100年の恋

ざこぴぃ。

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第一章

第4話・柳川緑子

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 ――1939年8月23日水曜日。

 3日前……僕は西奈よろず店の前でごろつき達と揉め、一時近くの学校に身を潜めた。明け方になってから隠れる様に屋敷へと戻って来た。
 この数日の間、白子は警察の対応に追われた。しかし、西奈弓子がごろつきに脅迫された事も話したらしく、後は幾分かのお金が動き解決したそうだ。
 千家千草――僕の妹がこの時代に来ているかもしれない事も知る。近場にはいない。いれば猿渡家の情報網にかかっていてもおかしくないそうだ。
 そして僕の右腕に住まうモノノ怪『妖狐』。夢で見たメリーを名乗る狐が現れた。妖狐のお陰で、僕は命拾いをしたのかもしれない。

「はぁ……考えていても何も始まらないな。せめて外に出れれば……」

コンコン。

「坊ちゃん!ちょっとお時間よろしいですか?」
「あぁ、白子。いいよ、特にすることもないし……」

 僕は部屋から出て居間へと向かう。居間では、西奈弓子と付き人の次郎が来ていた。

「こんにちは、弓子さん」
「春文様!!先日は危ない所を助けて頂き誠にありがとう御座いました!」
「ありがとう御座いました!」

弓子と次郎は深々と頭を下げる。

「――坊ちゃん。先日のごろつきの件ですが、生きていた1名のごろつきが全て白状しまして警察からも、領主様からもおとがめ無しと言う事になりました。お役人も、あの者達がやっかい者だったのでしょう」
「そうか、それは良かった。これで僕も外に出れるな」
「はい、ただしこの町ではやはり坊ちゃんの顔を知る者もいますので隣町の緑子先生の屋敷へと一旦、引っ越しして頂きます」
「その引っ越しは西奈よろず店にて無償で行いますので、今回の件のお礼と思って頂きたく存じます!」
「弓子さん、頭を上げて下さい。僕は当たり前の事をしたまでですよ」
「さすが、坊ちゃん。ついでに西奈よろず店の借金は猿渡家で立替をし、ごろつきと縁を切る様に段取りをしました。婆、書類を――」

婆さんが1枚の借用書を取り出し見せてくれる。

「これでごろつきに襲われる事も今後無いでしょう。西奈家はこれから猿渡家に返済をするという形にしました」
「白子、何から何までありがとう。安心したよ」
「春文様!お嬢様は小さい頃に両親を亡くされ、今まで辛い思いをされておりました!本当に感謝致します!」
「次郎と言ったか。これからも弓子さんを守ってやってくれよ」
「いえ!坊ちゃん、その事ですが……」

 弓子は店を次郎に譲り、身を引く事にしたそうだ。そして――

「えぇぇぇぇぇ!?嫁!?」
「はい、坊ちゃん。弓子殿の申し出にて、坊ちゃんとご婚約されたいと今日はおいで下さいました。2人とも来年には18の歳。問題無いかと」
「ちょっと待て。急すぎてよくわからん!」
「……春文様。駄目で御座いますか?」

 上目遣いで見つめる弓子は、当時の西奈薫を彷彿させた。しかし弓子と結婚すると言う事は、薫はひ孫になってしまう。いやそもそも元の世界に帰れる保障はなく……ぶつぶつ。

「――ちゃん?坊ちゃん!」
「あっ……あぁ。すまない。今は状況が状況なんだ。少し時間をくれないか」
「……はい。お待ちしております」

三つ指を着き、お辞儀する弓子はとても美しかった。


……
………

「緑子先生、お世話になります」
「あら、白子さん。いらっしゃい!お待ちしてましたのよ」
「初めまして。春文と言います、お世話になります」
「春文さん、これでお会いするのは2度目ね」

 そう言えば眠っている間に、緑子先生が手術をしたと言っていた。

「大変でしたね。離れを用意してありますので、そちらをお使い下さい。おっと……先に診察しましょうか?」
「診察ですか?」
「話は聞いたわ。妖狐の封印が解けたそうね……」
「あっ……はい」
「診せて下さい。診察室へどうぞ」

