ミラーワールド

ざこぴぃ。

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第2章

第21話・長い夜

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 ――10月10日17時。

「まずいのぉ……戻れなくなるぞ」
「ねぇさま……私のせいで……申し訳ありません……」
「クロコロよ、そなたのせいではない。今は猿渡の帰りを待つとしよう」

 ミラーワールドの一室で、アリスちゃんとクロコロは猿渡の帰りを待つ。
 猿渡はミラーレスの城に残っている春河とメアリーを救出へと向かった。あれから3時間以上が経過した。猿渡の足なら往復で1時間程度のはずだ。しかし何の連絡もなく、時間だけが過ぎて行く。

「やはり私が迎えに……」

 クロコロが立ち上がろうとした時だった。音楽室のドアが開いた!

「アリス様!猿渡、戻りました!!ハァハァ……」
「おぉ!戻ったか!それで千家達は!?」
「それが……ハァハァ……」
「え?今、何と……」
「それが……言われていた城への鏡が無いんです」
「……!?」

 猿渡がたどったルートを聞く限り、クロコロ達と同じ道を進んでいる。風景に変わりはないが、犬走りの通路の終わりまで行ったと言う。

「犬走りの通路を最後まで行ったのなら間違いはないですわね……ねぇさま、これは……?」
「うむ……まさかミラーレスが死んだか、あるいは鏡の権利を持つ者が変わったか……」
「……春河とメアリーはどうなるのでしょう?」
「城にはメイド達がおったのであろう?と言う事は城内におれば安全なはずじゃ。下手に戻ろうとすれば亡者の餌食になりかねん」
「春河達はそれに気付くでしょうか」
「何とも言えぬが、メイド達が止めるであろう。しかしじゃ。万が一、春河がミラーレスを殺してしまった場合……」
「春河に権利が移ってしまうと言うのですか?」
「わからぬ……猿渡よ、帰って来て早々すまぬが冥府への連絡を頼めるかの?」
「はい!アリス様!喜んで!」
「うむ。今、手紙を書くでの。少し待っておれ」
「ねぇさま、猿渡はもういませんわ……」
「……なぬ!ふぅ、相変わらずお茶目さんじゃのぉ」

………
……


 ミラーレス城の大時計の時刻は18時になろうとしていた。

「千家様!もうおやめ下さい!どちらにしてももう日没になります!今、行かれるのは危険です!」
「なんて事だ……鏡に戻れないとは思いもしなかった……」
「千家様、客室にご案内します。しばらくお待ち下さい。私も城内の戸締まりと、愛梨さん達の様子を見てきます」
「あぁ、ミミ。わかった、案内してくれ……」
「はい、千家様」

 僕は客室に案内され、ミミの帰りを待つ。ソファで横になり30分程待っているとミミが帰って来た。

「千家様、愛梨さんとおハナは無事です。愛梨さんが目を覚まさない為、おハナの部屋で休んでおりました」
「大丈夫なのか?」
「えぇ、呼吸も脈も正常でしたので眠っているだけかと思います。それより……」
「どうした?浮かない顔をして?」
「はい……」

 ミミは戸締まりを済ませ、食堂を通る時に異変に気付いたそうだ。

「ミラーレスとばぁさんがいない?それは確かなのか」
「はい……血痕は残っていましたので……」
「念の為、おハナの部屋に行こう。まだ誰かが僕達を狙っている可能性がある」
「そう……ですわね。はい、ご案内致します」

 客間からおハナの部屋に行く途中、食堂を覗いてみた。確かにミラーレスとばぁさんの姿が無い。床には血痕だけが残っている。
 ミラーレスを操っていたという誰かがこの城にいるのだろうか。それともまた別の誰かが……?

「千家様、もうよろしいですか?」
「あぁ、すまない。行こう」

 僕とミミは食堂を後にし、おハナの部屋へと向かう。廊下には2人の足音だけが響き、他に誰かいないかと耳を澄ませながら慎重に歩いて行く。時々、どこからともなく地下の亡者の叫び声が聞こえてきた。
 日没を迎え、活動が活発になっているのだろう。

「ミミ、この城で一番安全な場所はどこなんだ?」
「やはり、宝物庫……いえ、奥様の部屋かもしれません」
「ミラーレスの部屋か。よし、そこに愛梨とおハナも移動させよう。ミラーレスがいなくなって何が起こるかわからないからな」
「……はい」
「……ミミ、すまない」
「いえ、気にしないで下さい。いずれこうなる気はしていました……。あの人が来た日から歯車は狂い始めたのかもしれません……」
「あの人?」
「……何でもないです」

 ミミが意味深な事を口走る。詳しく聞こうとしたが、タイミングが悪くおハナの部屋に着いてしまい、聞きそびれてしまった。
 愛梨は相変わらず目が覚めておらず、おハナがそのまま担いでミラーレスの部屋へと向かう。
 夕暮れが迫り、窓の外はオレンジ色と暗闇が合わさり不気味な色をしていた。おハナも気付いたのか、ミミに話しかける。

「やはり外の様子がおかしい。ミミ、これはやはり……」
「えぇ……奥様のいなくなったこの城は境目を失ったのかもしれません。おハナ、急ぎましょう」
「あぁ、そうだな。俺達まで食われかねん」

 2人の会話から切迫している事を察した。
 ミラーワールドはアリスちゃんが維持していたのは知っている。それはこのミラーレス城でも同じ原理なのだろう。ミラーレスを失ったこの空間に歪みが生じ、亡者達が今か今かと待ちわびている気がする。
 食堂を抜け、さらに階段を上りミラーレスの部屋へと辿り着く。廊下は暗く、電気は点いていない。
 ミミがドアを開けると中は食堂と同じくらい広く、テーブルと椅子が並べられている。室内には電気が点いており、ほっとした。

