100年の恋

ざこぴぃ。

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第二章

第15話・東海浜の戦争その2

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 ――1945年(昭和20年)8月6日。
 ラジオから聞こえる言葉に皆、耳を傾ける。『広島に爆弾投下――』町の状況や人々の生死は確認中とし詳しい情報は入ってこない。後に『原爆』を落された事を人々は知り驚愕する。この時の死者数は実に14万人にも及んだ。
 そして2日後の8月8日、ここ東海浜でも戦争が始まる。爆撃機を一旦は撃退したものの、海上からの砲撃で被害は深刻なものになりつつあった。
 日本海軍、陸軍は主に東京、広島方面に展開し東海までは戦力が回せないのであろう。

「爆撃機の撃退の目的は果たしたが……海上から戦艦が乗り込んで来るのは想定外だな……。黒子達は気付いているんだろうか……?」
「……コンナトコニ、イタノネ……。ミィツケタ……」
「え?誰だ?」

 その時、雑木林の陰から鬼が姿を現した。

「鬼……か」
「ワタシハダレ……?シラナイ?アナタハイチロウ。ミツケタ」
「イチロウ?僕は春文。イチロウではない」
「イチロウノニオイ。ミツケタ……イチロウ……」
「なんだ……この鬼は……」

 その鬼は体中に泥を塗り、目はくぼみ、手足が異様に長い。
 鬼は這うように少しずつ近付いて来る。距離は10メートル程だろうか。獲物に狙いを定めるようにゆっくりとゆっくりと……。

(まずい……妖狐がいない時に……!)
「鬼よ!あなたの名前は!」

僕は鬼の気を逸らそうと話しかける。

「ナマエ……オモイダセナイ……ゼンブシンダ……イチロウモ……オトウサンモ……ワタシモ……」
「死んだ?」
「ゼンブシンダ……」

鬼はその場で止まり、自分の手を見つめた。

「アイシテタ……イチロウ……」

 僕は周りを見渡し、武器になりそうな物を探す。木の枝、石――その程度しか見当たらない。当然足も動かない。
 鬼はしばらく立ち止まっていたが思い出した様に、こっちを向く。

「イチロウ……タスケテ……」

 鬼の顔には涙が流れていた。首にかけられた汚れたペンダントを大事そうに握りしめている。
 この鬼は元は優しい人間だったのかもしれない。愛する人を失い、人間としての生涯を一度は閉じた。しかし鬼としての命を与えらえ、こうして今ここにいる。

「可哀想に……

 何気に出た言葉にハッとした。一瞬、誰かの記憶が重なり口をついて出た『靖子』と言う名前。どこかで聞いた記憶があるが思い出せない。

「イチロウ!イチロウガソコニ!ソコニイル……!」

 鬼は急に思い出した様に僕にめがけて近づいて来る。そして――

「ミィツケタ……!」

僕の右腕を掴み、力いっぱい……





「ギャァァァァァァァァ!!」

 痛みと恐怖からか、そこからの記憶がほとんどない。片腕を引きちぎられ地面に転がる。そして反対の腕も掴まれ……引きちぎられる。

「ググンンンッッ!!?」

痛みで悶絶したまま僕は気を失った。


……
………

 生きてるのか死んでるのかわからない。ただ真っ暗な中を僕は歩いている。
 足は動く。腕は……無い。目の前も何も見えない。ぶつからないようにゆっくりと暗闇を進む。思考は止まっていた。何も考えず前へ前へと歩く。

僕は死んだのか……?

 薄れゆく記憶の中で、激しい閃光と爆音が聞こえた気がした。

………
……


「――文!しっかりしろ!春文!!」
「うぅ……」

 ――体を揺さぶられ目が覚める。空と木々と、誰かの顔がぼんやりと見えた。

「黒……子……?」
「気が付いたか!今、屋敷まで運んでやる!もう少し頑張れ!誰か!春文を屋敷へ!」
「はっ!」

 戦争は終わったのだろうか。やけに静かだ。大砲の爆発する音も止んでいる。
 猿渡族の大男に担がれ、僕はウトウトと眠る。両腕が無い……足も動かない。あの鬼は誰だったんだろう。そんな事を考えながら眠りについた。
 屋敷に着くと連絡を受けた緑子先生と妖狐が待っていた。すぐに手術が行なわれ、妖狐の擬態する腕にまた世話になる事になった。
 その後、生死の境を彷徨いながらも僕は数日間眠りにつき、ようやく目が覚める。