緑子先生に案内され、診察室へと入る。

「そこのベッドに横になって下さい」
「はい」

 建物は木造の診療所ではあるが、ベッドと言い、医療器具等は見たことのあるものが多い。この時代であれば最新式の物を揃えているのだろう。
 僕がベッドに横になると、巻いてあった包帯を手際よく外し両腕両足の状態を確認する緑子先生。

「ふむふむ……手術は上手くいったみたいね。これなら心臓への負担も少なくて……なるほど。自己再生が働いて……ほう……こうなるのか……」
「あ、あのぉ……?」
「ちょっと静かに。動かないで……」

 それから10分程度、僕は天井のシミを数えていた。椅子に腰掛け待っている白子はウトウトと船を漕いでいる。疲れているのだろう。無理もない。

「はい。これで診察は終わりです。春文さん、起き上がっても大丈夫ですよ」
「何かわかりましたか?」
「そうね……簡単に説明すると、手術をした際に両腕両足から心臓に繋がる狂血管と呼ばれる血管を人工血管に交換したのよ。それによって、封印が解けてモノノ怪が暴れたとしても心臓への負担は減ってるはずよ」
「そうだ!そのモノノ怪の妖狐とか言う声が聞こえて――」
「ご主人サマ、あちきの事でチカ」
「そう!こんな狐と人間の合わさった化け物が出てきたんだ!」
「化け物とは失礼ではナイカ?このわからずヤ」
「へ?」
「は?」
「うそ……」

 僕と緑子先生と白子は目をパチクリ合わせる。ベッドの上に、さっきからいましたよ的な顔をしてモノノ怪が座っている。

「初めて見ました……坊ちゃん、この方が妖狐さん……?」
「実体化しているモノノ怪……春文さんあなたはいったい何をしたの……」
「皆様、初めまシテ。妖狐のメリーともうしメス。以後、よろしゅうおたの申しメス」

 僕の右手が妖狐になって座っていた。右手部分は無くなり、代わりに青い炎が妖狐と繋がっている。

「あちきも長年モノノ怪をしていメスが、こんな事は初めましてデシテ、戸惑っているシマツ」
「戸惑ってる様には見えないけどな……」
「は、春文さん!もう1度、もう1度診察を!」
「えぇぇ……」

 興奮を抑えきれない緑子先生の目がギラギラしている。

「やだぁ、先生。そんなとこさわらないでぇ、エッチ」
「黙れ、メリー」
「ご主人サマのオタンコナス」
「あぁ!もう2人共静かに!!心音が聞こえないわ!」
「坊ちゃんがモノノ怪に……どうしましょう……」

それからさらに1時間の診察が終わる。

「――今日はこの辺にしときますわ。書物でモノノ怪の事は知っていましたが、実際目の当たりにするとわからない事だらけで……」
「ようやく終わった……長かった……。先生、ありがとうございました」
「春文さん、ゆっくり休んで下さいね」
「坊ちゃん、それでは離れに行きましょう」
「あぁ、白子お待たせ」
「ご主人サマが行かれるのでシタラ、あちきも……」
「ちょ!メリー!元に戻ってくれよ!右手が使えないじゃないか!」
「えぇぇ……ご主人サマ、せっかく出て来れたのにもう戻れと言われるのデスカ?ハッ!?さては右手が無いと出来ない事をされるおつもりなのデハッ!」
「黙れ、メリー」
「図星なのデスカ!その右手ハッ――」
「戻れ!僕の右手!!」
「とってもヤラシ――あれぇぇぇ!!」

スポンッ!

「え!あっ、戻った……」
「ふむ……春文さんの意志で自在に操れると……春文さん!ちょっともう1度診察を!」
「お断りします!」

 緑子先生の制止を振り切り、離れの建物に逃げるように入った。

「はぁ……初日から疲れた」
「坊ちゃん、お疲れ様です」
「白子、少し休ませてくれ」
「はい、お布団を用意しますね。荷物は昨日のうちに届いてるはずですので」
「ありがとう」

