100年の恋

ざこぴぃ。

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第二章

第18話・10年後の君へその2

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 小学校の裏山にある展望台から眼下を眺めると、中庭で鬼らしき者が人を襲っているのが見えた。
 妹の千草は展望台から駆け出すと一気に山を下っていく。僕は足に力が入らず、展望台のベンチに腰掛ける。

「くそ!動け!」

 足は見る見る薄くなっていく。そして足はついに消えて無くなった。

「……足が」
「ごごごごご主人公サマ!どどどどうスルヨ!」

 僕の足は黒子の飼ってた八咫の烏ヤタノカラスが憑依し作られた物だった。そのカラスが役目を終え消え去ろうとしている。

「もう手遅れや。ここで見守るしか――!?」
「メリー!?」

妖狐メリーが腕から離れ人型になる。

「乗れ!ご主人サマ!」
「そうや!その手があったんか!でかしたメリー!」
「メリー!すまないが頼む!」
「ハリー!途中で交代ヨロ!」
「あぁ!任せとき!」

 メリーの背に乗り、僕は山を駆け下りる。妖狐は僕というエネルギーから力を得て、近くにいれば人型にもなれる。離れれば離れるほどに力は弱まり狐の姿へと戻ってしまう。
 メリーの背に乗る事で人型の妖狐は力強く大地を蹴り、あっと言う間……に……?

「ぜぇぜぇぜぇ……ハリー交代ヤ」
「いや、まだ10メートルくらいしか進んでへんで……」
「メリー、お前も僕に似て軟弱だったんだな」
「ご主人サマ……めんぼくネェ……ぜぇぜぇ」
「よっしゃ!わいに任せとき!力には自信があるんやで!」

 そして、ハリーが人型になりメリーは腕に戻り休憩する。僕はハリーの背に乗り変え、山を下……る……?

「ど、どや!!わいの力は!そろそろ限界……や……」
「おい、ハリー。あちきと対して変わらないがどういう了見ダ?」
「ハリーも軟弱なのか……僕は今、すごく後悔をしている」
「あんさん面目ねぇ……これ以上はあかん……」

 結局まだ展望台の見える位置で、2人共腕に戻る。これでは千草が無事に帰って来るまで何も出来ない。それどころか、帰って来る保障すらない。相手は鬼なのだ。千草は人々を避難させるので精一杯だろう。戦うすべはないはずだ。

「困った……僕はどうすれば――!?」
「こんな所におったのか。鬼は黒子が食い止めておる。さっさと援護に行かぬか」
「有栖!!」
「有栖サマ!」
「ぜぇぜぇ……」

諦らめかけたその時、有栖が頭上に現れた。

「ふむ。カラスが逝ってしまったか?……ん?まだ間に合うな……」
「有栖!足が無くなって動けないんだ!」

有栖は持っていた木の枝で僕の背中を叩く。

πετώとべ

有栖が何やら唱えると体が軽くなる。

「こ、これは!?」
「ごごごごご主人サマ!!」
「あんさん……浮いとる……」

背中に真っ黒な羽根が生え、体が宙に浮く。

「カラスの最後のにぎりっ屁じゃ。地上までは行けるじゃろ?」
「あぁ……だけどこれどうやって動――うわぁぁ!!」

 背中に生えた羽根が大きく羽ばたき裏山の斜面を急降下していく!

