100年の恋

ざこぴぃ。

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第一章

第10話・猿渡黒子

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 ――東海浜神社境内。

『『狐火蓮華翔れんげしょう奥義・炎龍――』』

 メリーとハリーの放った激しい炎が竜となり、白子と婆さんの2人を包み込む!!

「白子ぉぉぉぉっ!!」
「――坊ちゃん……ありがと……う……さよう……なら……」
「ハルフミ……!!」

 胸の奥が熱い……何か大事なモノを失った気がした。目の前で燃えていく2人を見てそう思った。
 婆さんの上に覆いかぶさった白子は見る見る燃えていく。僕にはどうする事も出来なかった。流れる涙が炎の熱で蒸発する。
 幼い頃からずっと一緒にいた白子。夢子と名乗り、僕の側にいつもいてくれた。この時代と未来を行き来して――!?

「有栖!もしかして白子はまた別の時代で生き返れるのか!」
「そうかもしれぬし、そうでないかもしれぬ。それを決めるのは組織の親分じゃ。それより……」
「どうしたんだ?」
「婆さんの……いや、霧川小夜の様子がおかしいの。もしや間に合わなかったかえ……」
「え?」

 白子の体はほとんど燃えてしまったにも関わらず、婆さんの体はなぜか形を成している。

「ご主人タマ……!あれは人ではありまセヌ……!」
「あかん!このままでは火力が先に切れてまう!」
「クソ踏ん張らんカ!馬鹿ハリー!」
「お前に言われたないわ!メリー!くそたわけ!」

 メリーとハリーが炎を操り、力をふりしぼり火力を増す!

「ギャァァァ……!!」
「婆さんの頭に……ツノが……!」
「もうあかん!限界や!」

 一瞬、ハリーの手から出ている炎が消える。その隙をついて婆さんは崖に向かい走り出した。

「え……」

僕は呆然とその姿を目で追いかける。

「春文!追え!婆さんを逃が――!」
「は……ははは……」

 足が震え、立っているのもやっとだ。目の前で人が燃え死にゆく様を見て、さらに自分の母親を名乗る者が鬼の姿へと豹変していく。正気でいれる方がおかしい。

「クルオシイ……!」

 鬼は炎に包まれながらも、崖から飛び降りた。下が海とは言え数十メートルは高さがある。打ちどころが悪ければ即死もあり得る。

「ちっ!逃がしたか……」
「ハァハァハァ……ハリー……このオッチョコチョイ……」
「はぁはぁ……メリー……すまへん、限界や……」

 メリーとハリーは力を使い果たし、その場に座り込んだ。
 僕はと言えば……失禁していた。情けない気持ちでいっぱいになる。

「なんじゃ、春文……おもらししたのか。はぁ……仕方ない。帰るとするかの。妖狐よ、白子の亡骸を集めて参れ」
「ハ、ハイ……有栖サマ……はぁはぁはぁ……」

 メリーとハリーは、ほぼ灰になった白子の遺体をかき集める。どこから取り出したのか、有栖が袋を取り出しそこへと入れる。

「よし、これで良い。帰るぞ」
「有栖……役に立てずすまなかった……」
「何を言うておる。貴様がいなければ妖狐も全力で戦えまいて。貴様の生命エネルギーを使っている事には変わらんからの」
「そうか……」
「しかし……ちょっとばっちいな、貴様」
「え……あぁ……すいません……」

 力を使い果たした妖狐のメリーとハリーは狐の姿へと戻り、崖の下を覗いている。

「アレは……血……カ」
「あぁ、死んだかもしれへんな……」
「どうしたんじゃ。妖狐、帰るぞ」
「ハ、ハイ!有栖サマ」

 海は赤く染まり、波が血を洗い流していく。鬼は死んだのか?生きているのか?
 しかし思考は一瞬で切り替わる。白子を失った事で心に穴が開いた気がし、急に胸が苦しくなった。

「白子……」

………
……


 猿渡の屋敷に戻ると、弓子が迎えてくれる。玄関には朝食の良い匂いが漂っていた。

「帰ったのじゃ」
「ただいま……」
「有栖様!春文様!おかえりなさい!と……白子さん達は……?」
「白子は死んだ。霧川小夜は……わからぬ。わしは少し寝る」
「え!?有栖様!」
「弓子、すまない。僕も少し寝るよ……」
「あっ!はい!春文様!おやすみなさい!」
「ママ……お腹スイタ……」
「誰がママやねん」
「あらあらまぁまぁ!妖狐さん達はご飯ですね!」