「この奥が、奥様のお部屋です」
「部屋が二重になっているのか。明かりがあるなら朝までは持ちそうだな」
「はい。奥様の部屋の横にこの城の心臓部とも呼べる制御室もありますので、電気に関しては安心かと思います」
「それにしても……」

 部屋を囲う様に何十も姿鏡があり、落ち着かない。自分の姿が映っているだけなのだが幾重にも重なり、自分じゃない自分が映っている様だった。

「春河さん、あまり鏡を見ない方がいい。奥様がいない今、取り込まれる事は無いにしても向こうからこっちを見られている気配は感じる」
「おハナ、それはどういう意味なんだ?」
「この鏡はすべて奥様が捕らえた魂で埋まっているんだ……あまり良い物ではない……」
「開放してやる事は出来ないのか?」
「出来ない事はないが……帰る場所を失っている者の場合、その場で亡者となり襲ってくる可能性がある」
「帰る場所……肉体がもうない人達か……」

 おハナは頷くとそれ以上は何も言わなかった。
 愛梨を部屋の奥のソファに寝かせてからドアに鍵を掛ける。そして皆で入口にバリケードを作った。机をドアに張り付け、椅子を重ね、最後に姿鏡を全て裏向きに置きなおす。
 ちょうど作業を終えた頃、食堂の方から大時計の鳴る音が聞こえる。

「もう19時……か。ミミ、おハナ、少し休もう……」
「そうですわね。お茶淹れますね」
「そうだな、まだ何が起こるかわからん……」

お茶を飲み、一息つくと眠気が襲ってくる。

「千家様、少しおやすみ下さい」
「俺が見張りをしておこう。ミミも少し休め」
「おハナ、ありがとう。千家様、さっ……」
「あぁ、おハナ。ありがとう。少しだけ眠るよ……」

 僕とミミは、愛梨が横になるソファにもたれかかり目をつむる。眠るまではあっという間だった。全身の力が抜け、真っ暗な深い深い闇におわれていく。


……
………

「ん……?ここは……」
「お目覚めですか?千家様」
「ミミ……?」

 記憶が錯乱するが、数十秒で頭が目覚め今の状況を思い出す。ミミが横に座りソファでは愛梨が眠っている。

「……あぁ、ここはミラーレスの部屋か。おハナは?」
「先程、奥様の部屋のベッドが使えないかと奥の部屋を見に行きました」
「そうか」

 時々、廊下側からドアを開けようとする振動と亡者のため息の様な声が聞こえる。ドアが開かない上に室内から明かりが漏れ、諦めるのだろう。
 廊下に亡者がいると言う事は城内はすでに亡者だらけと言うことだ。

「ミミ。今、何時……」
「午前1時を回った所です。5時過ぎには日が昇り、外に出れると思います」
「……そうか。宝物庫の姿鏡を持ってくるべきだったな。そこまで頭が回らなかった」
「そうですわね。でも宝物庫は亡者も入れないと思いますので、一番に取りに行きましょう」
「そうだな、もし使えるのならこの城からは出れるかもしれない」

 そんな会話をしていると、奥の部屋で突然、ドアを勢いよく閉める音が聞こえた。

バタンッ!!

 さらに何か叫ぶ様な声が聞こえる。僕とミミは顔を見合わせ、慌てて奥の部屋へと向かう。
 大広間の突き当りのドアを開けると6畳程のリビングがあり、そのドアをおハナが押さえつけている姿が目に入る。
 位置的にミラーレスの寝室のドアだろうか。

「おハナ!大丈夫か!」
「春河さん!ミミ!」
「ちょ、どうしたの!」
「このドアを開けたら、亡者が!!」
「何だって!」

 急ぎ、僕もドアを体で押さえ込む。ミミはソファを引っ張りドアの前に持ってくる。

「なぜ寝室に亡者がいるんだ!」
「知るかっ!こっちが聞きたいわ!」
「2人共、手伝っ……て!」

 ソファでドアを押さえ、さらに食器棚をドアに向けて倒した。

「はぁはぁ……」
「おハナ……何があったんだ?」
「春河さん。このドアの奥が寝室だと思って開けたら、中は真っ暗で……2人の亡者がいたんだ。その2人と目が合いこっちに向かって来た……」
「ねぇ、おハナ。その亡者ってまさか……」
「……あぁ。姿形はまだ残っていた。あれは奥様と山田……さんだった」
「やっぱり……」
「ミミ、ごめん。私にはどうする事も出来ない……」
「うぅん、おハナ。ありがとう、私は大丈夫……」
「ミミ……」

 僕は2人の会話にどう答えていいかわからず、亡者の姿になったミラーレスと山田のばぁさんがドアを叩く音をしばらく黙って聞いていた。
 僕達は寝室を諦め、リビングから大広間へと戻る。朝まで愛梨のいる所で日が昇るのを待つことにしたのだ。
 リビングには幸い食料やトイレ、お風呂もある。亡者が大人しくなったら後で借りようと思った。
 しかし大広間に戻るとソファで寝ていたはずの愛梨の姿がない。
 
「ねぇ……愛梨さんが……いない……」
「あぁ、まずいな。目が覚めただけならいいが、襲われた可能性もあるな……」
「春河さん、ミミ気を付けて!誰かいる……!」

 大広間と廊下の間に設けたバリケードの上に誰か座っている。

「ふふ……ようやく準備が出来ましてよ?千家春河……」
「お、お前は!!」
「千家様!あの人です!以前から城に出入りしていた方は!」
「おや?ミミさんお久しぶりです。あなたがおハナさんですわね。初めまして、私――」

 そう言うと彼女はバリケードの上から飛び降り、僕達の前に姿を現した……。
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