「あわわわわわ!!」
「シヌゥゥゥ!!」
「ほげぇぇ!!」

 僕と妖狐2人の叫び声がこだまする。数秒の事だったが、まるでジェットコースターの最初の下り坂を彷彿とさせた。そして地面に衝突する前にふわっと浮き上がり着地する。

「はぁはぁはぁ……死ぬかと思った……」
「モウダメ……」
「あんさん!羽根が!」

 地上に降り立つと羽根は静かに消えていく。八咫の烏が最後の力を振りしぼり僕達を地上に届けてくれたのだ。

「ありがとう……ゆっくり休んでくれ」
『カァァァァァァ!』

 そして遠くでカラスの鳴く声が聞こえた気がした。
 足の無くなった今、地面には降り立つ事が出来たがここからも動けない。

「降りてこれたがここからどうやっ……!」

カチャン――

 降りた中庭に、この時代の物とは思えぬ物が置いてある。少し錆びてはいるが動きそうだ。

「車椅子……?こんな所になぜ?」

 真っ赤な車椅子が乗れと言わんばかりに目の前にあり、そしてこの車椅子には見覚えがあった。

「確か、西奈真弓の慰霊碑にあった車椅子……?」
「ご主人サマ!考えるのは後ダ!鬼が見えル!」
「あんさん、掴まり!」

 妖狐達の手を借り車椅子に乗る。初めて乗る車椅子だ。いまいち使い方もわからない。

「ここをこう押すと動くのか……」
「ご主人タマ!校庭側にオニがイル!」
「あんさん!これどうやって動く――」
「行くぞ!」

 車椅子のブレーキを解除し、車輪のハンドルを回すと車椅子は軽く前進した。そこからは力任せだった。両腕に戻った妖狐の悲鳴が聞こえるが、それよりも鬼と黒子、そして千草の様子が気になった。
 全力で車椅子をこぎ、中庭から校舎を迂回し校庭に向けて走る!

「ごごごご主人公タマァァァ!目がマワ……アァァ!」
「メリー!車輪を見るな!」

 車輪を見ていたメリーが目を回し、右手の力が抜け、車椅子は徐々に右方向へと進んで行く。

「ハリー!少しスピードを緩めてくれ!メリーが追いつかない!」
「合点承知の助!」
「アワワ……オメメがマワル……」

 車椅子は体制を立て直しまっすぐに走行していたが、しばらくするとその場で右回転を始める。いよいよメリーが目を回してしまったのだ。

「ストップストップ!ハリーストップ!」
「へいっ!」

 校舎の角にぶつかりそうになりギリギリで止まる。

「オメメマワルマワル……」
「ハリー!鬼の様子は見えるか!」

 ハリーは腕からすり抜け、人型になり校舎の角を曲がって行く。

「あんさん!黒子姉さんが鬼とやりおうてはる!わても行ってくるでっ!」
「え?ちょっと待て――」

 ハリーはそのまま校庭の方へと走って行った。僕は目を回したメリーと身動きの取れない車椅子で呆然とする。

「え……何だこれは……?校舎とにらめっこしてどうする……」

 車椅子は校舎の方を向き止まっている。メリーはしばらく役に立ちそうにない。

「メリー!起きろ!メリー!」
「アヘアヘ……」
「おやおやお困りですか?」
「そうなんです!車椅子が押せず――!?」
「では私が押して差し上げましょう……」

 後ろを振り返るとそこには見たことのある女性が車椅子に手をかける。

「え……と、確か千鶴……さん?」
「えぇ、そうですわ。ふふ」
「あっ、えっと……」

千鶴は車椅子の向きを変え、校庭の方へと歩き出す。

「こっちへ行けば良いのですね?」
「えぇ……そうですが……」
「ふふ」

 不敵な笑みを浮かべ千鶴は車椅子を押していく。そして校庭へと出ると、鬼と対峙する黒子とハリーの姿が見えた。

「ありがとうございます。ここで大丈夫です。ここなら見えま――」
『ピィィィィィィ!』

 甲高い笛の音が耳元で聞こえ、一瞬周囲の音が消える。黒子達は気付いていない。特殊な笛なのだろうか。それに気付いた者が1人だけいた。

――鬼だ。

 鬼は黒子達から距離を置くと一目散に僕をめがけて走ってきた!
 笛の音は何かの合図なのかもしれない。後ろを見ると車椅子を押していた千鶴の姿が無い。校舎の裏にでも隠れたのだろうか。
 そして再度振り返るとすでに鬼が目の前まで迫っている!黒子達が何かを叫んでいるが耳鳴りのせいで何も聞こえない。自分でも声を出してみるがやはり何も聞こえない。

(まずい……!!)