 僕はいつものトレーナーに着替え、ベッドに横になる。

「坊ちゃんが目が覚めるまで側にいますので、ゆっくり休んで下さい」
「あぁ……」

 妖狐が実体化すると疲れが一気にやってくる。僕に体力が無いのもあるが、多用は出来ないだろう。
 目をつむると深い深い暗闇がやってきて、あっと言う間に眠りについた。

………
……


「――のぉ、ご主人サマ。あの女は少々きな臭いですネ」
「ん……?メリー?」

気が付くとまた真っ白な世界に横になっている。

「……もしかして寝る度にメリーと遊ばないといけないのか?」
「ハッハッハ!ご主人公サマはオモシロイ。……遊んでやってるのはこっちダ!愚かものメェェ!」
「なぜキレ気味なんだ……まったく。で、緑子先生がどうしたって?」
「ハイ。あの者からはなぜか生気を感じまセン。モノノ怪……あるいは、死人……だったりシテ」
「おいおい、そんなわけないだろう。診察する手も温かかったし、いい匂いもしたぞ?」
「おえ、キモ。ご主人サマ、キモ」
「黙れ、メリー」
「冗談はさてオキ。十分に気をつける事デス。それにもうすぐ……」
「え?もうすぐ?メリー……なに……」

 まためまいがし始め、目を開けていられなくなる。たぶん現実世界へと戻されるのだろう。


……
………

「――目覚めですか、坊ちゃん」
「あぁ……白子……。夢か」

 目が覚め、辺りを見渡すと離れのベッドで寝ていた。外はすでに暗くなっている。時計は19時を指していた。

「ふぁ……」
「白子、ずっとそこにいたのか……」
「はい、坊ちゃんが起きるまでいると言ったでしょう?さて、そろそろ帰りま――!?ぼ、坊ちゃん!ちょっと!」

僕は白子の手を引き、ベッドへと寝かせる。

「ぼ、坊ちゃん!いけません!そんなっ!あぁ!」
「ん?少し寝てたらいい。疲れてるんだろ。僕は緑子先生にちょっと話がある」
「え?あ……はい……」

 白子と入れ替わるようにベッドから起き上がり、診療所のある母屋へと向かう。

「緑子先生、ちょっとお話――」

 診察室にはまだ電気が点いていた。あまり深く考えずに戸を開け声をかけたので、診察室にいた2人はびっくりしてこっちを見た。

「キャッ!」
「こ、こら!春文さん!ノックもせずに入ってはいけません!」
「え!あっ!ごめんなさい!」

 慌てて廊下に出て戸を閉める。しばらく廊下で待っていると、診察室のドアが開いた。

「春文さん、どうぞ。何か御用ですか」
「あ……緑子先生。もしかして弓子さんが来てるのですか」
「……えぇ」

 緑子先生は診察室に入れてくれた。椅子に座って会釈をする彼女。

「弓子さん、こんばんは。こんな時間にどうしたのですか」
「春文様、こんばんは……そのぉ……見られましたか」

 彼女の言葉に一瞬ためらったが、正直に答える事にした。

「はい、背中に……。緑子先生、あれは?」
「火傷の跡ですわ。弓子さんは幼い頃に大火傷を負い、時々痛み止めを処方しているのですよ」
「火傷……!?」
「春文様、内緒にしていてすみませんでした。隠すつもりは無かったのです。春文様の腕の色を見てもしかして私と同じかもしれない、とは思ってました」

彼女は着物をめくり、うなじの火傷跡を見せてくれた。

「僕の腕と同じ……赤黒い……。初めて屋敷で会った時に視線が気になったのはこういう事だったのか……」
「すいません。自分と同じ火傷跡を見て気になってしまい……」
「いえ、そういう事だったのですね」

 お互いが火傷跡を見せ合い、少しだけ打ち解けた気がした。そしてメリーに言われた言葉を緑子先生に言いかけた時――

「緑子先生、実はさっきメリーに――」
「春文さん。今日はもう遅いので、弓子さんを離れに泊めてあげてください。ベッドも空いてますので。夜ご飯は後でお持ちしますので少しお待ち下さいね」
「え、あ……はい。えっ?弓子さんと2人で?」
「春文様、今宵は……よろしくお願いします」

 彼女は深々と頭を下げ、何かを決心した様な顔をしていた。
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