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2学期
第16話・忍び寄る足音
しおりを挟む真弓が言った一言に胸が締め付けられる思いがした。
「――岬海岸の所に去年、看護師の専門学校が出来たらしくてそこを受験してみようと思ってるの。受験の応募が今月いっぱいなんだけど……」
未来の真弓はどうだったか。確かに専門学校には行ったはずだ。しかし場所が違う気がする。もっと内地の専門学校だったような……?
「そうなんだ。どうしてその専門学校を?」
「私……1人で歩ける様になる為にリハビリはしてる。だけどもう運動とか、走ったりは出来ないと思うんだ。でね……そこの専門学校がね、整形外科の看護師を――」
やっぱりそうか。看護師でも2020年の真弓は内科の看護師になっていたはずだ。事故がきっかけで整形外科を目指す様に変わったのか。
この違和感は何だ?何かひっかかる……思い出せ……来年、大きな……何か大きな出来事があって……!
「くそっ!思い出せない!」
「えっ!?春彦く――」
ガラガラ!
「お待たせ!ジュース買って来たよ。お二人さん仲良く出来たかなぁ?」
「あ、あぁ……美緒。さんきゅ」
「どしたの?2人で見つめ合っちゃって」
タイミング良く美緒が帰って来て誤魔化せた。気持ちが先走り口に出してしまった。気を付けないと……。
その後、3人で色々話をしたが僕の頭の中ではさっきの専門学校の話が気になってしょうがなかった。
――真弓のお見舞いが終わるとロビーで待っていた零奈と美緒は先に帰る事になった。僕は先生に怪我の事後報告があるからと嘘を付き、病院に残った。
「夢夢、いるか?」
「はい、千家様」
「東方理子の様子を見に行こうと思う。付き合ってくれるか?」
「はい、ご同行致します」
「それとりんご娘とみかん娘の頭の果物は外しておいてくれ……」
「はい……すいません……」
夢夢がナースステーションで東方理子の親戚を名乗り、病室に向かう。
約1か月ぶりだ。黒子の『時の砂』の効果はどのくらい出ているのか……。
コンコンッ!
「はい、どうぞ――」
病室から元気そうな声が聞こえる。
「失礼します」
「はい……えっと……?どちら様?」
ベッドに横になっていた彼女が体を起こし、こっちを向いた。数年前から不治の病として扱われ、もう目覚める事は無いと医者にも言われた彼女。
柏木白子、柳川緑子の手によって細菌毒を受けた彼女はようやく回復したのだ。
「良かったですね、千家様」
「あぁ、夢夢。黒子のお陰だ」
「あのぉ……?」
「あぁ、すまない。僕は千家春彦。こっちが猿渡夢夢。君と同じ高校の……と言っても高校に通ってないから知らないか」
「は、はぁ……」
「理子、聞いてくれ。君は長い間眠っていたんだ――」
かいつまんで緑子と白子の話をする。理子の話では、なぜか夢の中でいつも緑子が出てきていたそうだ。
しかし理子は、緑子との接点はあったが白子に関してはほとんど知らなかった。
「――春彦君、色々とご迷惑をかけたみたいですいませんでした。そして助けて下さってありがとうございます」
「いや、僕はよく効く薬を先生に提案させてもらっただけでお礼を言われる様な事はしてないよ」
と言う事にした。さすがに黒子の『時の砂』を飲ませたとか、点滴に解毒剤を入れたとか、恐怖を煽る必要もないだろう。しかし緑子の話はもう少し詰めておきたい。
「緑子さんは……私にいつも良くして下さいました。まさか眠っている間にそんな事件に巻き込まれているなんて……うぅ……」
「理子……大丈夫だ。君が元気なら……」
元気付けようと、理子の手を握る。
「きゅん」
「え?」
なぜか夢夢の手を握る僕。夢夢はいつの間に手を伸ばしたんだろう。
高校に入学してすぐの頃。理子は中央病院の産婦人科を受診していた様だ。当時の日記を見せてくれた。プリクラが貼ってあり、金髪、ガングロ、目はブルーのカラーコンタクトを入れている。
産婦人科に来たのは妊娠中絶――つまり子供を堕ろすために来たそうだ。妊娠が発覚したのは当時付き合っていた彼氏が他に好きな人ができ、別れた後だったらしい。何度か連絡はしたが最後には連絡もつかなくなった。
妊娠中絶の費用は高校生には巨額であった。人には言えないような事をして稼いでもみたがそれでも足りない。中絶するまでの時間もお金もない。
そこへ大金を持った柳川緑子が現れる。『新薬の実験』をしてくれたらすべての費用を見てくれると言ったそうだ。
