100年の恋

ざこぴぃ。

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第一章

第3話・西奈弓子

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 ――1939年8月20日日曜日。

『ご主人サマ……お呼びデスカ……ご主人サマ……』
「お前は……誰だ……」

 遠くなる意識の中で、誰かが僕を呼ぶ声が聞こえた。

………
……


「おぉイ……起きなさレ。おぉイ……」
「うぅん……」

 ほっぺたに痛みを感じる。木の棒の様な物でツンツンされている気がする。

「うぉいっ!痛いぞ!」
「わッ!起きタッ!」

 体を起こそうとするが、上手く起き上がれない。天井も壁も床も白く、上下の感覚がおかしくなる。

「ここは……どこだ?」
「ここはご主人サマの意識の中デス……」
「意識の中……?」
「ハイ」
「君は……?」
「ご主人サマの……右腕でございメス」
「は?」
「メスで御座いマス」
「いや、腕だろ?」
「そうともいいメス」
「どっちでもいいや……」

と、腕を見ると肩から下の右腕が無い。

「え……」
「デスから、あちきはご主人サマの右腕で御座いメス」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「落ち着ケ!バカタレ!」
「……今、バカタレって言ったか?」
「……言ってないデス。ご主人サマ、大丈夫メスか?」
「大丈夫だが……今、バカタ――」
「さっ。細かい事はサテオキ、おっきしてクダサイ」
「……」

 狐の様な人獣に手を借り、起き上がる。やはり右腕が無い。無くなった右腕部分からは、青白い炎の様なものが揺らめいでいる。

「あちきは狐のメリーと申しマス」
「待て。メリーならヤギじゃないのか?」
「……ちょっとナニ言ってるのかワカラナイ」
「……目をそむけるな」
「チッ」
「今、舌打ちしたか?」
「滅相もなイッ!ご主人サマに対してその様ナ!」
「はぁ……。で、その右腕がどうして狐になってるんだ?」
「話せば長くなりマスガ、あれは百年前のコト……当時……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……目の前が……かすんで……」

 メリーが説明を始めると同時に目の前がかすみ、だんだんと意識が遠のいていく。

「――初めてのお相手は千家サマと言い、ソレはソレは……」
「メリー……まずい……意識が……無くな――」
「……ぽっ。ハズカシイ。何を言わせるンデスカ!モウ!ソレデ……」

 メリーの恥ずかしい話を聞きながら、僕はまた眠りについた。


……
……

「――ちゃん!坊ちゃん!」
「……うぅ、眩しい……」
「!?良かった!婆、布と水桶を――」
「はい、白子お嬢様」
「ここは……猿渡の……」
「坊ちゃんのお部屋ですよ!良かった!」

 真っ先に右手を確認する。右手は……ある。痛みはない。

「良かった……ついてる……ただの夢か……ふぅ……」
「坊ちゃん、大丈夫ですか?随分うなされていましたが……」
「あぁ。大丈夫だ……ありがとう……」

 白子が背中に手を当て、体を起こしてくれる。僕は右手を確かめながら、体を起こした。
 昨日様子を見に来た白子が僕が倒れていることに気付いたそうだ。そのまま一晩眠っていたという。

「もう大丈夫だ。何だか長い夢を見ていた気がする……ふぅ。少し外の空気を吸いたいんだが、付き合ってくれないか」
「はい、私は大丈夫ですが……もう夕方になりますよ?」
「ありがとう。少しだけだ。着替えるよ」

 僕は着替えをし、外に出てみる。この時代に来て外を出歩くのはまだ2度目だ。
 猿渡家は町の中央に位置するのだろう。周囲には古民家と露店、銭湯……それが当たり前の時代。
 豆腐を売る人が荷車を押し、道端で野菜を売ってる人も見かける。町を少し離れただけで田畑が広がり、あぜ道に変わる。街灯もなく、日が落ちたら真っ暗になるだろう。
 10分程歩くと、町外れに着いた。

