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1学期
第3話・北谷美緒
しおりを挟む――県立中央病院404号室。
僕は10年前にタイムリープし、自殺しようとしていた南小夜子を救った。原因は柏木先生が生徒に手を出し、用が済んだら捨てていたという事実。
病室に居合わせた刑事に全てを話し、警察が動く事になった。
あの事件から数日後――
「春彦、こんちは」
「あぁ、理子。学校は?って、そういえば今日は土曜日か」
「うん、学校は昼までだった。体調はどうだ?」
「だいぶ良いよ。腕が動かせないのはきついけど」
「りんご剥いてやるよ」
「ありがとう」
見た目は金髪ピアスのギャルの理子は、女の子らしい一面も多く、思っていたイメージがガラリと変わった。
外は暑いのだろう。シャツの上のボタンを外し、胸元が見え隠れする。
「さっき……小夜子に話をしてきたよ。何も言ってくれなかったが……まぁ、私はスッキリした。それに昨日学校に警察も来てな。柏木は任意同行?とかで、しょっ引かれた。あれは春彦が言ってくれたんだろ?はい、りんご……て食べにくいか。あーんしてみ、あーん」
「ありがとう……あーん」
りんごを口に入れてくれる理子の胸元が気になり、目だけそらす。すぐに察してか、僕の目線を追いかける理子。
「……ははん。お前、今私の胸を見てただろ?」
「ちがっ!そんな……」
「春彦がしたいなら……。その……春彦ならいいぞ……」
理子が僕の耳元で小さくつぶやく。甘い良い香りがし、顔が熱くなるのがわかる。
(落ち着け僕!10歳も歳下の女の子にからかわれてるんだぞ!顔を赤くしてどうする!大人の対応をしろ!)
「なぁ、溜まってるんだろ?男子の体の仕組みは知らんが私に出来る事なら――」
「だだだだ大丈夫だから!」
「そうか?いつでも言えよ」
何が大丈夫なのかはまったくわからないが、これ以上近付いたら歯止めが効かなくなる。両腕を怪我して無かったら危なかった。
――僕がりんごを食べ終えると、理子は片付けをし帰り支度をする。
「この病院な、私のお婆ちゃんも入院してんだ」
「そうなんだ、大変だな。無理するなよ」
「あぁ、ありがとう。また来るわ」
「おう、理子。ありがとうな」
理子は笑顔で病室を出ていく。さて、僕も小夜子に話をしなければ……この世界から戻るにはたぶん小夜子が鍵だ。何かきっかけを見つけないと。
ベッドから立ち上がろうとすると、また病室のドアが開く。
「理子か?忘れ物でも――」
「あっ!いた!春彦!」
「それはいるでしょう!春彦君の病室だもの」
「え?美緒……と真弓?」
「何よ!幽霊みたいな顔して!本当に両腕怪我してんじゃんよ」
「春彦君、大丈夫?」
お見舞いに来てくれたのは北谷美緒と西奈真弓だった。真弓と結婚したのが24歳だから……6年後には妻になる女の子だ。
美緒は好奇心旺盛と言うか、何でもズケズケと言うタイプだ。小夜子の事、柏木先生の事、全部話してくれる。
「さっき小夜子のお見舞いにも行ったんだけどね――」
「小夜子の様子どうだった?」
「普通だったよ、それよりさっきロビーで東方さん見かけたけど何しに来たんだろうね?小夜子の事をいじめる気なら許さないんだから!それより――」
「ちょっと!美緒!春彦君が話について行けずに困ってるわよ」
「あ……いや……」
理子は僕のお見舞いに来て、さっきまであーんしてただんて言えない……言うつもりもないが。
この2人は何も知らない様だった。美緒が知ったら町中に話が広まりそうだから教えないでおこう。
「ねぇ、春彦君。どうして小夜子が飛び降りるってわかったの?」
「あぁ……警察にも話したけど、携帯だよ」
「携帯?小夜子から連絡があったの?」
「あぁ、着信だけあって……そう、学校にいるって言ってたんだ」
「電話ねぇ……私の所にも、真弓の所にも電話無かったのになぁ……春彦君の所だけに電話かぁ……ふうん」
「美緒、何か勘違いしてないか?」
「べっつにぃ」
「ならいいけど」
「春彦君、お盆休み花火大会行けそうに無いよね?」
「あぁ、この腕だしなぁ……皆に迷惑かけると思う」
「わかった。今年は美緒と良雄君と3人で行って来るよ」
「ごめんな……こっち側の窓からはちょうど見えるのか、花火」
「ほんとね、あのビルの上くらいかしら?」
真弓が指差すビルの向こう側に海が広がり、花火大会会場になっている。毎年8月のお盆には花火大会が行われる。確か10年後の花火大会もまだ開催してたと思う……。