 部屋に戻り布団に横になると、白子の最後の姿が脳裏に浮かぶ。考えない様にすればするほど、昔の白子の笑顔を思い出す。

「白子……!」

 涙が頬を伝い胸が熱くなる。僕は時計の秒針を聞きながらいつのまにか夢の中へと落ちていった。

カチカチカチカチ……


……
………

――ぐに。

「痛い……」
「起きろ、のろま」
「足をどけて……」
「ふん!」

 気が付くと部屋は暗くなり、障子が夕焼け色に染まっている。
 逆光ではっきりとは見えないが、黒子が帰って来たのだ。そして帰って早々、僕の顔を踏んづけている。

「何で顔を踏むんだよ!」
「寝顔がうっとうしいからですわ!私がお前の妹を探してる間に、人の家でガーガー寝るなんてサイテーですわ!」
「しょうがないだろ!こっちは白子が死んで婆さんが鬼になって!色々あったんだよ!」
「死んだ……!?そうなのですか……白子が……」
「あぁ……婆さんをかばって逝ったんだ……」
「そうですか……」

 そう言うと、黒子はうつむいたまま部屋から出ていく。元気がなく少し調子が狂う。

「ご主人タマ。お腹スイタ」
「メリーか……あぁ、そうだな。何か食べよう」

 頭元で寝ていた狐の頭を撫でると、気持ち良さそうな顔をする。

「あんさん、そこそこ……あぁ……えぇなぁ……もうちょい右や……」
「ご主人タマ。そいつはハリーと言うアクマ」
「なんでやねん!」
「こっちはハリーか。正直、狐の姿だとどっちがどっちだかわからん……」
「ご主人タマ。ソレハ、あちきに喧嘩を売っているのダナ」
「なんでやねん!」
「ハリーがツッコミ役か。覚えた、次から気をつけよう」
「チガウ、ハリーはボケ担当」
『なんでやねん!』

 僕とハリーがハモった所でオチがついたのか、布団から起き上がり居間へと向かう。居間では弓子が晩御飯の用意をし、有栖が新聞を読んでいた。

「おはよう。さっき黒子が帰って来てたんだが?」
「春文様!おはようございます。晩御飯まで少しお待ちください!黒子様は先ほどお風呂に行かれましたわ!」
「春文よ、目覚めたか。これに目を通しておけ」

有栖が新聞を開いたまま渡してきた。

「何?独国が進行を早め――我国も独国と共同宣言を……」

相変わらず読みにくい新聞だ。

「戦争が始まるぞ……」
「まだ数年、先の話ではないのか?」
「いや、水面下ではすでに準備が始まっておる。その証拠に記事があたかも見てきた様な内容に変わってきた。おそらく斥候せっこうと呼ばれる物見がいるのじゃろう」
「戦争……」
「はい!ご飯の準備が出来ましたよ!食べましょう!」
「……あぁ、弓子。ありがとう」
「いただきメス!」
「いただきます!」

 人型になって、メリーとハリーは一目散に食べ始める。よほどお腹が空いていたのだろう。
 タイミング良く黒子も風呂から上がってきた。

「ねぇさま……」
「うむ、黒子。ご苦労じゃった。まずはご飯を食べるが良い」
「はい……」
「うむ、それで良い。わしもいただきますじゃ」
「いただきます」

皆、黙々とご飯を食べ始める。

「美味いのぉ……弓子よ、これは何と言う料理だ?」
「これは小松菜のおひたしに御座います。有栖様のお口に合えばよろしいのですが」
「良い良い。黒子よ、どうじゃ?」
「まぁまぁですわ、婆の料理に比べたら……」
「……」

 一瞬、皆の手が止まる。妖狐の2人だけは気にせずまた食べ始めた。

「……黒子よ、お主の気持ちもわかるがそれは料理を馳走してくれる者に無礼ではないか」
「でも!ねぇさま!私はずっと婆だと思って――!」

 その時だった。立ち上がろうとした黒子の手が茶碗に当たりご飯がひっくり返る。

バチィィィン!!