「今日はこの辺にしとくか。白子、暗くなる前に帰ろう」
「はい、坊ちゃん」

 帰り道、日が傾き始める。家屋には電気が点き始め、幾分明るくなる。と、一軒の店の看板が目に入った。

「西奈よろず店?」
「あぁ、ここが坊ちゃんのお部屋の家具を用意してくれ――」
『やめてくださいっ!!誰かっ!!』

店内から女性の叫ぶ声が聞こえる。

「坊ちゃん、ただ事ではないかと」
「あぁ、行ってみよう」
「はい……」

 店内を覗くと、入口に男性が倒れてこんでいる。そして数人のごろつきらしき輩が女性を囲んでいた。

「おいっ!西奈さん!今月分の支払いは今日までだったよな!」
「違います!明日です!離してください!」
「おいおい、今日払えないならお嬢ちゃんの体で払ってもらおうか!」
「やめてください!!」
「今すぐ10円払ってもらおうか!出来ないなら、連れて行く!」
「いやぁぁ!!」

 絡まれていたのは弓子だった。たぶん西奈薫の……。このまま知らぬ顔をすれば、弓子はこのごろつき達に犯されるのだろう。倒れているのは次郎とか言う付き人だ。弓子をこの状態から助ける事はないと思える。

「白子、警察は……」
「警察は隣町に駐在所があります。ですが往復で1時間以上はかかるかと。それに時間も時間ですので明日にされる可能性もあります」
「そうか……10円か。用意できるか?」
「はい、屋敷まで往復5分もあれば……」
「頼む」
「はっ!」

 この時代の10円は現在の価値で2万円弱といった所か。どの時代でも金……か。

「こんばんは、西奈さんおられますか」
「誰じゃ、貴様」
「おや?取込み中ですか。昨日の支払いに来まして」
「あなたは猿渡家の坊ちゃん!」
「あぁ、弓子さん。こんばんは、忙しい所すいません。今、お金を持って向かわせてますので先に請求書を作って頂けませんか」
「坊ちゃん、お金はもう頂い……」
「今、向かっていますので!」

 僕が少し強い口調で言うと、弓子は理解したのか黙って小さくうなずいた。

「おいおい、兄ちゃん。100円だぞ?用意できんのか?」
「ぷっ!そうだそうだ!100円だぞ!」
「ちょっと!あんた達!10円の約束でしょ!」
「嬢ちゃんは黙ってろ!!」
「キャァァ!!」

ごろつきは弓子の手をひっぱり床へ突き飛ばした。

「弓子さん!!おいっ!貴様!」
「あぁ?兄ちゃんちょっと表へ出ろや」

そう言うとごろつき達は店の外へと出る。

「弓子さん!大丈夫ですか!」
「え、えぇ……私は大丈夫です……」

 弓子は腕を擦りむいて血が出ていた。次郎は気を失っているようだ。
 白子が戻って来ても、ごろつきは10円では足りないと、言うつもりなのだろう。
 さてさて困った。喧嘩はほとんどした事がない。妹と小さい頃は良くしたが、あれは子供の遊びみたいなものだ。

「痛いのはやだなぁ……」

 店の外にはごろつきが5人。逃げてもすぐ追いつかれるだろう。なんせ、足の速さは小学生にも劣る。
 猿渡道場で習っていた柔術は覚えてはいるが、果たして使えるかどうか……。

「さぁ兄ちゃん100円出しな。無理ならここで殺す」
「ひひひ、親分。さらに西奈のお嬢ちゃんも今夜は楽しい夜を過ごせますね!」
「そう言うこったな!ははは!」
「クソバカ共に払う金なんかねぇよ……」

ゾクッ!

 その時だった!右腕に熱がこもり、腕が赤くなっていくのがわかる。

「てめぇら!やっちまえ!」
「しねぇ!!」

僕の声じゃない女性の声が口から漏れる――

狐火蓮華翔れんげしょう――』

ボワッ!!

