100年の恋

ざこぴぃ。

文字の大きさ
上 下
1 / 25
プロローグ

プロローグ

しおりを挟む

――2039年8月8日正午。

「もう!はるにぃ!遅れるよっ!」
春文はるふみ千草ちぐさをよろしくねっ!」
「母さん、わかってるって!行ってきます!」
「お母さん!行ってきます!」

 僕は妹と玄関を飛び出し、照りつける陽射しの中、駅へと走り出す。最寄りの東海浜駅は高台を降りてすぐの所にある。
 僕が住む東海浜県営団地は、高台に作られた『なごり団地』と地元では呼ばれていた。

 ――約30年程前の2011年3月。この一帯は大地震により、津波が発生し更地になってしまった。その後復帰が始まり、海岸から約3キロほど離れた内地にこの高台が作られた。
 しかし地元を離れる者、内地に移住する者、そして僕の家族の様に今だに、なごり団地で生活する者……皆、散り散りになってしまったと聞いた。
 ここで生活する家族は、大きく分けて2つの構成がある。1つは生活支援が必要な家族。もう1つはこの地を離れる事が出来ず暮らす家族。
 僕の家族は後者だった。詳しくは知らないが、何でも父さんと母さんの大切な場所と言う事らしい。
 父さんは数キロ離れた市内で、タクシーの運転手をしている。母さんはなごり団地からも近い、東海浜医療専門学校で講師として働いている。
 そして僕は夢希望高校2年生、妹の千草は来年の4月から夢希望高校に入学予定だ。
 例年定員割れしている事もあり、受験はあるものの地元の中学生はほとんどがこの高校に進学する。

「はるにぃ!間に合った!12時10分……この電車だよ!」
「はぁはぁはぁ……」
「もう!だらしないなぁ!階段降りて来ただけでしょ!」
「ふぅ……千草、そうは言っても走るのは……」
「……もう、ごめん!私が悪かった!」

 今日は13時から夢希望高校の説明会がある。夏休みではあるけれど母さんも午後からは仕事があり、千草の保護者として代わりに僕が行く事になった。
 僕の体は生まれつき……が弱い。足も腕も軟弱だ。人並みには生活は出来るが運動もまるで駄目、たぶん小学生よりも足は遅い。生まれてすぐに病にかかりモノノ怪が取り憑いたとまで言われ、医者もお手上げだったらしい……。色は赤黒く、気味が悪いのも頷ける。お陰で彼女は出来た事がない。

 ――そんな事を考えていると、電車が駅に着き13時少し前に夢希望高校に間に合った。名簿にサインをし体育館の中へと入る。

「あっ!上履き忘れた……」
「もう……はるにぃも来客用のスリッパ借りたら?」
「すいません、スリッパ貸してください。上履き忘れ……て。夢子、受付してたのか」
「坊ちゃん。スリッパですか?ちょっと待って下さいね――」
「夢子、学校ではその呼び方は……」
「ん?あぁ、口癖なもので、すみません。スリッパどうぞでござる」
「ござるって何だよ……スリッパ、ありがとう」

 同級生の猿渡夢子。父さんの知り合いの子供で、小さい頃から僕の周りにはいつも彼女がいた。僕の事をなぜか『坊ちゃん』と呼ぶ。夢子の母親が僕の事を坊ちゃんと呼ぶものだから真似して面白がっているのだろう。

「夢子、説明会の人数少ないな。こんなものか?」
「昨日もありましたからね。昨日は日曜日で多かったですけど、今日は月曜日だし、こんなものですかね」
「そうだった。昨日は千草が熱出して……」
「え?大丈夫ですか?千草ちゃん、しんどかったら無理しなくていいのですよ」
「夢姉ちゃん!大丈夫!一晩寝たら治ったから!」
「そうですか……良かったです。そうだ、外は暑かったでしょ?坊ちゃん、アイスコーヒーだけど飲みますか?」
「あぁ、さんきゅ」
「あっ!はるにぃ!私も!」
「あっ、千草ちゃん……!あらら……」