「黒子様!いつまでそんな顔をしているんですか!」

弓子が黒子をビンタし、一瞬皆が凍りつく。

「私は……私は……!!」
「黒子様、白子さんはもしかしたらご存知だったのかもしれませんよ!」
「え?」
「何年か前の事ですが聞いた事があるんです。以前は婆やの事を下の名前で呼んでおいででしたよね?確か『キヨ』と。その時、一度だけ白子さんがキヨさんの事を間違えて『サヨ』と呼んだのを聞いたのです」
「まさかっ!?」
「それからなのではないでしょうか。名前で呼ばずに婆やと呼ばれるようになったのは……」
「そんな……白子は全部知ってて霧川小夜を婆やの代わりに……!!」
「白子さんも辛かったのではないかと思います。ただこのご時世を生き抜く為に、誰にも言わず1人で抱えてきた。それはあなた様の……ご当主様の邪魔にならない様にと隠されていたのかもしれません」
「!?」
「白子さんがいない今はもう想像でしかないですが。ただ、白子さんはお仏壇にいつも3本のお線香をあげておられました。父上様、母親様、そしてきっとキヨさんの……」
「うぅ……白子……!!ごめん……!ごめん!姉さんは何て事を……!」

 そこまで言いかけて言葉に詰まる黒子を弓子は抱きしめる。

「黒子様、1人で抱え込まないで下さい。ここには有栖様も、春文様も、私もいます」
「うぅ……!」
「そうじゃぞ。弓子の言う通りじゃ」

 そう言うと有栖も黒子を抱きしめる。そして僕にも目配せしてきた。まるで『お前も気の利いた事を言え』と言わんばかりに。

「ぼ、僕もいるんだ!黒子!安心して――」

 僕が黒子を抱きしめようと近づくと、突然腹部に激しい痛みが走る!

「かはっ!?」
「お前は近づくな、気持ち悪い」
「くろ……こ……それはない……ぜ……」
「アッ。ご主人タマが逝った」
「もぐもぐむしゃむしゃ……」

………
……


 ――夕食後、弓子が煎れたお茶を飲みながら有栖が切り出す。

「でじゃ。この屋敷を春文と弓子に預けたいのじゃな?」
「はい、ねぇさま。白子がいなくなった今、当主としての責任を全う出来ぬと判断致しました」
「そうなると『儀式』もしなくてはならないの」
「いえ、それは済ませましたのでご安心下さい」
「そうか、それは良かった。春文、弓子よ、そういう事じゃ。さっさと結婚して千家の名を名乗るが良い」
「は?」
「あ、有栖様!結婚だなんて!それはやぶさかではないですが、何と言うか春文様次第と言うか!恥ずかしい!」
「え?」
「なんじゃ、貴様。弓子の事が嫌いなのか?こんな出来たおなごそうそうおらぬぞ?」
「いやぁ!有栖様!そんな事無いですってぇ!もう!」
「ちょっと待てお前達。まったく話についていかれん……」
「ご主人タマ、オメデトウ。結婚式には狐の嫁入りの道具を貸してアゲル。カエセヨ」
「あんさん、おめっとさん!今夜は宴や!」
「おぉい!ちゃんと説明してくれ!!」
「面倒くさい奴じゃのぉ……。貴様は弓子と結婚する。霧川と猿渡は元々、千家の出じゃ。ここで千家を名乗るが良い。そしてこの猿渡の当主は黒子から貴様に引き継がせる。『顔踏み』の儀式も済んだそうではないか」
「顔踏み?儀式?何だそれ」
「顔踏みは猿渡家に代々伝わる継承の儀式ですわ。当主を引き継ぐ者の顔を踏みつける、これは信頼をおける者への意思表示ですわ」
「え……そう言えば目覚めで顔を踏まれて……って!そんな大事な事を済ませたのかよ!」
「もう済んだ事ですわ。猿渡家はお前に任せるのですわ。潰したら私がお前を殺します」
「おい……そんな物騒な……」
「うむ。一件落着じゃの」
「はい!ねぇさま!」
「どこかだよ!」
「ご主人タマ、狐を馬鹿にすると呪ってクレル」
「あんさん!はよ、酒を飲まなあかん!宴や!」
「やだぁ!もう!子供は2人欲しいかな。名前は――」
「あぁ……もう好きにしてくれ……」

 この日、僕は晴れて霧川春文から名前を変え、千家春文へと名乗る事となる。元にまた戻っただけ……なんだけど。
 しばらくしてこのわちゃわちゃが収まると、黒子が妹の千家千草の行方を語り始めるのだった。
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