 腕を振り上げる鬼の顔を見てゾッとした。この鬼は以前、僕の腕を引きちぎった鬼だった。名前は確か靖子……。
 メリーに助けを求めようとしたが、自分の声が出ているのかどうかさえわからない。

(死ぬ――)

 頭が真っ白になる。鬼の後ろに黒子とハリーの姿が見えた。有栖の姿は見当たらない。メリーもぐったりしている。
 千草の姿も見えない。無事なのだろうか。父さん、母さん……もう1度だけでも会いたかった……

さような――

………
……


『ハルフミィィィィ!』
「え……?」

 僕をかばう様にが目の前に現れ、そして母さんは鬼を抱え込むとそのまま地面へと倒れ込んだ。

「か……かあさん……」

 それは鬼の姿に成り変わった霧川小夜だった。片目は潰れ、体には大きな傷跡がある。
 そう、白子の婆でもあり、僕の生みの母親。崖の上から落下し死んだものだと思っていた。

「ハルフミ……イキテ……」

 鬼を抑えこみながら霧川小夜が何かを言っている。耳鳴りは収まってきていたがはっきりとは聞こえない。

『漆黒の太刀――輪廻転生!!』

ザシュゥゥゥ!!!!!

 鬼に追いついた黒子が2体の鬼に黒刀を突き立てた!刀は霧川小夜の体を突き抜け、靖子の体をも貫く。

『ギャァァァァァァァァァ!!』

 どちらの鬼があげたのかはわからない。辺りに鬼の断末魔が響く。

「妖狐!何をしている!とどめだ!」

 黒子の声に反応してハリーが慌てて呪文を唱える。メリーも気が付き、人型になりながらフラフラと立ち上がる。

「メリー行くぞ!」
「ウッ……ウゥ……ガンバレ……」

『『狐火蓮華翔れんげしょう奥義・炎龍――』』

激しい炎が竜となり鬼達を包み込む!!

『ギャァァァァァァァァァ――』

 下敷きになっている鬼がもがき苦しむ。それを馬乗りになった鬼が抑えつけ、2人の鬼が燃え盛る炎に包まれていく。
 それを見てなぜか自然と涙が流れた。両腕も両足すら失った僕は涙をぬぐう事も近寄る事も出来ず、ただその光景を見ている。

『ハルフミ……ハルフミ……』

炎に包まれる鬼は何度も僕の名前を呼ぶ。

「か……かあ……さ……ん……!」

 振り絞った声が届いたかはわからない。2人の鬼は燃え、炎と共に灰となり空へと舞っていく。
 しばらくの間、その場にいた全員がその光景をただ見守っていた。どのくらい経ったかはわからない。消し炭になり骨すら残らなかった。

「黒刀も燃えてしまったか……まあ良い。妖狐よ、良くやった」
「黒子姉さん!おおきに!」
「オエェ……」

 力を使い切ったハリーもメリーもその場に座り込む。僕は車椅子に腰掛けたまま、鬼が燃え尽きた場所をただただ見つめる。
 母さんと呼べるかはわからない。僕は幼い頃に未来へと飛ばされたのだ。母さんの記憶はない。ただ僕が死を覚悟した時に身を呈して助けてくれた。母親以外でそんな事が出来る人がいるだろうか。

「母さん……ありがとう……」

ギシ――

 車椅子の後ろには誰もいないはずなのに、少しだけ押された気がした。それが母さんだったのか、風のいたずらだったのかはわからない。でも少しだけ嬉しい気持ちになった。

「黒子、千草はどこに?」
「千草?さっきまで皆の避難を任せていたのだが……」
「あんさん、ちょっと休ませてや……くたくたや」
「あちきモモ……ヤ」
「あぁ、ハリーメリー戻れ」

2人の妖狐は腕に戻り眠りにつく。

カチャン――

 僕は車椅子のブレーキを外し、黒子の元へと近付く。

「おかしいな。さっきまでいたんだが……」

 黒子が辺りをキョロキョロと見渡すが千草の姿は見えない。校庭には僕と黒子だけが取り残された。

「そういえば有栖がさっき来てて――」
「ねぇさまが!?」

 ――そしてこの日を境に妹の千草とは二度と会う事はなかった。
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