100年の恋

ざこぴぃ。

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――2039年8月8日正午。

「もう!はるにぃ!遅れるよっ!」
春文はるふみ千草ちぐさをよろしくねっ!」
「母さん、わかってるって!行ってきます!」
「お母さん!行ってきます!」

 僕は妹と玄関を飛び出し、照りつける陽射しの中、駅へと走り出す。最寄りの東海浜駅は高台を降りてすぐの所にある。
 僕が住む東海浜県営団地は、高台に作られた『なごり団地』と地元では呼ばれていた。

 ――約30年程前の2011年3月。この一帯は大地震により、津波が発生し更地になってしまった。その後復帰が始まり、海岸から約3キロほど離れた内地にこの高台が作られた。
 しかし地元を離れる者、内地に移住する者、そして僕の家族の様に今だに、なごり団地で生活する者……皆、散り散りになってしまったと聞いた。
 ここで生活する家族は、大きく分けて2つの構成がある。1つは生活支援が必要な家族。もう1つはこの地を離れる事が出来ず暮らす家族。
 僕の家族は後者だった。詳しくは知らないが、何でも父さんと母さんの大切な場所と言う事らしい。
 父さんは数キロ離れた市内で、タクシーの運転手をしている。母さんはなごり団地からも近い、東海浜医療専門学校で講師として働いている。
 そして僕は夢希望高校2年生、妹の千草は来年の4月から夢希望高校に入学予定だ。
 例年定員割れしている事もあり、受験はあるものの地元の中学生はほとんどがこの高校に進学する。

「はるにぃ!間に合った!12時10分……この電車だよ!」
「はぁはぁはぁ……」
「もう!だらしないなぁ!階段降りて来ただけでしょ!」
「ふぅ……千草、そうは言っても走るのは……」
「……もう、ごめん!私が悪かった!」

 今日は13時から夢希望高校の説明会がある。夏休みではあるけれど母さんも午後からは仕事があり、千草の保護者として代わりに僕が行く事になった。
 僕の体は生まれつき……が弱い。足も腕も軟弱だ。人並みには生活は出来るが運動もまるで駄目、たぶん小学生よりも足は遅い。生まれてすぐに病にかかりモノノ怪が取り憑いたとまで言われ、医者もお手上げだったらしい……。色は赤黒く、気味が悪いのも頷ける。お陰で彼女は出来た事がない。

 ――そんな事を考えていると、電車が駅に着き13時少し前に夢希望高校に間に合った。名簿にサインをし体育館の中へと入る。

「あっ!上履き忘れた……」
「もう……はるにぃも来客用のスリッパ借りたら?」
「すいません、スリッパ貸してください。上履き忘れ……て。夢子、受付してたのか」
「坊ちゃん。スリッパですか?ちょっと待って下さいね――」
「夢子、学校ではその呼び方は……」
「ん?あぁ、口癖なもので、すみません。スリッパどうぞでござる」
「ござるって何だよ……スリッパ、ありがとう」

 同級生の猿渡夢子。父さんの知り合いの子供で、小さい頃から僕の周りにはいつも彼女がいた。僕の事をなぜか『坊ちゃん』と呼ぶ。夢子の母親が僕の事を坊ちゃんと呼ぶものだから真似して面白がっているのだろう。

「夢子、説明会の人数少ないな。こんなものか?」
「昨日もありましたからね。昨日は日曜日で多かったですけど、今日は月曜日だし、こんなものですかね」
「そうだった。昨日は千草が熱出して……」
「え?大丈夫ですか?千草ちゃん、しんどかったら無理しなくていいのですよ」
「夢姉ちゃん!大丈夫!一晩寝たら治ったから!」
「そうですか……良かったです。そうだ、外は暑かったでしょ?坊ちゃん、アイスコーヒーだけど飲みますか?」
「あぁ、さんきゅ」
「あっ!はるにぃ!私も!」
「あっ、千草ちゃん……!あらら……」

 夢子がついでくれた水筒のコップで冷えたアイスコーヒーを一気に飲み干すと、喉の乾きが癒えていくのがわかる。

「……さ、さて、2人共席に着いて待ってて下さいね」

 ――それから1時間程、体育館で学校説明があり、校内の案内へと移っていく。僕と千草のグループには夢子が案内役で付いた。

「しかし生徒会は大変だな。皆、借り出されているのか?」
「そうですね。でも、坊ちゃんの大好きな薫ちゃんは今日はお休みですよ」
「なっ!!夢子!」
「ふぅん、はるにぃは薫さんが好きなんだぁ……へぇ……」
「千草!!お前、余計な事言うな……ん?あんなとこに石碑?」

 2階の廊下を歩いていると、中庭の隅の石碑が目に入る。2年近くこの学校に通っていたのに気付かなかったのが不思議だった。

「夢子、あの石碑って……」
「えぇ、ずいぶん古い物ですね。確か100年前の戦没者の慰霊碑だとか。この辺りも空襲で燃えたらしいですわ……」
「へぇ……夢子、詳しんだな」
「まぁ、でも……いえ。何でもないです」

 何だか歯切れの悪い言い方をするな……とも思ったが追求する必要もなく、僕達はそのまま千草に校内の案内をして周り、無事に学校説明会が終わった。

「千鶴さんと靖子さんも先に行かれるそうですけど。坊ちゃんも来られますか?」
「打ち上げ?僕は生徒会じゃないし今日は遠慮しとくよ」
「そうですか、それではまた。今日はお疲れ様でした」
「あぁ、夢子もお疲れ様。またな」
「夢姉ちゃん!ありがとうっ!」

 僕は千草と帰りの電車に乗り帰宅した。なごり団地がある高台まで戻ると、夕日が海へと沈む時間になっていた。

「綺麗な夕日だな……」
「はるにぃ!なに浸ってるの!早く帰るよ!」
「はいはい……」

 ――それがこの世界で見る最後の夕日だった。

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