「ご主人サマ……気が付イタ」
「あんさん、よう戻って来れたなぁ……ぐすん」
「瞳孔、脈拍……血圧異常なし。もう大丈夫ですわ」
「緑子先生ありがとうございます!はるにぃ!もう!心配したんだから!ばか!」
「あぁ……千草……」

 さらに数日間、痛み止めの効果もあってか、寝たり起きたりを繰り返しようやく日常生活が出来るまでに回復した。
 そして1945年8月15日正午。ラジオから終戦の放送が流れる。昭和天皇、終戦の『玉音放送』である。

「終わったのか……?」
「そうじゃな。くだらぬ戦争もこれで終わりじゃ」
「ねぇさま、例の兵器はいかが致しましょう?」
「うむ。これ以上使う必要はあるまいて。千草を連れて行き封印の儀を執り行うのじゃ」
「はっ!」

 黒子と数人の猿渡の配下が出かける準備を始める。

「有栖、兵器って何だ?」
「そなたは眠っておって知らぬか。かつて、東海浜神社のある場所には古代兵器があっての……人々はそれを守る為にこの地に根付いたとも言われておる。あの神社には古代兵器が隠してあったのじゃ」
「有栖!それってもしかして有名な古代兵器プルトン――!?」
「古代兵器じゃ」
「名前ダサ」
「何か言うたか?」
「いや、何でもない」
「対戦艦用レーザー……何の為に作られたかは謎じゃが、核となるプレートには古代の名が刻んである」
「名前?」
「あぁ、わしも知らぬ名じゃ。確か【サマーオトメ号】と。遠い昔に作られたオーパーツなのじゃろうて。千家は代々オーパーツを守護する者として生きておるのじゃ」
「そうなんだ……知らなかった」
「千草がこの時代に来ればこそ使えた兵器じゃ。数隻の戦艦を一瞬で葬ったそれは、使い方を間違えれば大変な事になろうて」

 意識が遠のく前に一瞬、光と轟音が聞こえた気がしたがあれがもしかしたら古代兵器ブタドンの攻撃だったのかもしれない。
 そして敵軍は全滅し、ここ東海浜地域は最小限の被害で戦争を終える事になった。

「ところで春文よ。そなたの両腕じゃが……」
「あぁ……鬼に襲われたんだ。名前は確か靖子と言ったか……?」
「靖子……どこかで聞いた名じゃな。まぁ良い。そなたが無事で良かったわ」
「有栖、これで戦争は全部終わったんだろ?」
「そうじゃな、戦争は終わった……じゃが、戦争で失った物は簡単には元には戻るまいて」
「そうだな……南町もこれから復興していかないといけないな……」
「わしらは古代兵器の封印をしてくる。そなたはゆっくりと養生をするが良い」
「あぁ、ありがとう。気を付けてな」

 そう言うと有栖も黒子と千草を引き連れ出かけた。

「春文様、皆さんお出かけですか?」
「あぁ、弓子。心配かけたな、すまなかった」
「いえ、無事に戻られて良かったです……ただその腕は……」
「あぁ、鬼に持って行かれてしまった。また妖狐達の世話になるよ」
「そうですか……鬼……ですか」

 少しうつむき加減の弓子が気になったが追求はしなかった。僕が鬼に襲われたのはこれで2度目だ。これ以上、弓子に心配をかけるわけにいかない。

「そう言えば美穂さんと次郎の件は何かわかったのか?」
「はい……残念ながら次郎はやはり戦地で……」
「そうか……」
「美穂ちゃんは東京から戻り、一昨日屋敷を訪ねて来ていました。南町は被害が大きかったので今は小学校に避難していると言っていました」
「わかった。知らない仲じゃない、早いうちにお見舞いに行こうか」
「そうですわね」

