100年の恋

雑魚ぴぃ

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第二章

第13話・千家千草

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 ――1942年(昭和17年)8月8日土曜日。

『――日本軍ハ西太平洋ソロモン諸島ニオイテ、激シイ戦イヲ強イラレ……』

 太平洋戦争……後に語られる第二次世界大戦だ。
 昨年1941年12月の日、日本がハワイ真珠湾を攻撃。それを機に戦争は過激さを増している。
 ラジオから聞こえる放送は日本有利と言いつつ、歴史を知る僕にとっては強がってる様にしか聞こえなかった。

「くだらぬ、戦争をする前にこの地球の心配をせぬか」
「その通りですわ!ねぇさま!」
「そうだよなぁ、ミサイルや爆弾が地球を汚してるのになぁ……」
「あら、春文様まで!そんな事を他所で言ったら非国民だと言われますよ」
「だってなぁ……しょうもない……」
「春文は良くわかっておるではないか。戦争などしょうもない」

鼻をほじりながら有栖が言う。

「有栖様!春文様を褒めないで下さい!非国民になりますよ!」
「弓子、良いではないか。春文は元々非国民じゃ」
「あははは!ねぇさまさすがですわ!今年一番面白いですわ!」
「もう!黒子様まで!」
「弓子はお堅いのぉ。黒子よ。弓子を抑えるのじゃ!」
「はい!ねぇさま!」
「ちょ!ちょっと!有栖様!黒子様!何を……っ!?あははははは!やめ!やめてぇ!あははははは!」
「ほれほれ!ここか!こちょこちょこちょこちょ!」
「あははははは!あははははは!やめっ!やめてぇ!あははははは!」
「おいおい……外まで聞こえるぞ?非国民達が笑ってていいのか?まったく……」

 有栖が弓子をこちょこちょの刑に処するのを、僕はお茶をすすりながら眺めていた。

コンコンッ!

「こんにちは!こちらに千家春文殿はおいででしょうか!」
「はいはぁい!今、行きま……あははははは!もう!有栖様!お客様です!」
「そうか、つまらぬ。邪魔が入ったか」
「邪魔とか言わないで下さい、聞こえますよ」

弓子は有栖の腕からすり抜け、玄関へと向かう。

「はぁ、面白かったのぉ……時に黒子よ、今日が8日じゃ。そろそろ来るかもしれぬな」
「はい!ねぇさま!すでに時空には猿渡家の者を配備しております」
「うむ、黒子よ、任せたぞ。わしは少し休むとしよう。春文よ、そろそろじゃぞ、例の作戦を使え」
「あぁ、そういう事か。わかった」

 そう言うと有栖は居間を出て自室へと向かう。そして玄関へと行っていた弓子が入れ替わる様に血相を変えて戻って来た。

「は、春文様……!!大変です!」
「ん?どうしたんだ、血相を変えて……」
「こ、これを!」

見ると弓子の手に何か握られている。

「どこかで見た事あるような……?」
「赤紙で……す……!」
「これが赤紙か……」
「玄関で兵隊さんがお待ちで……す……。うぅ……」

 今にも泣きそうな顔をする弓子。赤紙と言えば招集令状と呼ばれ、17歳以上の男子が日本国兵として集められる。本物の赤紙が自分に本当に来るとは夢にも思わなかった。僕は赤紙を弓子から受け取り玄関へと向かう。

「メリー、ハリー、頼んだぞ」
「ダリィィィィィィィ……」
「へい、合点承知の助!!」

 やる気のないメリーとやる気しかないハリーに声をかける。

「お待たせしました。今日はどういったご要件で?」
「先程、奥方様にお渡しした招集令状が千家春文殿に届きましたのでお持ち致しました!令状に従い、予定の日時になりましたら――」
「ちょっと待って下さい。そうじゃなくて、これをご存知ですか」
「これ?と申しますと……?」

