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第二章
第19話・100年の時を越えて
しおりを挟む――2039年8月9日早朝。
「うぅ……」
「ん?目覚めたか?」
「有栖様……?」
「うむ。千草よ、気分はどうじゃ」
「えぇと……何だか長い夢を見ていた様な……」
「ふむ。痛い所が無いのであれば問題あるまい」
千草が見渡すと、自室の勉強机の上に有栖が座っている。
「ここは……?私の部屋……」
「そうじゃ。お主の役目は終わったのだ」
「私の役目……。そっか、古代兵器ブタドンを起動させて、戦争が終わって、それから――!?」
「春文はもういないのじゃ。あやつは元々異次元の存在。この世界には戻れぬ……」
「!?」
「そうびっくりするではない。お主もうすうす気付いておったのであろう?」
「はるにぃ……。私は黒子様と学校にいて、それから……」
「鬼が現れた。そのタイミングで何の因果かは知らぬが、この世界と向こうの世界を開く扉が繋がったのじゃ」
「思い出した。あの時車椅子を見つけて、はるにぃに使ってもらおうと中庭まで押して行って……」
「そうじゃの。あの車椅子の持ち主の思いが奇跡を起こしたのかもしれぬ。正直、お主をこちらの世界へ戻す事は考えておらんかった。もし次元の扉が開くのであれば案内はする手はずだったがの。じゃが次元の扉は100年に1度開くかどうかじゃ。こうも早く開くなど夢にも思わなんだ」
「100年に1度ですか……」
「そうじゃ。お主はこの世界の戻りたくはなかったのか?」
「……どうでしょうね。正直わかりません。あの世界は不便だけど人達が温かくて、優しい世界。こっちの世界はこの画面の向こうで繋がる世界……」
「そうじゃのぉ……わしもその機械は苦手じゃ」
「ふふ。有栖様もスマホを持たれませんか?」
「いらぬいらぬ。わしはこれで十分じゃ」
パチンッ!
有栖が指を鳴らすと窓の外に大きな鳥が現れる。
「わしはそろそろ行くでの。千草よ、世話になった」
「有栖様!もしはるにぃに会う事があったら――!!」
「……うむ、わかった。約束は出来ぬが会えた時には伝えておこう」
「ありがとうございます!」
「行くぞ、八咫の烏よ」
『カァァァァァァ!!』
有栖が鳥にまたがり飛んで行く……と思い千草は手を振る。しかし有栖は鳥に肩を捕まれ、まるで餌の様に運ばれて行く。
「有栖様……やっぱり不思議なお方……」
運ばれて行く有栖を見えなくなるまで眺める千草。
「千草!!夢子さんが迎えに来てるわよ!」
「はぁい!お母さん!今、行く!」
何事も無かった様に振る舞い笑顔を見せる。千草は気付いていた。春文のいない世界。元々無かったはずの歴史の1ページ。誰も春文の事を、兄の事を覚えていない。
しかし千草だけは忘れない。それは進学した高校の中庭にある石碑を見る度に思い出す。そこには戦争の戦没者の名前では無く、鬼と戦って亡くなった勇敢な人々の名前が刻まれている。
『千家春文』
文字は消えて読めないがそこには兄の名前がある気がした。
「はるにぃ。私は忘れないよ。はるにぃはここにいる……」
誰も手を合わせる事のない石碑に線香を立てお祈りをする。
そして車椅子の無くなった慰霊碑にも訪れ、兄、春文の無事を祈っている。
………
……
…
――1946年(昭和21年)8月15日。
第2次世界大戦が終結し1年が経った。ここ、東海浜地方も空襲や戦艦の砲撃を浴びたが無事に復旧し、今は日々の食事の確保に追われている。
戦後はしばらく食料不足が続いた。外国人の姿もちらほら見られるようになり、あの家の人は東京から来たとか、広島から来たとか、少なからず人口も増えていったのも要因のひとつだ。