 それからしばらくの間は南町の復興や、身寄りの無い者の保護など出来る限りの事をした。
 東京方面から来る身寄りを無くした者も後を立たなかった。噂では広島、長崎では数十万人の死者が出て復興にもかなりの時間がかかると言う。
 ひとつ間違えればこの国のどこがそうなってもおかしくない状況だった。
 僕は小学校の校庭で炊き出しを行いながら考える。戦争は終わった。日本はこれから戦争をしない国に生まれ変わって行く。しかしこの戦後の物資もろくにない状況が、今この時がとても長く感じた。
 電気もガスも水道も、ボタンひとつで出る未来が懐かしい。それだけで……日常を過ごすだけなのに、それだけで幸せな生活環境だったのだと思う。

「春文さん、ここは私がしますので少し休んで下さい」
「美穂さん、ありがとう。君も次郎を亡くしたばかりなんだ。無理はしないでくれ」
「はい、お気遣いありがとうございます。でもこうして動いていると少しでも気が紛れると言うか……」
「……わかった。ここは任せるよ。僕は中で少し休んでるから何かあれば言ってくれ」
「はい!ありがとうございます」

 小学校には避難してきた家族や身寄りのない子供達が数百人は生活している。お年寄りや子供達は校舎内で寝泊まりし、若者は校庭に簡易のテントを張ってある。
 季節がまだ夏終わりで良かった。真冬なら凍死もあり得る。

「ご主人タマ、腹ヘッタ。腹ヘッタクレ」
「メリー、腕のままの姿でしゃべらないでくれ……僕がおかしな人だと思われる」
「せやで、メリー。あんさんの言う通りや。わてみたいにやな、こうおしとやかに――」
「ダマレ、ハリー。お前もしゃべくってル」
「うっ……メリーに言われたない……」
「2人共、もう少し我慢してくれ。夜になれば自由になれるから」
「ご主人タマ!夜までシリトリも出来ないダト!?」
「いや、しゃべるなって……」
「メリー!あんさんが困ってるやろ!しゃべるな言われたら大人しくしっ――!?」
「しっ!2人共静かに!今、何か聞こえた……?」

 耳を澄まして聞いてみる。ガヤガヤした生活音に混ざり、どこかで聞いた事ある言葉が……?
 僕は中庭に出て耳を澄ませる。学校の裏山からだろうか。しゃべり声が聞こえる。

「この聴力は妖狐の聴力か?ありえない先まで聞こえるんだな」

 しばらくそのまま待っていたが声は聞こえなくなった。僕は声がした方へと向かう。中庭の石碑の裏に、山へと続く獣道があった。
 獣道は最近まで誰か歩いていたのだろうか?雑草は踏み固まり道が出来ている。
 中庭から10分程、山道を歩いただろうか。山の中腹で道はいくつかに分岐していた。後ろを振り返ると眼下に小学校が小さく見える。

「はぁはぁはぁ……ちょっと休憩。こんな山道があるとは知らなかったな」
「ご主人サマ、体力ナシコチャン。そう言えばこの辺りにやしろがあると誰か言ってたヨウナ……カ」
「メリー、それを言うならや」
「ハリーのくせにナマなイキ」
「誰が生な息やねん。わては……」
「あら?春文さん?どうしたの、こんな所で」
「え……緑子先生?」

突然、声をかけられびっくりする。

「緑子先生こそどうしたんですか」
「あら、私が先に質問したのに。まあいいわ。この先に見晴らしの良い展望台があってね。時々来るのよ」
「そうなんですか。ところで他に誰かいましたか」
「いいえ。私1人だけだけど、どうしたの?」
「いえ、実は……」

小学校で聞こえた声の話を緑子先生にしてみる。

「なるほどね。妖狐達が擬態している間は聴力も良くなるみたいね……」
「この近くに社があるらしいのですがご存知ですか」
「知らないわ。展望台ならこの先よ」
「そうですか、ありがとうございます」
「先に帰ってるから暗くなる前に戻りなさいね」
「はい、すみません――」

 そう言うと、緑子先生は僕が登ってきた山道を降りていく。
 ――すれ違う緑子先生からは、死体が発する独特な匂いがした。
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