降り続く。雨は血を洗い、地面へと返っていく。

 ――1946年(昭和21年)8月31日。

この物語は静かに幕を閉じたのだった。


………
……



〽あなたを思えば思うほどに
心が引き咲かれる
風に吹かれる花の痛みは今も
あなたに引き咲かれる~

〽舞いあがれ 咲き乱れ~
桜吹雪よ
散りゆく花よ もがき苦しめ
灯よ花よ~

〽今夜だけは――
静かに床に伏せて眠る――

 ――あれから1年。

 弓子は夢子を連れて、学校の慰霊碑を訪れる。慰霊碑の前で手を合わせ口ずさむ歌に夢子は黙って耳を傾けた。

「ねぇ、弓子母さん。今の歌は何て歌なの?」
「鬼の――いえ、春の歌……かしらね」
「春の歌?私にも教えて!」
「いいわよ。真昼先生の所へ行ってからね」
「真中お兄ちゃんに今日は会えるかな」
「そうね、少しでも元気になっているといいわね。さ、行きましょうか」

 鬼との激しい戦いの後、弓子は真中と夢子の2人を養子に迎え入れた。真昼の診断を受けた後、手術をし、体内から鬼の核を取り除かれた夢子。術後は順調に成長していった。
 しかし兄の真中は元々心臓が弱く、数ヶ月も経たない間に寝たきりとなってしまう。それでも今も真昼の治療の元、必死に生きている。

 ――弓子は慰霊碑を振り返り、刻まれた名前を何度も確認した。それが嘘ではないかと自分に言い聞かせる様に。

『臨海小学校ノ子供達ノ為、命ヲ落シタ勇気アル者、ココニ眠ル――霧川修、霧川靖子、早乙女一郎――柳川緑子、猿渡黒子――千家春文』

 いつしか石碑の文字は、風雨にさらされ劣化し読めないものになっていく。だがここで起きた戦争の裏側で人知れず起きた物語を誰かが語り継いでいくであろう。
 それは鬼に食われた悲しい女の物語。それは鬼を欲した悲しい女の物語。それは鬼となった悲しい女の――物語。


 
―本編・完―
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