僕は自分の着物の裾を口で挟み、ほどいた。

「!?」
「僕は両腕を火事で無くし、一人でご飯も食べれません。住民票では年齢しかわからないですもんね。残念ですけどこれでは無理かと……」

兵隊は僕の腕を舐める様に見てから口を開いた。

「大変失礼しました!確認不足でした。関係部署にご報告しておきますので、招集令状は破棄して下さい!それでは失礼します!」
「はい、ご苦労様です」

そう言うと男はお辞儀をし帰って行った。

「上手くいったな。メリー、ハリー、ご苦労様」
「ネミィィィィィ……」
「ふぅ!あんさん、上手くいきましたで!」

妖狐の2人は僕の腕にしがみついたまま答える。

「は、春文様!腕が無くなって――!」

 弓子が腕の無い僕を見て、ありえないといった表情を作った。

「あぁ、これか。メリーとハリーが後ろの背景に擬態しただけだ。正面から見れば腕が無くなっている様に見える。まぁ、手品……というか」
「はぁぁ……びっくりしました。一郎さ……いえ、春文様の腕がまた無くなったのかと」
「ははは!びっくりさせてすまない」

 戦争の招集令状が来ている噂は聞いていた。力まかせに抑える事は出来るが、それでは目を付けられてしまう。そこで有栖の考えた作戦が上手くいったのだ。

「さて店の帳簿をまとめるか。弓子、準備をして――!」
「はいっ――!?」
「何度もすみません、早乙女さんのお宅の場所がわからなくて……ちょっと教えて頂けないでしょうか?」
「は、はい!えっと……この道を……」

 弓子が機転を聞かせ、先程訪ねて来た兵隊を外へと連れ出す。僕は慌てて両手を後ろに回した。

「あ、あぶねぇ……バレるとこだった……」
「ご主人サマ、気をヌキスギ。ブギウギ」
「あんさん……隠すのそこちゃいまんねん……」
「あっ……」

 下を見ると、両足に妖狐が張り付いている。正面から見たら両足が無いように見えてしまう。
 両腕を隠し、そのまま居間へと引き下がる。

「危なかったな……まさか兵隊が引き戻して来るとは思わなかった」
「春文、ご苦労。ねぇさんが休んでいる間に私は貴様の妹君を迎えに行ってくる。留守を頼んだぞ」
「え?黒子、今何て言った?」
「あっ……!ねぇさんが休んでるのでよろしく頼むと言ったんだ」
「そこじゃない!大事な所が抜けてる!」
「……なんだ?大事なとこ?あっ、そうだ!ごちそうさまでした」

 黒子は手を合わせてごちそうさまをする。

「そこじゃないっ!妹が、千草がどうしたって!」
「さて……な、何の事やら」

 黒子が露骨に目を反らした。たぶん有栖に口止めされているんだろう。

「黒子!千草が見つかったのか!教えてくれ!」
「そ、それはえぇと……」
「ふぅ、兵隊さんようやくお帰りになりましたわ。あら、どうされましたか?黒子様、春文さ――」
「黒子、わかった。有栖に直接聞いてくる!」
「ちょ!待て待てっ!それは駄目だ!貴様にしゃべった……あっ!」

廊下で有栖が不機嫌そうな顔をして立っている。

「有栖!千草が見つかったのか!教えてくれ!」
「ね、ねぇさまぁ!?ひぃぃぃ!」
「うるさくて眠れん……貴様らいい度胸じゃの……」
「有栖!千草はどこにいるんだ!」
「知らん」
「え!だって黒子が今……!」

Υπνοςねむれ――』

「千草……を……迎えに……」
「は、春文様!?ちょ!こんな所で眠ったら駄目です!妖狐ちゃん手伝って!」
「ハァ……ヤレヤレ。世話のやけるご主人サマダ」
「あねさん!合点承知の助!」

 僕の意識はそこで遠のき、夢を見た。

………
……


「――にぃ!はるにぃ!起きて!」
「ん……千草……もう少し……寝かせ……」
「起きなさい!起きないと?」
「え?」

 眠い目を無理やり開け、景色を眺める。ここはたぶん、なごり団地にある公園。その公園から見下ろす景色は見慣れた景色では無かった。
 空から爆弾が落とされ人々が逃げ惑う。家が燃え、砂煙や火が至る所で上がる。人が人を殺し、死体の上を歩いている。