「それで、緑子に協力してそのまま……」
「はい。でもあの時の私には緑子さんにすがるしか方法がありませんでした」
「これからどうするんだ?緑子が理子に成り代わり、少なくとも2学期までは通ってたはずだ」
「学校は退学します。今から行っても勉強もわからないし、働こうと思ってます」
「そうか……わかった。言いにくい事を話してくれてありがとう」
「いえ……助けて頂いたお礼ですから。それに――」
「ん?」
「何度か夢で見た気がするんです。緑子さんの目を通じて春彦君を。はっきりとは思い出せませんが……好きだったんだと思います」
「え……」
「あ!いえ、今のはそういう夢を見たと言うだけで――」
「理子……!」
自分が入院していた数ヶ月前を思い出す。積極的に迫ってきた理子。あれは緑子だった。しかし、緑子の目を通じてどことなく同調していたのかもしれない。
思わず理子を抱きしめたい衝動にかられ手を伸ばす。
「理子――!」
「きゅん」
「え?」
ぐっと引き寄せた腕には夢夢が収まっている。
「あのぉ……お二人はお付き合いされているのでしょうか?」
「理子!違うんだ!夢夢は僕の身の回りの世話というか……!」
「理子様、その通りで御座います」
「そうですよね。距離感が近いですものね」
「だから!違うんだって!」
「理子様、その通りで御座います」
「ふふ、面白い人」
「理子、聞いてくれ――」
「理子様、千家様はスケコマシです」
「おいっ!」
完全に夢夢にからかわれている。理子はひとしきり話をし、疲れたのであろう。ベッドに横になる。
その後、僕と夢夢も病室を出た。次はいつ会えるかはわからないが立ち直って元気になって欲しいと願う。
時刻は18時になり、ぎりぎり病院の正面入口から出れた。陽は傾きオレンジ色の空が広がっている。雨も上がり綺麗な夕焼けだ。
「さ、夢夢。帰ろうか」
「はい、千家さ――!?」
「ん?どうした?」
急に夢夢の姿が見えなくなる。
「おや?千家さんじゃないですか。今日はお一人ですか」
バス亭に片桐刑事がいる。それで夢夢は姿を隠したのか。銃刀法違反で捕まるしな。
「あぁ、片桐刑事。こんにちは」
「こんにちは。西奈真弓くんのお見舞いかい?」
「えぇまぁ……片桐刑事は?」
「これから院長と打ち合わせだよ」
「そうですか、今日は車じゃないんですね」
「あぁ、修理に出しててね」
「そうだ、少しよろしいですか」
「構わないよ、打ち合わせは18時30分からだから」
「ありがとうございます」
片桐刑事に東方理子の事情を説明した。白子の事や、病気が治った事は伏せ、新薬の実験台にされた事を話した。
「……なるほどな。それが本当ならその新薬の出所を探る必要がありそうだな。ありがとう、千家さん。助かるよ」
「いえ、その代わりのお願いがありまして……」
「ん?お願い?」
「はい――」
僕は東方理子が退院後、雑務でも何でもいいので理子の就職先、あるいはアルバイト先が無いか片桐刑事にお願いした。すぐには難しいかもしれないが聞いてみてくれるそうだ。理子に頼まれたわけではない、おせっかいな事かもしれない。だけど……ほってはおけなかった。
――バスが到着し屋敷へと直接帰る事にした。帰りは凛子も美甘も夢夢の隣に座って眠っている。夢夢に怒られて疲れたのだろうか。
「帰ったら2人には美味しい物をたくさん食べさせてやってくれ。尾行はバレていたが、結果仕事をきちんとしてくれたんだ」
「はい、千家様。それとこれを――」
夢夢はキーホルダーを取り出した。
「学校に残っていたキーホルダーを回収して参りました。別の似たキーホルダーを取り付けていますのでご安心を」
「あぁ、柏木先生の机にあったキーホルダーか。そうだな、零奈に明日にでも渡しておこう」
「はい、それがよろしいかと」
「夢夢は気が利くな。ありがとう」
「きゅん!そ、そそそそれは告白なのでござるか!」
「違うよ、落ち着け。刀に手をかけるな」
――刻々と時間は進む。有珠達からの連絡はあれからない。白子はどうなったのだろうか。
秋が深まり、東方理子は退院したと聞いた。その後、片桐刑事の紹介で就職したと連絡があった。
西奈真弓……僕の未来のお嫁さんは医療専門学校を受験したそうだ。2月には合否がわかると聞いた。
少しずつ、着実に未来が近付いてくる。そして年が明け2011年になる。
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