その日、小学校の慰霊碑に手を合わせ黒子と弓子と3人で屋敷への帰り道。車椅子は弓子が押してくれる。
「そういえば明日は午後から緑子先生の往診だったな」
「そうですわ、用意をしておかないといけませんね」
「あぁ、弓子。頼む」
「わかりました、春文様」
帰り道の途中で墓参りに向かう美穂に出会った。南方家総出なのだろうか。数十人の大人達と歩いていた。久しぶりの再会ではあったが会釈をする程度ですれ違う。
「あら?美穂ちゃん、赤ちゃんが産まれたのですね!」
「そうみたいだな。次郎の事もあったし、心配はしていたが良い人が出来たみたいだな」
「そうですわね!春文様、私達も頑張らないと!」
「そ、そうだな……はは……は……」
先を歩く黒子がうっとうしそうな顔で、ちらっとこっちを見た。
「あっ……黒子が睨んでる……」
「すみません」
「ふんっ」
あぜ道を歩いていると、夕暮れを迎えるひぐらしの鳴き声が聞こえてくる。
『カナカナカナカナ……』
すると弓子がひぐらしの鳴き声に合せる様に、歌を歌い始める。
〽あなたを思えば思うほどに
心が引き咲かれる
風に吹かれる花の痛みは今も
あなたに引き咲かれる~
〽舞いあがれ 咲き乱れ~
桜吹雪よ
散りゆく花よ もがき苦しめ
灯よ花よ~
〽今夜だけは――
静かに床に伏せて眠る――
「弓子、今の歌は?」
「え?あっ……声に出てましたか?すみません」
「いや、いいんだ。とても心地よい歌だった」
「そうですか!この歌好きなんですよね。母が良く口ずさんでいました」
「へぇ、そうなんだ」
「確か『時を越えて』とかって言う歌だったかと」
「その歌はな、元々は『鬼の唄』と言う。歌詞は変わっているが聞いた事がある」
「黒子様!ご存知なのですか!詳しく教えて下さい!」
「……そうだな。あれは――」
そんな昔話をしつつ、僕達は家路へと着く。
…
……
………
翌日。午後から緑子先生が往診にやって来た。足の具合と両腕の様子を見に……。
「先生、いかがですか」
「ふぅ……やはり心臓が原因かもしれませんね。以前と比べるとかなり弱っています。妖狐の2人は春文さんのエネルギーを糧に生きています。エネルギーの元が弱まると眠ったままの状態が続くかと」
「やはりそうですか……」
小学校での鬼との戦いの後、メリーとハリーは眠ったまま起きてくる気配が無い。
思い当たる節はあった。八咫の烏が僕の体から抜け出た後の脱力感、あれは八咫の烏のエネルギーが満ちていたのだと思う。
そして鬼を退治した際にはエネルギーがほとんど空の状態になり、あれから回復していないのだ。
「緑子先生、もし妖狐を元いた場所に帰すことが出来れば……」
「そうですわね。2人は春文さんから離れまた元の姿に戻れるでしょうね。ですが……」
「僕の腕……ですよね?」
「えぇ。君は腕を失う事になりますね……」
「……少し考えさて下さい」
「そうね。遅かれ早かれ決断は必要になりそうね」
「はい、ありがとうございました」
「そうそう、皆さんは夏祭りは行かれるのですか?」
「夏祭り?」
「えぇ、小さいお祭りですが東海浜神社で行われるみたいですよ」
「あら、緑子先生!それは初耳ですわ!」
「弓子さんもご存知無かったのですね。8月の終わりに今年から行うそうです。案内書があったので置いておきますね」
「ありがとうございます!春文様!皆で行きましょう!」
「そうだな」
――この時はそんな小さな出来事に心踊り、後戻り出来ない未来が近付いている事に気付く事すら出来ずにいた。
……数日後。
南方美穂が屋敷を訪れる。僕と弓子は夏祭りの案内に来たものだと思い、居間へと通す。腕には幼子がすやすやと寝息を立てていた。