 夢子がついでくれた水筒のコップで冷えたアイスコーヒーを一気に飲み干すと、喉の乾きが癒えていくのがわかる。

「……さ、さて、2人共席に着いて待ってて下さいね」

 ――それから1時間程、体育館で学校説明があり、校内の案内へと移っていく。僕と千草のグループには夢子が案内役で付いた。

「しかし生徒会は大変だな。皆、借り出されているのか?」
「そうですね。でも、坊ちゃんの大好きな薫ちゃんは今日はお休みですよ」
「なっ!!夢子!」
「ふぅん、はるにぃは薫さんが好きなんだぁ……へぇ……」
「千草!!お前、余計な事言うな……ん?あんなとこに石碑?」

 2階の廊下を歩いていると、中庭の隅の石碑が目に入る。2年近くこの学校に通っていたのに気付かなかったのが不思議だった。

「夢子、あの石碑って……」
「えぇ、ずいぶん古い物ですね。確か100年前の戦没者の慰霊碑だとか。この辺りも空襲で燃えたらしいですわ……」
「へぇ……夢子、詳しんだな」
「まぁ、でも……いえ。何でもないです」

 何だか歯切れの悪い言い方をするな……とも思ったが追求する必要もなく、僕達はそのまま千草に校内の案内をして周り、無事に学校説明会が終わった。

「千鶴さんと靖子さんも先に行かれるそうですけど。坊ちゃんも来られますか?」
「打ち上げ?僕は生徒会じゃないし今日は遠慮しとくよ」
「そうですか、それではまた。今日はお疲れ様でした」
「あぁ、夢子もお疲れ様。またな」
「夢姉ちゃん!ありがとうっ!」

 僕は千草と帰りの電車に乗り帰宅した。なごり団地がある高台まで戻ると、夕日が海へと沈む時間になっていた。

「綺麗な夕日だな……」
「はるにぃ!なに浸ってるの!早く帰るよ!」
「はいはい……」

 ――それがこの世界で見る最後の夕日だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱
ファンタジー
おっとりヲタク男子二十五歳成人。チート能力なし? まったく知らない世界に転生したようです。 何のヒントもないこの世界で、破滅フラグや地雷を踏まずに生き残れるか?! 頼れるのは己のみ、みたいです……? ※BLですがBがLな話は出て来ません。全年齢です。 私自身は全年齢の主人公ハーレムものBLだと思って書いてるけど、全く健全なファンタジー小説だとも言い張れるように書いております。つまり健全なお嬢さんの癖を歪めて火のないところへ煙を感じてほしい。 111話までは毎日更新。 それ以降は毎週金曜日20時に更新します。 カクヨムの方が文字数が多く、更新も先です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉
ファンタジー
普通の高校生の樹(いつき)は、勇者召喚された友人達に巻き込まれ、異世界へ。 勇者ではない一般人の樹は元の世界に返してくれと訴えるが。 事態は段々怪しい雲行きとなっていく。 実は、樹には自分自身も知らない秘密があった。 異世界の中心である世界樹、その世界樹を守護する、最高位の八枚の翅を持つ精霊だという秘密が。 【重要なお知らせ】 ※書籍2018/6/25発売。書籍化記念に第三部<過去編>を掲載しました。 ※本編第一部・第二部、2017年10月8日に完結済み。 ◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。

真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~

椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」 仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。 料亭『吉浪』に働いて六年。 挫折し、料理を作れなくなってしまった―― 結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。 祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて―― 初出:2024.5.10~ ※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。

旅路ー元特攻隊員の願いと希望ー

ぽんた
歴史・時代
舞台は1940年代の日本。 軍人になる為に、学校に入学した 主人公の田中昴。 厳しい訓練、激しい戦闘、苦しい戦時中の暮らしの中で、色んな人々と出会い、別れ、彼は成長します。 そんな彼の人生を、年表を辿るように物語りにしました。 ※この作品は、残酷な描写があります。 ※直接的な表現は避けていますが、性的な表現があります。 ※「小説家になろう」「ノベルデイズ」でも連載しています。

魔法少女マヂカ

武者走走九郎or大橋むつお
ファンタジー
マヂカは先の大戦で死力を尽くして戦ったが、破れて七十数年の休眠に入った。 やっと蘇って都立日暮里高校の二年B組に潜り込むマヂカ。今度は普通の人生を願ってやまない。 本人たちは普通と思っている、ちょっと変わった人々に関わっては事件に巻き込まれ、やがてマヂカは抜き差しならない戦いに巻き込まれていく。 マヂカの戦いは人類の未来をも変える……かもしれない。

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

処理中です...