「な……なんだ……これは……!」
「はるにぃ!起きた?私は行かないといけないの。だからここは1人で頑張ってね!」
「え?千草?おい、どこに!千草!!」

 手を伸ばすが何も掴めず空を切った。それでも妹を追いかけようとしたが、なぜか僕の足は無くベンチに座っている。

「なんだ……これは……?夢……か」
「夢?違うな。これはこれから起こる貴様達の未来じゃ」
「有栖!!」
「良いか春文。貴様はこの歴史を変えねばならん。少々酷ではあるが……なぁに、千家達はいつでもそれを可能にしてきた。貴様もきっと……」
「どういう事なんだ?酷な事ってまさか……!」

 振り返り、町を見下ろすとさっきまでの地獄絵図の様な風景はもうない。そこで見たのは――


……
………

「――にぃ!はるにぃ!起きて!」
「ん……千草……もう少し……寝かせ……」
「起きなさい!起きないと?」
「え?」

 デジャブの様な会話をした。今、夢で見ていた気がする。しかし思い出せない。何か大事な夢を見ていた様な。
 夢なのか現実なのか、目覚めるとそこには妹の千草がいた。

「ち、千草!?」
「何よ!気持ち悪いな!触らないで!」
「これハ、反抗期やナ。ご主人タマは成長期」
「成長期ってなんやねん。もう成長期は過ぎとるわ」
「狐がしゃべくった……」

妖狐の喋る姿を見て後退りをする千草。

「か……かわいい……」

と思いとどまり、逆に前進してくる千草。

「メリー、わい身の危険を今感じた気がするわ……」
「ハリー、あちきも今、同じ事を思ッ!?」
「かわいい!かわいい!!きゅん!」
「離セ!この小娘!あちきはぬいぐるみではナイ!」
「あぁぁぁ……苦しい……あんさん……わて……三途の川が見えるぅ……」
「千草!おい!メリーとハリーが嫌がってるじゃないか!千草!」
「騒々しいのぉ……はぁ……」
「はるにぃがこんなかわいい生き物を一人占めするからでしょ!一匹ちょうだい!」
「貴様等、ちょっと静かにせぬか……」
「一人占めはしてないぞ!そもそもこの妖狐は僕の腕の代わりに!」
「何それ!狐が腕になるわけないじゃん!何言ってるの!べぇ!」
「お、おぃ。わしの話をちょっとは聞け……」

 輪に入れず、廊下で後退りする有栖。見かねて黒子が有栖を支える。

「ねぇさましっかりして下さいまし!もうっ!千家の分際でねぇさまに気苦労をかけるとは許さない!!」
「あぁ……わての毛が抜けて……剥げてまう……」
「小娘メ!覚えてオケ!この借りは必ず恩返ししてヤル!」
「すぅぅ……」


『うるさぁぁぁぁぁい!!』


弓子の登場でようやく静かになる。

「ご飯出来てます。うるさい人はご飯抜きです」

 鶴の一声とはこういう事を言うのだろうか。一同、食卓を囲い静かにご飯を食べ始める。

「でもはるにぃが結婚してるとは思わなかった。しかもこんな美人なお嫁さん……何だか薫さんにも似てるし」
「こら、千草。弓子に失礼だ。別人だ」
「そうだけど……」
「春文さん、薫さんって……どちら様?」
「あっいや……こっちの話で……はは……は……」
「ふぅん……」
「ズズズズ……」
「こら、メリー。味噌汁は音を立ててすすらない。行儀が悪いぞ」
「ご主人サマ、あちきは味噌汁飲んでナイゾ」
「あんさん……」
「え?」

ハリーが有栖を指差す。

「わしの味噌汁に文句があると言うのか、貴様……」
「ねぇさま、やってしまいましょう。こやつはねぇさまを馬鹿にしたのです」
「してない!行儀が悪いって言ったんだ!」
「千家、貴様!ねぇさまに向かって歯向かうとはいい度胸だ!表へ出ろっ!」
「何でそうなるんだ!黒子は関係ないだ――」
「はい。そこまで。はるにぃ、大人げない。弓子さんが怒る前にやめなさい」
「千草!だって有栖が――」
「ピキッ!全員お箸を置きなさい……」

 その後弓子のお説教が30分もの間続き、冷めたご飯を食べる事になるのだった。
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