右腕が炎に包まれる!!不思議と熱くはない。

『――ご主人サマ、あちきを放ちなサイ』
「メリーか!?」

言われるがまま、右腕をごろつきに向かい放つ!

ゴォォォォ!!

炎が腕から放たれ、5人のごろつき達は炎に包まれる!

「ぎゃぁぁぁ!!熱い!」
「た、助けて!!」
「み、みず!!ぎゃぁぁぁ!」

悲鳴を上げあっと言う間に、息絶えた……。

「ひっ!?人殺し!!」

 見ていた野次馬の1人が声をあげる。それは徐々に広がり、今度は僕が化け物扱いされ始めた。

「化け物よ!悪魔よ!誰か!警察を呼んで来て!」
「化け物だ!鬼だ!そうだ!鬼が出たぞ!」
「鬼が出たぞ!」
「坊ちゃん!こっちです!!」
「白子っ!?」

 白子に手を引っ張られ、現場を離れる。一瞬、弓子の顔が見えたが目をそらした様にも見えた。

………
……


「はぁはぁはぁ……」
「ここまで来ればもう大丈夫かと思います」
「はぁはぁはぁ……ありがとう、助かったよ。何が起きたか自分でもわからなかった……」
「先生から話は聞いていました。さ、坊ちゃん。これをお飲み下さい」

 竹筒に入った水を一口飲むと、自然に呼吸も落ち着いてきた。
 町から離れた学校で息を潜ませる。町では、ランタンや松明を灯した人々が僕を探している。

「白子、教えてくれ。僕は……」
「――あれは妖狐のほむらにて坊ちゃんの腕に封印されているモノノ怪です」
「モノノ怪……!?」
「はい。今から100年程前の記述よると――」

 千家と呼ばれるモノノ怪退治を生業とした一族がいたそうだ。ある時、産まれた子供に取り憑いたモノノ怪を払った所、その者の腕は赤黒くなり生気を吸い取られたと言う事だった。

「坊ちゃんにはその血が濃く出ています。右手ならず、左手も、両足もいずれ封印が解けるでしょう。全ての封印が解ける時、坊ちゃんの心臓は持たないと思われます」
「僕は……死ぬのか?」
「おそらく。その妖狐の力を使うのはそのくらい心臓に負担がかかるのです」
「そうか……」
「しかし、先程のごろつきはかなりのお酒を飲んでいました。亡くなったのは火の廻りが早かったのも原因かと。おそらく1名息があった者がいます。お酒の匂いがしなかったので……」
「そんな事までわかるのか?」
「はい。猿渡一族は目も鼻も、人間の数十倍は利くと言われてます」

 それから翌日まで学校に潜んで明け方に戻る事になり、しばらく僕は屋敷から出ずに様子を見る事になった。先に白子が警察で事情を話してくれるそうだ。

「そう言えば、坊ちゃんに謝らないといけない事がありまして――」
「ん?謝る?」
「非常に言いにくい事が……」

 白子は教室の窓を開け、遠くに見える町の様子を伺う。幾分、静かになっただろうか。灯りは右往左往しているが随分数が減っていた。
 夜風が入ってくる。夏の夜はいえ、エアコンも無しで過ごせるくらい涼しい。コンクリートも舗装も無く、熱を溜め込む路盤が無いからだろう。
 じんわりとかいていた汗も引いていく。

「実は……誤って、この時代に千草ちゃんも来ているかもしれません」
「……え?」
「まだ確認中でして……わかり次第ご報告と思っていましたが、今だに情報がなく……」
「え?どういう……」

 腕がうずく。僕は腕をさすり、熱がこもる感覚を抑えようとする。相手は白子だ、敵意などはもちろん無い。

「あの学校説明会の日……坊ちゃんと千草ちゃんが飲んだアイスコーヒーには黒子姉さんの作った薬が入っていたんです……」
「何だって!?」

静かな学校に僕の声が響いた。
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