「美穂ちゃん……それは……どういう事……?」
美穂の一言で部屋の空気が一変する。久しぶりに会話をした旧友からの一言は弓子を激怒させるのに十分な言葉だった。
「この子は春文さんの子供です。名前を付けてもらいに来ました……そう言いました」
「だから何で春文様のお子がそこにいるのかって聞いてるのよ!!」
弓子はテーブルに足をかけ、僕は弓子の体にしがみつく。
「春文さんはお気付きだったのでしょ?1年前のあの日。小学校の校長室で私を愛してくれましたわ」
「春文……様……?どういう事ですか……?」
弓子は一転、美穂から僕へと攻撃目標を変更する。
「あ……いや。僕は正直覚えていないんだ。あの日はすごく眠くて……それに妖狐達もいなくて……」
「妖狐さん達を言い訳に使うのですか!春文様!」
「いやそうじゃなくて……弓子、少し落ち着いてくれ」
「落ち着いていられますか!事もあろうに私の親友に手をかけ、おまけに美穂ちゃんは次郎を亡くしたばかりでしょう!2人共頭がおかしいのですか!」
「そうね……弓子ちゃんにそう思われても仕方ないですね。でもね?いつも幸せそうな顔して、私の親友とか言いながら陰では見下していたのでしょう?戦争で次郎を失って、家も無くなって……!南町は壊滅的な被害だったのよ!何も失っていないあなたにはわからないわよ!」
「私だって!一郎……私だって……失ったものはあるわよ!でもそれとこれは関係無いでしょう!あなたが不貞行為を行った事が問題だって言ってるのよ!」
2人の言い合いが過激さを増す中、渡り廊下にひょっこりと有栖と黒子が現れた。聞いてか聞かずか、一度は足を止めたもののそのまま素通りしようとした。
「有栖!!戻ってたのか!」
「お……おぅ。春文、元気そうで何よりじゃ。そこの娘達も……さて、わしは急用がある――」
「有栖!千草は元気なのか!」
僕は話をはぐらかそうと、有栖を巻き込む。露骨に嫌そうな顔をする有栖。
「元気じゃ、元の世界に無事に帰れたわい。さてわしは急用が――」
「そうか!千草は元気なんだな!良かった……ところで有栖!」
「なんじゃ!有栖有栖うるさいの!」
「こっちに来て話を聞いてくれ」
「ヴッ……」
「ヴッ?今、ヴッて言わなかったか?」
「春文貴様!ねぇさまが露骨に嫌がってるのがわからないのか!そこの娘共のいざこざに巻き込まれたくないのだわ!気を使いなさい!」
「黒子よ……わしは何もそこまでは言ってない……」
「ほら!ご覧なさい!ねぇさまが『さっさとそいつも嫁にしてしまえ』と言ってますわ!」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
黒子以外の全員が頭に『?』が浮かぶ。もちろんそんな事を一言も言っていない有栖さえ『?』だ。
「嫁に……その手があったか」
「春文様!『その手があったか』じゃないわよ!何、納得してるんですか!そもそも――」
「弓子ちゃん、さっきは言い過ぎましたわ。ごめんなさい。ふつつか者ですが末永くよろしくお願いします」
美穂は三つ指を立て、僕と弓子に深々と頭を下げる。
「美穂ちゃん!ちょっと!まだ話は――!」
「え?」
「え?」
「え?」
状況が一変し、有栖と黒子と僕は頭に『?』が点灯する。
「ほ、ほらご覧なさい!この娘もそれを望んでいたのです!さすがはねぇさま!」
「黒子や……それはちと強引な気が……」
「僕もそう思う……」
夏祭りの話だと思っていた所からなぜか南方美穂との婚姻に話が変わり、なぜか黒子の話に皆が乗せられ、なぜか一番焦る有栖であった。
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