美緒の声でかき消されたが、色々思案していると違和感に気付いた。
「ねぇねぇ、春彦!真弓の浴衣姿を見れなくて残念ね!私は良雄がいるから良いけど、美人な真弓はナンパされるかもね!」
「何だよ、それ。僕の嫁になる人なんだから変な虫が付かないように見といてくれ――」
「え?」
しまった!考え事をしていて、美緒の話に合わせてしまった!この時期、美緒は良雄とまだ付き合っている。それは理解している。しかし僕はまだ真弓とは友人関係だ。
「え?え?え?どういう事――」
「ちょ!春彦君!何言って!!」
「違う!間違えた!!真弓、ごめん!今のは無し!」
「えぇぇ!春彦は真弓の事、お嫁さんだと思ってるんだぁ。へぇ」
「ちょっと!美緒!やめなさいよ、春彦君も何とか言って――」
「……何とか」
「ちょっと!春彦君!」
何とかはぐらかし、妄想癖だと言う所で話を終えた。
「あっ、そうだ美緒。良雄によろしくな。仲良くしろよ」
「春彦に言われなくても仲良いし!」
「ははは、それなら良いけど」
「真弓!春彦を押し倒すなら動けない今がチャンスよ」
「美緒!何でそうなるの!春彦君困ってるじゃない!」
「あはは!ウケる!はぁ……笑った笑った!両腕骨折が伝染ると行けないから、今日はこの辺で帰ろうか」
「伝染らないから。お見舞いありがとうな」
「そうそう、言い忘れてた。3組の中和有珠って子が、これをあんたにって預かってた」
「……誰?」
「知らない。今年来た転入生らしいけど」
「あぁ、ありがとう。後で読むよ」
「それじゃぁねぇ、看護婦さんナンパするなよぉ」
「しないから!」
「春彦君また来るね」
「真弓、ありがとう。またな」
「……うん」
少し照れたような真弓は僕を意識してか、顔が赤く見えた。2人が帰った後にまた検温タイムがやってくる。
さっき2人と話していて違和感を覚えた。10年後までの未来を僕は知っている。
世界中でトロイという伝染病が流行り、たくさんの人が死ぬ。そういう大きな事件やニュースははっきり覚えている。
だが花火大会の話になった時……記憶が飛んだ気がした。少しづつだけど未来の記憶が失われているような。
「そうだ、小夜子の様子見に行かないと……」
僕はベッドから立ち上がり、小夜子の病室へと向かう。
「小夜子、気分はどうだ?」
「……春彦君。また刑事さんかと思ったよ。気分は……悪くはないよ」
「そっか、良かった。今日は眼鏡かけてるのな」
「さっきまで刑事さんいたから……ねぇ。刑事さんに話したの春彦君でしょ」
「……あぁ。全部話した。妊娠してる事は話してないけどな」
「……アリガト」
「え?ごめん、聞こえなかった」
「アリガト、て言ったの」
「あ……あぁ、どういたしまして」
「昨日ね、婦長さんに頼んで産婦人科受診したの」
「そっか。どうだった?」
「流産してた……打ちどころが悪かったみたい」
「え……」
「そのまま摘出手術を受けたんだけど。何か……何かね。全部無くした気がした……」
「そっか……大変だったんだな」
「……うん。春彦君、この前、私の事好きって言ったよね?」
「あぁ、言ったけど……どうした?」
この高校生の頃は確かに真弓より、小夜子の事を好きだった気がする。小夜子が亡くなってから、しばらく落ち込んだのもきっと好きだったからだと思う。
「私と付き合ってくれない?」
「え?」
ガラガラッ!
「失礼しメス!南サン、婦長サンがお呼びデス。昨日の書類がどうとかこうとか……とにかく呼んで来てくだサイ」
「は、はい!すぐ行きます!春彦君、またお返事聞かせてね」
「……あぁ」
僕はすぐに返事が出来なかった。言い訳をすれば未来が変わっていく――言い訳をしないのならば……今、小夜子の事が好きなのかどうかがわからない。
――頭を抱えながら病室へと戻る。病室に入ると、ベッドの上にさっき美緒が置いていった手紙がある。
『中和有珠』手紙の裏に名前は書いてあるが、話した事もなければいまいち顔も浮かばない。転入生と言っていた。ファンレターなのか、ラブレターなのか、少し緊張しながら手紙を開ける。
【千家春彦殿 日曜日13時病院の入口】
たった一文の手紙だった。日曜日と言えば明日だ。僕は特に深読みするわけでもなく、手紙を床頭台の引き出しに閉まった。
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